教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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2.教師と生徒 6

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「……先生が鈍いのって、理系のせいだからなのかな……」
 大声を出した自分が急に恥ずかしくなったのか、室見は真っ赤な顔を隠すようにしゃがみこんで、膝の上に乗せた腕に顔をつけて呟く。
「理系が関係あるかはわからないけど、恋の相談を受けたのは初めてだし、常識的なことしか言ってやれない……ごめんな」
 脚立から下りて、肩を落としている室見の肩をポンと叩いて励まそうと思ったが、郁は伸ばしかけた手を引いた。
 室見との接触は、極力避けなければならなかった。室見と視線をぴたりと合わせたり、触れたりすると、身体に変調をきたすような予感がする。もしもこれが自分がオメガであるせいなのだとしたら、教師失格だ。けれど、室見以外の生徒に対してはアルファであっても誰一人としてそんな感覚を抱かないので、逆に言えば室見さえやり過ごしてしまえれば問題なく教師を続けられる。だから他の生徒ならば肩を叩いて励ましてやれるところを、室見に対しては言葉だけで伝える。少し申し訳ない気持ちになりながらも、郁はうずくまる室見を眺めていることしかできなかった。

「おーい」
 その時、よく通るはっきりとした声がして、室見も郁も声の方を見た。学校のロゴが入ったTシャツとジャージを着た西条が、のんびりと階段をおりてきたところだった。学校ではいつもこのようなラフな格好だが、背が高く、短髪を軽く立たせてセットしている西条は、さりげなく洒落ていて、相貌もくっきりとしており格好良い。見目よく、優しくスマート。西条は生徒からも絶大な人気を集めている。

「郁、明日の午後教育委員会で会議だろ? 資料間に合いそうか?」
「たぶん。井上先生に指示貰って作るだけだから、大丈夫だよ。間に合わせる」
「俺会議代わってもいいけど」
「西条先生だって授業の準備あるだろ。大丈夫だよ」
 西条は同期のよしみで何かと郁を気にして、こうして声をかけてくれた。郁と同じく今年入った新任教員だというのに、西条は素晴らしく要領が良い。周囲からは「何年目だっけ?」と勘違いされるほどだった。郁は時々西条のことが先輩のように思えてしまい、同期なのだと思い出しては、自分もしっかりしなければと奮い立っていた。
「西条先生」
「おわっ! なんだ、室見。睨むなよ」
 郁と西条のやり取りを黙って見ていた室見が、立ちはだかるように二人の間に入って話を遮った。
「西条先生のクラスの藤原に、ストーカーされて困ってるんでどうにかしてもらえませんか?」
「え、なに? ストーカー?」
 室見の言葉に、西条も郁も驚いた。郁が室見から相談されていた内容は藤原から告白された、というものだけで、ストーカーをされているという話は聞いていなかった。
「それ本当なのか? どんなことされてるんだ?」
「これ。無言電話とか、下駄箱に毎日手紙とか」
 スマホの画面には、夕方から深夜にかけてフジワラと書かれた着信履歴が三件、五件、八件と日を追うごとに増えているのが表示されていた。
「手紙は最初の方のしか読んでないけど、好きっていっぱい書いてあったり、番にしろって書いてあったり」
「室見と藤原は付き合ってたりするのか?」
「ぜんぜん。藤原から告白はされたけど、どう言って断ろうかと悩んでたら無言電話が始まった」
「そうか……。わかった。困ってるんだな? ひとまず室見のことは伏せて、俺から藤原に話を聞いてみるよ」
 西条は顎に手をあてて、思案顔でそう答えた。
「室見、悪かった。そんなことになってるなんて……。先生の最初のアドバイスは的はずれだったと思う」
 室見はムッとした顔のまま郁に向き直ると、そうだよ、と郁の言葉を肯定した。
「俺が先生にして欲しかったのは、アドバイスじゃなくて、ヤキモチなの! そういう、鈍いところもかわいいんだけどさぁ……」
 はー、とため息を吐いた室見と、困った顔の郁を交互に見て、西条は、ん? と何かひらめいた顔をする。
「室見お前、明科先生はダメだぞ」
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