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第50話 幸せな誕生日
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昼食を終えた二人は庭園に出向き、広い敷地内を散策しつつ、育てられているハーブ関連の商品を揃えている店舗を覗いて買い物をしてからそこを後にした。さらに清人が断りを入れていた様に幾つかの店舗で食材を購入してから、四時過ぎに別荘に戻って来る。
まだ早い時間ではあっても秋も深まった時期の為、既に辺りは薄暗くなってきており、真澄はソファーに腰掛けて窓の外の木立を眺めながら小さく息を吐いた。
「歩き回って、流石に少し疲れたわね。最近仕事にかまけて、運動不足だったかしら?」
「それなら良い運動になりましたね。今お茶を淹れますから、少し待っていて下さい」
真澄が購入した物が入った袋を目の前のテーブルに置きつつ、自分が購入した袋を抱えてキッチンに向かおうとした清人に、真澄が思い付いた様に声をかけた。
「あ、清人君、どうせなら、さっきブレンドして貰った物を、淹れてみてくれない?」
「分かりました。……これですね?」
「ええ、お願い」
テーブル上の袋から目的の包みを取り出し、真澄に確認を入れた清人は、それを手にして今度こそキッチンへと消えた。それを確認してから真澄はバッグから携帯電話を取り出し、電源を入れてコソコソと新着メールの確認を始める。
(さてと。清人君と二人で回っている時に邪魔されたく無かったから、電源を落としておいたけど、何か緊急の用件とか無かったでしょうね?)
ざっと内容を確認した真澄は、特に問題発生を知らせる連絡等は無く、主に友人達からの誕生日祝いメールだった事に安堵すると同時に、嬉しくなって顔を綻ばせた。
(会社関係は無さそうだけど、皆から例年通り来てるわね。後から纏めて返信しよう)
緩みがちになる顔を何とか引き締め、いつも通りの笑顔を装いながら真澄が携帯電話を再びバッグにしまい込むと、清人がティーポットとカップを運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そして目の前で清人が淹れてくれるのを大人しく待った真澄は、差し出されたティーカップを受け取り、香りを確認して中身を一口味わってから、満足そうに小さく頷いた。
「人によって好みの香りに違いがあるし、味に癖があると思っていたから、ハーブティーってこれまであまり飲んだ事が無かったんだけど、これはこれで独特な味と香りで結構良いわね」
「すっきりとした香りで良いんじゃ無いですか? 店員さんと色々相談しながら選んでいたみたいですし」
清人も穏やかな笑みで同意すると、真澄が苦笑いの表情を浮かべる。
「店員さんから『これは静穏作用、こちらは新陳代謝を高める作用が』とか一通り説明して貰って、欲張って色々詰め込んでブレンドしちゃったから、実際にどんな物になるか想像出来なくて、変な香りと味になってたらどうしようって、結構ドキドキしてたの。思ったより美味しくてホッとしたわ」
「それは良かったです。楽しんで貰えたみたいで」
安堵した様に清人が笑みを深めると、真澄が笑顔で返してからしみじみと言い出した。
「ええ、確かに薔薇は盛りの時期じゃ無かったけど、野ボタンやダリアが見頃で綺麗だったわ。ハーブも盛りの品種が沢山あって、どれもお花が可愛かったし。係員の方が『通年楽しんで頂ける様に心掛けておりますが、やはり五月から六月にかけての時期が一番お勧めです』って言っていたから、その時期に是非もう一度来てみたいわね」
(その頃に清香ちゃんを誘って、二人で来ようかしら? 結構気に入ってくれると思うのよね)
そんな事を考えながら再びカップを持ち上げて中身を飲んでいた真澄の耳に、予想外の台詞が飛び込んできた。
「……行きますか?」
「え?」
考え事をしていた為、半ば聞き逃してしまったそれに真澄が不思議そうな顔で反応すると、清人がまっすぐ真澄を見返しながら、先程の言葉を言い直した。
「真澄さん、その時期にまたあそこに行きませんか?」
そう言われたものの、真澄はその言葉を半信半疑で受け止めた。
(えっと……、行って来たらどうですかって勧めているの? でも……)
少しだけ悩んだ真澄は、慎重にその言葉の意味するところを確認してみる事にした。
「あの……、清人君が連れて行ってくれるの?」
「ええ、そのつもりですが……」
「他に誰か誘うとか?」
「五月蝿いのは呼ばないつもりですが、真澄さんが楽しく見学したいと言うなら、周りに何人居ても俺は一向に構いません」
表情は淡々としているものの、何となく清人が不機嫌になっている様な雰囲気を感じ取った真澄は、慌てて首を振った。
「あのっ! 別に他の人に声をかけなくても良いし、是非また二人で行きたいわ、お願い!」
「分かりました」
叫ぶように言った真澄の台詞に、清人は満足そうに頷いてカップを口に運んだ。それを見ながら、真澄は意外な思いを隠せないでいた。
(どういう事? 暫く清人君の方から誘って貰う事なんて、無かったのに……。でも嬉しい)
気が付くと変に緩みそうになっている自分の顔に、最大限の注意を払いつつ真澄がハーブティーを飲んでいると、先に飲み終えた清人がカップを手にして立ち上がった。
「じゃあ少し時間が早いですが、俺は夕食の支度を始めていますので」
「分かったわ。私は上で本を読みながらのんびりしてるから」
「じゃあ飲み終わったカップは、そこにそのまま置いておいて下さい。支度が出来たら声をかけます」
「お願いね」
そう言って再びキッチンに向かった清人を真澄はソファーで見送り、真澄は残っているカップの中身を上機嫌で飲み干した。
(ちょうど良かったわ。清人君の前から姿を消して、早々と部屋に籠もったりしたら、機嫌が悪いのか具合が悪いのかと、思われかねないし)
そんな事を考えながら飲み終えた真澄は二階の寝室に入り、ベッドに座り込んで携帯電話を取り出した。
「さて、今のうちに返信や電話を済ませておかなくちゃ」
そして嬉々として長年の友人の連絡先番号を選択し、電話をかけ始める。
「……あ、もしもし、美奈? 真澄だけど。お昼過ぎにお祝いメールくれたでしょう? ありがとう。…………ええ。それでね? ちょっと教えておきたい事があって。それが笑えるのよ?」
ひとしきり何人かと楽しい会話をして携帯電話を手から離した真澄は、それから昨日買った本の続きを読み始めた。そしてほぼ読み終わった所で、タイミング良く二階に上がって来た清人が、ノックの音と共にドアを開けながら声をかけてくる。
「真澄さん、お待たせしました。食事の用意が出来ましたから、下に来て貰えますか?」
「分かったわ」
(ふふっ……、本当に今日は近年稀にみる楽しい誕生日だわ。最近は年齢が増えていくのが嫌に思ってたけど、こんな誕生日ばっかりだったら年を重ねるのも楽しいんだけど)
先に下りた清人の後を追い、そんな事を考えながら真澄がリビングに入ると、キッチン側の食卓に皿を並べながら、清人が声をかけてきた。
「少し時間がかかってしまって、すみませんでした」
「まだ七時半よ。遅いって時刻でも無い……」
笑顔で食卓の上を眺めた真澄が、中途半端に言葉を途切れさせて固まったが、その反応を予め予想していた清人は、軽く笑って真澄を促した。
「真澄さん? どうぞ座って下さい」
「……ええ」
半ば呆然としながらも大人しく椅子に座り、真澄は改めて目の前の皿を眺めた。そして向かい側に座ってワインのコルクを抜いていた清人に、おずおずと声をかける。
「あの……、清人君?」
「どうかしましたか?」
平然とコルクを抜きながら清人が尋ね返し、彼が傍らのワイングラスを引き寄せるのを見ながら、真澄は当惑しつつ声をかけた。
「その……、どうしてこのメニューなの?」
真澄が指差したテーブル上には、かつて真澄が大学入試に合格した時、お祝いにと清吾が作ってくれた料理と同じ品々が、そっくりそのまま揃っていた。すると清人が事も無げに答える。
「好きでしょう? 最近は好みが変わったかもしれませんが」
「ううん、今でも好きよ?」
「それは良かったです」
「そうじゃなくて!」
答えている様で答えになっていない清人の返答に、真澄はちょっとだけ苛々しながら追及しようとすると、清人は苦笑しながら話を続けた。
「真澄さん、今日は誕生日でしょう? だからちょっとお祝いしようと思って、真澄さんの大学合格の祝いの席で親父が作った物を再現してみたんです。あの時香澄さんが、真澄さんの好きな物ばかり親父に作らせましたので、これだったら外しようがないかと思ったもので」
サラリとそんな事を言われた真澄は、完全に意表を衝かれた。そして一瞬呆然としてから、猛然と食ってかかる。
「今日が、私の誕生日だって知ってたの? どうして? だってこれまで清人君にお祝いして貰った事なんて、一度も無かったじゃない!?」
その訴えを聞いた清人は、些か弁解がましく言葉を継いだ。
「それは……、今年に入ってから何かの折りに、清香から聞いたんです。だから今年はちょっとお祝いしてみようかと思っていましたので……。この時期に一緒に過ごす事になるとは、思ってもいませんでしたが」
(ずっと前から知ってて、プレゼントを渡し損ねてたなんて言えないしな……。しかし清香は毎年真澄さんに何かしらプレゼントを贈っていたから、どうして最近まで知らなかったと突っ込まれたら返しようが無いが……)
微妙に真澄から視線を逸らしながら次の言葉を待った清人だったが、驚いたせいか真澄はそれ以上突っ込んでは来なかった。
「ああ……、そう、だったの。確かに清香ちゃんからプレゼントは毎年貰ってたから……。ちょっと驚いたわ」
「ええ、ちょっと驚かせてみようかと、朝から知らないふりをしてました」
「もう、本当に性格悪いわね!」
「すみません」
そして二人で顔を見合わせて小さく噴き出してから、笑いをおさめた清人がワイングラスを真澄に差し出しながら促した。
「さあ、どうぞ。冷めないうちに食べて下さい」
「ええ、そうね、いただきます」
ワイングラスを受け取った真澄は、そのまま軽く上に上げて清人に向かって掲げてみせる。心得た清人がそれに自分のグラスを軽く当てて微かな音を響かせ、優しく祝いの言葉を述べた。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、祝って貰って嬉しいわ」
真澄が心の底からの感謝の言葉を伝えて食べ始めると、それを眺めた清人は何故か苦笑いの表情になった。
「まさか真澄さんが来るとは思っていなかったので、準備が不足で流石にパンまでは焼けなかったので、途中で買ってきてしまいましたし……。誕生日のお祝いに料理を作るのなら、どうせだったらケーキも焼きたかったですね」
そう言って僅かに残念そうな表情を見せた清人に、ワインを味わっていた真澄がちょっと驚いた様に口を挟んだ。
「二人でホールケーキを食べるの? そこまでしなくても大丈夫よ。それにパンもワインも美味しいわよ?」
「良かったです。ここは観光地ですから、ホテルや旅館に納入する良い物を揃えている、本格的な店が有りましたから。中途半端な場所よりも、良い食材を集めやすかったです」
それを聞いて納得しながらも、真澄は正直に食べている料理についての感想を述べた。
「そうなの。……でも勿論お料理も美味しいわよ? 叔父様が作ってくれた物以上に」
「そんなあからさまなお世辞は止めて下さい。俺が作っても、本職の親父の腕前に敵う筈がありませんから。そう言って貰えるのは嬉しいですが」
そう言って困った様に小さく笑った清人に、真澄は言いたい言葉を飲み込んだ。
(そんな事、無いわよ。清人君が私の為に準備してくれただけで、どんな一流シェフが作った物より、美味しく感じるもの……)
きっとそう言っても清人はお世辞の延長としか捉えてくれないだろうと思った真澄が、余計な事は言わずに目の前の料理を味わう事に集中していると、清人が思い出した様に口を開いた。
「そう言えば……、誕生日が分かったので、今年は真澄さんにプレゼントを用意していたんです」
「え? 本当に?」
真澄が思わず手の動きを止めてまじまじと清人を見返すと、清人は幾分申し訳無さそうに話を続けた。
「ええ。実は今日真澄さんの家に届く様に手配しておいたので、今手元には無いんですが……」
そこですかさず真澄がその中身について、興味津々の態で問いかける。
「ねえ、一体何をくれたの? 教えて?」
しかし清人は真澄の追及する視線からさり気なく視線を逸らしつつ、含み笑いで誤魔化した。
「ああ、まあ、それは……、帰ってからのお楽しみと言う事で……」
しかし当然それは、真澄から非難の声が上がる。
「えぇ!? じらさないで、ちょっと教えてくれても良いじゃない!」
「無理に今聞かなくても。明日の夕方には帰るんですから、帰宅してから確認して下さい」
「うぅ……、ケチなんだから。今晩気になって眠れなくなったら、一体どうしてくれるのよ?」
苦笑いしながら清人が言い聞かせると、これ以上聞いても絶対吐かないと経験上分かっていた真澄は、追及を断念しながらも恨みがましく呟いた。それに清人が微笑みながら断言する。
「大丈夫ですよ。真澄さんはいつでもどこでもどんな時でも、眠れるタイプの人ですから。俺が保証します」
「ちょっと! 今の、何気に失礼よ? でも……、帰ってからの楽しみが一つできたわね」
(本当に……、この状況下で、二晩熟睡していた真澄さんが羨ましい……。というか、半ば恨めしいな。本当に困った人だ)
(清人君からの誕生日プレゼントなんて初めてだから凄く気になるわ。早く帰って確認したいけど、せっかく二人きりなんだから、なるべくゆっくりしていきたいし……)
互いに笑顔で会話していた二人だったが、内心で清人は苦笑と溜め息を堪えつつ、真澄は端から見れば些細な、しかし本人にとっては結構深刻な悩みを抱えながら、目の前の料理を味わっていた。
まだ早い時間ではあっても秋も深まった時期の為、既に辺りは薄暗くなってきており、真澄はソファーに腰掛けて窓の外の木立を眺めながら小さく息を吐いた。
「歩き回って、流石に少し疲れたわね。最近仕事にかまけて、運動不足だったかしら?」
「それなら良い運動になりましたね。今お茶を淹れますから、少し待っていて下さい」
真澄が購入した物が入った袋を目の前のテーブルに置きつつ、自分が購入した袋を抱えてキッチンに向かおうとした清人に、真澄が思い付いた様に声をかけた。
「あ、清人君、どうせなら、さっきブレンドして貰った物を、淹れてみてくれない?」
「分かりました。……これですね?」
「ええ、お願い」
テーブル上の袋から目的の包みを取り出し、真澄に確認を入れた清人は、それを手にして今度こそキッチンへと消えた。それを確認してから真澄はバッグから携帯電話を取り出し、電源を入れてコソコソと新着メールの確認を始める。
(さてと。清人君と二人で回っている時に邪魔されたく無かったから、電源を落としておいたけど、何か緊急の用件とか無かったでしょうね?)
ざっと内容を確認した真澄は、特に問題発生を知らせる連絡等は無く、主に友人達からの誕生日祝いメールだった事に安堵すると同時に、嬉しくなって顔を綻ばせた。
(会社関係は無さそうだけど、皆から例年通り来てるわね。後から纏めて返信しよう)
緩みがちになる顔を何とか引き締め、いつも通りの笑顔を装いながら真澄が携帯電話を再びバッグにしまい込むと、清人がティーポットとカップを運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そして目の前で清人が淹れてくれるのを大人しく待った真澄は、差し出されたティーカップを受け取り、香りを確認して中身を一口味わってから、満足そうに小さく頷いた。
「人によって好みの香りに違いがあるし、味に癖があると思っていたから、ハーブティーってこれまであまり飲んだ事が無かったんだけど、これはこれで独特な味と香りで結構良いわね」
「すっきりとした香りで良いんじゃ無いですか? 店員さんと色々相談しながら選んでいたみたいですし」
清人も穏やかな笑みで同意すると、真澄が苦笑いの表情を浮かべる。
「店員さんから『これは静穏作用、こちらは新陳代謝を高める作用が』とか一通り説明して貰って、欲張って色々詰め込んでブレンドしちゃったから、実際にどんな物になるか想像出来なくて、変な香りと味になってたらどうしようって、結構ドキドキしてたの。思ったより美味しくてホッとしたわ」
「それは良かったです。楽しんで貰えたみたいで」
安堵した様に清人が笑みを深めると、真澄が笑顔で返してからしみじみと言い出した。
「ええ、確かに薔薇は盛りの時期じゃ無かったけど、野ボタンやダリアが見頃で綺麗だったわ。ハーブも盛りの品種が沢山あって、どれもお花が可愛かったし。係員の方が『通年楽しんで頂ける様に心掛けておりますが、やはり五月から六月にかけての時期が一番お勧めです』って言っていたから、その時期に是非もう一度来てみたいわね」
(その頃に清香ちゃんを誘って、二人で来ようかしら? 結構気に入ってくれると思うのよね)
そんな事を考えながら再びカップを持ち上げて中身を飲んでいた真澄の耳に、予想外の台詞が飛び込んできた。
「……行きますか?」
「え?」
考え事をしていた為、半ば聞き逃してしまったそれに真澄が不思議そうな顔で反応すると、清人がまっすぐ真澄を見返しながら、先程の言葉を言い直した。
「真澄さん、その時期にまたあそこに行きませんか?」
そう言われたものの、真澄はその言葉を半信半疑で受け止めた。
(えっと……、行って来たらどうですかって勧めているの? でも……)
少しだけ悩んだ真澄は、慎重にその言葉の意味するところを確認してみる事にした。
「あの……、清人君が連れて行ってくれるの?」
「ええ、そのつもりですが……」
「他に誰か誘うとか?」
「五月蝿いのは呼ばないつもりですが、真澄さんが楽しく見学したいと言うなら、周りに何人居ても俺は一向に構いません」
表情は淡々としているものの、何となく清人が不機嫌になっている様な雰囲気を感じ取った真澄は、慌てて首を振った。
「あのっ! 別に他の人に声をかけなくても良いし、是非また二人で行きたいわ、お願い!」
「分かりました」
叫ぶように言った真澄の台詞に、清人は満足そうに頷いてカップを口に運んだ。それを見ながら、真澄は意外な思いを隠せないでいた。
(どういう事? 暫く清人君の方から誘って貰う事なんて、無かったのに……。でも嬉しい)
気が付くと変に緩みそうになっている自分の顔に、最大限の注意を払いつつ真澄がハーブティーを飲んでいると、先に飲み終えた清人がカップを手にして立ち上がった。
「じゃあ少し時間が早いですが、俺は夕食の支度を始めていますので」
「分かったわ。私は上で本を読みながらのんびりしてるから」
「じゃあ飲み終わったカップは、そこにそのまま置いておいて下さい。支度が出来たら声をかけます」
「お願いね」
そう言って再びキッチンに向かった清人を真澄はソファーで見送り、真澄は残っているカップの中身を上機嫌で飲み干した。
(ちょうど良かったわ。清人君の前から姿を消して、早々と部屋に籠もったりしたら、機嫌が悪いのか具合が悪いのかと、思われかねないし)
そんな事を考えながら飲み終えた真澄は二階の寝室に入り、ベッドに座り込んで携帯電話を取り出した。
「さて、今のうちに返信や電話を済ませておかなくちゃ」
そして嬉々として長年の友人の連絡先番号を選択し、電話をかけ始める。
「……あ、もしもし、美奈? 真澄だけど。お昼過ぎにお祝いメールくれたでしょう? ありがとう。…………ええ。それでね? ちょっと教えておきたい事があって。それが笑えるのよ?」
ひとしきり何人かと楽しい会話をして携帯電話を手から離した真澄は、それから昨日買った本の続きを読み始めた。そしてほぼ読み終わった所で、タイミング良く二階に上がって来た清人が、ノックの音と共にドアを開けながら声をかけてくる。
「真澄さん、お待たせしました。食事の用意が出来ましたから、下に来て貰えますか?」
「分かったわ」
(ふふっ……、本当に今日は近年稀にみる楽しい誕生日だわ。最近は年齢が増えていくのが嫌に思ってたけど、こんな誕生日ばっかりだったら年を重ねるのも楽しいんだけど)
先に下りた清人の後を追い、そんな事を考えながら真澄がリビングに入ると、キッチン側の食卓に皿を並べながら、清人が声をかけてきた。
「少し時間がかかってしまって、すみませんでした」
「まだ七時半よ。遅いって時刻でも無い……」
笑顔で食卓の上を眺めた真澄が、中途半端に言葉を途切れさせて固まったが、その反応を予め予想していた清人は、軽く笑って真澄を促した。
「真澄さん? どうぞ座って下さい」
「……ええ」
半ば呆然としながらも大人しく椅子に座り、真澄は改めて目の前の皿を眺めた。そして向かい側に座ってワインのコルクを抜いていた清人に、おずおずと声をかける。
「あの……、清人君?」
「どうかしましたか?」
平然とコルクを抜きながら清人が尋ね返し、彼が傍らのワイングラスを引き寄せるのを見ながら、真澄は当惑しつつ声をかけた。
「その……、どうしてこのメニューなの?」
真澄が指差したテーブル上には、かつて真澄が大学入試に合格した時、お祝いにと清吾が作ってくれた料理と同じ品々が、そっくりそのまま揃っていた。すると清人が事も無げに答える。
「好きでしょう? 最近は好みが変わったかもしれませんが」
「ううん、今でも好きよ?」
「それは良かったです」
「そうじゃなくて!」
答えている様で答えになっていない清人の返答に、真澄はちょっとだけ苛々しながら追及しようとすると、清人は苦笑しながら話を続けた。
「真澄さん、今日は誕生日でしょう? だからちょっとお祝いしようと思って、真澄さんの大学合格の祝いの席で親父が作った物を再現してみたんです。あの時香澄さんが、真澄さんの好きな物ばかり親父に作らせましたので、これだったら外しようがないかと思ったもので」
サラリとそんな事を言われた真澄は、完全に意表を衝かれた。そして一瞬呆然としてから、猛然と食ってかかる。
「今日が、私の誕生日だって知ってたの? どうして? だってこれまで清人君にお祝いして貰った事なんて、一度も無かったじゃない!?」
その訴えを聞いた清人は、些か弁解がましく言葉を継いだ。
「それは……、今年に入ってから何かの折りに、清香から聞いたんです。だから今年はちょっとお祝いしてみようかと思っていましたので……。この時期に一緒に過ごす事になるとは、思ってもいませんでしたが」
(ずっと前から知ってて、プレゼントを渡し損ねてたなんて言えないしな……。しかし清香は毎年真澄さんに何かしらプレゼントを贈っていたから、どうして最近まで知らなかったと突っ込まれたら返しようが無いが……)
微妙に真澄から視線を逸らしながら次の言葉を待った清人だったが、驚いたせいか真澄はそれ以上突っ込んでは来なかった。
「ああ……、そう、だったの。確かに清香ちゃんからプレゼントは毎年貰ってたから……。ちょっと驚いたわ」
「ええ、ちょっと驚かせてみようかと、朝から知らないふりをしてました」
「もう、本当に性格悪いわね!」
「すみません」
そして二人で顔を見合わせて小さく噴き出してから、笑いをおさめた清人がワイングラスを真澄に差し出しながら促した。
「さあ、どうぞ。冷めないうちに食べて下さい」
「ええ、そうね、いただきます」
ワイングラスを受け取った真澄は、そのまま軽く上に上げて清人に向かって掲げてみせる。心得た清人がそれに自分のグラスを軽く当てて微かな音を響かせ、優しく祝いの言葉を述べた。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、祝って貰って嬉しいわ」
真澄が心の底からの感謝の言葉を伝えて食べ始めると、それを眺めた清人は何故か苦笑いの表情になった。
「まさか真澄さんが来るとは思っていなかったので、準備が不足で流石にパンまでは焼けなかったので、途中で買ってきてしまいましたし……。誕生日のお祝いに料理を作るのなら、どうせだったらケーキも焼きたかったですね」
そう言って僅かに残念そうな表情を見せた清人に、ワインを味わっていた真澄がちょっと驚いた様に口を挟んだ。
「二人でホールケーキを食べるの? そこまでしなくても大丈夫よ。それにパンもワインも美味しいわよ?」
「良かったです。ここは観光地ですから、ホテルや旅館に納入する良い物を揃えている、本格的な店が有りましたから。中途半端な場所よりも、良い食材を集めやすかったです」
それを聞いて納得しながらも、真澄は正直に食べている料理についての感想を述べた。
「そうなの。……でも勿論お料理も美味しいわよ? 叔父様が作ってくれた物以上に」
「そんなあからさまなお世辞は止めて下さい。俺が作っても、本職の親父の腕前に敵う筈がありませんから。そう言って貰えるのは嬉しいですが」
そう言って困った様に小さく笑った清人に、真澄は言いたい言葉を飲み込んだ。
(そんな事、無いわよ。清人君が私の為に準備してくれただけで、どんな一流シェフが作った物より、美味しく感じるもの……)
きっとそう言っても清人はお世辞の延長としか捉えてくれないだろうと思った真澄が、余計な事は言わずに目の前の料理を味わう事に集中していると、清人が思い出した様に口を開いた。
「そう言えば……、誕生日が分かったので、今年は真澄さんにプレゼントを用意していたんです」
「え? 本当に?」
真澄が思わず手の動きを止めてまじまじと清人を見返すと、清人は幾分申し訳無さそうに話を続けた。
「ええ。実は今日真澄さんの家に届く様に手配しておいたので、今手元には無いんですが……」
そこですかさず真澄がその中身について、興味津々の態で問いかける。
「ねえ、一体何をくれたの? 教えて?」
しかし清人は真澄の追及する視線からさり気なく視線を逸らしつつ、含み笑いで誤魔化した。
「ああ、まあ、それは……、帰ってからのお楽しみと言う事で……」
しかし当然それは、真澄から非難の声が上がる。
「えぇ!? じらさないで、ちょっと教えてくれても良いじゃない!」
「無理に今聞かなくても。明日の夕方には帰るんですから、帰宅してから確認して下さい」
「うぅ……、ケチなんだから。今晩気になって眠れなくなったら、一体どうしてくれるのよ?」
苦笑いしながら清人が言い聞かせると、これ以上聞いても絶対吐かないと経験上分かっていた真澄は、追及を断念しながらも恨みがましく呟いた。それに清人が微笑みながら断言する。
「大丈夫ですよ。真澄さんはいつでもどこでもどんな時でも、眠れるタイプの人ですから。俺が保証します」
「ちょっと! 今の、何気に失礼よ? でも……、帰ってからの楽しみが一つできたわね」
(本当に……、この状況下で、二晩熟睡していた真澄さんが羨ましい……。というか、半ば恨めしいな。本当に困った人だ)
(清人君からの誕生日プレゼントなんて初めてだから凄く気になるわ。早く帰って確認したいけど、せっかく二人きりなんだから、なるべくゆっくりしていきたいし……)
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ちゃんと立ち止まろうとする自分のあいだで揺れる、ひとりの女の子、みいな(25)の恋の話。
📖全年齢版恋愛小説です。
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📖2026.2.25完結
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