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ヤムトの鎧

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「とりあえず今日のところはイカのほうだけ頼めないか」

 めったに経験できない心地よい時間だが、いつまでも浸ってはいられない。
 晩飯の時間が迫ってきているので、取り急ぎ今晩食べるぶんだけ先に欲しかった。
 イカ尽くしにすることは、道すがらシルバー、ヤムトと相談していたことだった。

 サイズが大きくても身体の構造がイカと同じならば、捌くのにそれほど時間はかからないはずだ。
 逆にコカトリスは鶏とは異なった身体の構造をしていることもあり、捌くためにかなりの時間と労力を要すると予想される。

「晩ごはんにするんだもんね。じゃあとりあえずシェル・クラーケンのほうを出してみて」

 トヨケがタイル張りの床を指さした。
 普段その場所に置かれている作業台は今は壁際に寄せられている。

 シルバーが進み出たかと思うと、次の瞬間その前にシェル・クラーケンがぼてんといった感じで現れた。

「これがシェル・クラーケン……。初めて見た」

 トヨケが言った。
 シェルクラーケンは改めて見てもやはりデカい。部屋の半分以上を占める大きさで、圧迫感がすごい。
 それでも戦闘中の印象からすると二まわりほど小さく感じられる。

「こんなに小さかったっけ?」

 オレはヤムトき訊いた。

「たしかにもっと大きかった印象はあるな。
だが討ち取った魔物というのは、動いていた時と比べると大抵小さく感じられるものだからな」

「それでもすごく立派よ、カズさん」

 イカの殻に触れながらトヨケが言った。

「その殻はどうするの?」

 タマガキが訊いた。

「どうするって、殻は食えないからなあ。でもこのデカさだから捨てるのだって大変だな。どうしたものか」

 腕組みをして思案する。
 とりあえずシルバーのポケットにでも入れておいて、どこかへ出張って行った時にでも街の外に捨ててくるのがいいだろうか。

「捨てるなんてとんでもない。むしろその殻が素材としては貴重なのよ」

 慌てた感じでタマガキが言う。

「そういうものなのか?」

 オレが訊き返すと、タマガキだけでなくトヨケも大きく頷いた。

 トヨケが口を開く。

「こういった魔物の骨や外骨格は金属に近い強度があるのに軽いうえに加工もしやすいの。武器とか防具の素材としては大変重宝されるんだよ。
 それとクラーケンの場合は腕の吸盤には硬い歯がびっしりと生えていて、それも素材として使えるよ。もしかしたらこのシェル・クラーケンも吸盤に歯があるかも」
 
 言いながらトヨケは吸盤を探る。

「やっぱりあったよ」

「この殻には傷やへこみがあるが、それでも使えるのか?」

 傷やへこみを付けた張本人のヤムトが訊いた。

「そのまま切ったり削り出したりして使う場合もあるんだけど、一度砕いて粉々にしてから金属と混ぜたりして使うこともあるから大丈夫。
といっても、冒険者ギルドはそのまま鍛冶ギルドに買ってもらうだけで、詳しい加工の方法とかは知らないんだけどね」

 タマガキが言った。

「なるほど、魔物は捨てるトコがないんだな」

 魔物の討伐依頼が絶えないのも、被害があるせいばかりではなさそうだ。
 オレ自身も食材として魔物を獲りに行ったわけだし、結局のところ魔物は、人間にとって有益な存在ということになるのだろう。

「冒険者ギルドで買い取らせてもらうわよ。
 いちおう言っておくけど、鍛冶ギルドは自分のところの組合員以外の一般人とは取り引きしないからね。
 鍛冶屋さん個人なら取り引きもするでしょうけど、このサイズの殻を買い取れる鍛冶屋さんはそうそうはいないと思うわよ」

 タマガキはオレとヤムトを交互に見て言った。
 オレはヤムトの顔を見て、視線だけでどうする? と問いかける。

「さっきも言ったが、シェル・クラーケンとの戦いで、我はなんの役にも立っていない。
これはカズの獲物だ」

 言い出したらもう聞かなさそうである。
 イカはオレだけの獲物ではないが、とりあえずこの場はオレが決めておく方が良いだろう。

「えーっと、そのあたりはなんでもいい。冒険者ギルドに任せるよ。
 でも一つだけいいか? コイツで防具が作れるってんなら、ヤムトに軽くて動きやすい鎧を作って欲しいんだ。
 で、その残りの素材を売った金で、鍛冶屋の工賃と冒険者ギルドの手間賃に充てて欲しいんだけど、それで賄えるか?
 もし足りなかったらその分は出させてもらうけど」

「なにを言っているのだ?」

 ヤムトが目をぱちくりさせた。

「ヤムトは獣人だからって軽装すぎるだろ。
 ごつい鎧を着て動きにくくなるのがイヤなのは分かるんだけど、イカの水鉄砲もちゃんとした鎧を着てたら平気だったんだろうなと思ってさ。
 この殻だったら軽くて丈夫なのが作れるみたいだからちょうどいいだろ?」

「シェル・クラーケンの攻撃に遅れを取ったのは事実だから反論はできぬな」

 そういいながらヤムトは肩をすくめてみせた。それがどういう意味の意思表示なのかは分からなかったが、尻尾がパタパタと動いていることにオレは気付いてしまった。キャラ崩壊してやがるな、おい。
 自分の尻尾に気づいたのかきづいていないのかヤムトは続ける。

「だがカズには言われたくないな。軽装具合では我といい勝負ではないか」

「オレはそもそも魔物討伐とかケンカとかはあんまりする気ないからな」

 オレが着ている物は薄手で、革の鎧というよりも、ほとんど革の服だ。
 高価な品には手が出なかったため間に合わせで買った物なのだが、着慣れてくるとこれはこれでけっこう気に入っていた。なにより肩が凝らないのがいい。

「ヤムトさんの鎧か、悪くないかも。何度言っても装備品にあまり気を使わないのよね。
ヤムトさん自身が強いからってのは分かるんだけど、こちらとしては心配なのよ。
 手間賃と工賃なら心配いらないわ。鎧に使う量なんてしれてるし、おつりが出るどころか、カズさんの儲けはそれほど目減りしないわよ」

 タマガキが言った。

「それなら良かった」

 儲けがあるならあるに越したことはない。
 城壁修理の料理番の報酬も入るし、しばらくはのんびりとすごせそうだ。
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