夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

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第37話 パーティーの裏側で

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 会場前で受付を済ませた清人は、柏木産業の取締役の立場から社章付きのリボンを受け取り、スーツに付けた。そして振り袖姿の清香を見付けて相好を崩して近寄ってくる総一郎を認め、苦笑しながら清香の背中を軽く押し出す。
 清香を送り出して一人になり、思わず溜め息を吐いたのも束の間、同じリボンを付けた重役達に囲まれ、清人は世間話をしつつ愛想笑いを振り撒く事を強いられた。
 そうこうしているうちに定刻通りパーティーが開催され、主催者である雄一郎の挨拶が済んでから、司会に促されて谷垣常務が乾杯の音頭を取る。

「それでは柏木産業の、より一層の発展を祈願致しまして、乾杯の音頭を取らせて頂きます。……乾杯!」
「乾杯!」
「それでは皆様、暫くの間ご歓談下さい」
 その司会の声に促され、参加者達はぞろぞろと思い思いに移動を始めた。
 そして暫くしてから、壁際で比較的冷静に会場全体を眺めていた玲二が、ある三つの集団を交互に見ながら、呆れとも困惑とも取れる口調で周囲に語りかけた。

「あ~あ、予想はしてたけど清香ちゃん、祖父さんに捕まって引きずり回されてるよ」
 次々と総一郎の知り合いに引き合わされ、離れた場所からも清香の強張った笑みが分かる状況に、浩一、正彦、友之の三人も困った顔を見合わせた。

「それは仕方ないな」
「やっと大っぴらに自慢できる様になった孫娘だし」
「清香ちゃんには、後から付き合って貰ったお礼をしないとな」
「そう言えばさ、何で清人さんもあのじいさん連中に捕まってるわけ?」
 わけが分からないと言った風情で玲二が一団を指差しながら尋ねると、他の面々は疲れた様に答えた。

「じいさん連中って……、お前な。知らないとは思うが、あの人達は揃いも揃って経済界の重鎮ばかりだぞ?」
「俺の記憶に間違いが無ければ、結城化繊工会長で経興連会長の大刀洗雄造氏を筆頭に、新興銀行頭取の佐倉知典氏、関西商工会会頭で日新光学会長の飛田幸之介氏、高見自動車工業社長の高見慧氏だな」
「流石清人さん。どこでどう繋ぎを付けたんだか」
「うぇ、全員大企業のお偉いさん? そんな面子、間違ってもお近付きなんかなりたくない……。それにあの清人さんの、そんな連中を相手にした堂々とした立ち居振る舞い。絶対俺なんかより、タキシードを着こなせるに決まってるぜ?」
 心底げんなりしながら玲二が漏らした感想に(それはそうだな)と兄と従兄達は密かに同意したが、はっきり告げたら玲二が傷付くかもしれないと揃って口を閉ざした。そして正彦が些かわざとらしく話題を変える。

「しっかし真澄さんもな~、相変わらず男が群がってるよな~」
 会場の一角で、同年輩の独身男性に囲まれている真澄に目を向けながら呆れた様に正彦が告げると、友之も苦笑いで応じた。
「付き合いだからな、あの連中の思惑はどうあれ」
 そこで手にしていたグラスを玲二に渡しながら、浩一が動き出す。

「挨拶しながら一回りしてから姉さんの救出に行くから、様子を見ていて俺が行く前に姉さんがキレそうになってたら、割り込んで止めてくれないか?」
 その僅かに笑いを含んだ依頼に、正彦と友之も口元を緩めながら応じた。

「了解」
「浩一さんこそ、変なのに捕まらないで下さいよ?」
「気をつけるよ」
 その一方で、浩一達の話題に上っていた集団は、約一名を除いて上機嫌でグラス片手に歓談していた。

「なかなか盛況だな」
「そうですね。これも柏木会長と社長、お二人の人徳のおかげですね」
 愛想笑いで応じた清人だったが、柏木家との付き合いが長く、清人と柏木家の関係を把握済みの大刀洗が、皮肉っぽい笑いを零す。

「ほぅ? 本気で言っとるのか?」
「皮肉にしか聞こえんな」
「本心から言っていますが」
「そうか?」
(ちっ……、こんな所でまで捕まるとはな。取締役として参加している以上、トンズラするわけにもいかんし)
 会う度に遊ばれてしまう相手から逃れられず、段々気が滅入って来るのを自覚した清人の耳に、更に機嫌が悪くなる様な台詞が届いた。

「嬢は相変わらず美人じゃの~。嬢狙いの男が群がっとるわ」
「ちょっと年はいってるが、美人だし柏木との太いパイプは得られるし、叔父達の婿入り先も閨閥としては文句の付けようがないし、母方も裕福だからな」
「儂があと二十歳若かったら放ってはおかんのだが、かえすがえすも残念だ」
「四十歳若かったらの間違いでは?」
 忌々しく思いながらも冷静に突っ込んだ清人だったが、その場全員がそれを無視した。

「それで? お前は彼女をあの状態で放置しておいて平気か?」
 鋭い視線で睨み付けてきた佐倉から視線を逸らし、清人は淡々と告げた。

「彼女には彼女の付き合いがあるでしょう。俺が一々口を挟む道理はありません」
「知らんぞ? 変なのに横から掠め取られる事になっても」
 呆れ気味に横から大刀洗が口を挟んできたが、清人はこれ以上の議論は無駄とばかりに言い切った。

「もとより、彼女は俺の所有物ではありません。掠め取られる云々の表現は不適切です。失礼します」
 そこで一礼して会場の反対側に向かって歩き出した清人の背中を見ながら、年長者達は囁き合った。

「相変わらず、頑固だのう」
「馬鹿は死ななきゃ治らんと言うがな」
「まあ、柏木嬢限定で馬鹿だから、全体で見れば釣り合いは取れているんじゃないか?」
「違いない」
 そんな事を言いながら、隙あらば清人を構い倒す事を楽しみにしている面々は、互いの顔を見合わせて苦笑いしたのだった。

 大刀洗達以外にも目ざとく清人を見つけては話しかけてくる人間がなかなか途切れず、パーティーも中盤を過ぎた所で漸く隙を見つけた清人は、一人こっそりと会場を抜け出した。
 受付が設置されていた方とは逆の方向に廊下を進むと、ガラス越しに庭を眺められる様に、コの字型にソファーセットが配置されているスペースに辿り着く。清人はその真ん中の椅子に無言で腰を下ろし、溜め息を吐いた。

「流石に疲れたな」
 既に外が暗くなっている為、ガラスに館内の明かりが反射して外の景色を見る事は出来ないが、代わりに窓に映り込んだ自分の姿を見た清人は、見たくも無い物を目にしたとでも言う様に反射的に目を逸らした。そして今も苦行に耐えている清香を思って、心の中でそっと詫びる。

(清香を放って来てしまったな……、俺だけ抜け出してすまん、清香。だが総一郎さんが付いているから、問題とかは起こり様が無いだろうから良いか)
 そんな事を考えて、清人はふと笑いを堪えた。

(もしこれがバレたら、後から『お兄ちゃん、一人で抜け出してズルい!』とか何とか文句を言われそうだな。まあ、終わったらそのまま寝られる様に部屋も押さえておいたし、我慢して貰おうか)
 そうして清人はソファーの背もたれ部分に身体を預け、腕と足を組んで黙って中空を見上げた。

(真澄さんは……、それこそ俺が口を出す筋合いでは無いだろうし、浩一も付いているし大丈夫だろう。もともとこういう場所には慣れている筈の人だしな)
 そこまで考えた時、躊躇いがちにかけられた声に、清人は一気に現実に引き戻された。

「清人君?」
「……真澄さん? こんな所で何をしてるんですか?」
 思わず組んでいた腕と足を解きながら声のした方向に目を向けた清人は、そこに一人で立っていた真澄を驚いた顔で見やった。しかし真澄もここに清人が居たのは想定外だったらしく、困惑顔で控え目に尋ねてくる。

「その……、そこに座っても構わない?」
「俺は構いませんが……、良いんですか? 会場を抜け出したりして」
 曲がり角の向こう、パーティー会場の方向に清人が一瞬顔を向けてから問い返すと、溜め息を吐きながら真澄が応じた。

「人込みに酔って、ちょっと疲れてしまったみたい。それに左足首が、何となく痛くなってきたものだから」
 気疲れしたのは事実だが、何となく清人に咎められている様な気持ちになった真澄は、足に全く痛みが無かったにも関わらず、嘘を吐いて弁解した。その途端、清人がはっきりと顔色を変えて勢い良く椅子から立ち上がる。

「それならどうして、突っ立ったままでいるんですか! 遠慮しないでさっさと座って下さい」
「そうさせて貰うわ」
 素早く近付いた清人に手を取られて促された真澄は、大人しく清人が座っていた椅子の左側の椅子に落ち着いた。すると何を思ったか、清人がその足元に屈み込み、真澄が何か言う前に左足からパンプスを脱がせ、両手で左足を抱えた。

「ちょっと失礼」
「え? ちょっと、あの……」
 唖然としている真澄には構わず、清人は真顔で真澄の左足首を、慎重にある方向に曲げてみた。
「どうです? 痛みますか?」
「いえ、酷くは無いわ」
 内心動揺しながらもいつもの口調を装って答えると、清人が顔を上げないまま質問を続ける。

「じゃあ、これでは?」
「大丈夫よ」
 何回か異なる方向に真澄の足を曲げ延ばししてみた清人は、僅かに首を捻りつつも元通り靴を履かせた。

「別に骨にヒビが入ってるとか、腱を傷めてるとかじゃ無いみたいですが……。変に長引く様なら、ちゃんともう一度外科で診て貰うんですよ?」
「ええ、分かったわ」
 真澄にそう言い聞かせて立ち上がった清人は、膝に付いた埃を軽く払ってからソファーの横をすり抜けて歩き出した。その背中に真澄が慌てて声をかける。

「あの、清人君? どこに行くの?」
「そろそろ会場に戻ろうかと。気疲れしてるみたいなので、一人でゆっくりしたいでしょうから」
 当然と言わんばかりの表情でそう答えた清人に、思わず真澄は縋る様に訴えた。

「あの、清人君さえ良かったら、もう少しここに居てくれない?」
「どうしてですか?」
「その……、こんな所で、変な人に絡まれたく無いから」
 一瞬意外そうな目を真澄に向けた清人だったが、人気の無い周囲の状況を確認し、更に先程までの真澄の様子を思い返して納得した。

(確かに……、しつこい男の一人や二人居そうだな)
 そうして清人は元の椅子に座り直し、斜め前の真澄に向かって笑いかけた。

「分かりました。番犬代わりに、好きなだけお付き合いします」
「番犬だなんて……、私はそんなつもりじゃ」
「ああ、今のは別に皮肉じゃありませんから、気にしないで下さい」
 僅かに顔色を変えた真澄に、清人が宥める様に言い聞かせた。そして気まずそうに真澄が黙り込むと、少ししてから真澄の顔色を窺いつつ、清人が口を開いた。

「それはそうと、真澄さんは最近何か悩み事や心配事でも有るんですか?」
「どうしてそんな事を聞くの?」
 俯いていた真澄がゆっくりと顔を上げて清人に視線を合わせてくると、清人は僅かに動揺しながら話を続けた。
「どうして、って、その、今もそうですが、部屋に出向いた時にもどことなく生気が無いと思いましたし」
(城崎との関係は真澄さんには内密にしてるから、職場でのミス云々の話は言えないしな)
 どう話を続けるべきかと清人が密かに悩んでいると、真澄が苦笑混じりに言い出した。

「生気が無い、ね。私って普段よほど傍若無人なタイプだと思われているのかしら?」
「そうは言っていませんが?」
 常にはしない、真澄の自嘲気味な口振りに清人が怪訝に思っていると、真澄は語気強く言い切った。

「何をどう勘違いしてるのかは分からないけど、私はいつも通りだし、清人君に話す様な事は何も無いわ」
(正確には、清人君には話せない事ばかりだし)
 そんな事を考えていると、今度は清人が俯き加減で苦笑気味に言い出した。

「そうですか……。真澄さんから見ると、俺は相当頼り甲斐のない男だと思われているみたいですね」
「え?」
 些か皮肉っぽい口調に真澄が思わず顔を向けると、瞬時に笑みを消した清人が淡々と述べる。

「以前、俺が一人暮らしを始めた頃は、色々と話してくれてたじゃないですか。職場の事とか家族の事とか。相談を持ち掛けられたり、愚痴を聞かされた事もありました」
「悪かったわ。つまらない話を聞かせて」
 清人から視線を逸らしつつ呟いた真澄に、清人が冷静に話を続けた。

「別に、つまらなくは無かったですよ? 真澄さんの話を聞くのは楽しかったですし、どんな話でも黙って聞きますと言ったのは俺自身ですから。でもこの何年かは、そんな事は皆無ですし」
「頼りにしてないとか、そういう事じゃなくて」
「じゃあそんな顔をしている理由を聞かせて貰っても良いですか? 『何でも相談に乗りますから』と言った約束を忘れたわけでは無いでしょう?」
 そこで真澄がピクリと反応した。

「……約束?」
「俺は部外者かもしれませんが、話すだけでも気分が楽になるかもしれませんから、遠慮なくどうぞ? 勿論、その内容を口外したりしませんから」
 穏やかな笑顔と共にそう告げた清人だったが、真澄は幾分顔付きを険しくしながら静かに言い返した。

「約束を破ってるのはそっちもでしょう? 私ばかり責めないで」
「真澄さん?」
 僅かに驚いた表情で見返す清人に、真澄がすこぶる冷静に続ける。
「『俺は真澄さんに嘘は吐きませんから』と言ってた事を忘れたの?」
 その言葉に、清人は無表情になって問い返した。

「俺がいつ真澄さんに、どんな嘘を言ったと言うんですか?」
「自分の胸に、手を当てて聞いてみたら?」
 目線を合わさずに言われた清人は、少しの間押し黙ってから再び口を開く。
「真澄さん」
「ああ、嘘は吐いて無いかもしれないわね。ただ私に喋っていない事が沢山有るだけで。そうでしょう?」
 そこで何かを吹っ切った様に明るく言い出した真澄を、清人は眉を寄せて見やった。

「それは……」
「別に良いのよ? 私はあなたの家族でも何でも無いんだし、第一」
「真澄さん。真澄さんから見ると、俺はそんなに信用がないんですか?」」
 真澄の話を遮り、軽く身を乗り出す様にしてソファーの縁に乗せていた真澄の手を取った清人は、怖いくらい真剣な表情で問い掛けた。そしてその様子を真澄を探しにやって来た清香が、偶然廊下の曲がり角の陰から目撃する。

(どうしよう……、お祖父ちゃんに言われて真澄さんを探しに来たけど、お兄ちゃんと二人でいる所に割り込みづらい。しかも小声で話が良く聞こえないけど、何だか微妙な雰囲気になってるし……)
 清人と何やら話し込んでいる真澄を発見した清香だったが、何となく声を掛けづらく、立ち尽くしたまま二人から姿が見えない所で様子を窺いながら悩んだ。

(寧ろここは割り込んで、話を終わらせるべきかしら? それとも浩一さんとかを連れてきて、さり気なく会場に戻って貰う様に話して貰うとか)
 そんな風に兄達の様子に悶々としながら考え込んでいた清香の視界に、一人の男が入ってきた。清香が隠れていた角とは反対側の方向から現れたその男は、喜色満面の笑顔で真っ直ぐ真澄に向かって歩み寄りながら、声をかけた。
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