夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

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番外編 結婚披露宴迷走曲~清香のお願い

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「……うわぁぁっ! 真澄さん、綺麗っ! 素敵! とっても似合ってるっ!」
 新婦控え室に入ってきて、真澄の純白のウエディングドレス姿を視界に入れた途端、胸の前で両手を組み、瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げた清香に、真澄は自然に笑みを浮かべて礼を述べた。

「ありがとう、清香ちゃん」
「うん、やっぱりウェディングドレスは白だよねぇ」
 椅子に腰掛けている真澄の周囲をぐるっと一回りしてから、改めてしみじみと清香が感想を述べると、真澄が彼女を見上げながらちょっと悪戯っぽく尋ねる。

「清香ちゃん、自分も今すぐ着たくなっちゃった?」
「う、うえっ!? い、いえ、そんなんじゃ……、それは確かに、いつかは着たいけどっ! あ、えっと、それってやっぱりオーダーメイドなんですか? お腹が全然目立たないし」
 恥ずかしくなったのか慌てて誤魔化しつつ話題を変えてきた清香に、真澄は笑いを堪えながら答えた。

「いいえ、レンタルなのよ」
「あれ? そうだったんだ。意外」
 てっきりオーダーメードだと思っていた清香が不思議そうな顔をした為、真澄は苦笑気味にその理由を述べた。

「最初は急いで作って貰おうかと思ったんだけど、今日の時点でどういう体型になるのか正確に分からないからデザインする側も困ってしまってね。変に締め付けるよりは、予め妊婦用のドレスを準備した方が良いだろうって事になったの。だからコルセットもしていないし、凄く楽よ?」
 そう言ってにっこり笑った真澄に、清香は納得した様に頷いた。

「そうなんだ……、でも妊婦用って言っても全然違和感無いから、今時のドレスって凄いなぁ……。尤も元々真澄さんの体型が、スリムだった事もあるんだろうけど」
 清香のそんな感嘆の呟きに、玲子の笑いを含んだ声が重なる。

「真澄は上背もあるから、それに合わせたドレス探しも一苦労でね。最近ではデキ婚も流行っているから、妊婦用のウエディングドレスは結構レンタル市場にも出ているけど、今回担当者の泉水さんには随分骨を折って貰って、着たいドレスのイメージに合うものを全国からかき集めて貰ったのよ?」
「『私が着たい』のではなくて、『お母様が着せたい』の間違いじゃないんですか?」
 皮肉っぽく真澄が口を挟んだ所で、左胸に『泉水』と記載のあるネームプレートを付けて真澄の後方に立っていた、ここのホテルの制服である紺色のスーツに身を包んだ三十前後に見える女性が玲子に軽く会釈し、穏やかな笑顔で真澄に声をかけた。

「それが私の仕事ですので。……ところで新婦様、体調は大丈夫でしょうか?」
「ええ、今のところは問題ありません」
「もし万が一、異常があった時は、すぐに仰って下さい。今日一日ここのホテル内に産婦人科医と内科医と外科医に待機して貰ってますので、すぐ診察して貰います」
 泉水が真顔で申し出た内容に真澄は感謝の気持ちを込めて頭を下げたが、すぐに怪訝な表情を見せた。

「ありがとうございます。……でも産婦人科医と内科医は分かりますけど、どうして外科医まで手配をしたんですか?」
「新郎様からの指示です。新郎様が『参列者に陽気な酒飲みが多くて、羽目を外しそうだと思いましたので予防措置です』と仰って納得したのですが、続けて『実は妻を無遠慮に眺め回す様な気に入らない奴を陰で殴り倒すつもりですが、さすがに死なれたら拙いので適当に処置して欲しいので』と笑って仰ったので、同席していた他のスタッフと一緒に、微笑ましくて思わず笑ってしまいました」
 その時の事を思い出したのか泉水は小さく笑ってしまったが、真澄は僅かに顔を引き攣らせた。

「……清人がそんな事を?」
「はい。殴り倒す云々は冗談にしても、きっと本心では綺麗な新婦様を誰の目にも触れさせたくないんですよ。なかなかお茶目な新郎様ですね?」
「…………はぁ」
 真澄は微妙に強張った笑顔で何とか泉水に相槌を返したが、清香は思わず二人から目を逸らして心中で呻いた。

(違う……、冗談じゃなくてお兄ちゃん絶対本気だわ。全然お茶目じゃないし笑えない……)
 そして真澄の笑顔が本格的に固まる前にと、半ば強引に話題を逸らす。

「と、ところで玲子伯母さん。皆はどこに居るんでしょうか?」
「どうしても新婦の方は支度に時間がかかるから、先に清人さんをからかいに行ってるって言ってたわ」
「ついさっき、真澄ちゃんの支度が済んだと伝えて貰ったから、そろそろ押し掛けてくるんじゃないかしら?」
「そ、そうですか」
 そうして伯母達が式や披露宴について笑いさざめいているのを見て、清香はコソコソと再度真澄に近付いた。

(よし、それじゃあ今のうちに……)
 そして体を屈めて真澄の耳元に口を寄せる。

「真澄さん、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「あら、こんな所でなあに? 清香ちゃん」
 急にひそひそ話をされて真澄が少し驚いた顔を見せたが、同様に声を潜めて尋ね返した。すると清香が恐縮気味に話を続ける。

「あの……、ブーケトスってするんですよね? その……、こんな事お願いするのは、狡いみたいなんですけど……」
 そこで清香は言いにくそうに口ごもったが、長い付き合いである真澄は、全て言われなくても容易に察した。

「大丈夫、分かってるわ。ちゃんと清香ちゃんの所目掛けて投げてあげるから安心して?」
「本当に!?」
 途端に目を輝かせた清香に、真澄も目元を緩ませて微笑む。
「ええ。だって式の参列者では清人の方は独身女性は恭子さん位だし、私の友人達は粗方既婚者だし。母方の従姉妹達にも殆ど未婚者は居ないもの。だから元々清香ちゃんの方に投げてあげるつもりだったのよ?」
「そうだったんだ。良かった~」
「でも競争率が少なくて、取る醍醐味が無いかしら?」
 真澄はそんな事をちょっと意地悪く言ってみたが、清香は満面の笑みで首を振った。

「ううん、そんな事無い! 一度受け止めてみたかったの! ありがとう、真澄さん!」
「どういたしまして」
 そこで何気なく清香の淡いピンク色のドレスを眺めた真澄は、小さく首を傾げながら尋ねてみた。

「ひょっとして……、今日の衣装、咄嗟に動き回れる様に、振袖じゃなくてフォーマルドレスにしたとか?」
「…………う、うん」
 ここで僅かに頬を染めながら若干居心地悪そうに視線を逸らした清香を見て、真澄は堪えきれずに小さく噴き出してしまった。

「ふふっ……、本当に清香ちゃんは可愛いわね」
「あ、でもこの事はお兄ちゃんには絶対内緒でお願いします」
「あら、どうして?」
 急に真剣な顔付きで口止めをしてきた清香を真澄は不思議そうに見やると、清香はすこぶる真面目な顔で理由を説明した。

「だって、正直に『ブーケを取りたい』なんて言ったら、『清香を次に嫁になんか行かせるか』って怒って、真澄さんからブーケを取り上げそうだから」
 その訴えを聞いた真澄は、再度噴き出してしまった。

「清人ならやりかねないわね。分かったわ。これは女同士の秘密ね?」
「はいっ!」
 そんな風に真澄と清香の間で密約が交わされた所で、賑やかな一団を引き連れた、白いタキシード姿の清人が姿を現した。

「……真澄、支度が出来たそうだが」
 愛想良く声をかけてきた清人に、真澄も笑顔で心得た様に頷く。
「ええ。先に写真を撮っておくのよね。今から?」
「いや、十分後に移動するぞ。しかし……」
 そこで言葉を途切れさせ、真澄の姿をしげしげと上から眺め下ろした清人に、真澄は些か不安になって尋ねた。

「何? どこか変かしら?」
 その問いかけに、清人がニヤリと楽しそうに笑いながら言ってのける。

「いや、真澄は元々美人だが、今日は五割増しで綺麗だ。部屋に閉じ込めて、誰にも見せたくないなと思ってな」
「だから、そういう事をサラッと言わないで」
「どうしてだ? 本当の事だろうが」
「もう…」
 動揺している真澄の耳元で、今度は先程の清香の様に清人が何やら囁き、真澄は益々顔を赤くする。それを見て清香や玲子達は笑いを堪え、清人にくっ付いて移動してきた面々が今日の主役二人を冷やかしたり茶化したりと、一気に室内は賑やかになった。
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