裏腹なリアリスト

篠原皐月

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6.価値観の相違

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「それでは話を元に戻しますが、あの子は想像力豊かで、当然将来についても色々考えていたみたいなんです。因みに一番最近聞いたのは『結婚したら郊外の、小さいけど庭がついてる一軒家で、小型犬を飼って、車は細い道で小回りが利くように、でも買い物の時に荷物が沢山積めるワンボックスカーかな?』とかだったと思いますが」
「え?」
 思わず瞬きした淳に、美恵が若干目つきを険しくしながら確認を入れる。

「小早川さん……。あなたひょっとして、あの子が高所恐怖症なのを知らないの? 高層マンションで暮らすなんて無理よ?」
「はぁ!? いや、だって! そんな事一言も! 観覧車だって、普通に乗ってたし」
 慌てて弁解した淳だったが、それを聞いた美子の視線が冷え切った物に変化する。

「……乗せたの?」
「真っ青になった筈だけど?」
「いや、それは……、そう言えば『淳の顔を見てる方が楽しいもの』とか言って、せっかくの景色を見てないなとは思っ……」
「…………」
 女二人から無言の非難を受けて、淳は最後まで言えずに口を噤んだ。それを見て、美子が頭痛を堪える様な表情になりながら、話を続ける。

「それからあの子、小さい頃、塀から飛び降りてきた猫に顔を引っかかれて以来、大の猫嫌いなんです」
「あの時、傷が化膿しちゃって、なかなか治らなかったしね~」
「でも、俺が実家が客商売で何も飼えなかったから、飼うなら猫だなって言った時も何も言ってなかったが」
 その淳の訴えを半ば無視して、美子達は会話を続けた。

「うちは父が大の犬嫌いで。小さい頃に噛まれて以来、トラウマになっているらしくて。今でも並んで歩いている時にすれ違うと、私達が犬側になる様に並び直す位なんです」
「だから昔から、とても犬を飼いたいなんて言える空気じゃ無くてね」
「確かに……、一緒にペットショップに行った時、やけに熱心に子犬を見てるなとは思ったが……」
 ぼそぼそと独り言の様に口にした淳に、秀明が不思議そうに尋ねた。

「お前、その時に美実ちゃんに犬が好きかどうか、聞かなかったのか?」
「その……、子猫を見るのに夢中になっていて……」
「…………」
 正直な淳の報告に、他の三人の呆れ気味の視線が彼に突き刺さった。

「それからあの子、小さい頃から土いじりが好きなのよね。うちの花壇は殆どあの子が手入れしてるし」
「だから虫とかも比較的平気なのよね。『もぐらさ~ん、ミミズさ~ん。美味しいふかふかの土にしてくれてありがとう~。チューリップさんが喜んでるよ~』って、にこにこしながら地面に呼びかけてる位だし」
 淡々と告げられた内容を聞いて、秀明は溜め息を吐きながら、意外に虫が苦手な友人に声をかけた。

「お前、蛾が飛んできても大騒ぎするよな?」
「当然だろ!! あんなバサバサと鱗粉撒き散らしながら飛ぶ奴!」
「毒を持ってるわけでは無いですが」
「カイコガの繭から絹糸だって採れるのにね。大の大人がみっともない」
「…………っ!」
 冷静に突っ込まれた淳は、咄嗟に言い返せずに黙り込んだが、そこに女二人が容赦なく畳みかける。

「要するにあなたは、かなり年上の立場から、これまで事ある毎に、あの子を子供扱いしてきたみたいですが」
「そんな風にされたら、ひねくれてて素直じゃないあの子が馬鹿にされたくなくて、無理してあんたに合わせたり頑張ったり我慢したりするわよね」
「いや、しかしそれは!」
 流石に反論しようとした淳だったが、また美子が一見関係無い事を言い出した。

「先月のあの子の誕生日。プレゼントを渡しました?」
「ああ、勿論渡したが……」
「因みに超絶に犬好きのあの子には、美幸は犬の刺繍が入ったハンカチ、美野は子犬のペーパーウエイト、私は犬型の栞と付箋のセット、姉さんは犬のキーホルダー、義兄さんは子犬の写真集を贈ったの」
 その美恵の説明を聞いて、淳は思わず恨みがましい目を秀明に向けた。

「……何で教えてくれなかったんだ?」
「付き合い始めて六年だぞ? 当然知っているものと、思っていただろうが。八つ当たりは止めろ」
 そんな事をぼそぼそと囁いていると、美子から何気ない口調で問いが発せられた。

「小早川さんのプレゼントは、どんな物だったのかしら? 良かったら聞かせて貰えませんか?」
「その……、薔薇を年の数だけと、ブレスレットを……」
 低い声でそう告げると、美子達がしみじみとした口調で応じる。

「まあ、素敵。羨ましいわねぇ……」
「本当に。洗練された大人のチョイスよねぇ……」
(絶対、そう思って無いよな? こいつら)
 全く笑っていない彼女達に、淳の顔が僅かに引き攣ったが、美子は冷静に美恵を促した。

「取り敢えず、もう少し続きを聞きましょうか」
「そうね」
 そして美恵がレコーダーを再生させると、再び姉妹の会話が聞こえてくる。

「……あのね、美実。これまで異なる生活環境で暮らしてきた人間同士が一緒に暮らすとなったら、考え方とか趣味嗜好が異なるのは当然でしょう? 確かに結婚するとなったら、今まで通り行かない事が多いと思うわ。でもそこを擦り合せていくのが、結婚生活って物じゃない?」
 優しく言い聞かせようとした美子だったが、美実が冷静に問い返す。

「じゃあ、美子姉さんは、結婚して何か変わった事とか変えた事ってあるの?」
「それは勿論あるわよ?」
「だってお義兄さんの親戚関係は皆無で、親戚付き合いが増えたって事も無いし、お義兄さんがこの家に婿養子に入ったから、名字も家も変わらないし、生活レベルだって下がって無いじゃない?」
「…………」
 美実がそう尋ねた途端、静寂が続く。

「美子姉さん?」
 再度美実が尋ねたが、どうやら美子は回答を拒否したのが、次の台詞で分かった。
「……それじゃあ私はそろそろ、下に行ってるわね。小早川さんが来ると思うから、お出迎えの準備をしないと」
 男二人は(逃げたな……)と思ったが、そこで戸惑った様な美実の声が聞こえてきた。

「……え?」
「どうする? 会ってじっくり話をしてみる?」
 先程の質問も忘れて、動揺した声を上げた美実に確認を入れた美子は、妹の顔色で判断したのか、苦笑混じりの声で告げた。

「そう……。それなら今日のところは無理強いしないわ。話を聞いたら追い返すから、大人しくしていなさい。美恵。もう少し付いていて、後から降りてきて」
「分かったわ。二人でもう少し、話をしているから」
 そこで何を思ったか、美恵がいきなり血相を変えて再生を停止させた。その如何にも「すっかり忘れていた事を、たった今思い出しました」的な不審極まりない行動に、美子が顔を顰めながら問いかける。

「あら……。どうして止めるの?」
 その問いに、美恵は何となく顔色を悪くしながら、レコーダーを手の中に握り込む。
「別に……、他意は無いんだけど。あの後、改まって姉さんに聞かせなくちゃいけない話とかは、しなかったし……」
 その弁解がましい台詞を聞いて、美子の声のトーンが若干下がった。

「美恵?」
「本当に、大した事は無いって」
「再生しなさい」
「……了解」
 姉の静かな命令口調には逆らえず、淳と秀明が(何事?)と訝しむ中、美恵は再度録音データの再生を始めた。
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