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炎天下
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「なあ、砂海船にはいつ乗れるんだ?」
炎天下というにはあまりにも炎天下。
一年のうちでもっとも暑い時期を迎えたフィニス州から逃れるように移動した先シージニア州はさらに暑く、まさに頭上に炎が感じられるほどだった。
景観はこれまでになく開けている。ペンディエンテ近郊はいうに及ばず、フィニス州のどこにもなさそうな遮る物のない大草原だ。
地面にへばり付くように背の低い草が一面に広がり、とことどころ赤茶けた土が顔をのぞかせている。散生する木はどれもずんぐりとした幹と短い枝をもち、新進気鋭のアーティストが作ったモニュメントのような様々な形の蟻塚が時折顔を覗かせる。
いわゆるサバンナだ。
まだシージニアに入ったばかりだった。
五台のリュウガメ車と鳥車が一台、護衛の騎鳥と徒歩者からなる大所帯の隊商はのろのろと交易路を進んでいた。
「さあね、あたしに訊かれても分からないよ」
オレの近くを歩いていたハンガクがめんどくさそうに応えた。
本来ならば護衛同士は等間隔に距離をおいて依頼主と輸送品を警護しなければならないが、見渡す限り隠れる場所もない草原なので、厳密なフォーメーションをとってはいなかった。
一応、遠距離攻撃が行える魔術士のツルと弓射士のハンガクは隊の左右に別れ、剣を使うトヨケとオレはそれぞれのサポートとして側に着いている。
こんな感じでトヨケと離れてしまうんだったら、魔術士か弓射士になっておけば良かったと、道中オレは何度も後悔をした。だがオレには魔法の才能はなく、遠距離へ矢を放つ筋力もない。
何かないのだろうか、魔法も筋力も使わない遠隔攻撃方法は。
「快適な船の旅を想像してたんだけどなあ」
思わず愚痴がこぼれる。
機械的に両足を動かしているだけでも、容赦なく体力が削り取られていき、前向きとは程遠い思考だけがぐるぐる巡る。
「砂海船に乗るのはちょっとだけだって言ったぞ」
呆れたようにハンガクが言った。
「砂海船にちょっと乗ったらまた陸路だとは言ってたけど、乗るまでにもこんなに歩くとは言ってなかったじゃないか」
「ちゃんと覚えてるんだな。砂海船ってのはすごくサラサラな砂のトコしか進めないらしいから、そこまで行くだけでもかなり距離があるんだろ。詳しい事はトヨケに聞いてくれ。あたしは知らん」
「パーティーリーダーのお前が知らないってどういう事だよ」
「そういうのは全部トヨケに任せてるからな。適材適所ってやつだ」
「それは適材適所じゃなくって丸投げっていうんだ」
「だけどトヨケのそういう面倒見の良いとこが好きなんだろ?」
全く表情を変えずにハンガクはそんな事を言う。
この世界の恋愛事情は、オレが元いた世界とそれほど変わらない。娼館の存在や酒場で意気投合した冒険者同士のワンナイトラブなど、多少おおらかな部分もあるような気はするが、婚姻制度や恋人という概念などはほとんど同じだ。
したがって、こんな普通のテンションでいわゆる恋バナをするというのもやはり一般的ではなく、驚いたオレがしどろもどろになってしまうのも決してオレに恋愛経験がないせいだとか、Dの称号を持つものだからとかいう理由からではない。
しどろもどろを何とか取り繕いながら、でもここは否定だけはしないぞと決めて口を開く。
「べ、別に面倒見が良いから好きというワケじゃなくて、あのキラキラした目もいつも微笑んでるような唇も真っ直ぐでサラサラした茶色い髪も笑顔が可愛いところもでもちょっと怒った顔も可愛いところも華奢に見えてパワフルなところも料理が上手いところも話を聴く時にじっとこっちの目を覗き込む癖も──あ、なんで離れてくんだよ、ハンガク?」
「あ、いや、そう遠くないうちにやっちゃいけない事に手を染めそうだから、今のうちにトヨケに忠告しに行こうかと思ってさ」
「すすすすいませんでした。何卒この事は内密に……」
慌てて取り繕おうとすると、ハンガクはそのくっきりとキレイな眉をしかめてみせる。
「最近ちょっとはビッとしてきてんだから、そういうの止めりゃいいのに」
「そういうのが何なのか良く分からないけど、何となく褒められてるらしい事は分かる」
「まあ褒めてるな。あたしはかっこいいと思うぞ、最近のお前」
びっくりして思わず見たハンガクの表情は相変わらず全く普通だった。普通で、美しい。
睫毛が長くて濃いため、一見だと伏し目気味に見えるが、その奥の青味ががったグレーの瞳が強い日差しの反射光を受けて宝石のようだ。
というか、これはさすがにからかわれているのだろう。
それともかなりの天然なのだろうか。
「そういう事を軽々しく言うのやめとけよ。お前美人なんだから無用な揉め事が起きるぞ」
オレは努めて淡々とした調子でそう言った。
「あれ、カズはあたしのこと美人だと思ってるんだ」
「ギルドの男たちはみんな思ってるさ。自覚ないワケじゃないんだろ」
「もちろんあたしは自分を美人だと思ってるし、実際かなりモテる。だけどあんたがそう思ってるのが意外でさ」
言うと、なぜだかハンガクはクスリと笑った。豪快な笑い顔しか見た記憶がなかったためか、その妙に女性らしい笑い方に少しドキリとした。
「お、オレは相手が誰でも、客観的な評価だけはきちんと口にして伝えようと思ってるんだ」
なんて考えはたった今思い付いたものだ。
突然湧いた妙なドギマギを取り繕えたかは分からない。
ハンガクはただ「ふーん」とだけ言った。
炎天下というにはあまりにも炎天下。
一年のうちでもっとも暑い時期を迎えたフィニス州から逃れるように移動した先シージニア州はさらに暑く、まさに頭上に炎が感じられるほどだった。
景観はこれまでになく開けている。ペンディエンテ近郊はいうに及ばず、フィニス州のどこにもなさそうな遮る物のない大草原だ。
地面にへばり付くように背の低い草が一面に広がり、とことどころ赤茶けた土が顔をのぞかせている。散生する木はどれもずんぐりとした幹と短い枝をもち、新進気鋭のアーティストが作ったモニュメントのような様々な形の蟻塚が時折顔を覗かせる。
いわゆるサバンナだ。
まだシージニアに入ったばかりだった。
五台のリュウガメ車と鳥車が一台、護衛の騎鳥と徒歩者からなる大所帯の隊商はのろのろと交易路を進んでいた。
「さあね、あたしに訊かれても分からないよ」
オレの近くを歩いていたハンガクがめんどくさそうに応えた。
本来ならば護衛同士は等間隔に距離をおいて依頼主と輸送品を警護しなければならないが、見渡す限り隠れる場所もない草原なので、厳密なフォーメーションをとってはいなかった。
一応、遠距離攻撃が行える魔術士のツルと弓射士のハンガクは隊の左右に別れ、剣を使うトヨケとオレはそれぞれのサポートとして側に着いている。
こんな感じでトヨケと離れてしまうんだったら、魔術士か弓射士になっておけば良かったと、道中オレは何度も後悔をした。だがオレには魔法の才能はなく、遠距離へ矢を放つ筋力もない。
何かないのだろうか、魔法も筋力も使わない遠隔攻撃方法は。
「快適な船の旅を想像してたんだけどなあ」
思わず愚痴がこぼれる。
機械的に両足を動かしているだけでも、容赦なく体力が削り取られていき、前向きとは程遠い思考だけがぐるぐる巡る。
「砂海船に乗るのはちょっとだけだって言ったぞ」
呆れたようにハンガクが言った。
「砂海船にちょっと乗ったらまた陸路だとは言ってたけど、乗るまでにもこんなに歩くとは言ってなかったじゃないか」
「ちゃんと覚えてるんだな。砂海船ってのはすごくサラサラな砂のトコしか進めないらしいから、そこまで行くだけでもかなり距離があるんだろ。詳しい事はトヨケに聞いてくれ。あたしは知らん」
「パーティーリーダーのお前が知らないってどういう事だよ」
「そういうのは全部トヨケに任せてるからな。適材適所ってやつだ」
「それは適材適所じゃなくって丸投げっていうんだ」
「だけどトヨケのそういう面倒見の良いとこが好きなんだろ?」
全く表情を変えずにハンガクはそんな事を言う。
この世界の恋愛事情は、オレが元いた世界とそれほど変わらない。娼館の存在や酒場で意気投合した冒険者同士のワンナイトラブなど、多少おおらかな部分もあるような気はするが、婚姻制度や恋人という概念などはほとんど同じだ。
したがって、こんな普通のテンションでいわゆる恋バナをするというのもやはり一般的ではなく、驚いたオレがしどろもどろになってしまうのも決してオレに恋愛経験がないせいだとか、Dの称号を持つものだからとかいう理由からではない。
しどろもどろを何とか取り繕いながら、でもここは否定だけはしないぞと決めて口を開く。
「べ、別に面倒見が良いから好きというワケじゃなくて、あのキラキラした目もいつも微笑んでるような唇も真っ直ぐでサラサラした茶色い髪も笑顔が可愛いところもでもちょっと怒った顔も可愛いところも華奢に見えてパワフルなところも料理が上手いところも話を聴く時にじっとこっちの目を覗き込む癖も──あ、なんで離れてくんだよ、ハンガク?」
「あ、いや、そう遠くないうちにやっちゃいけない事に手を染めそうだから、今のうちにトヨケに忠告しに行こうかと思ってさ」
「すすすすいませんでした。何卒この事は内密に……」
慌てて取り繕おうとすると、ハンガクはそのくっきりとキレイな眉をしかめてみせる。
「最近ちょっとはビッとしてきてんだから、そういうの止めりゃいいのに」
「そういうのが何なのか良く分からないけど、何となく褒められてるらしい事は分かる」
「まあ褒めてるな。あたしはかっこいいと思うぞ、最近のお前」
びっくりして思わず見たハンガクの表情は相変わらず全く普通だった。普通で、美しい。
睫毛が長くて濃いため、一見だと伏し目気味に見えるが、その奥の青味ががったグレーの瞳が強い日差しの反射光を受けて宝石のようだ。
というか、これはさすがにからかわれているのだろう。
それともかなりの天然なのだろうか。
「そういう事を軽々しく言うのやめとけよ。お前美人なんだから無用な揉め事が起きるぞ」
オレは努めて淡々とした調子でそう言った。
「あれ、カズはあたしのこと美人だと思ってるんだ」
「ギルドの男たちはみんな思ってるさ。自覚ないワケじゃないんだろ」
「もちろんあたしは自分を美人だと思ってるし、実際かなりモテる。だけどあんたがそう思ってるのが意外でさ」
言うと、なぜだかハンガクはクスリと笑った。豪快な笑い顔しか見た記憶がなかったためか、その妙に女性らしい笑い方に少しドキリとした。
「お、オレは相手が誰でも、客観的な評価だけはきちんと口にして伝えようと思ってるんだ」
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ハンガクはただ「ふーん」とだけ言った。
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