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壁役

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 壁役、あるいはタンクと呼ばれる役割が、パーティーを組んで戦闘を行うRPGやファンタジー作品の世界にはある。
 自身に敵の攻撃を引き付けて皆を護り、魔法攻撃などの発動にかかる時間を稼ぐ役割だ。
 そこまで露骨なやり方ではないが、この世界の冒険者たちの戦闘でも、プレートアーマーなどを着込んだ戦士を前衛に、軽装な魔術師やレンジャーを後衛に置くといった戦術はごく一般的にとられる。

 しかし今オレたちが戦っているリッチに対して、このやり方はほとんど有効ではなかった。
 手を握るだけで離れた位置の相手を絶命させるうえ、死者をアンデッド化するのにいたっては距離など関係なさそうなのだ。
 洞穴外にいた野盗の死体をゾンビにした方法については、あらかじめ呪いなり契約なりを施していたのだろうと考えていた。
 しかしヨールにそれはあり得ない。ということは死体であればそうした事前の準備なしに即座にアンデッド化し使役できるということになる。
 即死の術とアンデッド化の術に距離が関係ない以上、その他にも距離を無視できるスキルがあると考えるのが当然だ。
 従ってこの戦闘での壁役はただ前にいるだけではダメで、リッチに攻撃を行わせないほど間断なく攻撃を続けるか、もしくはリッチの攻撃対象──つまり囮となるように行動する必要がある。
 後のものはゲームではヘイトを集めるなどとも呼ばれる行動だ。
 そしてルッドはそれを行ったのだ。

 レミックが火球ファイアボールの魔法を使う時間を稼ぎ、さらにはそれを敵に気取られないために派手に連続攻撃を行い、敵の攻撃を引き付けたのだ。

 その働きは成功した。

 火球が爆ぜた際、焼けつくような余波が飛来した。顔を守ろうとかざした腕の隙間から、オレはリッチの暗色の体が四散したのを見た。

 髭面オーバーオールおじさんの横スクロールアクションゲームの主人公が使っていた飛び道具と同名の術だからあまりレア感は感じられないが、火球ファイアボールが高位かつ高火力の必殺の魔法であることは間違いない。
 効果範囲も広く、人間や一般的な魔物に使えば完全にオーバーキルだ。
 対象を燃やすだけでなく、爆発という要素もあるため、火に対して耐性をもった魔物であっても大きなダメージを与える事ができる。いやそれどころか大抵の敵ならは粉々に吹き飛ばすことができるだろう。
 地形などを利用して爆風を逸らすことをされれば効果は著しく減弱するが、普通の戦闘であればその心配もほとんどない。
 直撃を受けたリッチはただでは済まなかっただろう。というよりも跡形も残らないのではないか。

 だが、火球ファイアボールの効果を見定めようと凝らしたオレの目には、信じられないものが映った。

 無傷のリッチがそこには立っていた。いや、正確には全くの無傷ではない。上半身の前でスタッフを掲げているその腕に炭化した黒いぼろ布が纏わりついている。ローブの袖の名残らしい。
 高位魔法の爆発はその衣服の一部をぼろと化したに過ぎなかった。

「魔法も効かないってのか……」

 出涸らしのような声がオレの喉から漏れた。

「いや、あれは杖の力だ」

 言ったルシッドは、左手に持った剣を頭上に振り上げると、自分の右の肩に向かって振り下ろした。無造作な動きだった。
 肩口から腕がどさりと落ちた。籠手を付けていたせいもあるのだろうが、意外なほどに重量を感じさせる音だった。

 一瞬、気でも狂ったのかと思ったが、そうではなかった。リッチの術による腐敗の進行を止めるため、沸いた黒い線虫を周辺の組織ごと切り落としたのだ。色々な意味でやばい。
 血が吹き出るだろうと身構えたのだが、そうはならなかった。
 見れば切断面がほのかに白く発光していた。

「効果は強くないが、一応ルシッドは回復魔法が使える」

 ヤムトがオレにだけ聞こえる程度の声でボソリと言った。

 回復魔法も高位のものになれば四肢の欠損すら治してしまうと聞いたことがあったが、ルシッドにそういったことはできないようだ。
 出血と、あとはせいぜい痛みを止める程度なのだろう。

「杖を奪うぞ」

 言うなり、ルシッドは駆け出した。ほぼ同時にヤムトも地を蹴った。
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