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交易商人とエルフの少女
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「サラクさん、これどうしますか?」
ハンガクがそう訊いた相手は、今回の依頼主のサラクだ。
騒ぎが収まったのを見計らって、鳥車を降りて様子を見に来たのだ。ローブと腰帯を押し上げる腹はでっぷりと肥えていてほとんど球体に近い体型をしている。蓄えられた豊かな口ひげが商人然としているが、ターバンの下で光る眼は黒社会で力を持つ者――ぶっちゃけマフィアのそれだ。
傍には樫の杖スタッフを手にしたエルフの少女と、商人風の身なりをした優男が付き従っていた。
「ハンガクか、よくやってくれたな。魔物の死体は不要だ。適当に埋めておいてくれ」
顔貌のいかめしさに反してサラクの声音は低いが穏やかだった。
死体を埋めろと指示したのは何も埋葬しろということではない。ここが貿易路であるので、魔物の死体を目当てにした別の魔物が集まるのを防ぐためだ。
本来なら討伐した魔物の死体は魔石をはじめとして有用な素材の宝庫ではあるのだが、今は解体している時間もなければ車に積み込むスペースもないということなのだろう。
コカトリスやシェルクラーケンの件からも分かるように、魔物の肉は食糧にもなるが、流石にこの世界でも亜人を食べる習慣はほとんどない。カニバリズムに抵抗がある点は前の世界と共通している。
「ハンガクさん、すごいお手並みでしたね」
優男がそう言った。
ハンガクの知り合いかと思い顔を見るが、彼女もすこし首を傾げ気味だ。
「ありがと。えーっと、誰だっけな」
「これは失礼。アガトと申します。交易商です。サラクさんには色々とお世話になっておりまして、今回の隊商もサラクさんにお誘いいただいて参加しております」
そこで言葉を止めると同意を求めるようにサラクの方を見た。
サラクは鷹揚にうなずいてみせる。
「引き続きよろしく頼むよ」
そう言い置いて、サラクは早々に鳥車内に引き上げた。強すぎる日差しを嫌ったんだろう。それでもオレたちの様子を見に出てくるだけ良い雇い主といえた。
サラクの後ろ姿を見送った後、アガトは手で傍らの少女を示してみせて再び言葉を続けた。
「こちらは私の護衛のジャド。護衛は他にラーズとアンバーという二人がいますが、今はリュウガメ車を護っています。ハンガクさんのご高名は冒険者である彼女たちから聞いてたんですが、実はトヨケさんのお店、トメリア食料品店でお見かけしたこともあるんですよ」
トメリア食料品という言葉に思わず反応する。交易商人ならば商店主であるトヨケとは付き合いがあるのも当然かもしれないが、オレはこれまでこの優男を見た覚えがなかった。
何も問題はないが個人的には気に入らない。気に入らないったら気に入らない。
ハンガクが反応したのは護衛の冒険者たちだった。
「ジャドも来てたんだな。今まで姿見なかったな。カーネルはいないのか?」
顔見知りのようだ。オレもあの少女は何となく見た覚えがあるが名前までは出てこない。冒険者ギルドに所属しているといっても、特に目立つ者や一緒に依頼をこなした者ならともかく、全員の顔と名前を覚えるなんて不可能だ。不可能だと思うんだが、ハンガクはやたら知り合いが多いんだよな。
ところがエルフの少女の反応は微妙だ。首を傾げるのと頷きの中間の動作で応じた。
「カーネルは今日は来てない」
「リーダー不参加なんて珍しいな。てかゴルドもいないんだな」
「ゴルドも今日は来てない」
まるで自動音声のように少女は答えた。
あの反応は知ってる。
ハンガクは気付いていないようだがオレには分かる。
道端で自分が覚えていない相手に突然「久しぶり、こんなとこで会うなんて奇遇だね」と話しかけられた時の反応だ。
交友範囲が広く面倒見も良いハンガクには想像すらできないだろうけど、世の中には人の名前と顔が覚えられない者がけっこういるのだ。そして何を隠そうオレもそっち寄りの人間だ。
だからあの少女の困惑はよく分かる。
ここはひとつ助け舟を出そうか──なんて考えているところでトヨケの声がした。
「アガト」
今しがたまでハイオークたちの死体のあたりでツルと何やら話していたのだが、サラクたちの姿に気付いてこちらに戻ってきたのだ。その声がどこか弾んでいるように聞こえるのが気に入らない。
「トヨケ、久しぶりですね」
応じたアガトも親しげな笑みをたたえている。
さんを付けろデコ野郎。なんでハンガクにはさんを付けてトヨケには付けないんだ。トヨケの方もアガトを呼び捨てにしてるし、偉そうというよりまるで親しそうに見えてしまうじゃないか。
「今回はありがとう」
アガトのすぐ近くまで来てトヨケはぴょこんと頭を下げた。
てか近くないか? 言葉遣いもなんだかなんだかだし。マナー的にあんまり良くなくないか?
「いやお礼をいうのはこっちの方ですよ。護衛に参加してくれてありがとう」
言うとアガトはトヨケの肩にポンと手を置いた。
ハンガクがそう訊いた相手は、今回の依頼主のサラクだ。
騒ぎが収まったのを見計らって、鳥車を降りて様子を見に来たのだ。ローブと腰帯を押し上げる腹はでっぷりと肥えていてほとんど球体に近い体型をしている。蓄えられた豊かな口ひげが商人然としているが、ターバンの下で光る眼は黒社会で力を持つ者――ぶっちゃけマフィアのそれだ。
傍には樫の杖スタッフを手にしたエルフの少女と、商人風の身なりをした優男が付き従っていた。
「ハンガクか、よくやってくれたな。魔物の死体は不要だ。適当に埋めておいてくれ」
顔貌のいかめしさに反してサラクの声音は低いが穏やかだった。
死体を埋めろと指示したのは何も埋葬しろということではない。ここが貿易路であるので、魔物の死体を目当てにした別の魔物が集まるのを防ぐためだ。
本来なら討伐した魔物の死体は魔石をはじめとして有用な素材の宝庫ではあるのだが、今は解体している時間もなければ車に積み込むスペースもないということなのだろう。
コカトリスやシェルクラーケンの件からも分かるように、魔物の肉は食糧にもなるが、流石にこの世界でも亜人を食べる習慣はほとんどない。カニバリズムに抵抗がある点は前の世界と共通している。
「ハンガクさん、すごいお手並みでしたね」
優男がそう言った。
ハンガクの知り合いかと思い顔を見るが、彼女もすこし首を傾げ気味だ。
「ありがと。えーっと、誰だっけな」
「これは失礼。アガトと申します。交易商です。サラクさんには色々とお世話になっておりまして、今回の隊商もサラクさんにお誘いいただいて参加しております」
そこで言葉を止めると同意を求めるようにサラクの方を見た。
サラクは鷹揚にうなずいてみせる。
「引き続きよろしく頼むよ」
そう言い置いて、サラクは早々に鳥車内に引き上げた。強すぎる日差しを嫌ったんだろう。それでもオレたちの様子を見に出てくるだけ良い雇い主といえた。
サラクの後ろ姿を見送った後、アガトは手で傍らの少女を示してみせて再び言葉を続けた。
「こちらは私の護衛のジャド。護衛は他にラーズとアンバーという二人がいますが、今はリュウガメ車を護っています。ハンガクさんのご高名は冒険者である彼女たちから聞いてたんですが、実はトヨケさんのお店、トメリア食料品店でお見かけしたこともあるんですよ」
トメリア食料品という言葉に思わず反応する。交易商人ならば商店主であるトヨケとは付き合いがあるのも当然かもしれないが、オレはこれまでこの優男を見た覚えがなかった。
何も問題はないが個人的には気に入らない。気に入らないったら気に入らない。
ハンガクが反応したのは護衛の冒険者たちだった。
「ジャドも来てたんだな。今まで姿見なかったな。カーネルはいないのか?」
顔見知りのようだ。オレもあの少女は何となく見た覚えがあるが名前までは出てこない。冒険者ギルドに所属しているといっても、特に目立つ者や一緒に依頼をこなした者ならともかく、全員の顔と名前を覚えるなんて不可能だ。不可能だと思うんだが、ハンガクはやたら知り合いが多いんだよな。
ところがエルフの少女の反応は微妙だ。首を傾げるのと頷きの中間の動作で応じた。
「カーネルは今日は来てない」
「リーダー不参加なんて珍しいな。てかゴルドもいないんだな」
「ゴルドも今日は来てない」
まるで自動音声のように少女は答えた。
あの反応は知ってる。
ハンガクは気付いていないようだがオレには分かる。
道端で自分が覚えていない相手に突然「久しぶり、こんなとこで会うなんて奇遇だね」と話しかけられた時の反応だ。
交友範囲が広く面倒見も良いハンガクには想像すらできないだろうけど、世の中には人の名前と顔が覚えられない者がけっこういるのだ。そして何を隠そうオレもそっち寄りの人間だ。
だからあの少女の困惑はよく分かる。
ここはひとつ助け舟を出そうか──なんて考えているところでトヨケの声がした。
「アガト」
今しがたまでハイオークたちの死体のあたりでツルと何やら話していたのだが、サラクたちの姿に気付いてこちらに戻ってきたのだ。その声がどこか弾んでいるように聞こえるのが気に入らない。
「トヨケ、久しぶりですね」
応じたアガトも親しげな笑みをたたえている。
さんを付けろデコ野郎。なんでハンガクにはさんを付けてトヨケには付けないんだ。トヨケの方もアガトを呼び捨てにしてるし、偉そうというよりまるで親しそうに見えてしまうじゃないか。
「今回はありがとう」
アガトのすぐ近くまで来てトヨケはぴょこんと頭を下げた。
てか近くないか? 言葉遣いもなんだかなんだかだし。マナー的にあんまり良くなくないか?
「いやお礼をいうのはこっちの方ですよ。護衛に参加してくれてありがとう」
言うとアガトはトヨケの肩にポンと手を置いた。
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