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捨て駒部隊

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 早朝、風の都市にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
 冒険者召集の合図である。
 風の都市の冒険者ギルドは参集した冒険者達でごった返していた。
 そんな彼等の前にギルド長が立つ。

「諸君、王国政府からの通達を伝える。耳敏い者の中には既に知っている者もいるだろうが、東の連邦国が魔王の軍勢に攻め滅ぼされた。魔王軍は遠からずこの国に攻め込んでくるだろう。本日国家非常事態が宣言された。これから読み上げる者は冒険者ギルドの規則と契約に基づいて国の防衛の任に就いてもらう」

 冒険者を派遣するにしても各都市の冒険者ギルドに所属する冒険者全員を差し出すわけにはいかない。
 魔王軍が迫ろうと、国内には別の問題が山積しており、それらの対処に当たる冒険者も必要なのだ。
 そんな中で風の都市の冒険者ギルドからは青等級以上の冒険者50人が派遣されることになった。
 冒険者達が緊張に包まれる中でギルド長が派遣される冒険者のリストを読み上げる。
 読み上げられた冒険者の中にはレナ、イズとリズの双子、セイラとアイリア、レオン達のパーティーも含まれていたが、その中にゼロの名は含まれていなかった。
 それどころか集まった冒険者の中にゼロの姿が無い。
 レナは正面に並んでいる職員の中にいたシーナを見た。
 その視線に気が付いたシーナは顔を青ざめながらレナから視線を逸らす。
 レナはギルド長の前に歩み出た。

「ギルド長。派遣要員にゼロが含まれていません。それどころかゼロの姿がありませんが、どういうことですか?」

 詰め寄るレナの横では双子のエルフもギルド長達を睨んでいる。

「・・・彼は別の任務のために昨日の夜の間に出発した」
「なっ!何故ですか?私はゼロとパーティーを組んでいるのですよ?」
「私達もゼロ様に従わさせていただいていました!」

 レナ達は更に詰め寄った。

「すまない。これは国王陛下直々の命令だ。ゼロは彼にしかできない任務を与えられたんだ」
「一体何の任務で何処に行ったのですか?」 
「それには答えられないし、君達には別の使命がある。これは契約に基づいて拒否できない命令だ」

 ギルド長は苦渋の表情で絞り出すように告げた。
 ギルド長の人となりからも彼が本心から命令を口にしているのではないことが分かる。
 ギルド長はギルド長で辛い役割を担っているのだ。
 そのことを理解しているレナはそれ以上何も言うことができなかった。

 レナ達は直ちに十数台の馬車に乗り込んで風の都市を出発することになった。
 その準備の最中、レナはシーナにゼロの行方を問い質した。

「シーナさん、貴女は何かを知っていますね?ゼロはどこに行ったのですか?」

 問われるシーナの表情は青ざめたままだ。

「・・・ゼロさんは、別の場所の防衛に向かいました・・・」

 それについては分かっている。
 しかし、その表情からゼロがただならぬ状況に放り込まれたことも容易に予想できた。

「・・・相当危険な場所に行ったのですね?」
「はい」

 シーナは目を背けてそれ以上は何も言わなかった、いや、言えなかった。
 その様子を見たレナはシーナに背を向ける。

「分かりました。これ以上聞いても貴女を困らせるだけでしょう。私は私に与えられた任務を全うし、その後は私の好きにさせてもらいます」

 そう言うと、振り返ることなく東に向かう馬車に乗り込んだ。
 それを見送るシーナは彼女にとって大切なものがその手から零れ落ちるような感情に襲われた。
 想い人を死地に送り、たった今、友情が壊れてしまった。
 シーナはこの時初めてギルド職員になったことを後悔した。

 その頃、ゼロは東の山脈の北方に向かっていた。
 通常ならば風の都市から目的地までは徒歩で10日以上かかる遠方だが、ゼロは早馬車で先を急いでいた。
 途中の都市や街で馬を交換しながら昼夜休みなく走る早馬車ならば目的地までは3日で到着する。
 風の都市の冒険者でゼロだけが山脈の北の防衛の命令を受けていたのであった。

 レナ達が召集される前の夜遅く、自宅にいたゼロはシーナとギルド長の訪問を受けた。
 そこでギルド長より国王からの命令を伝えられ、それを受諾したゼロは夜中の間に出立することになったのだ。
 ゼロが受けた命令は東の山脈の北方の守り。
 他に北に向かう部隊と共に北の守りを固め、守りぬくことで、生還が困難な任務であることも包み隠さずに伝えられた。
 ゼロに命令を伝えたギルド長は早馬車の手配のために一足先にギルドに戻り、ゼロの家には出発の準備をするゼロとシーナの2人きりになった。

「お茶も出さずにすみませんね」

 軽口を叩きながら準備を進めるゼロを見つめていたシーナは意を決したように口を開いた。

「ゼロさん!逃げてください」
「はい?」
「ギルド長も言ったように、これから貴方が向かう場所は他の冒険者さん達が向かう場所とはまるで違います。そこは生還を望むことができない死地です!私は貴方を失いたくありません!・・・お願いです、私と一緒に逃げてくれませんか?」

 必死に訴えるシーナの目を真っ直ぐに見たゼロは首を振った。

「それはできません。私が北の守りに向かわなければ多くの人々がより一層の危険に曝されるのです。私は私の責任から逃げるつもりはありません」
「でも死んでしまうかもしれないんですよ?私はゼロさんが死ぬなんて耐えられません!」

 ゼロは縋りついてくるシーナの肩に手を置いた。

「私は普通の人と死生観が違うのでしょうね。死ぬかもしれないという状況でも死の恐怖を感じないのです。ただ、だからといって私は生きることを放棄するつもりはありませんよ。生きて帰ってくるとは約束できませんが、精一杯足掻いてみせますよ」

 そう言って笑ったゼロはシーナから離れて家の外に向かって歩き出す。
 扉に向かうゼロに駆け寄ったシーナはそのゼロの背中を抱きしめた。
 このままゼロを行かせたくなかったのだ。

「行かないでください、なんて我が儘はもう言いません。それに、ゼロさんは生きて帰ってくるなんて約束もしてくれませんよね?でも私は待っています。ゼロさんが帰ってくるのをずっと待っています」

 シーナの言葉にゼロは何も応えられず、後ろから抱きしめるシーナの細い腕からそっと逃れることしかできなかった。

「行ってきます」

 シーナから離れたゼロは振り返ることなくシーナに一言だけ告げた。
 そうして準備を終えたゼロはギルド長とシーナにだけ見送られて密かに旅立ったのである。

 旅立ってから3日目の夕刻、ゼロは目的地の砦の町に到着した。
 そこで守りに就いていたのは2個中隊規模の部隊だった。
 元々配備されていた国境警備隊が1個中隊。
 そして、装備もバラバラの荒んだ雰囲気の男達が50名程、明らかに急編成された寄せ集めの部隊だ。
 到着したゼロを見た寄せ集めの部隊の中で一際凶悪な人相の大男がゼロに近づいてきた。

「お前が噂のネクロマンサーか?俺はこの部隊を任されたリンツってもんだ」

 そう言ってゼロにその手を差し出してきた。
 ゼロはその手を握る。

「風の都市のギルドから来ましたゼロです。よろしくお願いします」

 リンツと名乗った男は凶悪な顔に似つかわしくない笑みを浮かべた。

「互いに難儀な仕事に当てられたもんだが、よろしくな!ようこそ、捨て駒部隊へ!」
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