夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

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第64話 真実が交差する時(後編)

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「その……、だな、真澄?」
「何?」
「真澄の方こそ、本当に俺で構わないのか?」
 真剣な顔でそう問われた真澄は、その顔に僅かに怒りの表情を浮かべた。

「……殴っても良い?」
 静かにそう言い返された清人は、気合いを入れ直して話し出す。
「その……、俺は年下だし。見た目はあまり親父に似て無いし。いや、勿論、甲斐性は負けていないつもりだが」
「ちょっと待って。どうしてここで叔父様が出てくるわけ?」
 真澄にしてみれば、いきなり清吾の名前が出て来て戸惑ったのだが、清人は真顔で続けた。

「好きなんだろう? 親父の事」
 そこで真澄は、呆れかえった声を上げる。
「はぁ? 何を根拠にそんな事を言ってるわけ?」
「何をって……。あの厳つい顔付きの親父に不自然な位懐いていたし、来る時間をこっそりずらして二人きりで会っていたし、その時何やら貰って凄く嬉しそうにしていたし、親父みたいな人と結婚できて香澄さんが羨ましいみたいな発言を良くしていたし、親父が死んだ時に号泣していたし、何となく親父と感じが似てた内藤支社長と仲が良かったし」
「やっぱり殴らせて。一発……、いいえ、十発は殴らないと気が済まないかもしれないけど」
 ダラダラと根拠らしき物を述べる清人の話を遮り、真澄が握り締めた両手をプルプルと震わせながら凄むと、清人が本気で戸惑っている様な声で、控え目に確認を入れた。

「……違うのか?」
「大違いよっ!! 確かに内藤支社長に関しては、叔父様に感じが似ていたから親しみを感じていたし、向こうもそれは分かっていたみたいで、仕事上で良いお付き合いが出来ていたけどそれだけだし、叔父様に対してもはあくまで叔母様の配偶者って位置付けで、恋愛感情なんて皆無だったわよ!」
 テーブルを力一杯叩いて怒鳴った真澄だったが、清人はまだ納得しかねる顔付きで問い掛けた。

「しかし……、確かにこっそり親父から何か貰っていたよな?」
「ええ、貰ったわよ! 叔父様の手書きのレシピ集を! 悪い?」
「いや、悪くは無いが……、どうしてそんな物をこっそり貰う必要があるんだ? 普通に手渡ししても良いだろう?」
 清人が怪訝な表情のまま素朴な疑問を呈すると、真澄は瞬時に羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「……っ!! 全部清人の好きな料理の、レシピを書いて貰ったのよ!」
「俺の好物? 一体どうして」
「大学の合格祝いを叔父様達にやって貰った時、清人の発案だろうと思ったから、何か清人のお祝い事の機会があったら、その時は私がそれを作ってご馳走しようと思ったの。変に期待されたり冷やかされたりすると恥ずかしいから、誰にも内緒にしておいて下さいと叔父様にお願いしたのよ!」
 しかしそれを聞いても、清人は小さく首を捻って新たな疑問を口にした。

「真澄? あの時から、もう十五年以上経過しているが、別に祝い事とかにご馳走して貰って無いよな?」
 その冷静な指摘に、真澄が喚き立てる。
「悪かったわね! だって料理と相性が悪くて、なかなか上達しなかったのよ! 料理学校を三校出入り禁止になったし、叔父様達が亡くなって以降、一時期気楽に訪ねるって雰囲気でも無くなっていたし!」
「それは確かにそうだが……」
 そこで清人が神妙な顔付きで頷き、それを見た真澄は漸く平常心を取り戻した。そしてボソボソと付け加える。

「この前持参したあれは、このままだとひょっとしたら一生ご馳走なんかできないかもしれないと思ったから、清人が一人で悶々としているのを慰めようって言うのを口実にして、比較的簡単に作れる物を自己満足で作ったのよ。海外勤務になったら、作ろうと思っても作れなくなると思ったから……」
 そこで会話が途切れて室内に沈黙が漂ったが、それを清人の静かな声が断ち切った。

「その……、真澄。最後に一つ確認して良いか?」
「何?」
「王子様って誰の事だ?」
「……は? 一体、何の事を言ってるの?」
 すこぶる真剣な表情で問い掛けられた真澄が、その意味する所が分からずに当惑すると、清人は幾分言いにくそうに言葉を継いだ。

「実は……、俺は、熱海で真澄が泥酔した時にプロポーズしたんだが、あっさり断られたんだ」
 そんな驚愕の事実を知らされた真澄は、本気で悲鳴を上げた。

「えぇ!? ちょっと何よそれ! そんな記憶、皆無なんだけど!? それ以前に、泥酔してる時にプロポーズってなんなのよ!?」
「それは、まあ勢いと言うか何と言うか……。とにかく、その時の断り文句が『結婚相手は王子様じゃないと嫌』とか何とかで。その王子様って言うのが、流石に親父とか内藤支社長では無いとは思っていたんだが……」
 そんな事をしみじみと述べた清人に、ここで真澄が再度怒りを爆発させた。

「当たり前でしょうがっ!! 何寝ぼけた事言ってるの、本気で怒るわよ!? 後にも先にも私の王子様は、清人でしかありえないんですからねっ!!」
「……ああ、うん。分かった。良く分かったから」
「どうしてこんな恥ずかしい事を言わせるのよ! 本当に信じられない!」
「すまん。しかし、参ったな……」
 憤慨する真澄の前で、清人は片手で口を覆いながら斜め下に視線を下ろす。そして小声で呟いた言葉に、真澄が反応した。

「どうして清人が困るのよ。恥ずかしいのは私なんだけど?」
 不思議そうに尋ねた真澄をチラリと見やった清人は、再び俯き加減でボソリと呟く。

「食べて着替えを済ませたら、送って行くつもりだったのに……。そんな可愛い事を言われたら、手放せないじゃないか」
「……え?」
 そこで真澄が、清人の顔を注意深く眺めてみると、手で隠れている口元は分からないながら、その場所はうっすらと赤くなり、耳に至ってははっきりとその色調の変化が確認できた。それを見て真澄も恥ずかしさがぶり返し、顔を益々赤くして黙り込む。しかしそのまま固まっているわけにもいかず、何とか気を取り直した清人が、冷静に真澄に話し掛ける。

「……とにかく、食べておこうか。これ以上空腹だったら、間違い無く倒れる」
「そうね」
 そんな清人の言葉の正当性を認めた真澄は、自身も何とか赤面しているのを抑えながら、食事を再開した。


「浩一、今四時だが……。仕事中にかけてくるなんて、珍しいな。そんなに暇なのか?」
 清人の携帯にかけた浩一は、応答があったと思ったら、開口一番のんびりとした口調でそんな事を言われた為、顔を引き攣らせつつ盛大に文句を言った。

「お前な……。俺が朝から何回メールを送ったり、電話をかけたと思ってるんだ! 悉くシカトしやがって、ふざけるな!」
「そう怒るなよ。それで、用件は何だ?」
「……取り敢えず、姉さんに変わってくれ」
 溜め息混じりに要求した浩一だったが、何故か清人はそれに難色を示した。

「真澄? 真澄は今、ちょっと手が離せない状態だから、話があれば俺から伝えておくが」
 それを聞いた浩一は(真澄って……、今までと違ってあっさり呼び捨てかよ。だけど手が離せないって……、風呂かトイレにでも入っているのか?)と一瞬考えたが、すぐに意識を切り替えて話を進める事にした。

「それならお前に聞くが、今夜姉さんを連れて、家に顔を見せに来るんだろうな」
「今夜か? ……悪いが、それはちょっと無理だな。明日の夜に出向くから、社長や会長にそう伝えておいてくれ」
 しかし飄々と切って捨てられてしまい、浩一が流石に声を荒げる。

「ふざけるな! お前じゃ話にならん。とっとと姉さんを出せ!」
「仕方がないな……、真澄。愛しの弟からの電話だから、ちょっと出てくれ」
 何やら電話の向こうで、すぐ側の誰かに話し掛ける様に言い出した清人の声に、浩一の怒り度が増した。

「何だと? 姉さんが側に居たのか? それならどうしてさっさと電話を代わらないんだ!?」
「何やら、俺が真澄を苛めているかもしれんと心配しているみたいだから、声を聞かせてやってくれ。頼む」
 そんな苦笑いの清人の声が伝わって来たが、それ以外の人物の声は未だに聞こえず、浩一は苛立たしげに問い掛けた。

「清人!? おい、姉さんはそこに居るんだろうな?」
「人聞きの悪い……、勿論居るぞ? なあ、真澄?」
「…っ、も、もう駄目ぇぇっ! 早く電話を切ってよ、馬鹿ぁぁっ!!」
「姉さん、どうかしたのか!?」
 いきなり電話口で泣き叫ぶ真澄の声が聞こえ、浩一は慌てて問い掛けた。しかしその浩一の声を無視して、電話の向こうで切羽詰まった感の真澄と、余裕綽々の清人のやり取りが続く。

「ちょっと、やっ……、この状況で、何平然と電話してるのよ!」
「俺は片手と耳と口は空いてるから、話すのに支障は無いんだが?」
「やぁっ……、ちょっと、もう、どうでも良いから、取り敢えず離れて! この変態っ!」
「酷いな……、俺はこんなに、真澄に尽くしているのに」
「……おい、清人。お前今、どこで話してるんだ?」
 二人のやり取りで、大方の状況を察してしまった浩一だが、顔を強張らせながら一応問い掛けた。しかし相変わらず浩一を無視しながら、二人の会話が続く。

「もう嫌ぁぁぁっ!! 浩一に丸聞こえじゃない! 帰っても恥ずかしくて、顔を正視できないじゃないの!」
「大声出してるのは真澄なんだが……。まあ弟でも、真澄がじっくり男の顔を眺めるのは気に入らないから、ちょうど良いかな?」
「最っ低! ……っあ、ちょっとそこは、やぁぁっ!!」
「そうか、最低と言われてしまったら、仕切り直しだな」
「そんなのは良いからっ!! いい加減離してぇぇっ!」
「ああ、浩一。悪いが立て込んでるから切るぞ? ついでに真澄は、明日も会社は休みにしておいてくれ。明日の夜八時には、家に送って行くから。それじゃあな」
「あ、おい、ちょっと待て清人!! 人の話を聞け、この色魔の大馬鹿野郎がっ!!」
 言うだけ言ってあっさりと通話を終わらせた清人を、浩一は思わず口汚く罵った。そして急いで再度かけ直したが、固定電話も二人の携帯電話も電源が落とされており、浩一の顔が見事に引き攣る。そこで更に、浩一の動揺を煽る声がかけられた。

「浩一? 私はお前に、真澄に帰って来る様に言った後、彼に家に出向く様に伝えた上で、私に電話を代わる様に言いつけた筈だが、どうなったんだ?」
 わざわざ確認を入れなくても、今までの自分の発言を聞いていればおおよその事情は察せられる内容を問われ、浩一は頭痛を覚えながら少し離れた場所に座っている父親をゆっくりと振り返った。
 勤務中に社長室への呼び出しを受け、未だ連絡を寄越さない娘に帰って来る様に伝えろと言われた浩一は、その場で電話をしてみればこの有り様で、寧ろ出てくれない方が良かったと本気で項垂れる。そんな浩一の気を重くする様に、こめかみに青筋を浮かべた雄一郎から、地を這う如き声が発せられた。

「人の娘を軟禁して、帰宅させんとは良い度胸だな……」
「その……、明日の夜には家に送って来るそうですから。できれば穏便にお願いします」
 そう懇願した浩一に、雄一郎は素っ気なく告げ、追い払う様に片手を振ってみせる。

「それは向こうの出方次第だ。もう帰って良いぞ」
「……それでは失礼します」
 これ以上何を言っても無駄だと察した浩一は、大人しく一礼して引き下がったが、翌日の事を思って社長室から退室した瞬間、深い溜め息を吐いた。
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