教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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9.疎通 4

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 シャワーを浴びてリビングに戻ると、室見はやや大ぶりのふたつのグラスに赤褐色のワインを注いで待っていた。
「すこしだけ。いい?」
 断る理由もなく、郁は頷いて室見の隣に座った。ついさっき濃厚に睦みあったばかりのソファの上で、室見は素直な郁の頬にキスをして抱き締めてから、グラスを差し出す。
「これからいっぱい、郁といろんなところに出かけて、同じものを見て生きていきたいと思ってる。ずっと、一緒に」
 グラスに刻まれた切子に光が反射して、郁は目を細めた。
 室見の告白は切実で誠実で、胸に迫る。真剣な顔で言われて、鼓動が速まった。
「まだ郁が“俺のために”受け入れてくれている間は、プロポーズはしないよ。でも、俺がずっとこんな風に思って待ってることは知ってて欲しい」
 郁はやっとの思いで頷く。心臓の音をうるさいくらいに感じていた。心より先に、身体は完全に室見に開いていた。
「結婚したら、俺たちの子供も欲しいと思ってる。郁はどう?」
「結婚……。子供、か……」
 室見と結婚し、子供をもうける……。現実味がなくて、何と答えたら良いのかわからず口ごもる。けれど、身体は先程室見を迎え入れた場所が浅ましくも悦びにきゅんと収縮した。恥ずかしさで俯く。しかし室見はそれを好意的に捉えてくれたようで、郁の肩を優しく抱き寄せる。
「ごめん。まだ俺を受け入れるので精一杯だよね。でも、想像だけでもしておいて。郁が射精できるようになったら俺が産んでもいい。郁が欲しいと思ってないなら、作らなくてもいい。しばらくは二人の時間を過ごしたいとは、思ってる。子供のことは、将来の話。俺はこういう希望って伝えておくだけだから」
「……わかった」
 室見がそこまで考えているとは思わず、郁は純粋に驚いた。目の前の青年は、本当に教え子だった生徒だろうかと思ってしまう。まだ迷い揺れている自分とは大違いだ。

「あとね、郁にお願いがあるんだ」

 郁がグラスに口をつけて嚥下したのを見てから、室見は切り出した。アルコールでいくらか酔った顔で郁は室見を見る。
「ヒートのことだけど……、郁の身体のためにもしばらく休職して治療に専念できないかな」
「休職……? 仕事を?」
「八年もヒートが周期的に来てないのは、やっぱりすごく身体に負担がかかってる筈だって知り合いの医者も言ってたし、心配なんだ」
 病気治療のために休職できる制度は確かにある。ヒート不全症と診断書に書いてもらい、提出すれば取得するのは可能だろう。しかし、自分は今中学三年生の担任であり、年度途中の九月からいきなり休職するのは難しい。もし休職するにしても、来年四月からで職場と相談することになるだろう。
 今までヒートが来なかったことについては抑制剤を処方してもらっている病院で相談して、経過観察を続けてはいた。本格的に治療を希望するなら紹介状を書くと言われて、そのままにしている。しかし今、室見に結婚や子供のことを考えていると言われて、治療は必須だと思えた。
「……考えておくよ」
 返事を聞いた室見は今にも閉じてしまいそうな郁の瞼に、愛しそうにキスを落とした。
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