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キャベツ
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「あとは何買うの?」
シルバーが進むとカラカラとチェーンも回る。
オレはもうハンドルに手を添えることはやめていた。
こっちの世界でこれが生き物と認識されるなら取り繕う必要もないだろう。
「食材ぐらいだな。ダンジョン探索や魔物討伐なら他にも細々と買う物があるんだけど、今回は城壁の修繕だから」
「修繕の道具とかは?」
「それは雇い主が用意してるさ。それにオレは修繕そのものじゃなくて修繕するヤツらの飯担当なんだよ」
「カズって料理できたの? 運ぶ専門じゃないの?」
「シングルライファーなめんな。得意料理はチャーハンと野菜炒めだ」
「それどっちも炒めるだけでできるやつ」
「まあ難しい物はできないけど、転生前も後もだいたい自炊してるから食える物は作れるさ」
話しているうちに広場に出た。
ここは通りよりもさらにたくさんの露店が出ている。
売られている物も衣類から食器、遠い国のガラクタなど雑多だ。食い物の屋台も並んでいる。
売る者、買う者、冷やかす者、ただ通り過ぎる者たちがひしめいて、さながら祭りのようだ。
様々な人種、エルフやドワーフ、ハーフリング等の亜人や獣人にそれらが連れている動物や飼育魔物が見受けられる。
自転車(ドラゴンともいうらしい)がいてもあまり目立たなさそうだ。
「たくさん店出てるけど、どこで買う?」
リンゴやナシが山と積まれた露店を覗きながらシルバーが訊いた。
ドラゴンだというなら、こいつも何か食べるのだろうか。でも口もないし、どうなんだろう。
「ここを抜けたトコにある食糧品の店だ。市は珍しい物はあるけど、品質の保証はないからな」
露店の並ぶ広場は市と通称されている。
どこからどこまでが市だと決められているわけではないが、基本的にはここでは誰でも物を並べて売る事ができるので、店を構えて商売をしている者とは明確に区別されている。
「こんなに色々と売られてるのに」
シルバーが言う。
進みながらハンドルをくるくると動かすので蛇行運転になっている。
周りの人にぶつかりそうになっているし、これはなかなかに迷惑だ。
「シルバー、真っ直ぐ進めよ」
「あ、いっけない。よっと」
掛け声とともに前輪が少し宙に浮いた。
ウイリーと呼ぶほどの上がり方ではないし、バランス的にこれ一体どうなってるんだ。
「これでどこ見ても直進できるよ。あ、キャベツ食べたい」
さらにきょろきょろしたシルバーがとある方向でハンドルを止めた。少し離れたところにある野菜売りを見ているらしい。
そそくさとそちらへ行くので、オレも仕方なく後に続く。特に急いでいるわけでもない。
キャベツや玉ねぎ、名前の分からない根菜類を盛ったカゴを前に、地面に筵を敷いただけの上に日に焼けた老婆が座っていた。
シルバーが店先に来ても野菜売りの老婆は少し眉をあげただけだった。
板切れに30ルデロとだけ書かれている。
「どの野菜が30ルデロなんだ?」
オレが訊くと老婆は
「どれでも一つ30ルデロ」
とだけ返した。
たしかに安い。シルバーが食べたいというならケチるほどの金額でもない。
銭貨を老婆に渡して、キャベツを取り上げる。
「キャベツなんて好きなのか。というか一体どこから食うんだ?」
言いながらシルバーの前カゴに入れてやる。
「カゴが口だよ」
言うなりカゴがぐにゃりと歪んだ。
かと思うと次は縮んで膨らんでを数回繰り返した。咀嚼のマンガ的表現といった感じだが、カゴが元の形状に戻った時、キャベツは消えて無くなっていた。
「これでも地竜の集落では美食家で通ってたんだよ」
どうやらキャベツひとつで満足したらしい。
「ごちそうさま」と老婆に思念伝達で礼を言って、シルバーはそこを離れた。
今度こそ目当ての店に向かうべく、シルバーを促して市を抜ける。
歩きながら先ほど気になった事を訊く。
「シルバーって竜の集落にいたのか」
竜の群れの中に自転車が混じっているところを想像するとなかなかにシュールだ。
「そうだよ。地竜はわりと集団でいることが多いんだ」
「地竜《アースドラゴン》っていう種類なのか? さっき何百種とか言ってたような気がするけど、竜ってそんなに種類あるんだな」
「大まかに別ければ、なく天竜、地竜《アースドラゴン》、水竜、海竜、それから精霊竜、雑種竜、あと亜竜も竜に含められなくもない」
「大まかでもそんなに種類があるのか。さっきの母親が言ってた上位種というのはどの種類のことなんだ?」
「竜の上位下位は生物学的な分類じゃないよ。精神の高尚さに付けられる称号みたいなものさ。精神の成熟度合いは、概ね生きてきた時間に比例するから、特に精神の高尚な竜は古代竜と呼ばれているよ。古代竜は、もうほとんど神様みたいな竜なんだ。もちろん僕も会ったことはない。その下が賢き竜で、ありとあらゆる知識と智慧を持っている。そこまでの知恵者じゃなくても高度な霊性と自我を持つ竜のことを長老竜と呼んでて、だいたいそのあたりまでをひとまとめに上位種と呼ぶことが多いみたい」
「おお、分かったような分からないような。でもじゃあシルバーは上位種じゃないじゃないか」
「失礼な。僕は立派な長老竜だよ。郷でも皆に尊敬されてたんだからね」
「ていうか、いつ郷にいたんだよ。転生してきたばかりじゃないのか? それともオレと同じでそれまでの人生……竜生の記憶があるのか?」
記憶があると言ってもオレの場合は事実としての記憶らしきものがあるだけで、そこに思い出やら感情やらが伴ってはいない。
シルバーの場合は違うのだろうか。
「ああ、僕は正真正銘転生した時がこの世界での誕生日だよ。それ以前の竜生の記憶はないし。まあそれももう半年前のことだけど」
シルバーが進むとカラカラとチェーンも回る。
オレはもうハンドルに手を添えることはやめていた。
こっちの世界でこれが生き物と認識されるなら取り繕う必要もないだろう。
「食材ぐらいだな。ダンジョン探索や魔物討伐なら他にも細々と買う物があるんだけど、今回は城壁の修繕だから」
「修繕の道具とかは?」
「それは雇い主が用意してるさ。それにオレは修繕そのものじゃなくて修繕するヤツらの飯担当なんだよ」
「カズって料理できたの? 運ぶ専門じゃないの?」
「シングルライファーなめんな。得意料理はチャーハンと野菜炒めだ」
「それどっちも炒めるだけでできるやつ」
「まあ難しい物はできないけど、転生前も後もだいたい自炊してるから食える物は作れるさ」
話しているうちに広場に出た。
ここは通りよりもさらにたくさんの露店が出ている。
売られている物も衣類から食器、遠い国のガラクタなど雑多だ。食い物の屋台も並んでいる。
売る者、買う者、冷やかす者、ただ通り過ぎる者たちがひしめいて、さながら祭りのようだ。
様々な人種、エルフやドワーフ、ハーフリング等の亜人や獣人にそれらが連れている動物や飼育魔物が見受けられる。
自転車(ドラゴンともいうらしい)がいてもあまり目立たなさそうだ。
「たくさん店出てるけど、どこで買う?」
リンゴやナシが山と積まれた露店を覗きながらシルバーが訊いた。
ドラゴンだというなら、こいつも何か食べるのだろうか。でも口もないし、どうなんだろう。
「ここを抜けたトコにある食糧品の店だ。市は珍しい物はあるけど、品質の保証はないからな」
露店の並ぶ広場は市と通称されている。
どこからどこまでが市だと決められているわけではないが、基本的にはここでは誰でも物を並べて売る事ができるので、店を構えて商売をしている者とは明確に区別されている。
「こんなに色々と売られてるのに」
シルバーが言う。
進みながらハンドルをくるくると動かすので蛇行運転になっている。
周りの人にぶつかりそうになっているし、これはなかなかに迷惑だ。
「シルバー、真っ直ぐ進めよ」
「あ、いっけない。よっと」
掛け声とともに前輪が少し宙に浮いた。
ウイリーと呼ぶほどの上がり方ではないし、バランス的にこれ一体どうなってるんだ。
「これでどこ見ても直進できるよ。あ、キャベツ食べたい」
さらにきょろきょろしたシルバーがとある方向でハンドルを止めた。少し離れたところにある野菜売りを見ているらしい。
そそくさとそちらへ行くので、オレも仕方なく後に続く。特に急いでいるわけでもない。
キャベツや玉ねぎ、名前の分からない根菜類を盛ったカゴを前に、地面に筵を敷いただけの上に日に焼けた老婆が座っていた。
シルバーが店先に来ても野菜売りの老婆は少し眉をあげただけだった。
板切れに30ルデロとだけ書かれている。
「どの野菜が30ルデロなんだ?」
オレが訊くと老婆は
「どれでも一つ30ルデロ」
とだけ返した。
たしかに安い。シルバーが食べたいというならケチるほどの金額でもない。
銭貨を老婆に渡して、キャベツを取り上げる。
「キャベツなんて好きなのか。というか一体どこから食うんだ?」
言いながらシルバーの前カゴに入れてやる。
「カゴが口だよ」
言うなりカゴがぐにゃりと歪んだ。
かと思うと次は縮んで膨らんでを数回繰り返した。咀嚼のマンガ的表現といった感じだが、カゴが元の形状に戻った時、キャベツは消えて無くなっていた。
「これでも地竜の集落では美食家で通ってたんだよ」
どうやらキャベツひとつで満足したらしい。
「ごちそうさま」と老婆に思念伝達で礼を言って、シルバーはそこを離れた。
今度こそ目当ての店に向かうべく、シルバーを促して市を抜ける。
歩きながら先ほど気になった事を訊く。
「シルバーって竜の集落にいたのか」
竜の群れの中に自転車が混じっているところを想像するとなかなかにシュールだ。
「そうだよ。地竜はわりと集団でいることが多いんだ」
「地竜《アースドラゴン》っていう種類なのか? さっき何百種とか言ってたような気がするけど、竜ってそんなに種類あるんだな」
「大まかに別ければ、なく天竜、地竜《アースドラゴン》、水竜、海竜、それから精霊竜、雑種竜、あと亜竜も竜に含められなくもない」
「大まかでもそんなに種類があるのか。さっきの母親が言ってた上位種というのはどの種類のことなんだ?」
「竜の上位下位は生物学的な分類じゃないよ。精神の高尚さに付けられる称号みたいなものさ。精神の成熟度合いは、概ね生きてきた時間に比例するから、特に精神の高尚な竜は古代竜と呼ばれているよ。古代竜は、もうほとんど神様みたいな竜なんだ。もちろん僕も会ったことはない。その下が賢き竜で、ありとあらゆる知識と智慧を持っている。そこまでの知恵者じゃなくても高度な霊性と自我を持つ竜のことを長老竜と呼んでて、だいたいそのあたりまでをひとまとめに上位種と呼ぶことが多いみたい」
「おお、分かったような分からないような。でもじゃあシルバーは上位種じゃないじゃないか」
「失礼な。僕は立派な長老竜だよ。郷でも皆に尊敬されてたんだからね」
「ていうか、いつ郷にいたんだよ。転生してきたばかりじゃないのか? それともオレと同じでそれまでの人生……竜生の記憶があるのか?」
記憶があると言ってもオレの場合は事実としての記憶らしきものがあるだけで、そこに思い出やら感情やらが伴ってはいない。
シルバーの場合は違うのだろうか。
「ああ、僕は正真正銘転生した時がこの世界での誕生日だよ。それ以前の竜生の記憶はないし。まあそれももう半年前のことだけど」
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