ハリネズミのジレンマ

篠原 皐月

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第21話 ふとした思い付き 

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「今日は久しぶりに、全員揃って嬉しいわ」
 食卓を四人揃って囲む事だけで上機嫌な妻に、亮輔は苦笑いしながら相槌を打った。

「本当にそうだな。しかし、こんな中途半端な時期に顔を出すとは、年末年始は今年も出勤確定なのか?」
 そこで父親に確認を入れられた眞紀子は、軽く溜め息を吐く。

「ご明察。救急救命センターのヘルプや、担当病棟の当直が目白押しで。勿論休みは有るけど、わざわざここに来るのが面倒なの。ごめんね?」
「毎年の事だからな」
「もう諦めているわ」
 両親に(仕方のない)と半ば呆れられた眞紀子は、これ以上余計な事は言われない様に、話の矛先を兄に向けた。

「兄さんは? どうせゴロゴロしようとしても、呼び出されるのがオチなんでしょうけど」
「そうだろうな。一応休みは確定しているが、去年は大規模なフィッシング詐欺組織の全貌が判明して、全国の警察署と連携して一斉捜査に踏み切ったし、一昨年は十二月半ばの補欠選挙での選挙違反捜査で、証拠固めをしてたし……。ただでさえ人手が足りない年末位、他人様に迷惑かけずに、大人しくしてろってんだ」
「警察がバタバタしてるから、悪い虫も動きたがるんでしょ?」
「違いない」
 そして誰からともなく笑い出し場が和んだ所で、眞紀子が問いを重ねた。

「だけど、兄さんも変な所で真面目ね」
「いきなり何だ?」
「普段好き勝手しているのに、年末年始に旅行とか計画した事がないじゃない。付き合っている彼女とかに毎回そのサービス精神の無さで、別れを切り出されているとみたわ」
 そう言われた隆也は、不愉快そうに眉を寄せた。

「勝手に言ってろ。どうして俺が、周りに合わせて動かなきゃならない」
「うわ~、相変わらずひねくれてる事」
 思わず肩を竦めた眞紀子だったが、ここで香苗がしみじみと言い出した。

「そうねぇ……、別に私達に遠慮しないで、旅行とかしてきても良いのよ? ほら、今付き合っている、料理上手な彼女さんとか」
 そう言った途端、隆也はピクリと反応して箸の動きを止め、眞紀子が嬉々として食いついてくる。

「え? 何それ? 全然、聞いてないんだけど!?」
「母さん、それは誤解だ」
「あら、だって最近、朝に部下の人が隆也の着替えを取りに来ないもの。その人の所に、着替え一式を常備してあるんでしょう?」
「ああ、そう言えば、大輔も何やら言っていたなぁ……」
「…………」
 平然と述べる香苗に、思わせぶりに口を挟んでくる亮輔。隆也は抵抗を諦めて黙り込み、眞紀子は益々ボルテージを上げた。

「えぇ? ずるい! 私ばっかり除け者なんて! 詳しい事を教えてよ?」
「そうは言ってもな。『勝手な事を言うな』と、隆也が怒るし」
「ごちそうさま。部屋に行って捜査資料に目を通してるから、邪魔しないでくれ」
「はいはい、分かりました。お茶を飲みたくなったら、降りて来なさい」
「ねぇ、今度の兄さんの彼女って、そんなに本命っぽいの!?」
 本人そっちのけで、ウキウキと追及し始めた眞紀子の声を背中で聞きながら、隆也はダイニングキッチンを出て自室へと戻った。そして持ち帰った資料を引っ張り出し、溜め息を吐きながらそれを捲り始める。

「全く、毎回うるさい奴。あれで嫁の貰い手があるのか?」
 そんな事を愚痴りつつも、一時間程集中して内容に目を通した隆也は、区切りの良い所で休憩を入れようかと、資料が綴じてあるファイルを閉じた。そして何気なく先程の会話を思い出し、ひとりごちる。

「そう言えば、確かにあいつと一緒に、どこかに出掛けた事なんか無いな。そんな話自体、した事が無いが」
 そこで真面目な顔で少し考え込んでから、隆也は自分のスマホを取り上げて電話をかけ始めた。

「もしもし、俺だが」
「それじゃあね」
「おい、ちょっと待て! いきなり切るな!」
「五月蠅いわね! 人が忙しい時に、暇つぶしに電話して来ないでよ!」
 あまりにも素っ気なく、通話を終わらせようとする気配を察した隆也は思わず文句を言ったが、貴子がそれ以上の剣幕で怒鳴りつけてくる。それで隆也は尋ね返した。

「今、忙しいのか?」
「当たり前でしょう! 十二月はかき入れ時なのよ! クリスマス向けの特別料理の講座や、各種お節料理のコースの指導。料理教室がWebで公開してるそれらの特集レシピの更新。その合間に、年末年始の特番の収録も有るんだから!」
 一気に言い切った彼女に若干気圧されながら、隆也は素直に感想を述べた。

「……意外にも、お前がそれなりに、真面目に仕事をしているのは分かった」
「『意外にも』だけは余計よっ!」
「それで? 今どこに居るんだ? 電話していて平気か?」
「一応自宅にいるから、電話は平気よ。ただ今の私の姿を見たら、大抵の人間はドン引きだと思うけど」
「どうしてだ?」
「明日までに仕事で使うレシピを、あと二つほど考えなくちゃいけなくて、煮詰まっているのよ。髪がボサボサで殆どスッピンで、両目を血走らせている、ジャージ姿の女を想像してみなさい」
 そこで言われるまま想像してしまった隆也は、口元を緩めながら言い返した。

「あまり面白い事を言うな。うっかりこれから、押し掛けたくなっただろうが」
「来たら殺す」
「まあ、冗談はさておき。お前、年末年始は暇か?」
「どうしてそんな事を聞くの?」
 唐突な話題転換に、貴子は不思議そうな声音で尋ねてきたが、対する隆也も、正直何と言って良いかよく分からないまま、話を続けた。

「いや……、何となく。どこか行きたい所があれば、行こうかと思ってだな」
「それなら、三日の午後は空いているから車を出して。初売りに行くわ」
「あのな……、買い出しとか、そういうのでは無くてだな」
「そうなの?」
「…………」
 益々当惑したような声を出した貴子に、隆也は無言で応じた。そして何やら考え込んでいる気配の後、貴子が徐に言い出す。

「ふぅん……、じゃあ少し遅くなるけど、初詣に行かない?」
「初詣?」
「ええ。五日は一日暇なのよ。ちょっと足を伸ばして、千葉市にある妙見本宮千葉神社なんてどう? 厄除けで有名よ?」
 その提案に、隆也は素直に頷いた。

「千葉か……。確かにドライブがてら良いかもな。三が日を過ぎれば、混雑も落ち着いているだろうし。しかし、厄払いしたいのか?」
「最近、変なのに纏わり付かれる事が多くてね」
「……言ってろ」
「じゃあ、決定。ところで、こんな電話をしてくるなんて、相当暇みたいね」
「それほど暇でもないが……」
 不本意な台詞に隆也が思わず仏頂面になると、電話越しにその表情が分かったかの様に、貴子が如何にも楽しげに笑ってから、ある事を告げてきた。

「暇つぶしに、良い事を教えてあげる。九時からの関東テレビの特番を見て。笑えるわよ?」
「特番?」
「そう。私それに出たから、内容は分かってるし」
「さり気なく、自分が出演している番組の宣伝か。どこまで抜け目無いんだ、お前は」
 少々うんざりしながら言葉を返すと、ここで唐突に思い付いた様に貴子が確認を入れてくる。

「あ、それとも職場で仕事の合間にかけてきて、見られないとか?」
「いや、家にいる。暇でしょうがなかったら見るさ」
「そうして頂戴。それじゃあね!」
 そして唐突に通話が途切れ、隆也はスマホを耳から外して溜め息を吐いた。

「眞紀子以上に騒々しい奴。……しかも、とっくに九時を過ぎているだろうが」
 そしてスマホで該当する番組を検索し、書類を眺めながら聞き流してみようと思った隆也だったが、思い直してスマホの電源を切って部屋を出た。

「あ、兄さん、お疲れ」
「何か飲む?」
 一階のリビングに足を踏み入れると、両親と妹がソファーで歓談している所であり、香苗に尋ねられた隆也は遠慮無くリクエストした。

「ああ、それじゃあ珈琲を貰えるかな」
「あ、ついでに私も!」
「はいはい、ちょっと待っててね?」
 そして香苗がドアから出て行くと同時に、残った二人にお伺いを立てる。

「テレビを見て構わないか?」
 そう問われた二人は、途端に怪訝な顔になった。
「テレビ? 珍しいな。お前が見るなんて」
「それに部屋のパソコンでも、スマホでも見られるでしょう? どうしてわざわざ降りてくるのよ?」
「なんとなくだ。偶にお前が帰って来てるんだし、こういう時位、家族団欒っぽい事をするべきなんじゃないか? そういう事をしたくてもできない人間は、世の中に沢山いるんだろうし」
 その台詞を耳にした二人は、揃って目を丸くした。

「父さん……、兄さんが狂った。これまで大人しく食事の席には着くけど、団欒なんかクソくらえっぽい雰囲気を醸し出していた俺様が」
「年を取って、性格が丸くなったのか? 老けるには早いし、更年期もまだだろう?」
「どうでも良いだろう」
 あまりの言われように、さすがにムッとしながら隆也はリモコンを取り上げ、壁に張り付く様にリビングボード上に置かれている、テレビの電源を入れた。そして該当する番組を捜し当ててリモコンを手放すと、二人から更に疑惑に満ちた視線を浴びる事になる。

「……見るのって、バラエティー?」
「お前が一番嫌いなジャンルだと思っていたが?」
「…………」
 ノーコメントを決め込んで隆也がテレビを見始めると、少ししてトレーにカップを4つ乗せた香苗が、戻ってきた。

「お待たせ。どうせだから、全員分淹れてきたわ」
「ねぇ、母さん。兄さんったらバラエティー番組なんか見始めちゃったの。しかもいつの間にか、家族団欒推進派に転向。本格的におかしくなったわ」
「黙れ」
 母親への報告を静かに一喝された眞紀子だったが、ここで画面の中に見覚えのある人物を発見した。

「あれ? 宇田川さんが出てる」
 どうやらゲスト出演者達と司会者のトークの時間帯だったらしく、隆也も何やら楽しそうに話し込んでいる彼女を発見したが、沈黙を保った。しかしここで香苗が不思議そうに、娘に尋ねる。

「眞紀子、この人と知り合いなの?」
「ん~、直接の知り合いじゃないけど。料理研究家の宇田川貴子さんって、綾乃ちゃんが付き合ってる、高木さんのお姉さんなのよ」
 昔から家族ぐるみで付き合いのある人物の名前を出されて、亮輔と香苗は何となく親近感を増した顔付きで、テレビに目を向けた。

「ほう? 聞き覚えのある名前だが、そういう繋がりもあったのか」
「予想以上の美人さんねぇ……。それに料理研究家って肩書きを持っている位だから、料理もさぞかしお上手なんでしょうねぇ」
 その言外に含む物がある物言いに、眞紀子が怪訝な顔になった。

「何? 父さんも母さんも、彼女を知っているわけ?」
「まあ、色々とな」
「私も直接には知らないけどね」
「ふぅん? 世間って広いようで狭いわね」
「…………」
 チラリと両親から向けられた思わせぶりな視線を、隆也は平然と無視した。そんな会話をしているうちにテレビではトークコーナーが終わり、CMを挟んで別のコーナーに移った。
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