ハリネズミのジレンマ

篠原 皐月

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第24話 小芝居再び

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「榊さんは、警視庁にお勤めなんですよね?」
「はい。現在、刑事局捜査ニ課課長を務めております」
「凄いですよね、その年で警視正だなんて。如何にもキャリア街道一直線って感じで」
「いえ、そんなに大したものでは」
「いや~、本当に榊さんって、謙虚ですよね~。もう姉貴に、爪の垢を煎じて飲ませたい位ですよ」
「…………」
(傍若無人とか鬼畜とは良く言われるが、謙虚なんて初めて言われたな……)
 長方形の座卓の長辺に隆也と貴子、それに向かい合って竜司と蓉子が座り、孝司は貴子側の短辺に一人で座っていたが、隆也を褒め称えつつ自分の肩をバシバシ叩いてくる異父弟に、貴子は黙って茶を啜った。隆也も思わず遠い目をして、これまで周囲から贈られた自分に対する形容詞を思い返していると、孝司が唐突に問いを発してくる。

「そう言えば、二人はどうやって知り合ったんですか? 考えても、接点なんて無さそうですけど」
「そうだなぁ、それはちょっと不思議に思っていたんだが」
「あ、私もそれは聞きたかったの」
「それは……」
「えっと……」
(さすがに、綾乃ちゃんともう一人の弟とのデートを監視しに行って、遭遇したとは言えないな……)
(面白半分に祐司のデートウォッチングに行ったなんてバレたら、怒られるし呆れられるわね……)
 咄嗟に口に出せずに困った二人だったが、どちらも頭の回転は速かった。

「その……、捜査の一環で、部下が柳井クッキングスクールに協力を要請しに出向いた時、対応してくれたのが講師の彼女でして」
「その部下さんとお話がてら、私が出る予定のイベントの入場券を差し上げたら、部下さんがこの人に渡して興味を持ってくれたらしくて、当日出向いてくれて。そこで初めて顔を合わせたの」
「そうか、なるほどな~。全然接点が無さそうに見えるのに、もはや運命だね! その部下さんに感謝しないと!」
「は、はは……、運命、ね」
「そうね……、感謝しないとね」
 取り敢えず話を合わせた二人だったが、テンションが高いままの孝司の台詞に、微妙に顔が引き攣るのを止められなかった。そこで孝司が口調を変えて、しみじみと言い出す。

「しかし祐司、悔しがるだろうな~。一人だけ榊さんを見逃して。実は正月に帰って来た時、家族内で榊さんの話で盛り上がってたんですよね。だけどもう年末年始休暇は終わって、出勤しているから」
「残念ですね。私も一度、お会いしたかったです」
 そう平然と言ってのけた隆也に、貴子が隆也にだけ聞こえる様な小声で噛み付いた。

「何、白々しい事言ってんのよ! 祐司の顔なら、真っ先に知ってるくせに」
「仕方が無いだろう。状況が状況だから、あのデートで初めて出くわした事を誤魔化したんだし」
「榊さん! 1+1は?」
「え?」
「2だが」
 いきなりの呼びかけ口調の質問に、顔を突き合わせる様にして揉めていた二人は、思わず声がした方に顔をむけた。その瞬間フラッシュが光り、それが消えると携帯片手に満足そうに成果を確認している孝司の姿が目に入る。

「よっしゃ、姉貴と榊さんのツーショット激写! 祐司に送ってやろう!」
「…………」
 不意打ちをまともに食らった形になった隆也は、その事実に呆然として固まり、一瞬遅れて貴子が腰を浮かせながら盛大に抗議した。

「ちょっと、何するのよ孝司! 止めなさい!」
「だって二人一緒の写真撮らせてくれって言っても、絶対嫌だって言うだろ? それなら不意打ちで撮るしかないじゃん」
「『ないじゃん』じゃあ無いでしょう!? 本人の同意無しに撮る方が間違ってるわよ! 第一、あんたも何間抜けな口半開き顔、撮られてるのよ!」
「……あらゆる意味で想像の斜め上で、対処が追い付かなかった」
 八つ当たり気味に隆也を叱り付けた貴子だったが、もう隆也は苦笑するしかできなかった。そんな二人の前で、何かのお知らせ音らしき電子音が鳴り響く。

「よっしゃ! 送信完了っと! 感謝しろよ~、祐司」
「……勘弁して」
「俺はもう、どうでも良い」
 自分の携帯に向かって自慢するが如く宣言した孝司に、貴子は疲れた様に元の様に座り直し、隆也はそんな彼女を横目で見ながら笑いを噛み殺した。そんな様子を眺めていた竜司と蓉子は、揃って目元を緩めて隆也に声をかける。

「本当に、榊さんは肩書きとお年に似合わず温厚で思慮深い方ですね。貴子には勿体無い位だわ」
「彼女の事を、宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ宜しくお付き合い下さい」
 そこで神妙に頭を下げて応じた隆也を、貴子は忌々しい物でも見るかのような視線で睨みつけていたが、それもまた孝司にからかわれるネタになり、高木家を辞去するまで貴子の機嫌は傍目には分かりにくいものの、不機嫌なままだった。

「どうした。凄い仏頂面だぞ? 食べ過ぎたか?」
「誰のせいだと思ってるのよ、誰の!?」
 主に隆也が愛想を振り撒いてそれなりに話は盛り上がり、結局昼食をご馳走になって、夕方帰途についた二人だったが、車を来たルートと逆方向で走らせながら隆也が尋ねると、案の定貴子からは盛大な文句が返ってきた。

「お前自身のせいだろう。俺を運転手代わりにするからだ」
「この……」
「まあ、確かに俺も、あのハイテンションぶりには少々疲れたがな。お前、普段そんなに、男関係がろくでもないと思われてるのか?」
「それは……」
「うん? どうした?」
 何故か言いかけて口ごもった貴子を、隆也は横目で見ながら軽く続きを促してみた。すると貴子が普段とは違う、気弱そうな声でボソボソと口にする。

「以前……、ろくでもない男に引っかかって痛い目をみた時に、それをあそこの家で、盛大に愚痴ってしまって、随分心配かけちゃったからよ。その時に『男はもうこりごりだから』とか言っちゃったし。やっぱりあれは、止めておくべきだったわ。弟二人はどっちもいい娘見つけて仲良くやってる様だし、上がいつまでもフラフラしていたら、それなりに目立つんじゃない?」
 その、心底後悔している様な口ぶりに、隆也は無意識に眉を寄せてから、前を見たまま淡々とした口調で感想を述べた。

「そうか。今は間違ってもろくでもない男に引っかかる心配はないって言うのに、親にしてみれば、子供はいつまで経っても子供っていう典型だな」
「え?」
「……どうしてここで驚く?」
「何でも無いわ」
 どうやら予想外の事を言われて素で驚いたらしい貴子に、隆也は自分の台詞のどこにそんなに驚いたのかと不思議に思った。そして再び互いに無言になって考え込む。

(親達が心配していたのは確かだろうが、俺が警視庁勤務のキャリアだって事に、余計に安堵していた風情だったんだが……。何となく父親絡みの、嫌な感じがするな)
 取り敢えず、隆也はその直感を脇に置いておく事にして、当初のナビの目的地に近付いて来た為、貴子に声をかけた。

「さて、じゃあ遅くなったが初詣していくぞ」
 そう言われて、気持ちを切り替えたのか、貴子がいつもの口調で応じる。
「……そうね。徹底的に厄払いしたい気分になってきたわ。今ならろくでもない縁が切れるなら、お賽銭を弾んでも惜しくはない気分よ」
「弾むって、具体的にどれ位だ?」
 内心(そのろくでもない縁には、俺との縁も入っているんだろうな)と思いながら尋ねてみると、明確な答えが返ってきた。

「一万円」
「なんだ。百万の札束を放り込む様になってから、そういう事を言え。そうだな……、お前が一万なら、俺は二万出す。女より少ない額は出せないからな」
「つくづく嫌味な男ね、あんたって! しかもセコい見栄を張らないでよ!」
「何とでも言え。その後、適当に食って帰るぞ。美味くて開いている店を探しておけ」
 いきなりの命令口調に即座に言い返そうとした貴子だったが、はたと気が付いた。

「ちょっと待って。帰るって……、まさか私のマンションに来る気?」
「帰りがけに高木さんが持たせてくれて、トランクに入っている自家製の大根、白菜、ほうれん草。お前、全部手に持って帰れるのか?」
「…………」
 すっかりそれを忘れていた貴子が思わず歯軋りすると、隆也が淡々とリクエストを出した。

「今の季節だったら、ぶり大根だな。今度食わせろ」
「あんたの好みなんて、知った事じゃ無いわよ!」
(とかなんとか口では言いながら、絶対作るよな。結構律儀な奴だし)
 盛大に言い返してきた貴子だったが、隆也は口元が緩むのを抑えきれなかった。それを目ざとく見つけた貴子が、目を細めて睨み付ける。

「……一人で、何を笑ってるのよ?」
「別に、何も?」
(さて、今度はいつ顔を出す事にするか)
 貴子が口にする文句の言葉をBGMにしながら、早速スケジュール帳を頭の中で展開した隆也は、同時に後回しになっていた初詣を実行するべく、次のインターチェンジで下りる為にウインカーを出して車線変更をした。
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