フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

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第4章 それぞれの結末

(4)リディアの困惑

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 ジャービス密売に関わった者達が捕まって、三日が経過した日。
 騎士団執務棟の中でも広く、通常は分隊長などを招集しての会議が行われる部屋に、リディアは隊長命令で、後宮からやって来たグレイシアと共に足を踏み入れる事となった。

「それではこちらが、ペーリエ侯爵邸から押収した美術品になります」
 案内役の近衛騎士が、室内の大きな机や椅子に所狭しと並べられている物を指し示しながら告げると、グレイシアは彼に向かって頷く。

「分かりました。分かる範囲で、より分けておきます」
「宜しくお願いします」
 そして騎士が一礼してその場を立ち去ってから、リディアが怪訝な顔でグレイシアに尋ねた。

「あの……。グレイシアさんが、実家の美術品の鑑定に呼ばれるのは分かりますが、どうして私がご一緒する事になったんでしょうか?」
「あなたの審美眼がどれ位の物か知りたかったし、ムカつく嫌な仕事を一人でしたく無かったの。だから鑑定中の護衛込みで、本来無関係なあなたを指名したのよ。付き合わせてしまってごめんなさいね」
「いえ、それは構いませんが……」
 優雅に微笑まれて反論する気もおきず、リディアは曖昧に頷いた。するとグレイシアは、すぐ目の前に飾られていた絵を指差しながら、さり気なく解説する。

「因みにこの絵は、シャドレークの晩年の作品よ」
「本当ですか! 凄い!」
「妹は宝石商のユアン殿に嫁いでね。父が彼に無心して、手に入れた逸品なのよ」
 嬉々として食い入るように絵を鑑賞したリディアだったが、すぐに我に返って目の前のグレイシアを眺めつつ、不思議そうに首を傾げた。

「宝石商のユアン氏の名前は私でも知っていますし、かなり羽振りの良い方ですよね? でも、グレイシアさんの妹さんが結婚するには、少々年が離れ過ぎているような……。私が見聞きしているユアン氏では無くて、彼の息子さんと妹さんが結婚されたんでしょうか?」
「いいえ。おそらくあなたが知っているユアン氏と、同一人物だと思うわ。彼は妹の四十歳近く年上で、後妻に入ったから」
「……え?」
「ほら、あの立像とか、あのタペストリーも、ユアン氏から譲られた物よ。本当に父も兄も、人にたかる位しか能が無くて。こういう物を見ているだけで、胸がムカつくわ」
「…………」
 笑顔のまま吐き捨てる口調で述べたグレイシアを見て、リディアは神妙な表情になって口を噤んだ。

「私の夫も生前、父と兄の要求を体よくあしらうのに、苦労していたものよ。この絵とあの翡翠の香炉は、ケライス侯爵家から渡った物だし」
 次々と指差しながら教えてくるグレイシアに、リディアは恐る恐る尋ねてみた。

「あの……、こんな事を聞くのはどうかと思いますが、どうしてペーリエ侯爵家は、娘の嫁ぎ先にそんなに無心していたんですか?」
 貴族、即ちお金持ち、としか認識していなかったリディアにしてみれば、当然の疑問だったのだが、その内心の戸惑いを理解できたグレイシアは、苦笑しながらその疑問に答えた。

「まともに領地経営ができないくせに、貴族間の付き合いで体面を保つ為に、散財していたからよ。社交界きっての芸術通としてね。表向きは誉めそやされていたけど、陰では馬鹿にされていたわ。今回遠縁と言うにも無理がある位の人間が爵位と領地を継承する事になって、さぞかし領民は喜んでいるでしょう」
「それは……、グレイシアさんも領民の方達も、色々大変だったみたいですね……」
「本当にね。本末転倒な事に本物を売り払って、良くできた偽物を飾っていた位だし」
 唖然としながらもなんとか言葉を絞り出したリディアに、グレイシアは苦笑を深めながら頷き、少し重くなってしまった空気を払拭するべく、少し離れた場所にある絵を指差しながら話題を変えた。

「ほら、あのスペングラーの絵とそのリェスタの絵は、良くできた贋作なのよ?」
「え? 本当ですか!?」
「ええ、良く見てご覧なさい? 本物は交際費の足しにする為に、父が密かに売り払っていてね」
「ええと……、確かにちょっと、筆が荒いような気がしますが……。本当に良くできていますね」
「父や兄は、無名ながらそれなりに腕のある画家に、時々こういう贋作を描かせていましたからね。それでブレダが著名な画家の作品を取り扱うだけではなく、あなたのお父様のような無名な方の作品を集めつつ、密かに贋作の作製依頼をしていたのかもしれないわ」
「なるほど。それでブレダは弟にもめぼしい人間はいないかと、情報収集をさせていたんですね。それに義父が引っかかったと……」
 それからリディアはグレイシの解説を聞きながら、名作や贋作を気分良く鑑賞し続けたが、暫くしてノックに続いてドアが開けられ、ランディスが現れた。

「失礼します」
「え! 殿下!?」
 しかしいきなりの登場に動揺したのはリディアだけで、グレイシアは優雅に一礼した。

「ランディス殿下、お待ちしておりました。それではこれが、本物と偽物に分けたリストです。後から騎士団長に提出してからお帰りください」
「分かりました、お預かりします」
「それでは失礼します。リディアはこのまま少し、殿下にお付き合いしてね?」
「え? グレイシアさん?」
 急展開に、全く頭が付いていかないリディアが狼狽しながら声をかけたが、グレイシアは全く悪びれずに笑った。

「ごめんなさいね。ランディス殿下に、ちょっとカモフラージュを頼まれて。まだ王宮内が色々騒がしいから、あなたを個別に呼びつけたら、余計な憶測を呼ぶかもしれないと言われたから。ここはもう暫く私達が美術品の仕分けをしている事になっているから、大丈夫よ。……それでは殿下、信用していますわよ?」
「ご心配なく」
「あの! グレイシアさん!?」
 最後は軽く睨みながら自分に釘を刺してきた彼女に、ランディスは苦笑いしながら頷き、優雅に一礼して立ち去るグレイシアを見送りながら、リディアは内心で激しく動揺した。

(ちょっと待って! どうしてここで、殿下と二人きりになるわけ!? それに何を話して良いか、全然分からないんだけど!)
 そんなリディアを眺めながら、ランディスが申し訳なさそうに口を開く。

「詳細を告げずに呼びつける事になって、驚かせてすまない。幾つか、個人的に話したい事があったものだから……。まずは、ダリッシュの絵についてだ」
「それは……、どういう事になるんでしょうか?」
 そこで瞬時に真顔になった彼女を安心させるように、ランディスが冷静に話を進める。

「君は例の個展の時に顔を合わせた、財務大臣のニルグァを覚えているだろうか?」
「はい、覚えています。とても優しい方で、親切に接してくださいました」
「そうか。彼がダリッシュの初期作品所有者に、内々に尋ねてくれているが、皆、作品自体を気に入って購入しているので、作者がどうなろうとも手放す気は無いそうだ。処分したい者からは、彼が責任を持って買い取ってくれる事にもなっている」
「そうでしたか。それを聞いて安心しました!」
 この間の懸念が解消した為、リディアはすっかり嬉しくなって、笑顔で礼を述べた。

(良かった。今度の事で、お義父さんの絵がどんな事になるのか、心配だったもの。あの場にいた皆さんは、本当にあれらの絵を気に入ってくださっていたのね。直接顔を合わせてお礼を言えるなら、是非言いたいものだわ)
 上機嫌にそんな事を考えていたリディアに、ランディスが緊張した面持ちで続ける。

「それから……、ニルグァ殿は、君を養女にしても良いと言ってくれている」
「え? 養女、ですか? どうしてあの方が、私と養子縁組をする必要があるんですか?」
 急に話が変わった上、全く訳が分からなかったリディア首を傾げると、そんな彼女から微妙に視線を逸らしながら、ランディスが本題を切り出した。

「それは、その……。君に、私と結婚して欲しいからなんだ」
「…………はい?」
 僅かに顔を紅潮させながらランディスが告げた台詞を、咄嗟に理解できなかったリディアは絶句し、そんな彼女に向かって、彼が真顔で言葉を継いだ。
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