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17.潜心 2
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ドアの鍵を閉めて、室見が振り向く。
暗い理科準備室の床で、郁の腕は頭上にまとめて縛られ、紐の先は作業台の上の蛇口に括られていた。
笑みを浮かべた室見が、床に転がされた郁の足首を掴んで持ち上げる。触れられたところから、痺れるような熱い感覚が広がる。そうなると嫌でも自覚する。心臓はドクドクと早鐘を打ち、これから与えられる快感を期待している。
欲しい。室見。
しかし室見は郁の太股を軽く撫でるだけで、あっさりとそれを解放した。そして無言のまま、郁の腕を拘束していた紐もほどいて、離れていく。
「室見……」
後ろ姿を追う瞳が濡れていた。まばたきをすると、室見の姿は消え、歪んだ天井が見えた。
室見と別居してから二週間経って、毎日のように夢を見るようになった。夜に不安になって追加の抑制剤を飲むせいで、副作用の悪夢を見るようになったのだと思いあたったが、飲むのをやめればヒートになる予感がしてやめられなかった。
「大丈夫っすか……?」
頭上から声をかけられて、顔をあげる。副担任の上島が、心配そうに細い眉を下げて郁に手を差しのべていた。体育の授業中、生徒たちが陸上競技をしている間に、体育倉庫の脇で郁は蹲っていた。ほんの数分、動悸がするのをやり過ごそうと隠れたのだが見つかってしまい、郁はしまった、という顔をする。
「あとはやっておくんで、休んできてください」
差し出された手を借りて立ち上がると、上島はへらりと郁に笑いかけた。
「ありがとう。でも、大丈夫そうだ」
「顔色悪いですよ。復帰してから最近ずっとですけど」
「……ごめん。心配かけたな。抑制剤の副作用がちょっときつい時があるんだ。すぐ治るから」
「薬変えたって言ってましたもんね。やっぱ彼氏のアレが激しいんすか?」
「え……?」
「あっ! すいません、失礼っすよね! えっとあの、前駐車場で待ってたスゲーかっこいい彼氏さん、一緒に居た俺のことめちゃくちゃ睨んでたんで束縛とか凄いのかなーとか思って!」
親切で屈託ない顔をした上島だが、調子が良く思ったことをそのまま口にするところがあるので、そのためにトラブルを引き起こすのがたまにきずだ。保護者とのやり取りでトラブルを起こした時には、そういうことを言うと相手がどう思うのかというところから説明してやるのだが、本人には悪意がないらしくきょとんとした顔をしていることもしばしばある。今も失礼なことを言ったと認識しているようだが、興味津々な顔で郁を見ている。通常主担任は副担任の指導も引き受けるが、郁は度々上島に手を焼いていた。
ドアの鍵を閉めて、室見が振り向く。
暗い理科準備室の床で、郁の腕は頭上にまとめて縛られ、紐の先は作業台の上の蛇口に括られていた。
笑みを浮かべた室見が、床に転がされた郁の足首を掴んで持ち上げる。触れられたところから、痺れるような熱い感覚が広がる。そうなると嫌でも自覚する。心臓はドクドクと早鐘を打ち、これから与えられる快感を期待している。
欲しい。室見。
しかし室見は郁の太股を軽く撫でるだけで、あっさりとそれを解放した。そして無言のまま、郁の腕を拘束していた紐もほどいて、離れていく。
「室見……」
後ろ姿を追う瞳が濡れていた。まばたきをすると、室見の姿は消え、歪んだ天井が見えた。
室見と別居してから二週間経って、毎日のように夢を見るようになった。夜に不安になって追加の抑制剤を飲むせいで、副作用の悪夢を見るようになったのだと思いあたったが、飲むのをやめればヒートになる予感がしてやめられなかった。
「大丈夫っすか……?」
頭上から声をかけられて、顔をあげる。副担任の上島が、心配そうに細い眉を下げて郁に手を差しのべていた。体育の授業中、生徒たちが陸上競技をしている間に、体育倉庫の脇で郁は蹲っていた。ほんの数分、動悸がするのをやり過ごそうと隠れたのだが見つかってしまい、郁はしまった、という顔をする。
「あとはやっておくんで、休んできてください」
差し出された手を借りて立ち上がると、上島はへらりと郁に笑いかけた。
「ありがとう。でも、大丈夫そうだ」
「顔色悪いですよ。復帰してから最近ずっとですけど」
「……ごめん。心配かけたな。抑制剤の副作用がちょっときつい時があるんだ。すぐ治るから」
「薬変えたって言ってましたもんね。やっぱ彼氏のアレが激しいんすか?」
「え……?」
「あっ! すいません、失礼っすよね! えっとあの、前駐車場で待ってたスゲーかっこいい彼氏さん、一緒に居た俺のことめちゃくちゃ睨んでたんで束縛とか凄いのかなーとか思って!」
親切で屈託ない顔をした上島だが、調子が良く思ったことをそのまま口にするところがあるので、そのためにトラブルを引き起こすのがたまにきずだ。保護者とのやり取りでトラブルを起こした時には、そういうことを言うと相手がどう思うのかというところから説明してやるのだが、本人には悪意がないらしくきょとんとした顔をしていることもしばしばある。今も失礼なことを言ったと認識しているようだが、興味津々な顔で郁を見ている。通常主担任は副担任の指導も引き受けるが、郁は度々上島に手を焼いていた。
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