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第38話 壮大な人生設計
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「君島さん、お聞きしたいんですが」
「何かな?」
「篤志さんが私の実家に、泉さんを迎えに行ったかどうかご存知ありませんか? 一昨日香織さんと話した時には、まだ姿を見せないどころか、連絡すら無かった様なんですが?」
幸恵は何気なく尋ねたつもりだったのだが、ちょうどテリーヌを食べ終えた君島は「うっ」と詰まりながら、カトラリーを皿に置きつつ、気まずげに弁解してきた。
「その……、それなんだが、どうやらある条例を巡って、県議会が紛糾しているそうで……」
常日頃の雄弁さと強硬さが影を潜めたその物言いに、幸恵は無意識にこめかみに青筋を浮かべ、綾乃は盛大に肩を落とし、和臣は思わず舌打ちした。
「お兄ちゃん……」
「いい加減にしないと、本気で愛想尽かされるぞ。言っておくが、俺は泉さんの味方だからな」
「……電話をかける位、できますよね?」
「いや、うん、まあ、幸恵さんの言うとおりだ。今回は私からも、再度あいつに意見しておこう」
「宜しくお願いします」
ちょっと緊迫した雰囲気になりかけたところで、気分直しといった訳ではない筈だが、再びギャルソンがやって来てポタージュを配って行った。そして綾乃が「冷めないうちに飲もうね!」などと明るく促し、皆で飲み始めたところで、椅子の背もたれと背中の間に置いておいた自分のバッグから、スマホが着信を知らせるメロディーを通常の音量で奏で始めた為、幸恵は自分の迂闊さを呪った。
「すみません」
「いや、構わないから」
向かい側に謝罪をすると君島が鷹揚に頷いてくれた為、うっかりマナーモードにするのを忘れていたそれを沈黙させようとした幸恵だったが、ディスプレイに浮かび上がっ発信者名を見て、考えを変える。
(香織さん? 噂をすれば影ってこの事だわ)
何となく泉に関する話の様な気がした幸恵は、再度君島に断りを入れた。
「すみません、ちょっとだけ出ますので」
「ええ、どうぞ」
その言葉に遠慮なく甘える事にした幸恵は、背中に視線を感じながら足早に窓際まで進み、その間に通話状態にしてスマホを耳に当てた。
「もしもし、幸恵ですけど。待たせてごめんなさい」
「幸恵さん、今日婚姻届を出して来たんでしょ? 和臣さんと記念のお食事中だったら、邪魔してごめんなさいね?」
恐縮気味な義姉の声に、幸恵は困惑しながら話の先を促してみる。
「いえ、それは良いんですけど、何か急用ですか?」
「う~ん、急用ってわけじゃ無いんだけど、幸恵さんが気にしてると思うから、早めに知らせておこうと思って、電話してみたの」
「何ですか?」
「それが……、さっき篤志さんから泉さんに電話があって、暫く二人で話してたの」
「本当に!?」
「ええ」
思わず声を荒げた幸恵に、少し離れたテーブルに着いていた三人は何事かと彼女に目を向けたが、そんな事はすっかり頭の中から抜け落ちた幸恵は、勢い込んで香織に尋ねた。
「頭ごなしに怒ったり、問答無用で叱りつけたりしなかったでしょうね?」
「どんな会話だったかは正確には分からないけど、泉さんは終始落ち着いててニコニコ笑っていたし、大丈夫なんじゃない?」
「そうなんだ……。それなら良かった。やっぱり気になってたの」
しみじみと幸恵がそう告げると、電話越しに香織が小さく笑う気配が伝わる。
「でしょうね。だから早目に教えてあげようと思って」
「ありがとう、香織さん」
「それで泉さんが言うには、来週の日曜日、篤志さんが夢乃さんと一緒に、泉さんを迎えに来る事になったそうよ」
「そうなんだ。泉さんを東京まで迎えに……、って香織さん、ちょっと待って! 今『篤志さんが夢乃さんと一緒に』とか言った!?」
「ええ、言ったわよ?」
先程以上の大声を上げて幸恵は叫んでしまい、それを聞いた綾乃と和臣は無言で目を丸くし、君島ははっきりと顔に怒りの表情を浮かべて立ち上がった。それに気付かないまま、幸恵がまくしたてる。
「だって夢乃さんは、まだ入院中の筈なんだけど!?」
「それが……、何とか外泊許可を取って、君島さんに内緒で来る事にしたらしいの。『嫁がお世話になったお礼を言う方々、お仏壇に線香を立てる事にした』とかなんとか、篤志さんが泉さんに説明したらしいの。だから泉さんが先に帰ったりしたら、夢乃さんがまた実家に行く気を無くすかもしれないから、そこで大人しく待ってろって言ったとか」
そこで肩を軽く叩かれた幸恵は、背後を振り返って思わず固まった。すっかり存在を忘れていた君島が、そこで眼光鋭く自分を見つめているのに気が付いた為である。その為、幸恵は君島に視線を合わせたまま、声を絞り出して香織に謝罪した。
「その……、ごめんなさい、香織さん」
「何? 急に変な声で」
「実は今ここに、君島さんが居るの。思わず大声出して聞かれちゃって……」
その告白に、香織は溜め息と苦笑いで応えた。
「不可抗力ね。怒られるから、内密にしておいて下さいとは言われたんだけど……。君島さんに代わって貰える? 私の方からきちんと説明するから」
「お願いします」
そして兄嫁には申し訳ないと思いつつも、君島の迫力に恐れをなした幸恵は、恐る恐る相手にスマホを差し出した。
「あの……、香織さんから説明したいので、君島さんに代わって欲しいと言われたんですが……」
「お借りします」
そしてニコリともせずにそれを受け取った君島が、「もしもし、君島ですが……」と硬い表情で話し出すと同時に、幸恵はゆっくりとその場を離脱し、自分の席へと戻った。そして若干冷めてしまったボタージュを平らげ始める。
そんな彼女の様子を、既に飲み終えていた君島家の兄妹は微妙な表情で黙って眺めていたが、ちょうど幸恵が飲み終えたところで、通話を終わらせた君島が、テーブルへと戻って来た。
「幸恵さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。あの……、それで夢乃さんの体調は大丈夫なんでしょうか?」
スマホを受け取りながら懸念を伝えてきた幸恵に、君島は苦々しい表情を浮かべながらも、なるべく穏当な言葉遣いを心掛けつつ言葉を返した。
「ご心配かけてすみません。あれはこうと決めたら頑固ですから。どうせ主治医と派手に口論した挙げ句、どうにか丸め込んで外泊許可をむしり取ったんでしょう」
「やりそうだよな……」
「あと1ヶ月は入院してる筈なのに……」
思わずと言った感じで声を漏らした兄妹に、幸恵は益々怪訝な顔で尋ねる。
「派手に口論してから、どうやって丸め込むのかしら?」
「まあ、色々な」
「うん、色々ね」
何やらこれまでに色々悟っているらしい二人が、どこか遠い目をしながら応じると、君島が補足説明を入れてくる。
「体調が最近安定している事は勿論ですが、ちょうど入院中の病棟に私の親戚が看護士として配置されていまして。彼女に無理を言って休みを入れて貰って、東京までの往復の付き添いを頼んだそうです。それなら心配は少ないだろうが……、全く、無茶をするにも程がある」
「鳥山さんにお礼しないとな」
「本当だよね……」
どうやら該当する人物に心当たりが有るらしい二人が深い溜め息を吐いた所で、君島が顔付きを改めて和臣に声をかけた。
「それで和臣、実は来週の日曜は、党の常任理事会の後、決起集会があってだな」
「了解。荒川家には俺が出向いて、様子を見て来るから」
「あ、私も行く!」
「その、私も泉さんの事が気になりますし、実家に行こうと思うんですが」
君島に皆まで言わせず即座に応じた和臣と、それに引き続いて綾乃と幸恵も声を上げた為、君島は幾分表情を緩めて礼を述べた。
「宜しくお願いします。和臣と綾乃も頼むぞ。大丈夫だとは思うが」
そしてスープの皿と入れ替わりに魚料理の皿が出て来た為、それが揃ってギャルソンが退出してから、君島がナイフとフォークを持ち上げながら、確認を入れてきた。
「それで幸恵さん、和臣が星光文具の最寄り駅沿線の物件を探していますから、仕事はこのまま続けるんですよね?」
「はい、そのつもりですが、何か支障があるでしょうか?」
「いえ、色々大変かと思いますが、頑張って下さい。私では家事育児のお手伝いはできませんが、必要な時に必要な人手を差し向ける事はできますので、ご遠慮無く」
「ありがとうございます。何かありましたら、遠慮無くお願いします」
共働きは駄目だと釘を刺されるかと身構えた幸恵だったが、予想に反して君島が寛容な意見を述べてきた為、安堵して笑顔で頷いた。そこで隣から、上機嫌な声が響いてくる。
「うん、取り敢えず一年は新婚気分を味わいたいし、その間は子供は作らない事にして、でもその後は子供は三人欲しいから、上から順に女、男、女かな? それで幸恵が四十になるまでに出産を済ませるとなると、手間のかかる期間と育児休業の取得も考えると、四年おきの出産が理想的だけど」
「黙って聞いていれば、何をヘラヘラと自分一人で頭の中で組み立てた、家族計画なんぞを口にしてるのよ!」
いきなりとんでもない事を口走られた幸恵は、勢い良く和臣に向き直ってその胸元に掴みかかったが、対する和臣は飄々として言ってのけた。
「え? 幸恵は男二人に女一人とか、男三人の方が良いとか? 駄目駄目、息子なんか成長すると愛想なくなるし、何やらかすか分からないし。兄貴を見たら分かるだろ? でも娘ばかりだと色々大変だから、虫除け要員に息子は一人居れば、ちょど良いと思う」
「得体のしれない息子本人が、何をほざいてんのよ! 第一、息子が虫除け要員ってふざけてるわけ!? 出産も子供の数も、まだって言うか当面白紙よ白紙!! 私にだって、仕事があるんですからね!?」
「分かった分かった。じゃあこれからゆっくり、二人で考えていこうな?」
憤怒の形相で和臣を締め上げる幸恵だったが、当の和臣は余裕の表情で幸恵を宥めていた。そんな兄夫婦の姿を目の当たりにして、綾乃は隣の父親に体を寄せ、小声で囁く。
「お父さん……」
「どうした?」
「ちぃ兄ちゃん、家族計画どころか、今後五十年の人生設計位、計画済みな気がしてしょうがないんだけど?」
そんな娘の訴えに、君島はまだ何やら言い合っている当人達にチラリと目を向けてから、真顔で肯定する。
「やっているかもな。そしてなんだかんだ言いつつ、それに幸恵さんが振り回されそうで心配だ」
「家族から見ても、ちぃ兄ちゃんって何を考えているか今いち分からない、傍迷惑な人だものね……」
幸恵に少し同情しながらの父娘の溜め息は、目の前の二人には気付かれる事無く、宙に消えたのだった。
「何かな?」
「篤志さんが私の実家に、泉さんを迎えに行ったかどうかご存知ありませんか? 一昨日香織さんと話した時には、まだ姿を見せないどころか、連絡すら無かった様なんですが?」
幸恵は何気なく尋ねたつもりだったのだが、ちょうどテリーヌを食べ終えた君島は「うっ」と詰まりながら、カトラリーを皿に置きつつ、気まずげに弁解してきた。
「その……、それなんだが、どうやらある条例を巡って、県議会が紛糾しているそうで……」
常日頃の雄弁さと強硬さが影を潜めたその物言いに、幸恵は無意識にこめかみに青筋を浮かべ、綾乃は盛大に肩を落とし、和臣は思わず舌打ちした。
「お兄ちゃん……」
「いい加減にしないと、本気で愛想尽かされるぞ。言っておくが、俺は泉さんの味方だからな」
「……電話をかける位、できますよね?」
「いや、うん、まあ、幸恵さんの言うとおりだ。今回は私からも、再度あいつに意見しておこう」
「宜しくお願いします」
ちょっと緊迫した雰囲気になりかけたところで、気分直しといった訳ではない筈だが、再びギャルソンがやって来てポタージュを配って行った。そして綾乃が「冷めないうちに飲もうね!」などと明るく促し、皆で飲み始めたところで、椅子の背もたれと背中の間に置いておいた自分のバッグから、スマホが着信を知らせるメロディーを通常の音量で奏で始めた為、幸恵は自分の迂闊さを呪った。
「すみません」
「いや、構わないから」
向かい側に謝罪をすると君島が鷹揚に頷いてくれた為、うっかりマナーモードにするのを忘れていたそれを沈黙させようとした幸恵だったが、ディスプレイに浮かび上がっ発信者名を見て、考えを変える。
(香織さん? 噂をすれば影ってこの事だわ)
何となく泉に関する話の様な気がした幸恵は、再度君島に断りを入れた。
「すみません、ちょっとだけ出ますので」
「ええ、どうぞ」
その言葉に遠慮なく甘える事にした幸恵は、背中に視線を感じながら足早に窓際まで進み、その間に通話状態にしてスマホを耳に当てた。
「もしもし、幸恵ですけど。待たせてごめんなさい」
「幸恵さん、今日婚姻届を出して来たんでしょ? 和臣さんと記念のお食事中だったら、邪魔してごめんなさいね?」
恐縮気味な義姉の声に、幸恵は困惑しながら話の先を促してみる。
「いえ、それは良いんですけど、何か急用ですか?」
「う~ん、急用ってわけじゃ無いんだけど、幸恵さんが気にしてると思うから、早めに知らせておこうと思って、電話してみたの」
「何ですか?」
「それが……、さっき篤志さんから泉さんに電話があって、暫く二人で話してたの」
「本当に!?」
「ええ」
思わず声を荒げた幸恵に、少し離れたテーブルに着いていた三人は何事かと彼女に目を向けたが、そんな事はすっかり頭の中から抜け落ちた幸恵は、勢い込んで香織に尋ねた。
「頭ごなしに怒ったり、問答無用で叱りつけたりしなかったでしょうね?」
「どんな会話だったかは正確には分からないけど、泉さんは終始落ち着いててニコニコ笑っていたし、大丈夫なんじゃない?」
「そうなんだ……。それなら良かった。やっぱり気になってたの」
しみじみと幸恵がそう告げると、電話越しに香織が小さく笑う気配が伝わる。
「でしょうね。だから早目に教えてあげようと思って」
「ありがとう、香織さん」
「それで泉さんが言うには、来週の日曜日、篤志さんが夢乃さんと一緒に、泉さんを迎えに来る事になったそうよ」
「そうなんだ。泉さんを東京まで迎えに……、って香織さん、ちょっと待って! 今『篤志さんが夢乃さんと一緒に』とか言った!?」
「ええ、言ったわよ?」
先程以上の大声を上げて幸恵は叫んでしまい、それを聞いた綾乃と和臣は無言で目を丸くし、君島ははっきりと顔に怒りの表情を浮かべて立ち上がった。それに気付かないまま、幸恵がまくしたてる。
「だって夢乃さんは、まだ入院中の筈なんだけど!?」
「それが……、何とか外泊許可を取って、君島さんに内緒で来る事にしたらしいの。『嫁がお世話になったお礼を言う方々、お仏壇に線香を立てる事にした』とかなんとか、篤志さんが泉さんに説明したらしいの。だから泉さんが先に帰ったりしたら、夢乃さんがまた実家に行く気を無くすかもしれないから、そこで大人しく待ってろって言ったとか」
そこで肩を軽く叩かれた幸恵は、背後を振り返って思わず固まった。すっかり存在を忘れていた君島が、そこで眼光鋭く自分を見つめているのに気が付いた為である。その為、幸恵は君島に視線を合わせたまま、声を絞り出して香織に謝罪した。
「その……、ごめんなさい、香織さん」
「何? 急に変な声で」
「実は今ここに、君島さんが居るの。思わず大声出して聞かれちゃって……」
その告白に、香織は溜め息と苦笑いで応えた。
「不可抗力ね。怒られるから、内密にしておいて下さいとは言われたんだけど……。君島さんに代わって貰える? 私の方からきちんと説明するから」
「お願いします」
そして兄嫁には申し訳ないと思いつつも、君島の迫力に恐れをなした幸恵は、恐る恐る相手にスマホを差し出した。
「あの……、香織さんから説明したいので、君島さんに代わって欲しいと言われたんですが……」
「お借りします」
そしてニコリともせずにそれを受け取った君島が、「もしもし、君島ですが……」と硬い表情で話し出すと同時に、幸恵はゆっくりとその場を離脱し、自分の席へと戻った。そして若干冷めてしまったボタージュを平らげ始める。
そんな彼女の様子を、既に飲み終えていた君島家の兄妹は微妙な表情で黙って眺めていたが、ちょうど幸恵が飲み終えたところで、通話を終わらせた君島が、テーブルへと戻って来た。
「幸恵さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。あの……、それで夢乃さんの体調は大丈夫なんでしょうか?」
スマホを受け取りながら懸念を伝えてきた幸恵に、君島は苦々しい表情を浮かべながらも、なるべく穏当な言葉遣いを心掛けつつ言葉を返した。
「ご心配かけてすみません。あれはこうと決めたら頑固ですから。どうせ主治医と派手に口論した挙げ句、どうにか丸め込んで外泊許可をむしり取ったんでしょう」
「やりそうだよな……」
「あと1ヶ月は入院してる筈なのに……」
思わずと言った感じで声を漏らした兄妹に、幸恵は益々怪訝な顔で尋ねる。
「派手に口論してから、どうやって丸め込むのかしら?」
「まあ、色々な」
「うん、色々ね」
何やらこれまでに色々悟っているらしい二人が、どこか遠い目をしながら応じると、君島が補足説明を入れてくる。
「体調が最近安定している事は勿論ですが、ちょうど入院中の病棟に私の親戚が看護士として配置されていまして。彼女に無理を言って休みを入れて貰って、東京までの往復の付き添いを頼んだそうです。それなら心配は少ないだろうが……、全く、無茶をするにも程がある」
「鳥山さんにお礼しないとな」
「本当だよね……」
どうやら該当する人物に心当たりが有るらしい二人が深い溜め息を吐いた所で、君島が顔付きを改めて和臣に声をかけた。
「それで和臣、実は来週の日曜は、党の常任理事会の後、決起集会があってだな」
「了解。荒川家には俺が出向いて、様子を見て来るから」
「あ、私も行く!」
「その、私も泉さんの事が気になりますし、実家に行こうと思うんですが」
君島に皆まで言わせず即座に応じた和臣と、それに引き続いて綾乃と幸恵も声を上げた為、君島は幾分表情を緩めて礼を述べた。
「宜しくお願いします。和臣と綾乃も頼むぞ。大丈夫だとは思うが」
そしてスープの皿と入れ替わりに魚料理の皿が出て来た為、それが揃ってギャルソンが退出してから、君島がナイフとフォークを持ち上げながら、確認を入れてきた。
「それで幸恵さん、和臣が星光文具の最寄り駅沿線の物件を探していますから、仕事はこのまま続けるんですよね?」
「はい、そのつもりですが、何か支障があるでしょうか?」
「いえ、色々大変かと思いますが、頑張って下さい。私では家事育児のお手伝いはできませんが、必要な時に必要な人手を差し向ける事はできますので、ご遠慮無く」
「ありがとうございます。何かありましたら、遠慮無くお願いします」
共働きは駄目だと釘を刺されるかと身構えた幸恵だったが、予想に反して君島が寛容な意見を述べてきた為、安堵して笑顔で頷いた。そこで隣から、上機嫌な声が響いてくる。
「うん、取り敢えず一年は新婚気分を味わいたいし、その間は子供は作らない事にして、でもその後は子供は三人欲しいから、上から順に女、男、女かな? それで幸恵が四十になるまでに出産を済ませるとなると、手間のかかる期間と育児休業の取得も考えると、四年おきの出産が理想的だけど」
「黙って聞いていれば、何をヘラヘラと自分一人で頭の中で組み立てた、家族計画なんぞを口にしてるのよ!」
いきなりとんでもない事を口走られた幸恵は、勢い良く和臣に向き直ってその胸元に掴みかかったが、対する和臣は飄々として言ってのけた。
「え? 幸恵は男二人に女一人とか、男三人の方が良いとか? 駄目駄目、息子なんか成長すると愛想なくなるし、何やらかすか分からないし。兄貴を見たら分かるだろ? でも娘ばかりだと色々大変だから、虫除け要員に息子は一人居れば、ちょど良いと思う」
「得体のしれない息子本人が、何をほざいてんのよ! 第一、息子が虫除け要員ってふざけてるわけ!? 出産も子供の数も、まだって言うか当面白紙よ白紙!! 私にだって、仕事があるんですからね!?」
「分かった分かった。じゃあこれからゆっくり、二人で考えていこうな?」
憤怒の形相で和臣を締め上げる幸恵だったが、当の和臣は余裕の表情で幸恵を宥めていた。そんな兄夫婦の姿を目の当たりにして、綾乃は隣の父親に体を寄せ、小声で囁く。
「お父さん……」
「どうした?」
「ちぃ兄ちゃん、家族計画どころか、今後五十年の人生設計位、計画済みな気がしてしょうがないんだけど?」
そんな娘の訴えに、君島はまだ何やら言い合っている当人達にチラリと目を向けてから、真顔で肯定する。
「やっているかもな。そしてなんだかんだ言いつつ、それに幸恵さんが振り回されそうで心配だ」
「家族から見ても、ちぃ兄ちゃんって何を考えているか今いち分からない、傍迷惑な人だものね……」
幸恵に少し同情しながらの父娘の溜め息は、目の前の二人には気付かれる事無く、宙に消えたのだった。
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