9 / 99
お買い物
しおりを挟む
居住区へと戻る女の子が振り返って名残惜しげにぶんぶんと手を振った。母親は深々と頭を下げた。
擦り傷を治療したぐらいにしては大げさな感謝のされ方だが、多分上位種のドラゴンとやらに対しての礼なのだろう。
「いや、やっぱドラゴンとか納得いかねえ」
もう何度目かになる言葉がオレの口を吐いて出る。
「カズは想像力が乏しいなあ。それにドラゴンに対しての偏見が強すぎるんだよ」
「偏見というか、そもそもドラゴンについての事なんてほとんど知らないぞ。何しろ転生してきてまだ半年ほどだからな」
「転生までのこっちの世界での記憶もあるんでしょ?」
「あるにはあるが、ぼんやりしてるな。知ってる魔物もコボルトかゴブリン、あとは狼とかイノシシぐらいだな」
異世界転生といってもいきなりこちらの世界にポンっと飛び込んで来るわけではない。
いや感覚的には飛び込んできた感じなのだが、こちらの世界でのオレにもそれまでの人生があって記憶もある。
だがその人生は曖昧で現実感が乏しく、どこか借り物のような感じがする。
今のオレはこの世界での生い立ちよりも転生前の自分と地続きであるという感覚が強いのだ。
これはあくまで想像だが、転生の時に向こうからくる魂を受け容れる肉体が創られ、その時にその人生までも遡って創られるのではないだろうか。つまりこちらの人生こそが後付けなんじゃないだろうか。
「それはそうと、ホントに大丈夫なんだろうな」
オレとシルバーは宿に戻ることを止め、再び商店街の方へと向かっていた。
シルバーが荷物を持ち帰るのに有効なスキルを持っていると言ったからだ。
「大丈夫もなにも買った物を収納するだけでしょ? 僕の異次元収納に入れてくだけじゃん。そもそもこういうスキルってRPGとか建築ゲームとかだと普通に使えるよね。なんでカズは使えないの?」
「普通は使えねえよ。いくら異世界だっつってもそんな摩訶不思議なスキルがぽこぽこ使えたら誰も苦労しねえ」
こいつと一緒に戻って不用意に目立ってしまうことは嬉しくない。
だがドラゴンという存在はどうやらこの世界では一目置かれるらしい。さっきの母子の態度からすると、万が一昨夜の貴人たちの目に止まっても大丈夫なのではなないかと思えてきた。
城壁の修繕に集めた人数はオレを除いて十人と聞いている。そいつらの賄いを用意するためには、食材だけではなく調理器具や食器類などなかなかの大荷物になるのだ。
モリからはとりあえず買い上げだけを済ませれば後ほど自分が荷車を準備して購入済みの品の回収を行うと言われていた。
だがそれだと二度手間になるし、大変な作業をモリに押し付けているようで、気がすすまなかったのだ。
だけどシルバーにそんな便利なスキルがあるとなると話が変わってくる。
リスクとメリットを天秤にかけて、オレはシルバーととも行ってさっさと買い物を済ませてしまおうと判断したのだ。
「僕の異次元収納は保温、保冷もきくし、混ざったらいけない物も別々に収納できるよ。ちなみにカップに入った飲み物とかもこぼれない」
「ディーバーやってる時に欲しかったな、そのスキル」
デバッグは保温・保冷性はあったが、食べものの周りにはタオルを詰めたりして中身のこぼれるのを防いでいた。
もしも異次元収納みたいなスキルが使えていたなら、もっとストレスなく仕事をすることができただろう。
「デバッグも十分に有能だったけどね」
「ああそっか。それってデバッグ由来のスキルなんだな」
あの時盗まれたデバッグだったが、こうやってスキルとしてシルバーの一部になっているということは、死ぬ前には取り返すことができたのだろう。成仏できそうだ。
「何にしましょう」
店の棚に並んだ品物をひとつひとつ手に取ってみていると、店主から声をかけられた。
オレより幾つか年長だったはずだが、こういった店を構えるにはかなり若い部類だろう。
口ひげをたくわえており、柔らかな微笑みを浮かべている。中々の美青年だ。
若さには似つかわしくない落ち着きと穏やかさがある。
「調理に使う焚火台と大鍋、フライパンかな。あとナイフも。焚火台も鍋もフライパンも大きいものがいい。ナイフは切れ味よりもヘビロテで使っても傷まないやつがいいな。どれも安いものじゃなくてもいい」
金ならある。というかモリのお使いだから、予算はそれほど気にしていない。
それよりも城の作業を始めてからナイフが折れたりでもすれば新しい物を調達するためにかなり無駄な時間を浪費してしまう。
ここは値段だけを見て安易に決めるべきではない。
「打ち師や砥ぎ師の指定とかはありませんか?」
「いや、特には」
オレの言葉に店主は頷くと、店の奥をゴソゴソとやり始めた。
ドラゴンが来て物珍し気に店内や売り物を見てまわっているというのに、客からのオーダーには普段と変わらない対応をするあたり、プロ根性が覗える。
「荒物屋は他にも幾つかあったのにどうしてこの店なの?」
シルバーが訊いた。
「よく利用する店だからな、ここ。
大きな店じゃないがわりとニッチな注文にも対応した品を探してくれるんだよ」
「あーなるほど、オレ分かってる系のそういうアレかー」
せっかく説明してやったというのに、シルバーは含み笑いと共にそんな風に返した。
この自転車、オレに乗られてた時にずっと恨みでも抱いてたんだろうか。
「これなどはいかがでしょうか」
店主がオレとシルバーを交互に見ながら、鍋やナイフを売り場に設えてあるテーブルに並べてみせた。フライパンにいたっては三つある。
なんとなく、どれも良い品だということが分かる。
打ち師や砥ぎ師にはこだわらないと伝えたが、多分これは力のある者の手による作品だ。だが……
「安くなくてもいいとは言ったけど、これは……」
鍋とフライパンはどこをとっても厚みが均一だ。
鍋の板厚はかなり分厚い。これはかなり安定した熱の伝わり方をしてくれるだろう。じっくりと煮込む料理にかなり力を発揮するに違いない。
フライパンは三つとも板厚が違う。薄い物、厚い者、その中間くらいの物が用意されている。料理によって使い分けろということか。
強火でサッと痛めてしまう野菜炒めには薄い物を、分厚い肉を焼く場合には一番厚いフライパンでじっくり火を通せばミディアムレアの上質なステーキを焼き上げることができそうだ。
そしてナイフ。一種類の鉄ではない。複数の鉄を叩いて接合し、一枚の刃物としているのだろう。そこから気の遠くなるような工程を経て、ここまで美しく研ぎあげられているのだろう。
安くないどころか、どれもかなりの業物だ。
「これはとても手が出ないな」
「すいません、カズさん。冗談が過ぎました」
オレの渋い顔に気付いたらしい店主が、目を細めて深々と頭をさげた。
「どれもこれもウチが置かせていただいてる品の中では最高級の物です。腕のあるマイスターが手間を惜しまずに作り上げた逸品です。これを出したらカズさんがどんな顔をするのか見てみたかったんです」
「どんな顔をするも何も、こんな良い物を見せられたら、ただただ羨ましくなってしまうだけだな」
「本当に申し訳ありません。カズさんにはいつも見抜かれてばかりですので」
「試されたみたいなもんか。つってもオレなんか目利きでも何でもない、当てずっぽう言ってるだけの一般人だかんな」
仕方がない。これだけの品物を購入するとなると、モリの想定している支度金どころか、城壁修理で入ってくるであろう収入を全て費やしてもまだまだ足りないはずだ。
「ふむふむ、どれも良い品のようだね」
シルバーの声が割って入った。
擦り傷を治療したぐらいにしては大げさな感謝のされ方だが、多分上位種のドラゴンとやらに対しての礼なのだろう。
「いや、やっぱドラゴンとか納得いかねえ」
もう何度目かになる言葉がオレの口を吐いて出る。
「カズは想像力が乏しいなあ。それにドラゴンに対しての偏見が強すぎるんだよ」
「偏見というか、そもそもドラゴンについての事なんてほとんど知らないぞ。何しろ転生してきてまだ半年ほどだからな」
「転生までのこっちの世界での記憶もあるんでしょ?」
「あるにはあるが、ぼんやりしてるな。知ってる魔物もコボルトかゴブリン、あとは狼とかイノシシぐらいだな」
異世界転生といってもいきなりこちらの世界にポンっと飛び込んで来るわけではない。
いや感覚的には飛び込んできた感じなのだが、こちらの世界でのオレにもそれまでの人生があって記憶もある。
だがその人生は曖昧で現実感が乏しく、どこか借り物のような感じがする。
今のオレはこの世界での生い立ちよりも転生前の自分と地続きであるという感覚が強いのだ。
これはあくまで想像だが、転生の時に向こうからくる魂を受け容れる肉体が創られ、その時にその人生までも遡って創られるのではないだろうか。つまりこちらの人生こそが後付けなんじゃないだろうか。
「それはそうと、ホントに大丈夫なんだろうな」
オレとシルバーは宿に戻ることを止め、再び商店街の方へと向かっていた。
シルバーが荷物を持ち帰るのに有効なスキルを持っていると言ったからだ。
「大丈夫もなにも買った物を収納するだけでしょ? 僕の異次元収納に入れてくだけじゃん。そもそもこういうスキルってRPGとか建築ゲームとかだと普通に使えるよね。なんでカズは使えないの?」
「普通は使えねえよ。いくら異世界だっつってもそんな摩訶不思議なスキルがぽこぽこ使えたら誰も苦労しねえ」
こいつと一緒に戻って不用意に目立ってしまうことは嬉しくない。
だがドラゴンという存在はどうやらこの世界では一目置かれるらしい。さっきの母子の態度からすると、万が一昨夜の貴人たちの目に止まっても大丈夫なのではなないかと思えてきた。
城壁の修繕に集めた人数はオレを除いて十人と聞いている。そいつらの賄いを用意するためには、食材だけではなく調理器具や食器類などなかなかの大荷物になるのだ。
モリからはとりあえず買い上げだけを済ませれば後ほど自分が荷車を準備して購入済みの品の回収を行うと言われていた。
だがそれだと二度手間になるし、大変な作業をモリに押し付けているようで、気がすすまなかったのだ。
だけどシルバーにそんな便利なスキルがあるとなると話が変わってくる。
リスクとメリットを天秤にかけて、オレはシルバーととも行ってさっさと買い物を済ませてしまおうと判断したのだ。
「僕の異次元収納は保温、保冷もきくし、混ざったらいけない物も別々に収納できるよ。ちなみにカップに入った飲み物とかもこぼれない」
「ディーバーやってる時に欲しかったな、そのスキル」
デバッグは保温・保冷性はあったが、食べものの周りにはタオルを詰めたりして中身のこぼれるのを防いでいた。
もしも異次元収納みたいなスキルが使えていたなら、もっとストレスなく仕事をすることができただろう。
「デバッグも十分に有能だったけどね」
「ああそっか。それってデバッグ由来のスキルなんだな」
あの時盗まれたデバッグだったが、こうやってスキルとしてシルバーの一部になっているということは、死ぬ前には取り返すことができたのだろう。成仏できそうだ。
「何にしましょう」
店の棚に並んだ品物をひとつひとつ手に取ってみていると、店主から声をかけられた。
オレより幾つか年長だったはずだが、こういった店を構えるにはかなり若い部類だろう。
口ひげをたくわえており、柔らかな微笑みを浮かべている。中々の美青年だ。
若さには似つかわしくない落ち着きと穏やかさがある。
「調理に使う焚火台と大鍋、フライパンかな。あとナイフも。焚火台も鍋もフライパンも大きいものがいい。ナイフは切れ味よりもヘビロテで使っても傷まないやつがいいな。どれも安いものじゃなくてもいい」
金ならある。というかモリのお使いだから、予算はそれほど気にしていない。
それよりも城の作業を始めてからナイフが折れたりでもすれば新しい物を調達するためにかなり無駄な時間を浪費してしまう。
ここは値段だけを見て安易に決めるべきではない。
「打ち師や砥ぎ師の指定とかはありませんか?」
「いや、特には」
オレの言葉に店主は頷くと、店の奥をゴソゴソとやり始めた。
ドラゴンが来て物珍し気に店内や売り物を見てまわっているというのに、客からのオーダーには普段と変わらない対応をするあたり、プロ根性が覗える。
「荒物屋は他にも幾つかあったのにどうしてこの店なの?」
シルバーが訊いた。
「よく利用する店だからな、ここ。
大きな店じゃないがわりとニッチな注文にも対応した品を探してくれるんだよ」
「あーなるほど、オレ分かってる系のそういうアレかー」
せっかく説明してやったというのに、シルバーは含み笑いと共にそんな風に返した。
この自転車、オレに乗られてた時にずっと恨みでも抱いてたんだろうか。
「これなどはいかがでしょうか」
店主がオレとシルバーを交互に見ながら、鍋やナイフを売り場に設えてあるテーブルに並べてみせた。フライパンにいたっては三つある。
なんとなく、どれも良い品だということが分かる。
打ち師や砥ぎ師にはこだわらないと伝えたが、多分これは力のある者の手による作品だ。だが……
「安くなくてもいいとは言ったけど、これは……」
鍋とフライパンはどこをとっても厚みが均一だ。
鍋の板厚はかなり分厚い。これはかなり安定した熱の伝わり方をしてくれるだろう。じっくりと煮込む料理にかなり力を発揮するに違いない。
フライパンは三つとも板厚が違う。薄い物、厚い者、その中間くらいの物が用意されている。料理によって使い分けろということか。
強火でサッと痛めてしまう野菜炒めには薄い物を、分厚い肉を焼く場合には一番厚いフライパンでじっくり火を通せばミディアムレアの上質なステーキを焼き上げることができそうだ。
そしてナイフ。一種類の鉄ではない。複数の鉄を叩いて接合し、一枚の刃物としているのだろう。そこから気の遠くなるような工程を経て、ここまで美しく研ぎあげられているのだろう。
安くないどころか、どれもかなりの業物だ。
「これはとても手が出ないな」
「すいません、カズさん。冗談が過ぎました」
オレの渋い顔に気付いたらしい店主が、目を細めて深々と頭をさげた。
「どれもこれもウチが置かせていただいてる品の中では最高級の物です。腕のあるマイスターが手間を惜しまずに作り上げた逸品です。これを出したらカズさんがどんな顔をするのか見てみたかったんです」
「どんな顔をするも何も、こんな良い物を見せられたら、ただただ羨ましくなってしまうだけだな」
「本当に申し訳ありません。カズさんにはいつも見抜かれてばかりですので」
「試されたみたいなもんか。つってもオレなんか目利きでも何でもない、当てずっぽう言ってるだけの一般人だかんな」
仕方がない。これだけの品物を購入するとなると、モリの想定している支度金どころか、城壁修理で入ってくるであろう収入を全て費やしてもまだまだ足りないはずだ。
「ふむふむ、どれも良い品のようだね」
シルバーの声が割って入った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
56
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる