召喚体質、返上希望

篠原 皐月

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(32)予想外の真実

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「え? だって行きと帰りの方法が確立しているなら、環境がガラッと変わる場所に行くのって楽しくない? それに時間が有効に使えるし」
 いかにも当然のごとく語られた内容に、天輝は本気で腹を立てながら喚いた。

「海晴が好奇心旺盛で、行動力も抜群なのは昔から良く知っているけど、幾らなんでも非常識すぎない!? それに『時間を有効に使える』ってどういう意味よ!?」
「だってこっちの一時間が、向こうの十時間位になるんだよ? 試験前の一夜漬けの効果ばっちりじゃない」
 大真面目に海晴が口にした内容を聞いて、天輝は妹の過去の行動パターンを思い出した。

「ちょっと待って、海晴。高校の頃、試験の直前の日曜日に『勉強ばかりしていると却って効率が悪いから、息抜きしてくる!』と言って、毎回一日中どこかに行っていたのって、まさか……」
「そう。こっちの九時から六時まで、向こうの世界で一夜漬けならぬ大体四日間、人の出入りがない森の中とかでキャンプしながら勉強していたの。そして帰宅して夕飯を食べたら、ぐっすり熟睡。本っ当に、効率良かったわぁ~。あれでアウトドア生活のノウハウを身に付けたしね」
「なんか本格的にキャンプしていたみたいだけど、何やってるのよ!? それにどうやってキャンプしてたの!?」
「ほら、両親の生命保険の中から、『取り敢えずこれだけはお前達が好きに使いなさい』ってお父さんが分けてくれた分があったでしょう? その定期預金を解約してテントやその他諸々キャンプに必要な物を買い込んで、庭の物置に隠していたのよ。異世界に行く時は、こっそりそれを持ち出して使っていたから」
 それを聞いた和枝が、思わずと言った感じて口を挟む。

「そういえば……、確かに色々なキャンプ用品がいつの間にか物置にあって……。でも伸也がそういうのが好きだから、あの子が使っているのだとばかり……」
「あ、伸也も使っている筈よ。かなり前にあれを持ち出そうとした時に伸也に見つかった時、時々一人になりたくてデイキャンプをやってると誤魔化したら、じゃあ俺にもたまに使わせてくれと言われて了解したから。使った分の燃料とかは、律儀に補給していてくれるし」
「伸也……」
「あの子ったら……」
「どうしてそこで不審に思わない……」
 思わぬ事実を知らされた桐生家の面々は、普段些細な事にはこだわらない性格の次男を脳裏に思い浮かべ、溜め息を吐いた。

「だから試験範囲の決まっている学校の定期試験ではそこそこ良い点が取れたけど、模擬試験ではそうはいかないし。基礎学力がついてないものね。元々勉強するのは嫌だったし、だから高校を卒業したら進学しなかったわけ」
 海晴がそう話を纏めると、賢人が頭痛を堪えるような表情で告げる。

「……当時の海晴の状況については、良く分かった。一応再度尋ねるが、海晴が無理矢理向こうに召喚された事は無いんだな?」
「ええ、仕事で行っている他は皆無」
「仕事というと、これまで海晴が撮影した写真は、異世界の風景か」
「そう。人の手が全く入っていない自然が、目の前に広がっているんだもの。これを利用しない手はないわ。向こうでは見たことも聞いたこともない言語だけど、不思議と意思疏通はできたしね。現地の人から聞き出して、色々な場所の風景を撮影できたし」
 呆れるばかりの顛末に賢人が再度溜め息を吐くと、和枝が控え目に確認を入れてくる。

「あの……、海晴? そうなるとひょっとして、頻繁に海外と行き来していたのも……」
「あ、うん、ごめん。それは真っ赤な嘘。パスポートは持ってるけど全然使っていなくて、都内にマンションを借りてるのよね。大部分をそこで生活して、そこから異世界に行ってたし」
「そうなの……」
 和枝が脱力したように口を閉ざすと、悠真が真顔になって言い聞かせようとした。

「あのな、海晴。お前はカメラマンとして生計を立てているから、今後も魅力的な撮影場所である異世界に行くのを続けていきたいと思うのは山々だろうが」
「あ、実はそろそろ撮影で生計を立てるのは止めようと思っていたの。このまま続けていくと、洒落にならないし」
「え? 洒落にならないというのはどういうことだ?」
「ほら、向こうの世界は、こっちの十倍近い速さで時間が進むじゃない? 当初からそれが分かっていたから、向こうで過ごした時間というか日数をカウントしてたのよね。そうしたら、そろそろ向こうで五年強の時間が過ぎている事になっているのよ」
 呆気に取られた悠真に海晴が説明すると、和枝が考え込みながら口を挟んでくる。

「それはつまり……、海晴はずっとこちらにいた天輝より、五年以上長く生きていることになるわけ?」
「そう。戸籍上では天輝と全く同じ年齢だけど、体内時計というか生命的には天輝より五歳以上お姉さんになっちゃったと言えるのよ。ほら、天輝が私に『とても同い年に見えない位しっかりしてる』とか良く言ってるよね? 実際、五歳くらい老けているのよ」
「『老けているのよ』じゃないよね!? 何よそれ!? 下手すれば早死にしちゃうって事じゃないの!」
 血相を変えて叱りつけてきた天輝に対し、海晴は肩を竦めてみせた。

「だから、このまま向こうに行き続けると、洒落にならないって言ったわけ。この機会に、向こうとはキッパリ足を洗うわ。実は、経理の専門学校への入学も決めてるんだよね。今回帰ってきたのは、実はその報告も兼ねてたんだけど」
 その海晴の台詞を聞いた他の面々は、揃って安堵したように頷いた。

「そうだったのか……。それなら取り敢えず、一安心だな」
「海晴がしっかりしているのは分かるけど、もう少し周りにも相談してね?」
「良く今まで、問題なく過ごせたな。呆れて物が言えないぞ」
「それなら海晴、事情が明らかになったから海外に行ってるってカモフラージュする必要もないし、マンションは引き払ってここに戻ってくるんでしょう?」
 ここで嬉々として天輝が尋ねたが、海晴は微妙な顔つきになる。

「う~ん、どうしようかな。今まで貯めたお金で、暫く生活するのには支障はないんだけど」
「さっさと戻って来なさい」
「部屋はそのままにしてあるから」
「生活費が勿体ないだろう」
 しかし即座に断言されて、海晴は苦笑いの表情になる。

「分かった。それじゃあ、またお世話になります」
 それで海晴のとんでもない告白は幕を閉じ、それからは海晴の土産話やこの間の近況を話し合って、楽しくひと時を過ごしたのだった。


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