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37.不和の種
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珍しく昌典も秀明も早く帰宅し、一家揃って和やかに食べていた夕食の席で、美子が思い出した様に言い出した。
「あ、そうそう、美実。この前話したお見合いの件だけど、今度の土曜日に先方が家に出向いて下さる事になったの」
「そうなの? 何か申し訳ないわね」
それを聞いた美実は神妙に答えたが、寝耳に水だった美野と美幸は「お見合いって!?」と明らかに動揺した。テーブルの向こう側に座っているそんな義妹達を眺めながら、秀明はどこか面白く無さそうに食べ続けていたが、彼の隣に座っている美子は、上機嫌に話を続ける。
「本当にね。電話で直接お話ししたけど、とても礼儀正しい方よ? 美実の体調を心配して下さって、『変に緊張させたくはないので、できればそちらのお宅で、顔を合わせたいのですが』と申し出て下さって」
「そうなんだ。じゃあ服装はどうしようかな……」
少し困った様に美実が首を傾げると、美子は益々機嫌良く説明してくる。
「それも『無理に身体を締め付ける様な装いにする必要はありません。私もカジュアルな服装で出向かせて頂きます』って言ってくれたから。そろそろ普通の服がきつくなってきたでしょう? 無理にスーツは着ないで、ワンピースにしなさい」
「それなら良かったわ。正直、心配してたの」
「本当に、お相手の方が、細かい所まで配慮が行き届く様な方で良かったわ」
にこにこと嬉しそうに感想を述べる美子に向かって、ここで秀明が不機嫌そうに口を挟んできた。
「美子。あっさり丸め込まれるな」
「何? 丸め込まれたりなんか、していないわよ?」
少々気分を害した様に言い返した美子だったが、秀明ははっきりと渋面になって彼女を叱る。
「どこがだ。たかが数分電話で会話した位で誉めちぎって。こんな時に世間知らずぶりを発揮するな」
「何を言ってるのよ。数分話しただけでも、分かる事は分かるわよ。あなたと初めて会った時に数分話して、どうしようもないろくでなしだって分かったもの」
「……何だと?」
売り言葉に買い言葉状態で、剣呑な空気を醸し出してきた姉夫婦を見て、向かい側の妹達は揃って狼狽した。
「あの……」
「美子姉さん? 秀明義兄さん?」
「えっと、少し冷静に」
控え目に宥めようとした彼女達など目もくれず、美子達の言い合いは忽ちヒートアップする。
「そのろくでなしと結婚した女が、言う台詞じゃないと思うが?」
「ええ、そうね。自分の馬鹿さ加減を公言している様な物ですしね」
「普段は大人しく鷹揚に構えているくせに、どうしてお前はとんでもないタイミングで、とんでもなく面倒で厄介な連中に取り憑かれたり、中に引き込んだりするんだ!」
「失礼ね! 人を超ド級のトラブルメーカーや、悪霊憑きみたいに言わないでくれる!?」
「事実をきちんと認識しろと言ってるんだ! だいたいあの妖怪夫婦に見込まれた時点で」
「秀明!! 美子!!」
つい加積夫婦の事に言及しそうになった秀明と、頭に血が上っている美子を纏めて盛大に叱り飛ばした昌典は、底光りする視線を二人に向けた。
「……いい加減に止めろ。飯が不味くなる」
厳しい表情で制止されて瞬時に冷静さを取り戻した二人は、素直に謝罪の言葉を口にした。
「失礼しました」
「気を付けます」
それからは静まり返った室内で全員食事を済ませ、美子は後片付けを、昌典と秀明が仕事の話でもあるのか連れ立って姿を消した為、美実は妹達と美樹を連れて居間に移動した。そしてソファーに落ち着くなり、緊張の糸が切れた様に呟く。
「さっきのあれ……、びっくりした……」
「うん。ママ、パパ、ぷんすこー!」
「ああいう夫婦喧嘩っぽいのって、結婚以来、初めて見たかも」
「だよね~。やっぱりお義兄さんって優しいよね~」
なにやら美幸が場にそぐわない能天気な事を言い出した為、美実と美野は揃って怪訝な顔を向けた。
「はぁ? 何、それ?」
「美幸。さっきのあれで、どうしてその結論に達するわけ?」
「だって、美子姉さんとの口論のそもそもの原因って、今度美実姉さんとお見合いする人を、美子姉さんが誉めたからでしょう?」
「それはそうね」
「それで?」
まだ言われた意味が分からない二人がなおも尋ねると、美幸は変わらずにこにこしながら話を続けた。
「きっと秀明義兄さんは、私達の事を本気で可愛がってるから、横からかっさらっていく可能性のある男の人が、どんな人であろうと気に入らないんじゃない?」
ここで美野は首を傾げ、軽く反論した。
「でも、美幸? 美実姉さんと小早川さんが付き合っていた時、お義兄さんが文句を言ったりした事は無かったんじゃない? 美実姉さんは何か言われてたの?」
「いいえ? そういう事は特に何も無かったけど……」
「だって元々小早川さんは、お義兄さんの紹介で知り合ったんでしょう? だから滅多な男に渡すのは嫌だけど、『こいつなら仕方がないから認めてやる』みたいな心境だったんじゃないのかな?」
訳知り顔で美幸がそんな事を口にした為、姉二人は(それはそうかも)と納得してしまった。
「なるほどね。それなのに美実姉さんが小早川さんと揉めた挙げ句に、近付いてきた見ず知らずの男性を美子姉さんが誉めちぎったから、面白く無かったわけか……」
「ちょっと嬉しいね。お義兄さんにしっかり妹認定されて、愛されてる感じがして」
ちょっと照れくさそうに、嬉しそうに言ってきた美幸を見て、美実と美野も笑顔になる。
「本当ね。散々色々力になって貰ってるし。私達が好き勝手できるのも、お義兄さんが居てくれるお陰よね」
「私も結婚する時は、相手に色々難癖つけてくるのかな? お義兄さんに負けない人を探さないと」
「うわ、それって無理! 美野姉さん、結婚できなくなるって!」
「ちょっと! さすがにお義兄さん以上の人はそうそう居ないかもしれないけど、向こうに回して負けない人位だったら居るわよ!」
「えぇ~? それでも無理だと思う~」
秀明は単に物騒過ぎる人間を藤宮家に近付けたく無かっただけだったのだが、結果として自身の知らない所で、義妹達の信頼と尊敬を上積みする事になった。そしていつも通り美野と美幸が言い合いを始めたところで、黙って話を聞いていた美樹が、くいくいと美実の袖を引いて、少々心配そうに見上げてくる。
「みーちゃん。パパ、ママ、ニコニコする?」
見慣れない物を見て、ちょっと心配になったらしい姪に対して、美実は明るく笑って答えた。
「大丈夫、大丈夫。二人とも、今頃は機嫌を直してるだろうし。少し遊んだら、姉さん達の所に連れて行くからね」
「うん」
太鼓判を押されて安心したのか、にっこり笑って頷いた美樹に癒されながら、美実は頭の片隅で、近々やって来る見合い相手の事を考えていた。
「あ、そうそう、美実。この前話したお見合いの件だけど、今度の土曜日に先方が家に出向いて下さる事になったの」
「そうなの? 何か申し訳ないわね」
それを聞いた美実は神妙に答えたが、寝耳に水だった美野と美幸は「お見合いって!?」と明らかに動揺した。テーブルの向こう側に座っているそんな義妹達を眺めながら、秀明はどこか面白く無さそうに食べ続けていたが、彼の隣に座っている美子は、上機嫌に話を続ける。
「本当にね。電話で直接お話ししたけど、とても礼儀正しい方よ? 美実の体調を心配して下さって、『変に緊張させたくはないので、できればそちらのお宅で、顔を合わせたいのですが』と申し出て下さって」
「そうなんだ。じゃあ服装はどうしようかな……」
少し困った様に美実が首を傾げると、美子は益々機嫌良く説明してくる。
「それも『無理に身体を締め付ける様な装いにする必要はありません。私もカジュアルな服装で出向かせて頂きます』って言ってくれたから。そろそろ普通の服がきつくなってきたでしょう? 無理にスーツは着ないで、ワンピースにしなさい」
「それなら良かったわ。正直、心配してたの」
「本当に、お相手の方が、細かい所まで配慮が行き届く様な方で良かったわ」
にこにこと嬉しそうに感想を述べる美子に向かって、ここで秀明が不機嫌そうに口を挟んできた。
「美子。あっさり丸め込まれるな」
「何? 丸め込まれたりなんか、していないわよ?」
少々気分を害した様に言い返した美子だったが、秀明ははっきりと渋面になって彼女を叱る。
「どこがだ。たかが数分電話で会話した位で誉めちぎって。こんな時に世間知らずぶりを発揮するな」
「何を言ってるのよ。数分話しただけでも、分かる事は分かるわよ。あなたと初めて会った時に数分話して、どうしようもないろくでなしだって分かったもの」
「……何だと?」
売り言葉に買い言葉状態で、剣呑な空気を醸し出してきた姉夫婦を見て、向かい側の妹達は揃って狼狽した。
「あの……」
「美子姉さん? 秀明義兄さん?」
「えっと、少し冷静に」
控え目に宥めようとした彼女達など目もくれず、美子達の言い合いは忽ちヒートアップする。
「そのろくでなしと結婚した女が、言う台詞じゃないと思うが?」
「ええ、そうね。自分の馬鹿さ加減を公言している様な物ですしね」
「普段は大人しく鷹揚に構えているくせに、どうしてお前はとんでもないタイミングで、とんでもなく面倒で厄介な連中に取り憑かれたり、中に引き込んだりするんだ!」
「失礼ね! 人を超ド級のトラブルメーカーや、悪霊憑きみたいに言わないでくれる!?」
「事実をきちんと認識しろと言ってるんだ! だいたいあの妖怪夫婦に見込まれた時点で」
「秀明!! 美子!!」
つい加積夫婦の事に言及しそうになった秀明と、頭に血が上っている美子を纏めて盛大に叱り飛ばした昌典は、底光りする視線を二人に向けた。
「……いい加減に止めろ。飯が不味くなる」
厳しい表情で制止されて瞬時に冷静さを取り戻した二人は、素直に謝罪の言葉を口にした。
「失礼しました」
「気を付けます」
それからは静まり返った室内で全員食事を済ませ、美子は後片付けを、昌典と秀明が仕事の話でもあるのか連れ立って姿を消した為、美実は妹達と美樹を連れて居間に移動した。そしてソファーに落ち着くなり、緊張の糸が切れた様に呟く。
「さっきのあれ……、びっくりした……」
「うん。ママ、パパ、ぷんすこー!」
「ああいう夫婦喧嘩っぽいのって、結婚以来、初めて見たかも」
「だよね~。やっぱりお義兄さんって優しいよね~」
なにやら美幸が場にそぐわない能天気な事を言い出した為、美実と美野は揃って怪訝な顔を向けた。
「はぁ? 何、それ?」
「美幸。さっきのあれで、どうしてその結論に達するわけ?」
「だって、美子姉さんとの口論のそもそもの原因って、今度美実姉さんとお見合いする人を、美子姉さんが誉めたからでしょう?」
「それはそうね」
「それで?」
まだ言われた意味が分からない二人がなおも尋ねると、美幸は変わらずにこにこしながら話を続けた。
「きっと秀明義兄さんは、私達の事を本気で可愛がってるから、横からかっさらっていく可能性のある男の人が、どんな人であろうと気に入らないんじゃない?」
ここで美野は首を傾げ、軽く反論した。
「でも、美幸? 美実姉さんと小早川さんが付き合っていた時、お義兄さんが文句を言ったりした事は無かったんじゃない? 美実姉さんは何か言われてたの?」
「いいえ? そういう事は特に何も無かったけど……」
「だって元々小早川さんは、お義兄さんの紹介で知り合ったんでしょう? だから滅多な男に渡すのは嫌だけど、『こいつなら仕方がないから認めてやる』みたいな心境だったんじゃないのかな?」
訳知り顔で美幸がそんな事を口にした為、姉二人は(それはそうかも)と納得してしまった。
「なるほどね。それなのに美実姉さんが小早川さんと揉めた挙げ句に、近付いてきた見ず知らずの男性を美子姉さんが誉めちぎったから、面白く無かったわけか……」
「ちょっと嬉しいね。お義兄さんにしっかり妹認定されて、愛されてる感じがして」
ちょっと照れくさそうに、嬉しそうに言ってきた美幸を見て、美実と美野も笑顔になる。
「本当ね。散々色々力になって貰ってるし。私達が好き勝手できるのも、お義兄さんが居てくれるお陰よね」
「私も結婚する時は、相手に色々難癖つけてくるのかな? お義兄さんに負けない人を探さないと」
「うわ、それって無理! 美野姉さん、結婚できなくなるって!」
「ちょっと! さすがにお義兄さん以上の人はそうそう居ないかもしれないけど、向こうに回して負けない人位だったら居るわよ!」
「えぇ~? それでも無理だと思う~」
秀明は単に物騒過ぎる人間を藤宮家に近付けたく無かっただけだったのだが、結果として自身の知らない所で、義妹達の信頼と尊敬を上積みする事になった。そしていつも通り美野と美幸が言い合いを始めたところで、黙って話を聞いていた美樹が、くいくいと美実の袖を引いて、少々心配そうに見上げてくる。
「みーちゃん。パパ、ママ、ニコニコする?」
見慣れない物を見て、ちょっと心配になったらしい姪に対して、美実は明るく笑って答えた。
「大丈夫、大丈夫。二人とも、今頃は機嫌を直してるだろうし。少し遊んだら、姉さん達の所に連れて行くからね」
「うん」
太鼓判を押されて安心したのか、にっこり笑って頷いた美樹に癒されながら、美実は頭の片隅で、近々やって来る見合い相手の事を考えていた。
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