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第26話 酒は飲んでも飲まれるな
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「あんな強面の親父、普通だったら怯えるか敬遠するのに、俺の家に来始めた当初から彼女はあっさり父に懐いてたんです」
きっぱり断言した清人に、翠が呆れ果てたと言わんばかりに言い返した。
「清人君、自分の父親に対して何て言い草よ。それにあの真澄が、多少顔が怖い位で怖じ気づくものですか!」
「それに……、電話がかかってきたんです」
「はあ? そりゃあ、行き来があるんだから電話位するでしょう?」
段々思い詰めた口調で告げてくる清人に、翠が怪訝な表情を見せた。すると相手を真正面から見据えながら、清人が真剣な表情で話を続ける。
「父は小さな洋食レストランをやっていたので、平日の午後はずっとランチタイムやその片付け、夕方からの分の仕込み等で店に居たんです。真澄さんは香澄さんや俺に内緒で親父と話がしたかったから、その時間帯に自宅ではなく店の方に電話を掛けてたんですよ。親父は携帯は持たない主義でしたので」
若干俯き加減に語った清人に、翠は眉を寄せて問い質した。
「どうしてそれを清人君が知ってるの? お父さんから聞いたわけ?」
「いえ……、俺が高校二年の時、偶々早く下校した日に、親父に頼まれた物を店に届けに行ったら、店の電話が鳴ったので『はい、楓亭ですが』と出たら、『間違えました、申し訳ありません!』ともの凄く慌てた様子で切られたんです。あれは真澄さんでした」
力を込めて断言した清人だったが、周囲の人間は何とも言えない顔を見合わせた。そして全員を代表して、翠がすこぶる冷静に指摘する。
「ちょっと待って。妙に確信してるみたいだけど、話を聞く限りでは名乗ったわけじゃ無いのよね?」
「ええ、そうです」
「それなのにどうして真澄からの電話って分かるわけ? 似た声の人が、単なる間違い電話を掛けてきた可能性は?」
しかし清人はそんな指摘にも自説を撤回する事無く、真顔で翠に告げた。
「あの声は絶対に真澄さんの声です。どんな喧騒の中でも、俺が真澄さんの声を聞き分けられない筈がありません」
「……それは凄いわね」
半ば匙を投げた感じで翠が頷いてみせると、他の面々も(あまりそうは見えないが、こいつ、絶対に酔ってるよな?)と密かに目線を交わし合った。その目の前で清人の訴えが更に続く。
「その後、真澄さんが家に来る事になった日、俺が用事を済ませて予定より先に帰ると、真澄さんが親父から何か貰ってました。静かに入ったので、二人とも俺が居るのに気が付かないで話してて、そこをこっそり覗いたんですが……」
そこで苛立たしげに言葉を区切った清人に、翠は多少好奇心を刺激されて尋ねてみた。
「一体何を貰ってたの?」
「そこまでは見えなかったですが、真澄さんが『一生大事にしますね!』ってもの凄く嬉しそうに笑ってて……。親父が『こんな物で良かったらいつでもあげるから、遠慮無く言いなさい』とか言いながら真澄さんの頭を撫でてました」
「何かしらね? そんなに真澄が喜ぶ物なんて」
そこで翠を含めた全員が色々想像しかけたが、清人がすかさず釘を刺す。
「断っておきますが、当時の家計状況から考えて親父が高価な物を渡した筈は無いですし、親父は真澄さんを可愛がってはいましたが、それはあくまで香澄さんの姪だからで、彼女に対して変な恋愛感情とかは皆無でしたから」
「あ、あら、そんな変な誤解はしてないわよ?」
軽く睨まれた翠が引き攣った笑みを返すと、清人は溜め息を吐いて続けた。
「だからそれは、どんな取るに足らない物だったとしても、真澄さんにしてみれば好きな相手から貰った物だったから、嬉しかったんですよ」
「それで? そんなやり取りを見て、どういう事なのか二人に直接聞かなかったわけ?」
翠にしてみれば当然の疑問だったのだが、何故か清人は翠から視線を逸らしつつボソボソと呟いた。
「それからこっそり家を出て、予定した時刻に再度入ったら、何食わぬ顔で出迎えてくれました。後日、さり気なく親父に、何か真澄さんに渡した物とかあるかと尋ねてみましたが、そんな物は無いがとあっさり否定されてそれきりです」
清人がそう語ると、翠のこめかみに青筋が浮かんだ。
「あんたね……、煮え切らないのもいい加減にしなさいよ? はっきりきっぱり本人に聞けば良いでしょうが!?」
しかしそんな翠の叱責など耳に入っていない様子で、清人は独り言を続けた。
「後から聞いたら、香澄さんは真澄さんに留守番を頼んで妹と近所まで買い物に出掛けてたそうで、家の中に二人きりになったので安心して受け渡ししてたんです。あれほど来る時間を教えて下さいと言ってたのに、わざわざ時間を遅らせて伝えておくなんて、そんなに俺が邪魔だったのか……」
そう言って無意識に歯軋りした清人に、若干怖じ気づきつつも、翠は気丈に問い掛けた。
「清人君。真澄があなたのお父さんが好きだって言う根拠はそれだけ?」
「他にも幾つか気になった事はありますが、最大の理由は親父と香澄さんが一緒に事故死した時に、告別式で号泣した事です」
「号泣って……、あの真澄が?」
本気で驚いた表情を見せた翠に、清人は真顔で頷いた。
「普段冷静な真澄さんがあの時は泣き通しで、周りがこぞって心配した位でした。俺以外の皆は、香澄さんと姉妹の様に仲が良かったからだと納得してた様ですが」
「えっと……、本当に仲が良い叔母さんが亡くなって、悲しかったんじゃないの?」
一番あり得そうな理由を口にした翠に、清人は溜め息を吐いてからきっぱりと言い切った。
「確かにそうだったかもしれませんが、絶対それだけではありません」
「だから、そう言い切る根拠は何?」
「俺の勘です」
「ああ、そう……」
もはや(処置無し……)と呆れた表情をその顔に浮かべた翠が、座卓を囲んでいる夫や同僚達にチラリと目を向けると、彼らも同様の表情を浮かべているのを認めた。
そこで居住まいを正してから、改めて清人に声をかける。
「清人君、今まで真澄とお父さんとか支社長とかに関わる話を聞かせて貰ったけど、要するに清人君は二人に嫉妬してるのよね? って事は清人君は真澄の事をずっと前から好きなのよね? この期に及んで誤魔化そうとしたら許さないわよ?」
そう一気に畳み掛けると、清人が一見冷静に口を開いた。
「翠先輩、他の人間には絶対口外しないでくれますか?」
その問い掛けに(ここに他人が居るんだけど)と至近距離に居る他の面々が心の中で突っ込んだが、翠は皆を目線で黙らせ、清人に愛想笑いで応じた。
「勿論よ。秘書なんて口が固くなくちゃ務まらないんだから。いわば機密保持のプロよ? この際、洗いざらい吐き出しちゃいなさい」
そう促された清人は、若干考える素振りをみせながら再度念を押す。
「鹿角先輩に聞かれても、黙っていてくれますか?」
「安心して。幾ら達也さんに聞かれても、しらばっくれてあげるから!」
そう言って胸を張った翠に、他の面々は(だから横で本人が聞いてるし……)と呆れたが、清人は幾分表情を緩めて話し始めた。
「分かりました。もしこの話を内緒にしていた事で鹿角先輩と揉めてしまったら、腕の良い弁護士を雇って慰謝料を分捕って協議離婚に持ち込んだ上、先輩より顔も稼ぎも良い再婚相手を紹介しますから安心して下さい」
「あら、ありがとう」
「おいっ! 清人、てめ、むぐっ……」
さすがに腰を浮かして怒鳴りつけようとした達也だったが、左右から晃司と雅文に腕を取られて元の様に座らせられ、裕子に口にお絞りを押し付けられて発言を封じられた。そんな小さな騒ぎなど耳にしてもいない様子で、清人が真顔で翠に語り掛ける。
「実は……、この手の類の事は、これまで妹にも浩一にも話した事は無かったんです。話した瞬間、真澄さんに筒抜けになりますし」
「うんうん、そうよね~。それで?」
見る者が見ればそれは悪魔の微笑みだったのだが、理性やら平常心やらをどこかに置き忘れてしまったらしいその時の清人は、常にはしない行動に出た。つまり、「ええ、先輩の仰る通り、俺は真澄さんの事が好きです」と淡々と言ってのけたのである。
いつもとは異なるその反応に、当然周囲は色めき立ったが、一気に瞳を輝かせたギャラリーを無言の睨みで抑え、翠は笑顔で清人に話しかけた。
「やっぱりねぇ、そうじゃないかと思ってたのよ。因みに、これまで散々聞かされて来た、あなた曰わく『俺の天使』で『超絶に可愛らしい』妹さんと真澄を比べると、どちらがより好きなのか教えてくれる?」
半ば笑いながら、清人が真剣に迷う姿を見たいと思って意地悪く問い掛けた翠だったが、次の瞬間質問した事を激しく後悔した。
「真澄さんです。妹の清香は俺の天使ですが、真澄さんは出会った時から俺の女神ですから」
「……ごめん、変な事を聞いたわ」
「気にしないで下さい。余人に俺の考えがそうそう理解出来るとは思えません」
「………………」
臆面も無く言い切られて、翠は思わず会話を続ける気力を無くし、目の前の畳に両手を付いて項垂れた。そんな二人の様子を見て、他の面々が囁き合う。
「おい、聞いたか? 女神だとよ」
「完璧に酔ってんな~、こいつ」
「これを妹さんが聞いたら、下手したらグレそう」
「こんなのまともに聞いていられるか。安酒を飲んだら悪酔いしそうだから、とっておきの奴を持って来るぞ」
そう言い捨てて憮然とした表情で立ち上がり、台所に向かった達也だったが、何故かすぐに空の四合瓶を手にして戻り、清人に向かって絶叫した。
「清人! お前って奴は! さっき冷蔵庫にビールを取りに行った時、俺の《氷結山》純米大吟醸を全部飲みやがったな!?」
仁王立ちになった達也が憤怒の形相で怒鳴りつけると、他の面々は驚いて清人に目を向け、当の本人は涼しい顔で達也を見上げ、小さく頭を下げた。
「はい、大変美味しく頂きました」
「一気飲みしやがったくせに、何が『美味しく』だ馬鹿野郎! 俺が封を切らずに大事に取っておいた、《氷結山》税込4985円を今すぐ返しやがれっ!」
「それで、俺がいつからどれだけ真澄さんの事が好きかと言うと……」
「無視かよ!?」
頭を下げた直後、何事も無かったかの様に翠に向き直り話を続行させた清人に、達也は怒り心頭に発して吠えた。それを先ほど同様、晃司達が宥めつつ押さえ込む。
「まあまあ、落ち着けって、達也」
「この機会を逃すと、清人君の恋バナなんて聞けないわよ?」
「ここはグッと堪えて聞こうぜ? 酒は後から清人の奴には倍返しさせれば良いし。なっ!」
「……分かった」
かなりの不満を残しながらもしぶしぶ達也も腰を下ろし、残っていたビールに手を伸ばして、清人と翠のやり取りの傍観者を決め込む事にした。
「そうなんだ~。真澄の家にお父さんと乗り込んだ時、出会ったわけね」
「はい、会長や社長三兄弟に袋叩きにされて、親父は全身打撲と肋骨骨折で全治二カ月、俺は左腕を折られました。その時会長を殴り倒して、助けてくれたのが真澄さんです」
「…………」
清人が淡々と真澄との初対面の時の状況説明をすると、あまりの内容に他の面々は顔を強ばらせて固まった。裕子は箸を取り落とし、雅文はビールを零しそうになったが、翠は取り敢えず気を取り直して話を進める。
「随分ハードな出会い方をしてたのね。ある意味、劇的と言えば劇的かもしれないけど……。その時優しくして貰ったから、好きになったわけ?」
その問い掛けに、清人が僅かに考え込んだ。
「それもありますが、立ち姿が凛としていて、会長を殴り倒した後の後ろ姿が素敵でした」
「……へえ、そう」
「その時『こんな所にのこのこ付いて来るなんて考え無しだ』とか『男なら受け身位取ってかわしなさい』とか叱責されて、その一件の後、もし万が一また会える事が有った時叱責されたく無かったので、強くなる為に道場に通って一生懸命頑張りました。今の俺が有るのは、真澄さんのおかげです」
きっぱりと言い切った清人だったが、翠を含めたその他全員は(怪我人に容赦無さ過ぎ……)と当時の清人に同情した。続けて現在の清人にも同情する。
「真澄に言われて努力したって、それ……、当の真澄は知ってるの?」
「知らないと思いますよ? それから香澄さんは実家と絶縁して、再会まで四年以上経過してましたし。でも再会直後に俺に喧嘩をふっかけてきた彼女の従兄弟達を、問答無用で殴って蹴って踏みつけたのを見た時には、全然変わってなくて嬉しくなりました」
そう言って当時を懐かしむ様に表情を和らげた清人に、翠が常識的な突っ込みを入れた。
「清人君……、殴る蹴るの話で和むのは間違ってない?」
「ですが、これが俺の偽らざる本音なので。浩一が平手打ちされて地面に転がった時は、一瞬俺もあの手で殴られてみたいと思いましたし」
そこで頬杖を付きつつ話を聞いていた達也が、肘を座卓上で横に滑らせて器に顔を突っ込み、裕子がグラスを取り損ねてビールを零した。それを横目で見ながら、翠が引き攣った笑みを浮かべる。
「あ、あのね? 清人君」
「断っておきますが、殴られて喜ぶ趣味は俺にはありません。俺を殴って良いのは、後にも先にも真澄さん唯一人です」
「そうでしょうね、良かったわ」
(ふっ……、もうどうにでもなれ、だわ)
どこまでとんでもない話になるのか想像が付かないまま、翠は諦めの境地で清人が話し続ける内容に耳を傾けた。
きっぱり断言した清人に、翠が呆れ果てたと言わんばかりに言い返した。
「清人君、自分の父親に対して何て言い草よ。それにあの真澄が、多少顔が怖い位で怖じ気づくものですか!」
「それに……、電話がかかってきたんです」
「はあ? そりゃあ、行き来があるんだから電話位するでしょう?」
段々思い詰めた口調で告げてくる清人に、翠が怪訝な表情を見せた。すると相手を真正面から見据えながら、清人が真剣な表情で話を続ける。
「父は小さな洋食レストランをやっていたので、平日の午後はずっとランチタイムやその片付け、夕方からの分の仕込み等で店に居たんです。真澄さんは香澄さんや俺に内緒で親父と話がしたかったから、その時間帯に自宅ではなく店の方に電話を掛けてたんですよ。親父は携帯は持たない主義でしたので」
若干俯き加減に語った清人に、翠は眉を寄せて問い質した。
「どうしてそれを清人君が知ってるの? お父さんから聞いたわけ?」
「いえ……、俺が高校二年の時、偶々早く下校した日に、親父に頼まれた物を店に届けに行ったら、店の電話が鳴ったので『はい、楓亭ですが』と出たら、『間違えました、申し訳ありません!』ともの凄く慌てた様子で切られたんです。あれは真澄さんでした」
力を込めて断言した清人だったが、周囲の人間は何とも言えない顔を見合わせた。そして全員を代表して、翠がすこぶる冷静に指摘する。
「ちょっと待って。妙に確信してるみたいだけど、話を聞く限りでは名乗ったわけじゃ無いのよね?」
「ええ、そうです」
「それなのにどうして真澄からの電話って分かるわけ? 似た声の人が、単なる間違い電話を掛けてきた可能性は?」
しかし清人はそんな指摘にも自説を撤回する事無く、真顔で翠に告げた。
「あの声は絶対に真澄さんの声です。どんな喧騒の中でも、俺が真澄さんの声を聞き分けられない筈がありません」
「……それは凄いわね」
半ば匙を投げた感じで翠が頷いてみせると、他の面々も(あまりそうは見えないが、こいつ、絶対に酔ってるよな?)と密かに目線を交わし合った。その目の前で清人の訴えが更に続く。
「その後、真澄さんが家に来る事になった日、俺が用事を済ませて予定より先に帰ると、真澄さんが親父から何か貰ってました。静かに入ったので、二人とも俺が居るのに気が付かないで話してて、そこをこっそり覗いたんですが……」
そこで苛立たしげに言葉を区切った清人に、翠は多少好奇心を刺激されて尋ねてみた。
「一体何を貰ってたの?」
「そこまでは見えなかったですが、真澄さんが『一生大事にしますね!』ってもの凄く嬉しそうに笑ってて……。親父が『こんな物で良かったらいつでもあげるから、遠慮無く言いなさい』とか言いながら真澄さんの頭を撫でてました」
「何かしらね? そんなに真澄が喜ぶ物なんて」
そこで翠を含めた全員が色々想像しかけたが、清人がすかさず釘を刺す。
「断っておきますが、当時の家計状況から考えて親父が高価な物を渡した筈は無いですし、親父は真澄さんを可愛がってはいましたが、それはあくまで香澄さんの姪だからで、彼女に対して変な恋愛感情とかは皆無でしたから」
「あ、あら、そんな変な誤解はしてないわよ?」
軽く睨まれた翠が引き攣った笑みを返すと、清人は溜め息を吐いて続けた。
「だからそれは、どんな取るに足らない物だったとしても、真澄さんにしてみれば好きな相手から貰った物だったから、嬉しかったんですよ」
「それで? そんなやり取りを見て、どういう事なのか二人に直接聞かなかったわけ?」
翠にしてみれば当然の疑問だったのだが、何故か清人は翠から視線を逸らしつつボソボソと呟いた。
「それからこっそり家を出て、予定した時刻に再度入ったら、何食わぬ顔で出迎えてくれました。後日、さり気なく親父に、何か真澄さんに渡した物とかあるかと尋ねてみましたが、そんな物は無いがとあっさり否定されてそれきりです」
清人がそう語ると、翠のこめかみに青筋が浮かんだ。
「あんたね……、煮え切らないのもいい加減にしなさいよ? はっきりきっぱり本人に聞けば良いでしょうが!?」
しかしそんな翠の叱責など耳に入っていない様子で、清人は独り言を続けた。
「後から聞いたら、香澄さんは真澄さんに留守番を頼んで妹と近所まで買い物に出掛けてたそうで、家の中に二人きりになったので安心して受け渡ししてたんです。あれほど来る時間を教えて下さいと言ってたのに、わざわざ時間を遅らせて伝えておくなんて、そんなに俺が邪魔だったのか……」
そう言って無意識に歯軋りした清人に、若干怖じ気づきつつも、翠は気丈に問い掛けた。
「清人君。真澄があなたのお父さんが好きだって言う根拠はそれだけ?」
「他にも幾つか気になった事はありますが、最大の理由は親父と香澄さんが一緒に事故死した時に、告別式で号泣した事です」
「号泣って……、あの真澄が?」
本気で驚いた表情を見せた翠に、清人は真顔で頷いた。
「普段冷静な真澄さんがあの時は泣き通しで、周りがこぞって心配した位でした。俺以外の皆は、香澄さんと姉妹の様に仲が良かったからだと納得してた様ですが」
「えっと……、本当に仲が良い叔母さんが亡くなって、悲しかったんじゃないの?」
一番あり得そうな理由を口にした翠に、清人は溜め息を吐いてからきっぱりと言い切った。
「確かにそうだったかもしれませんが、絶対それだけではありません」
「だから、そう言い切る根拠は何?」
「俺の勘です」
「ああ、そう……」
もはや(処置無し……)と呆れた表情をその顔に浮かべた翠が、座卓を囲んでいる夫や同僚達にチラリと目を向けると、彼らも同様の表情を浮かべているのを認めた。
そこで居住まいを正してから、改めて清人に声をかける。
「清人君、今まで真澄とお父さんとか支社長とかに関わる話を聞かせて貰ったけど、要するに清人君は二人に嫉妬してるのよね? って事は清人君は真澄の事をずっと前から好きなのよね? この期に及んで誤魔化そうとしたら許さないわよ?」
そう一気に畳み掛けると、清人が一見冷静に口を開いた。
「翠先輩、他の人間には絶対口外しないでくれますか?」
その問い掛けに(ここに他人が居るんだけど)と至近距離に居る他の面々が心の中で突っ込んだが、翠は皆を目線で黙らせ、清人に愛想笑いで応じた。
「勿論よ。秘書なんて口が固くなくちゃ務まらないんだから。いわば機密保持のプロよ? この際、洗いざらい吐き出しちゃいなさい」
そう促された清人は、若干考える素振りをみせながら再度念を押す。
「鹿角先輩に聞かれても、黙っていてくれますか?」
「安心して。幾ら達也さんに聞かれても、しらばっくれてあげるから!」
そう言って胸を張った翠に、他の面々は(だから横で本人が聞いてるし……)と呆れたが、清人は幾分表情を緩めて話し始めた。
「分かりました。もしこの話を内緒にしていた事で鹿角先輩と揉めてしまったら、腕の良い弁護士を雇って慰謝料を分捕って協議離婚に持ち込んだ上、先輩より顔も稼ぎも良い再婚相手を紹介しますから安心して下さい」
「あら、ありがとう」
「おいっ! 清人、てめ、むぐっ……」
さすがに腰を浮かして怒鳴りつけようとした達也だったが、左右から晃司と雅文に腕を取られて元の様に座らせられ、裕子に口にお絞りを押し付けられて発言を封じられた。そんな小さな騒ぎなど耳にしてもいない様子で、清人が真顔で翠に語り掛ける。
「実は……、この手の類の事は、これまで妹にも浩一にも話した事は無かったんです。話した瞬間、真澄さんに筒抜けになりますし」
「うんうん、そうよね~。それで?」
見る者が見ればそれは悪魔の微笑みだったのだが、理性やら平常心やらをどこかに置き忘れてしまったらしいその時の清人は、常にはしない行動に出た。つまり、「ええ、先輩の仰る通り、俺は真澄さんの事が好きです」と淡々と言ってのけたのである。
いつもとは異なるその反応に、当然周囲は色めき立ったが、一気に瞳を輝かせたギャラリーを無言の睨みで抑え、翠は笑顔で清人に話しかけた。
「やっぱりねぇ、そうじゃないかと思ってたのよ。因みに、これまで散々聞かされて来た、あなた曰わく『俺の天使』で『超絶に可愛らしい』妹さんと真澄を比べると、どちらがより好きなのか教えてくれる?」
半ば笑いながら、清人が真剣に迷う姿を見たいと思って意地悪く問い掛けた翠だったが、次の瞬間質問した事を激しく後悔した。
「真澄さんです。妹の清香は俺の天使ですが、真澄さんは出会った時から俺の女神ですから」
「……ごめん、変な事を聞いたわ」
「気にしないで下さい。余人に俺の考えがそうそう理解出来るとは思えません」
「………………」
臆面も無く言い切られて、翠は思わず会話を続ける気力を無くし、目の前の畳に両手を付いて項垂れた。そんな二人の様子を見て、他の面々が囁き合う。
「おい、聞いたか? 女神だとよ」
「完璧に酔ってんな~、こいつ」
「これを妹さんが聞いたら、下手したらグレそう」
「こんなのまともに聞いていられるか。安酒を飲んだら悪酔いしそうだから、とっておきの奴を持って来るぞ」
そう言い捨てて憮然とした表情で立ち上がり、台所に向かった達也だったが、何故かすぐに空の四合瓶を手にして戻り、清人に向かって絶叫した。
「清人! お前って奴は! さっき冷蔵庫にビールを取りに行った時、俺の《氷結山》純米大吟醸を全部飲みやがったな!?」
仁王立ちになった達也が憤怒の形相で怒鳴りつけると、他の面々は驚いて清人に目を向け、当の本人は涼しい顔で達也を見上げ、小さく頭を下げた。
「はい、大変美味しく頂きました」
「一気飲みしやがったくせに、何が『美味しく』だ馬鹿野郎! 俺が封を切らずに大事に取っておいた、《氷結山》税込4985円を今すぐ返しやがれっ!」
「それで、俺がいつからどれだけ真澄さんの事が好きかと言うと……」
「無視かよ!?」
頭を下げた直後、何事も無かったかの様に翠に向き直り話を続行させた清人に、達也は怒り心頭に発して吠えた。それを先ほど同様、晃司達が宥めつつ押さえ込む。
「まあまあ、落ち着けって、達也」
「この機会を逃すと、清人君の恋バナなんて聞けないわよ?」
「ここはグッと堪えて聞こうぜ? 酒は後から清人の奴には倍返しさせれば良いし。なっ!」
「……分かった」
かなりの不満を残しながらもしぶしぶ達也も腰を下ろし、残っていたビールに手を伸ばして、清人と翠のやり取りの傍観者を決め込む事にした。
「そうなんだ~。真澄の家にお父さんと乗り込んだ時、出会ったわけね」
「はい、会長や社長三兄弟に袋叩きにされて、親父は全身打撲と肋骨骨折で全治二カ月、俺は左腕を折られました。その時会長を殴り倒して、助けてくれたのが真澄さんです」
「…………」
清人が淡々と真澄との初対面の時の状況説明をすると、あまりの内容に他の面々は顔を強ばらせて固まった。裕子は箸を取り落とし、雅文はビールを零しそうになったが、翠は取り敢えず気を取り直して話を進める。
「随分ハードな出会い方をしてたのね。ある意味、劇的と言えば劇的かもしれないけど……。その時優しくして貰ったから、好きになったわけ?」
その問い掛けに、清人が僅かに考え込んだ。
「それもありますが、立ち姿が凛としていて、会長を殴り倒した後の後ろ姿が素敵でした」
「……へえ、そう」
「その時『こんな所にのこのこ付いて来るなんて考え無しだ』とか『男なら受け身位取ってかわしなさい』とか叱責されて、その一件の後、もし万が一また会える事が有った時叱責されたく無かったので、強くなる為に道場に通って一生懸命頑張りました。今の俺が有るのは、真澄さんのおかげです」
きっぱりと言い切った清人だったが、翠を含めたその他全員は(怪我人に容赦無さ過ぎ……)と当時の清人に同情した。続けて現在の清人にも同情する。
「真澄に言われて努力したって、それ……、当の真澄は知ってるの?」
「知らないと思いますよ? それから香澄さんは実家と絶縁して、再会まで四年以上経過してましたし。でも再会直後に俺に喧嘩をふっかけてきた彼女の従兄弟達を、問答無用で殴って蹴って踏みつけたのを見た時には、全然変わってなくて嬉しくなりました」
そう言って当時を懐かしむ様に表情を和らげた清人に、翠が常識的な突っ込みを入れた。
「清人君……、殴る蹴るの話で和むのは間違ってない?」
「ですが、これが俺の偽らざる本音なので。浩一が平手打ちされて地面に転がった時は、一瞬俺もあの手で殴られてみたいと思いましたし」
そこで頬杖を付きつつ話を聞いていた達也が、肘を座卓上で横に滑らせて器に顔を突っ込み、裕子がグラスを取り損ねてビールを零した。それを横目で見ながら、翠が引き攣った笑みを浮かべる。
「あ、あのね? 清人君」
「断っておきますが、殴られて喜ぶ趣味は俺にはありません。俺を殴って良いのは、後にも先にも真澄さん唯一人です」
「そうでしょうね、良かったわ」
(ふっ……、もうどうにでもなれ、だわ)
どこまでとんでもない話になるのか想像が付かないまま、翠は諦めの境地で清人が話し続ける内容に耳を傾けた。
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