上 下
124 / 196

魔王降臨

しおりを挟む
「帝国軍に魔物が混ざっている?そんな馬鹿な!どれほどの確度がある情報だ?」

 軍務次官が情報部員を問いただす。
 情報部員は背筋を伸ばし、次官に向かって報告を続けた。

「確度は不明です。ですが、恐れ多いことと知りながら御前会議の席に私が駆け込んだ。この意を酌んでいただきたく存じます」

 軍務次官は大臣と臨席している国王を見た。

「次官、これは情報の精度を気にするのではなく、事実であると考えて対策を考えるべきだ。そして陛下、これは軍務省だけの問題ではありません。早急に各省の主だった者を集めて話し合うべきです」

 軍務大臣の進言に頷いたアイラス国王であるアストラル・アイラスは立ち上がった。

「これは国の存続に関わる大事になるかもしれん!直ちに宮廷省、聖魔省、内務省の大臣と次官、そして傘下組織の幹部を集めよ!緊急会議を開く!」

 国王の号令の下、国の要職に就く者達が緊急に召集されることとなった。
 その間にも帝国軍に関する情報が次々と集められ、帝国軍の中にゴブリン、オーク、コボルド、トロル等の部隊が存在していることが確認された。
 そして、緊急会議が開かれる直前に信じがたい情報が舞い込んできた。
 それは連邦国に派遣された第2騎士団の生き残りの騎士が自らの命を引き替えに持ち帰った衝撃的な情報だった。

 曰わく、帝国内に魔王が数万の魔物を従えて降臨し、帝国皇帝を抹殺して自ら皇帝の座についた。
 新皇帝である魔王ゴッセル・ローヴは周辺各国に侵攻を開始、魔王の支配下に置かれた帝国軍に加えて数万の魔物の軍勢に周辺国は次々と敗北し、魔王に支配された。
 最後に残った連邦国も首都が陥落し連邦軍が壊滅して事実上魔王軍に支配されたとのことだ。

 緊急の御前会議の冒頭にアイラス国王は発言した。

「この度の魔王降臨は国の存亡の危機と考える。いや、ことは我が国だけの問題ではない、世界の危機だ。軍務省、聖魔省は持てる兵力の総力をもって対応せよ。内務省は今後、崩壊した連邦国から多くの難民が押し寄せてくる。直ちに受け入れ体勢を整えるのだ。財源のことなど気にするな!宮廷省は王室財産でも何でも放出するのだ!どうせこの危機を乗り越えなければ世界に未来は無い。そして内務省は傘下の冒険者ギルドに通達、冒険者も対処に当たらせるのだ」

 国王の言葉にその場にいた全員が頷いた。

 今後予想される魔王軍の侵攻に対しては最早連邦国に増援を送ることは敵わない。
 東の山脈を越えてくる魔王軍を迎え撃つことで全員の意見が一致する。
 いかに魔王軍といえど王国にまとまった軍勢を侵攻させるには山脈を抜ける山道か山脈の北側を抜ける2つのルート以外からの侵攻は不可能だ。
 しかも北側を踏破するルートは深い雪に覆われた険しい山であり、こちらも大軍を送り込むことは現実的ではない。
 そこで、王国軍は敵の主力の侵攻が予測される山道出口に展開して迎え撃つことが決定した。

「しかし、北側のルートも無視はできん。敵の別働隊が侵攻してくる可能性もあります。何らかの備えをするべきかと思います」

 軍務省次官の意見に大臣も頷いた。

「現在の北の守りはどうなっている?付近には国民が住む集落はあるのか?」
「現在の北の守りは国境警備隊の中隊が駐屯しています。山の麓に小さな町があり、警備隊の砦も町に併設されています。町の住民ですが、大半が農民とそれを支える産業で生計を立てている者達であり、住民が町を離れることは難しいかと」

 次官の報告に出席者は唸る。
 住民の避難が敵わず、住民を守りながらの防衛だとすると1個中隊、約60名程度では流石に心許ない。

「いくらなんでも少な過ぎる。住民を守りながらだとすると、最低でも大隊、いや連隊規模の戦力が必要だろう。しかし、我が国に残る兵力で大隊や連隊を割いて北の守りに就かせると肝心の主力が足りなくなる。いかに地の利がこちらにあろうとも敵は数万の大軍だからな。ならば、いっそのこと北の守りは冒険者達に任せてはどうだ?」

 軍務大臣の言葉に内務省の次官が異を唱える。

「冒険者は軍隊ではありません。集団戦闘には不向きです。いかに数を揃えようとも集団戦闘に関しては同数の軍隊とは比べようもありません」

 その意見に軍務次官も同意する。

「戦いの中心は山道出口です。そこで迎え撃つには持てる最大戦力を投入しなければなりません。そのために山道出口にある砦の守りは最小限の警備隊を残し、不足する戦力に冒険者を配置して万が一にも戦線を突破した敵の対処に当たらせるべきです。また、連邦からの難民も山道を抜けてくるでしょうから一時的には砦に避難させなければなりません。彼等を守るためにも冒険者は山道側に必要です」
「貴殿らの意見も分かる。しかし、可能性が低いといって北の守りを疎かにはできんぞ?」

 よい案が浮かばずに会議室に沈黙が流れる中で軍務次官の背後に控えていた1人の軍務省幹部が手を上げた。

「私に考えがあります」

 その者が述べた案は投入された者達を犠牲にすることを厭わない非道な策であったが、誰も反対意見を述べる者はいなかった。
 賢王と称えられるアイラス国王ですらその提案を退けることはできず、その非道なる案が採用されることになった。

「この罪は余が負うべきものだ。よって全ては余の名の下で命令を出すのだ」

 アイラス国王は決意の表情で宣言した。
 その後、魔王に対する様々な決定がなされ、国王アストリア・アイラスの名の下で国中に通達された。

 今、百年の栄華を誇るアイラス王国に建国以来の危機が迫る。
 魔王軍に対峙する王国の存亡をかけた戦いが始まろうとしていた。
しおりを挟む

処理中です...