裏腹なリアリスト

篠原皐月

文字の大きさ
55 / 94

54.容赦の無い仕打ち

しおりを挟む
「これって……」
 藤宮家の固定電話に送信されてきたFAXの文面を見て、美子は最初当惑し、すぐに不敵に微笑んだ。

「そう言えば、今日は土曜日だったわね。美実が帰って来るまでに、準備しておきましょうか」
 そう呟いて満足げに笑った美子は早速行動に移り、その成果は夕食後に、家族に披露される事となった。

「美実、小早川さんから夕方にFAXが届いたから、内容を半紙に書いておいたの。目を通してくれるかしら?」
「え? 書いたって……、例の子供の名前を?」
「ええ。これよ」
 食後に居間に移動した全員にお茶を配ってから、美子がどこからともなく出してきた、墨痕鮮やかに名前が書かれた二枚の半紙を目にして、当事者の美実は勿論、昌典まで不穏な物を感じて顔を引き攣らせた。

「美子。どうしてわざわざ半紙に書いたんだ?」
「なんとなくその方が、命名の感じが出るかと思って」
「そうか?」
 父親からの疑わしげな視線を無視し、美子は美実に感想を尋ねた。

「どう? 美実。気に入った?」
 しかしそれをチラリと見た美実は、にべもなく却下する。
「嫌。駄目だって返事してくれる?」
「分かったわ」
 それを聞いた美子は半紙を持ったままさっさと居間を出て行き、あまりの即決ぶりに美野が姉に詰め寄った。

「美実姉さん、あんなにあっさり否定しなくても良いんじゃない?」
「だってあんな名前、嫌だもの」
「そうは言っても小早川さんが、一生懸命考えてくれた筈なのに」
「考えても、あの事をすっかり忘れているみたいだしね……」
 そこでボソッと美実が呟いた内容を聞き損ねた美野が、不思議そうに尋ねた。

「え? 今、何て言ったの?」
「……何でも無いわ」
「そう? だけどせめて、もう少し考えてあげても」
「五月蠅いわね! 嫌な物は嫌なのよ! 私の勝手でしょう? 部外者は口を挟まないで!」
「美実姉さん! ちょっと待って!」
 微妙に非難する響きを含んだ美野の物言いに、美実は怒りを露わにして勢い良く立ち上がった。そしてそのまま足音荒く出て行く姉を美野が引き止めようとしたが、この間黙って様子を窺っていた昌典が、彼女を宥める。

「美野、止めろ」
「でも、お父さん!」
「美実が気に入る名前を考えるのが大前提だ。美実が変に妥協する必要は無いだろう。そんな事をしたら、却ってしこりを残す」
「そうかもしれないけど……」
 もどかしげな表情になった美野だったが、父親の主張を全面的に認めて口を閉ざした。それから無言で茶を飲み干した昌典は、居間を出て美子達の部屋へと向かった。

「美子、こっちに居るのか? ちょっと話があるんだが」
「お父さん? ええ、構わないから入って」
 ドアをノックしながら室内に呼びかけると、美子が気安く返事をしてきた為、昌典は遠慮無く室内に入った。

「美子。さっきの美実の子供の名前…………、何をしているんだ?」
 美子に歩み寄りながらの質問の途中で、彼が微妙に口調を変化させた。それは美子が机で下敷きの上に半紙を乗せ、その傍らで専用の筆に朱墨液を含ませていたところだったからである。

「小早川さんに採用の可否を知らせないといけないから、添削しているところよ」
 涼しい顔で事も無げにそんな事を言った美子は、その直後、全く躊躇わずに名前の上に大きく朱色の×印を記した。昌典が唖然として声が出ない中、美子は書き終えた半紙を横の新聞紙の上に置き、二枚目の半紙を下敷きに乗せて同様に繰り返す。
 そして無事に作業を終えた美子は、清々しい表情で父親を振り返った。

「お父さん、そう言えば話って何?」
「あ、ああ……。ちょっと胃がもたれている感じがするから、明日の朝食は軽めにして欲しいんだが……」
「あら、大丈夫? 分かったわ。そのつもりで準備しておくから」
「すまん。宜しく頼む。ところで、その半紙はどうするんだ?」
 予測は付いていたが一応昌典が尋ねてみると、美子は当然の如く答えた。

「乾いたら封筒に入れて、明日の朝に速達で小早川さんに送るわ」
「……そうか。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
 そして笑顔の娘に見送られて廊下に出た昌典は、先程目にした物を送りつけられた時の淳の心境を思って、人知れず深い溜め息を吐いた。そこで部屋に荷物を置きにやって来た、秀明と出くわす。

「お義父さん、戻りました。顔色が優れませんが、どうかしましたか?」
「ああ、秀明か……。お前には色々と、苦労をかけているな」
「はぁ?」
 帰宅するなり、何故か舅から気づかわし気な視線を向けられてしまった秀明は、本気で困惑した表情になった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

処理中です...