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72.驚天動地の報告
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昼食を済ませてから美実は桜に連れられて、屋敷の更に奥へと足を進めた。ガラス戸が付いた渡り廊下を通ってから廊下を曲がり、少し歩いた所で桜がするりと襖を引き開ける。
「じゃあ美実さんには、この部屋を使って貰うわね。室内にある物は、好きに動かしたり使って貰って構わないから」
「ありがとうございます」
説明され、礼を言いながらその八畳間に足を踏み入れた美実は、左右の壁際に配置されている立派な机や本棚、飾り棚などを見て、内心不思議に思った。
(なんか……、客間って言うよりは、誰かの私室って感じなんだけど。今は誰も使って無いのかしら?)
そんな事を考えながら美実が窓際に歩み寄り、障子を左右に静かに引き開けてみると、視界に大きな椿の木が入ってきた。その鮮やかな赤に、思わず感嘆の声を上げる。
「お庭が綺麗に整えられてますね。それに冬なのに南天や葉牡丹、蝋梅で華やか。雪が降ったら白に映えて、もっと綺麗ですよね?」
その誉め言葉に、桜が嬉しそうに頷く。
「ありがとう。この部屋から見える庭の範囲は、冬が見頃になる様に整えてあるのよ」
それを聞いた美実は、目を輝かせて食い付いた。
「あ、じゃあひょっとして、春夏秋のお庭もあるんですか?」
「ええ」
「さすが! その季節に、是非他のお庭も見てみたいです!」
「じゃあ、ここにこのまま一年居座ってみる?」
「ええと……、どうしましょう?」
さり気なく尋ねた途端、美実は視線を彷徨わせながら口ごもる。それを苦笑しながら眺めてから、桜が説明を続けた。
「客間を用意しても良かったんだけど、ここには机や辞書が常設してあるし、この庭は今の季節が一番見頃だから、ここで良いかと思ったの」
「はい。ここで結構です。ありがとうございます」
「それなら良かったわ」
桜が笑顔で頷くと、美実は再度障子の桟をチラッと眺めてから、ちょっとした問いを発した。
「ここを使っていた方は、今はいらっしゃらないんですか?」
「ええ。出て行ってから、二年近く経っているわね」
「その方が、近々戻られる予定とかは無いんですか? それなら急に使わせて貰って、申し訳無いんですが」
「どうしてそう思うの?」
不思議そうな顔で問い返してきた桜に向かって、美実がその理由を口にする。
「私物がそのままみたいですし、埃が溜まらない様に掃除するのは当然としても、襖も障子も日焼けせずに綺麗なままですから。綺麗と言うか、最近張り替えたばかりみたいなので、近日中に戻られる予定があるのかと思ったんです」
それを聞いた桜は、納得した様に笑った。
「ああ、なるほど。さすが、作家さん。良く観察しているわね。でも単に部屋を使っていなくても、全室を年に一回、張り替えているだけなの。美実さんのお宅では、どうしているの?」
「ええと……、そこら辺は全て美子姉さんがやってるので……。やっぱり襖はともかく、使ってない部屋でも障子は年に一回は張り替えているかもしれません」
「そうでしょうね」
その後、軽く幾つかの説明をした桜は、「もう少ししたらお茶にしましょう」と言って部屋を出て行った。そして一人残された美実は椅子に座って、ここでの生活と仕事に必要な物をリストアップし始める。
「うん、立派な辞典だわ。結構最近の発行だし。だけど本棚に収納されてる本のジャンルがバラバラで、ここでどんな人が生活してたのか、全然想像できないんだけど……」
必要な日用品などを列記し、何気なく机周りや本棚に目をやった美実は、この屋敷の主同様、かつてのこの部屋の住人を推測できないラインナップに、難しい顔つきになった。しかしすぐに気を取り直し、闘志に満ちた表情になる。
「でも加積さんの関係者だし、すんなり分からなくて当然よね。俄然面白くなってきたわ。淳の為にも頑張らないと!」
そうして美実は再び机にかじりついて、必要な物のリストアップに取り組んだ。
そして書き上がったそれと、美実のメッセージを吹き込んだICレコーダーを携えて、夕刻になる前に藤宮家を訪問した笠原は、怪訝な顔をして迎え入れてくれた美子の前で、ひたすら額の汗を拭う事となった。
「……と言うわけで、加積さんのお宅に暫くの間、軟禁されちゃう事になりました! いやぁ、びっくり予想外。人生、一寸先は闇だよね!? だけど小野塚さんって凄く良い人~って思ってたら、お腹の中は黒い人だったみたい。でもそういうのは、お義兄さんで免疫あるしね~」
「…………」
語られている内容は、間違いなくとんでもない内容である筈なのに、美実の口調がひたすら能天気である為、美子は無表情のままこめかみに青筋を浮かべた。それを目にした笠原が、恐縮気味に汗を拭ったが、美実のテンションは最後まで変わらなかった。
「だから暫く家に戻れないけど、心配しないでね? この機会にじっくり加積さん達の観察と取材を進める事にしてるし、仕事や妊婦健診にも付き添い付きで出して貰えるから。それで笠原さんに必要な物を書き出したリストを預けたから、悪いけどそれを揃えて渡して欲しいの。それじゃあ、皆に宜しくね!」
「…………」
「あの……、美子様……」
再生が終了しても無言のまま微動だにしない相手に、笠原が恐る恐る声をかけると、重い溜め息を吐いた美子は、苦々しい声で謝罪しつつ頭を下げた。
「この度は、妹がお騒がせしております。お屋敷の皆さんにもご迷惑をおかけする事になりそうで、誠に申し訳ありません」
それに笠原が真顔で応じる。
「いえ、これは元はと言えば和真様の八つ当たりと、旦那様の悪乗りから生じた事態ですので。万が一の事態が生じ無いように、美実様の健康管理に関しては私どもで最大限に留意致しますので、ご安心下さい」
「宜しくお願いします。取り敢えず指定された物を揃えて参りますので、少々お待ち頂けますか?」
「はい、こちらでお待ちしております。重い物は待機させております運転手に運ばせますので、遠慮なくお申し付け下さい」
「分かりました」
そして硬い表情のまま美子が客間を出て行き、彼女の怒りのオーラから漸く解放された笠原が、安堵した顔つきで額の汗をハンカチで拭いていると、襖が開いて美樹が姿を現した。
「か~さ~ちゃん」
「美樹様。お邪魔しております」
にこにこと呼びかけてきた美樹に、笠原もそれまでの緊張を忘れて顔を綻ばせると、彼女はトコトコと彼の前までやってきた。そして握り拳を差し出す。
「どんまい」
そう言いながら差し出された掌に乗っている、個包装のチョコを見て、笠原は何度か瞬きしてから、美樹に確認を入れた。
「……私に、頂けるのですか?」
「うん。おつかれ」
笑顔のままこっくり頷いた美樹を見て、笠原は小さく噴き出した。
「これはこれは、お気遣いありがとうございます。やはり美樹様は将来、人心掌握に長けた方におなりになるかと」
「そーあく? しょあく?」
「総悪でも諸悪でもございませんが」
聞き慣れない単語を耳にして、不思議そうな顔で首を傾げた美樹を見て、笠原はチョコを摘まみ上げながら再度噴き出し、それから暫く室内には穏やかな空気が流れた。
しかしその場を離れた美子の周囲には、相変わらず剣呑な空気が漂っていた。
「全くあの子ったら! 一体、何をやってるのよ!?」
美実の部屋に入った美子は、苛立たしげに叫びつつ、急いで着替えや仕事道具など、リストにある物を揃え始めた。そして一通り取り揃えたところで、怒りに任せて電話をかけ始める。
「あなた!」
「美子、どうし」
「いちまでも、くだらない事をやってるんじゃないわよ! 四時間以内に帰宅しないなら、即刻離婚よ! ガタガタ言わずにすぐ帰って来なさい!」
秀明に有無を言わさず言い付けて通話を終わらせてから、美子は仕事中の父親にも電話をかける。
「お父さん!」
「美子、何か」
「一大事発生よ! 人の行き死にに関わる事が社内で発生していないなら、今すぐ帰って来て頂戴!」
そして相手の反応を待たずに再び通話を終わらせた美子は、憤懣やるかたない表情のまま、揃えた物の箱詰めに取りかかった。
「全くどいつもこいつも……、どうしてくれようかしら!?」
その美子の腹立ち紛れの叫びを、直接耳にした者はいなかったが、その影響は長引く事になった。
「じゃあ美実さんには、この部屋を使って貰うわね。室内にある物は、好きに動かしたり使って貰って構わないから」
「ありがとうございます」
説明され、礼を言いながらその八畳間に足を踏み入れた美実は、左右の壁際に配置されている立派な机や本棚、飾り棚などを見て、内心不思議に思った。
(なんか……、客間って言うよりは、誰かの私室って感じなんだけど。今は誰も使って無いのかしら?)
そんな事を考えながら美実が窓際に歩み寄り、障子を左右に静かに引き開けてみると、視界に大きな椿の木が入ってきた。その鮮やかな赤に、思わず感嘆の声を上げる。
「お庭が綺麗に整えられてますね。それに冬なのに南天や葉牡丹、蝋梅で華やか。雪が降ったら白に映えて、もっと綺麗ですよね?」
その誉め言葉に、桜が嬉しそうに頷く。
「ありがとう。この部屋から見える庭の範囲は、冬が見頃になる様に整えてあるのよ」
それを聞いた美実は、目を輝かせて食い付いた。
「あ、じゃあひょっとして、春夏秋のお庭もあるんですか?」
「ええ」
「さすが! その季節に、是非他のお庭も見てみたいです!」
「じゃあ、ここにこのまま一年居座ってみる?」
「ええと……、どうしましょう?」
さり気なく尋ねた途端、美実は視線を彷徨わせながら口ごもる。それを苦笑しながら眺めてから、桜が説明を続けた。
「客間を用意しても良かったんだけど、ここには机や辞書が常設してあるし、この庭は今の季節が一番見頃だから、ここで良いかと思ったの」
「はい。ここで結構です。ありがとうございます」
「それなら良かったわ」
桜が笑顔で頷くと、美実は再度障子の桟をチラッと眺めてから、ちょっとした問いを発した。
「ここを使っていた方は、今はいらっしゃらないんですか?」
「ええ。出て行ってから、二年近く経っているわね」
「その方が、近々戻られる予定とかは無いんですか? それなら急に使わせて貰って、申し訳無いんですが」
「どうしてそう思うの?」
不思議そうな顔で問い返してきた桜に向かって、美実がその理由を口にする。
「私物がそのままみたいですし、埃が溜まらない様に掃除するのは当然としても、襖も障子も日焼けせずに綺麗なままですから。綺麗と言うか、最近張り替えたばかりみたいなので、近日中に戻られる予定があるのかと思ったんです」
それを聞いた桜は、納得した様に笑った。
「ああ、なるほど。さすが、作家さん。良く観察しているわね。でも単に部屋を使っていなくても、全室を年に一回、張り替えているだけなの。美実さんのお宅では、どうしているの?」
「ええと……、そこら辺は全て美子姉さんがやってるので……。やっぱり襖はともかく、使ってない部屋でも障子は年に一回は張り替えているかもしれません」
「そうでしょうね」
その後、軽く幾つかの説明をした桜は、「もう少ししたらお茶にしましょう」と言って部屋を出て行った。そして一人残された美実は椅子に座って、ここでの生活と仕事に必要な物をリストアップし始める。
「うん、立派な辞典だわ。結構最近の発行だし。だけど本棚に収納されてる本のジャンルがバラバラで、ここでどんな人が生活してたのか、全然想像できないんだけど……」
必要な日用品などを列記し、何気なく机周りや本棚に目をやった美実は、この屋敷の主同様、かつてのこの部屋の住人を推測できないラインナップに、難しい顔つきになった。しかしすぐに気を取り直し、闘志に満ちた表情になる。
「でも加積さんの関係者だし、すんなり分からなくて当然よね。俄然面白くなってきたわ。淳の為にも頑張らないと!」
そうして美実は再び机にかじりついて、必要な物のリストアップに取り組んだ。
そして書き上がったそれと、美実のメッセージを吹き込んだICレコーダーを携えて、夕刻になる前に藤宮家を訪問した笠原は、怪訝な顔をして迎え入れてくれた美子の前で、ひたすら額の汗を拭う事となった。
「……と言うわけで、加積さんのお宅に暫くの間、軟禁されちゃう事になりました! いやぁ、びっくり予想外。人生、一寸先は闇だよね!? だけど小野塚さんって凄く良い人~って思ってたら、お腹の中は黒い人だったみたい。でもそういうのは、お義兄さんで免疫あるしね~」
「…………」
語られている内容は、間違いなくとんでもない内容である筈なのに、美実の口調がひたすら能天気である為、美子は無表情のままこめかみに青筋を浮かべた。それを目にした笠原が、恐縮気味に汗を拭ったが、美実のテンションは最後まで変わらなかった。
「だから暫く家に戻れないけど、心配しないでね? この機会にじっくり加積さん達の観察と取材を進める事にしてるし、仕事や妊婦健診にも付き添い付きで出して貰えるから。それで笠原さんに必要な物を書き出したリストを預けたから、悪いけどそれを揃えて渡して欲しいの。それじゃあ、皆に宜しくね!」
「…………」
「あの……、美子様……」
再生が終了しても無言のまま微動だにしない相手に、笠原が恐る恐る声をかけると、重い溜め息を吐いた美子は、苦々しい声で謝罪しつつ頭を下げた。
「この度は、妹がお騒がせしております。お屋敷の皆さんにもご迷惑をおかけする事になりそうで、誠に申し訳ありません」
それに笠原が真顔で応じる。
「いえ、これは元はと言えば和真様の八つ当たりと、旦那様の悪乗りから生じた事態ですので。万が一の事態が生じ無いように、美実様の健康管理に関しては私どもで最大限に留意致しますので、ご安心下さい」
「宜しくお願いします。取り敢えず指定された物を揃えて参りますので、少々お待ち頂けますか?」
「はい、こちらでお待ちしております。重い物は待機させております運転手に運ばせますので、遠慮なくお申し付け下さい」
「分かりました」
そして硬い表情のまま美子が客間を出て行き、彼女の怒りのオーラから漸く解放された笠原が、安堵した顔つきで額の汗をハンカチで拭いていると、襖が開いて美樹が姿を現した。
「か~さ~ちゃん」
「美樹様。お邪魔しております」
にこにこと呼びかけてきた美樹に、笠原もそれまでの緊張を忘れて顔を綻ばせると、彼女はトコトコと彼の前までやってきた。そして握り拳を差し出す。
「どんまい」
そう言いながら差し出された掌に乗っている、個包装のチョコを見て、笠原は何度か瞬きしてから、美樹に確認を入れた。
「……私に、頂けるのですか?」
「うん。おつかれ」
笑顔のままこっくり頷いた美樹を見て、笠原は小さく噴き出した。
「これはこれは、お気遣いありがとうございます。やはり美樹様は将来、人心掌握に長けた方におなりになるかと」
「そーあく? しょあく?」
「総悪でも諸悪でもございませんが」
聞き慣れない単語を耳にして、不思議そうな顔で首を傾げた美樹を見て、笠原はチョコを摘まみ上げながら再度噴き出し、それから暫く室内には穏やかな空気が流れた。
しかしその場を離れた美子の周囲には、相変わらず剣呑な空気が漂っていた。
「全くあの子ったら! 一体、何をやってるのよ!?」
美実の部屋に入った美子は、苛立たしげに叫びつつ、急いで着替えや仕事道具など、リストにある物を揃え始めた。そして一通り取り揃えたところで、怒りに任せて電話をかけ始める。
「あなた!」
「美子、どうし」
「いちまでも、くだらない事をやってるんじゃないわよ! 四時間以内に帰宅しないなら、即刻離婚よ! ガタガタ言わずにすぐ帰って来なさい!」
秀明に有無を言わさず言い付けて通話を終わらせてから、美子は仕事中の父親にも電話をかける。
「お父さん!」
「美子、何か」
「一大事発生よ! 人の行き死にに関わる事が社内で発生していないなら、今すぐ帰って来て頂戴!」
そして相手の反応を待たずに再び通話を終わらせた美子は、憤懣やるかたない表情のまま、揃えた物の箱詰めに取りかかった。
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