好きな人が媚薬を飲んで帰ってきた

ちづる

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SNSにおけるマウント行為

#2

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 その日の夜に、明人と凪の帰宅時間が被ったのは偶然だった。マンションのエントランスに凪の後姿を見掛けた。先にエレベーターに乗って上がってしまった凪を追って、明人もエレベーターを待つ。
 大理石を敷き詰めた床を見つめながら、じっとエレベーターを待つ明人の心は穏やかでなかった。凪の隣に知らない誰かの姿があったからだ。スマートフォンを見ても誰かを連れて帰るという連絡は特にない。長身な所から、よく傍にいるマネージャーでもなさそうだ。一体誰だろう。不安に支配され、キリキリと胃が痛みだす。人付き合いの得意でない明人にとって、見知らぬ人と会うというのはなかなかのストレスだ。
 ハラハラした気持ちのままエレベーターに乗る。いつもは感じないエレベーターの上昇が臓器を揺らすような感覚に襲われる。このまま帰っていいものかどうか迷いながら、やはり凪の隣にいた誰かが気になって帰宅を決意した。
 深呼吸し、意を決して部屋の扉を開けると、玄関には一人の男が立っていた。
「お帰り。幼馴染くん」
 長身の男はそう言いながら、明人が玄関の扉を思い切り開いた事が面白かったらしく、腕を組みながらクスクス笑っている。身長180cmの明人よりも少しばかり背が高く、髪と髭を無造作に伸ばし、薄く色の入った気取ったサングラスをしたその男。間違いない。彼は榊フィンリーである。
「あれ、明人。早かったね」
 先に玄関に上がった凪が、なんて事の無さそうに明人に声を掛ける。玄関で固まる二人を見て凪は互いを紹介した。幼馴染の明人に、仕事仲間のフィン。ニコニコと互いを紹介する凪を見つめながら、二人は前から互いの存在を認識していた事を心のどこかで感じていた。
「はじめまして」
「……はじめまして」
 感情の読めない微笑みを浮かべながら右手を差し出すフィンリー。明人もそれに倣い、二人は握手を交わした。
「上がっていかない?」
 じっと玄関に立ちっぱなしの大男二人を凪が不思議そうに見つめる。明人もちらりとフィンリーに視線を送る。きっと普段なら、明人がこの部屋に来る前ならば、余計な事は考えずに部屋へ上がっていた事だろう。
「……どうぞ」
 自分に気を遣っているのかと思った明人は、フィンリーに部屋へ上がるように促した。彼はその言葉に一瞬だけ明人の方を見ると、首を横に振った。
「いいえ。今日はお姫様を送り届けに来ただけだから」
 やはり心の内を読ませないような微笑みを浮かべるフィンリーに、何となく明人は不信感を抱いた。お姫様とは凪の事かと最愛の人を見れば、見計らったように凪の腰はフィンリーの腕によって攫われていく。
「じゃあね。また来るよ」
 フィンリーに腰を抱かれる凪。長身の彼は凪の耳元で囁くと、指でさらりと凪の前髪を分け、上から額にキスをした。突然見せ付けられた光景に明人は愕然として、思わず壁に頭をぶつけた。しかし憤り切れないのが、その光景が絵になったからである。綺麗に鼻筋の通った美しい二人が顔を寄せて微笑み合えば、凪がベテラン司会者から貰ってきた、謎の土偶のオブジェが飾られる玄関だろうと絵になるのである。
「うん、また……。そうだ。フィン、DVD持っていく?」
「え、持ってく」
 凪がフィンリーから離れると、二人は何事もなかったようにDVDの貸し借りを始めた。明人は何とか靴は脱いだものの、刺激的な光景によって放心状態のまま玄関前に突っ立っていた。
「……凪、随分笑うようになったね」
 DVDを取りに凪が部屋へ向かうと、フィンリーがその背中を見送りながら呆けていた明人に言葉を掛けた。
「君のお陰かな」
「……いえ。俺は何も……。……凪は榊さんが傍に居てくれたって」
 急に話し掛けられて緊張したのだが、フィンリーが少し寂しそうな顔を見せたので明人は言葉を付け足した。実際凪はフィンリーに対してとても感謝をしている。しかしフィンリーがそんな明人を揶揄うように笑ったので、明人はムッとしてしまう。
「榊さんって。フィンでいいし敬語もやめてよ。どうせ君そんな柄じゃないだろ?」
 相容れない男だとはSNSアカウントを観察しながら感じていたが、会ってしまった事で確信に変わる。明人はチッと心の中で舌打ちをしながら玄関の土偶に視線を移した。目の前の男より、土偶のオブジェの方が数段可愛らしい。
「あ、一つ聞きたいんだけど。凪のアカウントに上がってる写真。君が撮ったの?」
「……そうだけど」
「へえ……。妬けちゃうな」
 媚びるように首を傾げてフィンリーは言う。何が言いたいのかと聞こうとした所で、凪がDVDを持って戻ってきた。何の話? と呑気に笑う凪に、フィンリーは同じく呑気に微笑み返した。

 フィンリーが出て行った後、明人は部屋に戻って荷物を置くと、どっと疲労に襲われてベッドに身体を投げた。フィンリーの持つ圧倒的な存在感に精神がすり減った。堂々として、無自覚に威圧的で、凪はよく一緒にやっていけるなと感心する。結局写真について何が聞きたかったのかも分からず、明人の心には靄が残った。
「……明人」
 その時、扉の向こうから凪の声が聞こえて、明人は部屋へ迎え入れた。
「驚かせて悪かったね。鉢合わせになるとは思わなくて」
 申し訳なさそうに凪が謝る。当然、扉を開けてあんな派手な男がいたら驚く。綺麗なタイプの凪と、奇抜なタイプのフィンリーが仲良くしているのは意外だが、その二人の対比が逆にバランスがいいなと明人はツーショット写真を思い出して、またもやジェラシーが噴出した。
「そういえば、朝の写真評判いいみたい。お礼に俺が明人くんを撮影しましょう」
「何言ってんだ?」
 突然何を言い出すかと思えば、凪は棚に置いてあった明人の一眼レフを見つめて、それに触れていいかどうかを聞いた。不思議に思いながらも頷くと、凪は一眼レフを手にして明人にレンズを向けた。
 訳の分からない撮影会ににこやかに微笑む事など出来る筈もなく、ぎこちない表情の明人に凪はシャッターを切る。当然ながら、仕事終わりの疲れた男の顔が写るだけである。
「やっぱり写真は自分で撮る方がいいな」
 凪の手から一眼レフを受け取って、今度は明人がレンズを向けた。凪をベッドに座らせて、見下ろすような角度で撮影する。夜の、照明を絞った薄暗い部屋での凪は、朝とはまた違った妖艶な色気があった。
 朝はどんな写真を撮ったかと記憶を探る。寝起きの重い目蓋と平行な二重でとろんと微笑む凪。自然体を目指したものの、少し間抜けに撮りすぎたかと思い出して、思わず笑みが零れた。
「ふふ」
 同じく凪も微笑んだ。レンズ越しにじっと目が合って、だが明人はシャッターを切る事が出来なかった。きっとこの表情は自分にしか引き出せないと自惚れた。明人の撮った写真を見てフィンリーは妬ける、と言ったか。自惚れが正しいのなら、その意味が分かる。
 瞼を伏せる凪を見つめながら、静かにシャッターを切る。しかし撮影した写真がSNSに上がる事はない。その表情はお互いだけが知っていればいい。それはつまらない男の嫉妬であった。


【SNSにおけるマウント行為 完】
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