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戦場のネクロマンサー

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「よし、守備隊が動いてくれました。砦付近の敵はあちらに任せて私達は正面の敵に集中できます」

 スケルトンウォリアー達が正面の敵を押し戻している背後でゼロは反時計周りに移動してタリクの軍団の左側面を取った。
 そこに百体規模のスケルトンウォリアーの弓隊を召喚して敵の左側面に向けて矢を撃ち込んだ。
 突然現れたスケルトンウォリアーの弓隊による攻撃にタリクの部隊は少なからず犠牲を出し、その動きに混乱が生じる。

「クソッ!いきなり出てきやがった。だが、数は少ない。左の敵を潰せ!」

 魔王軍の一部がスケルトンの弓隊に向かって突進したが、衝突する寸前にスケルトン達は忽然と姿を消し、目標を見失った魔物達が足を止める。
 すると今度はその部隊のど真ん中にスケルトンウォリアーとジャック・オー・ランタンが出現し混乱した魔物達に大打撃を与えて直ぐに姿を消す。

「立て直せ!密集しろ!」

 タリクは戦況を立て直すべく部隊を後退させて混乱の最中にある魔物達を掌握しようとしたが、それに乗じて正面のアンデッド達が攻勢に出て前方の部隊を打ち砕いている。

「ネクロマンサーがいるのか?それならばアンデッドは大した脅威じゃない!ネクロマンサーを殺せ!」

 タリクが指示するが、混乱する最前線で広大な戦場を縦横無尽に動き回るたった1人の人間を直ぐに見つけ出すことができない。

 その時ゼロは戦場を迂回してタリクの軍団の右翼後方に回り込んでいた。
 背後に控えるバンシーに振り返る。

「ここは貴女に任せます」
「畏まりました」

 ゼロはその場にウィル・オー・ザ・ウィスプとスペクターを数十体召喚した。
 直ぐにバンシーの指揮下で敵の右後方から魔法攻撃を仕掛ける。
 衝撃波に吹き飛ばされ、炎に包まれた魔物達が次々と倒れた。
 タリクはバンシー達に対処すべく部隊の一部を差し向けたが、その時には既にゼロは移動していた。
 タリクの対応は全て後手に回っている。

(落ち着け、このままじゃ奴の思うつぼだ)

 タリクは自分に言い聞かせる。

「全軍密集!全方位警戒!」

 タリクを中心に魔物達が密集陣形を取り、全ての方位に備えた。

 その時にはゼロは正面のスケルトンウォリアーの後方に戻ってきていた。

「ゼロ、あんたすげえな」

 ゼロの戦いを間近で目の当たりにしたリンツ達は唖然としていた。

「これが死霊術師の戦いの一端です。でも、まだまだですよ。死霊術師の恐ろしさは」

 ゼロはリンツ達を見た。

「ここからは乱戦です。皆さんは後退してください」

 しかし、リンツ達はそろって首を横に振る。

「おいおい、ここまで来て逃げられるかよ。乱戦、望むところだ。俺達も戦うぜ!」
「しかし、敵は数千、私のアンデッドの何倍もの数です。しかも混乱を立て直していて、もう小細工は通じないでしょう。それでも私はあの部隊だけは叩き潰します。そのためには正面からの真っ向勝負です。乱戦になればただでは済みませんよ」

 ゼロは囚人部隊の男達を説得するが、誰も首を縦に振らない。

「それでもだぜ!俺達は退かない。退くわけにはいかないんだ。俺達は一度人生から逃げ出した奴等だ。もう一度前を向いて歩く為にはここで戦わなければならない。たとえここで死ぬとしてもな」

 リンツの言葉を合図に皆が武器を構える。

「分かりました。ならば共に行きましょう」

 ゼロは前を見て剣を抜いた。
 そしてオメガを呼ぶ。

「ここからは総力戦です。自由に戦いなさい」
「お任せください」

 オメガは敵軍に向かって歩き出す。

「待ちなさい、忘れ物です」

 そう言ってゼロは歩き出したオメガを呼び止めた。
 ゼロは自らの剣でその腕に傷を付ける。

「っつ!マスター、何を!」

 ゼロは血の滴る傷口をオメガに差し出した。

「飲みなさい。そしてヴァンパイアとしての力を遺憾なく発揮しなさい」

 そのゼロの腕を、そこから流れるゼロの血を見てオメガは喉を鳴らす。
 そして、ゼロの前に跪いた。

「マイマスター。私などの俗物に・・・。我が永遠の命をかけてお仕えさせていただきます」

 ゼロの腕から流れる血を恭しく両手で受け止めると頭を垂れたまま口にした。
 ゼロの血を飲んだオメガの金色の髪が真っ赤に染まり、その内に秘める力が格段に強まった。
 オメガは立ち上がると背負っていたバスターソードを捨てた。

「私にはもう必要ありません。私の力に耐えられないでしょうし」

 そして、敵軍に向かって歩き出す。

「マイマスター、駆けても宜しいでしょうか?」

 ゼロは頷いた。

「自らの意志で好きに暴れなさい」
「心得ました!マスターの思いこそが私の意志です」

 オメガはスケルトンウォリアーの部隊を飛び越えると敵の真っ只中に飛び込んでいった。
 それを見届けたゼロは周りのアンデッドと男達に向かって叫んだ。

「突撃です!敵陣形を食い破り敵将を討ち取ります!」
「「応っ!」」

 それまでジリジリと前進を続けていたスケルトンウォリアー達が突撃陣形を取りながら盾と槍を翳して突撃を開始し、敵の中に食い込んだ。
その後にゼロとリンツ達が続く。
 ゼロ達の突撃を援護するようにバンシーが指揮するアンデッド魔法部隊が攻撃の勢いを強めた。

 ゼロ達が数倍の敵を翻弄して混乱に陥れ、更には攻勢に出た様に砦の防壁の上の皆が目を奪われていた。
 一瞬の隙を突いて反撃に転じた第1騎士団と聖騎士団の機動力を生かした攻撃に追いつかないゴルグの軍団は目の前の攻撃に気を取られるあまり、第1防壁を占拠した部隊への援護も出来ずに孤立させてしまう。
 そして孤立した防壁の部隊は第2防壁からの猛攻撃に耐えられずに全滅し、第1防壁を奪還されていた。
 今、レナ達は第1防壁の上から戦況を見ていた。
 砦の前では騎士団が機動力を生かして敵に攻撃を加え、敵陣形が乱れた隙間に突撃をかけて敵本隊に向かって突き進んでいる。
 先陣を切るのはイザベラとアランだ。

 そしてゼロ達の戦いを見れば、これまた自分達の何倍もの敵に猛攻を加えて敵陣深く食い込んでいるところだ。

「やっぱり手が足りていないわ」

 一見するとゼロ達は敵を圧倒しているように見えるが、それも一時的なものの筈だ。
 敵は魔人が指揮を取る魔王軍である。
 このままで済むとは考えられない。
 レナは決断した。

「ゼロの下に行く気だろう?」

 いつの間にか背後にいたオックスに呼び止められる。
 振り向けば、そこにはオックスとリリスだけでなく、イズとリズ、レオンとその仲間、セイラとアイリアが立っていた。

「はい、私はゼロの所に行きます」

 レナの決意に皆が頷いた。

「俺達もだ。ここで見てるだけってのも我慢ならん。一緒に行くぞ」
「私達もゼロ様の下で戦います」
「俺達も、本当の英雄になるんだ」
「私達でもお役に立てる筈です」

 皆が最前線で奮闘しているネクロマンサーを思い、それぞれが決意に満ちた目をしていた。
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