教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

文字の大きさ
上 下
2 / 108

1.再会 2

しおりを挟む
「……先生、中、案内してよ」
 先に落ち着きを取り戻した室見に囁かれ、郁は操られるように職員玄関のセキュリティを解除した。
 昨日から始まった一週間の学校閉校期間は、文字通り学校を閉めきってしまうため、生徒も教師も誰も来ない。教員の長時間労働を是正するのが狙いで、期間中は補習も部活も行わない。いつもは部活で騒がしい体育館やグラウンドまで閑散としていた。
 ただし、完全閉校といっても理科教師の郁は、学校で飼育している魚や両生類へのエサやりのために一日一回は学校へ来ていた。郁が学校閉校中のだいたい十一時にエサやりに現れるという情報を、室見は一体どこから仕入れたのだろうか。彼の家は大きな製薬会社の創立者一族なので、もしかしたら、事故とはいえ過去に番にしたオメガである郁の素性や動向などは業者に調べ尽くさせているのかもしれないとも思った。
 校舎に入ると、郁は明科と書かれた下足入れから上履きを出し、室見には来賓用のスリッパを一組出した。
 室見は差し出されたスリッパに足を入れると、エサやりのために理科準備室に向かう郁の後をついてきた。八年前と違い、室見は完全に部外者だった。なぜいまになって、郁の前に現れたのだろうか。疑問が浮かんでも口にはしなかった。なま暖かい空気が澱む廊下を、緊張しながら歩いていく。
 室見は中学二年生で転校して以来、はじめてこの学校を訪れているはずだ。
 彼が二学期の途中で転校した後、自分も次の年に別の学校に異動していたが、今年の春から再び、彼と出会ったこの学校に赴任してきた。当時の在校生が皆卒業したタイミングでの赴任に、あの時ほぼ何の処分も受けなかったものの、やはり配慮されているのだと感じていた。
 職員室のある北棟から渡り廊下を通って、南棟の端に位置する理科室に入った。
「あ、ここも変わってない」
 室見は懐かしそうに、教室の中に複数並ぶ実験台の天板を撫でる。八年前は自分より背の低い学ラン姿だった室見が、大人の男性になって再び教室にいるのが感慨深い。教え子が大人になった姿を見ることは時々ある。つい先日も街で「明科先生」と呼び止められて、偶然スーツ姿の青年と会った。当時はやんちゃで手を焼いた生徒が、真面目に社会の一員として苦労しつつもそれなりに日常を楽しんで過ごしているらしい姿に嬉しくなった。室見に対してもその時と同じような気持ちがわいて、郁は目を細めた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

自業自得です、さっさと離婚してください。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:364

朝靄に立つ牝犬

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:2

妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:339

無敵チートで悠々自適な異世界暮らし始めました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:2,518

短編まとめ

BL / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:102

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,281pt お気に入り:618

ちょっと特殊なガチムチ人外×人間オムニバス

BL / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:32

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:3,477

処理中です...