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かわいいは、飽きた

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「好きです、付き合ってください!」

「ごめんなさい」

「何でですか! 僕が不細工だからですか?!」

「顔は関係ないです。好きか嫌いか解るほどあなたを知らないので。初対面ですよね?」

「とりあえず付き合って、それから知ってください!」

「とりあえず付き合うのは嫌です」

「わあああ!」

 男子学生は、泣きながら走って逃げていった。
 その背中を見送りながら、ルナはため息を吐く。
 高校からの帰り道、名前を呼ばれたと思ったら突然見知らぬ男子から告白されたところだ。

「これで何人目?」

「さあ……?」

 幼馴染で親友のソラが、一緒にため息を吐いて男子の背中を見送る。ソラは慰めるようにルナの頭をよしよしと撫でてくれた。

「モテモテだねえ、ルナ」

 ルナは幼い頃から誰からも愛される美少女だった。
 髪は生まれつき栗色。大きな瞳はいつもキラキラと潤んでいる。色白で頬はほんのり薔薇色。唇はツヤツヤのピンク色。黙ってそこにいるだけで、場が華やぐと皆が言う。
 飛び抜けて可愛らしいルナのことを、誰もが注目した。

「迷惑でしかないなあ」

 しかし、だからこそ周囲の好奇の視線に、ルナはうんざりしていた。
 ルナがその場に来ただけで、周りがヒソヒソと噂話を始めるのが鬱陶しかった。好意的に言う人もいれば嫉妬混じりに悪く言う人もいて、いちいち周囲の視線に振り回されるのに疲れていた。

「恋したいとか思わないの?」

「思わない」

「勿体ないなあ。こんなに超絶可愛いのにフリーなんて」

 ソラがルナの柔らかい栗色の髪を一房すくって呟く。
 ルナよりも十センチ程背の高い幼馴染のソラもまた、黒髪ロングの目尻がキリッとした美少女だ。
 ソラの発言に、ルナは少しだけ頬を膨らませて言う。

「そういうの、ルッキズムって言うんだって。声かけられない見た目になりたいな」

「ごめんごめん。ルナが心はドイケメンなこと、私は知ってるから」

 同い年なのに、お姉さん的存在のソラに頭を撫でられると、ルナの溜飲はすぐに下がった。

「恋愛なんかしないでいい世界に行って、ねこちゃんとまったり暮らしたいな」

 ルナがぼそりと呟くと、ソラがあははと笑って言った。

「JKらしからぬ発言! しかもルナ猫アレルギーだよね?」

 ルナとソラの何ら変わらない平穏な日常が、この後幕を閉じることになるとは二人とも知るよしもなかった。

✳︎

 ピーチュチュチュペヨペヨプー。
 ピーチュチュチュペヨペヨププー。

 聞いたことがない鳥の鳴き声が聞こえる。

 ピーチュチュチュブギューブブブォ……。

 鳥と思ったけど、この鳴き声、鳥かなあ。
 それにしても、暑い。
 寝る前にクーラー消したっけ?

「おい、オヤジ」

 ペチペチと誰かがルナの頬っぺたを叩いている。
 真っ白い光が顔に当たって眩しい。

「おい、起きろって」

「……誰?」

 薄っすらと目を開けると、逆光に照らされている人の影が見えた。

「あたしはこの森の主リコド。あたしの許可なくこの森で寝るな」

「え」

 森??
 よいしょと怠い身体を起こして辺りを見回す。
 夜自分の部屋のベッドで眠ったはずなのに、何故か鬱蒼とした木々に囲まれていた。紛れもなく森の中だった。

「なんで???」

「知るか」

 混乱するルナに、リコドと名乗った人物……? は、不機嫌そうに言う。
 人物……? と思ったのは、リコドがちょっとクオリティの高すぎるコスプレをしていて、人間ばなれしていたからだった。
 色白で豊満ボディのお姉さんなのだが、耳は尖っていて、妖精みたいな透明の羽根が背中に生えている。服は露出が多くて木や葉っぱをモチーフにしたオブジェみたいなものが大事な所に貼り付けられただけな感じだ。

「お前、人間だな?」

 リコドは尊大な態度でルナに迫った。
 
「あ、はい……」

「どこから来た?」

「えーと……」

 夢かな? と頬を自分でつねってみたが、ちゃんと痛かった。

「まあ、いい。それにしてもお前、どこから声を出しているのだ。見た目に反して少女のような声だな」

「はあ」

 少女のようなって、私そんな子供声かな?
 というかJKってまだ少女の枠?
 いつもの私の声だと思うけど……。
 混乱ながらボケっとしているルナに、リコドはもしや、と閃いたような声を出した。

「お前もしかして、異界から転生してきたのではないか?」

「???」

「こないだもここで赤スライムがピーピー鳴いていた。自分は違う世界から来た、帰りたいと言って」

「転生……? 私、死んだんですか?」

「知らん。赤スラは普通に夜寝ただけなのに朝起きたらここに居たと喚いていたわ」

 普通に夜自分の部屋で寝て、目が覚めたらここに居たのは、ルナも同じだった。
 もしかしてこれって漫画とかでよく見る異世界転生ってやつかな?

「もしそうだとしても、元の世界への帰り方なんぞあたしは知らんからな」

「そうですか」

 ふと下を向く。と、だいぶふっくらとした手が二つ見えた。それから、一体何段あるのかわからない、膨らんだお腹も。

「えっ!? わっ」

 お腹にはもじゃもじゃと毛が生えていて、その下まで続いているようだった。
 驚いて逃げようとすると、ウィンナーの様に丸々とした指と、たゆんたゆんと揺れるお腹が動いた。

「これ、私……?」

「そのナリじゃどこへも行けないんじゃないか?」

 リコドに言われて、私は恐る恐る自分の体を見下ろした。

「裸のおじさんじゃん……」

 脂肪がむっちりと付いた色白の肌。その腋や胸やお腹にはもじゃもじゃと黒い体毛が生えていた。
 テレビのバラエティ番組などでしか見たことがなかった、裸のおじさんの体だ。
 そしてでっぷりと突き出したお腹のお陰で見えないが、股間の辺りはスースーしているし、リコドの言葉を聞く限りパンツすら履いてないっぽい。

「どうしよう……」

 おじさんになるのはいいけど、パンツ履いてないのはまずい気がする。
 気候は暖かいから問題ないけれど、パンツが無いんじゃ誰にも会えない。

「そんな顔であたしを見るな。仕方ない。やる」

 ふう、とリコドがルナに息を吹きかけると、どこからともなく葉っぱと蔓が裸のおじさんの体に絡みついてきて、大事なところを隠してくれた。
 こんな魔法みたいなことが出来るってことは、やっぱりここは異世界ファンタジーなのかな、とルナは納得し始めた。

「とりあえず人間的には出てちゃまずいところは隠してやったぞ」

「あ、ありがとうございます」

 体を見下ろすと、リコドと同じように緑の葉っぱが胸にくっついていた。股間もさっきよりスースーしないので、葉っぱで隠してくれたんだろう。
 ……。
 ルナは、おじさんなのに重さのある胸を下から持ち上げてみた。太っているから脂肪が溜まって重量感がある。
 おっぱいも隠す必要あるのかな?
 正直、前世? の時より今の太っているおじさんの胸の方が大きかった。
 逆に隠している方が何か恥ずかしい気がする。そう思うのはおじさんになったからなのだろうか。
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