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(8)もふもふ欠乏者
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「それにしても、この狐さんは普通と違いますよね? 全くアレルギー症状が出ないだなんて、今までのパターンだとありえないのですけど」
「ええと……、それはですね」
大真面目に問われた三好は答えに窮した。そんな彼に郁が囁く。
「三好さん、どうするんですか? まさか神様と言って、信じてもらえるとも思えないのですが」
「そうですよね。なんと言えば良いでしょうか……」
二人で困惑していると、女性が三好に視線を合わせながら断定口調で告げた。
「マスター。あなた、普通の方ではないのですね?」
「はい?」
「喫茶店のマスターとは、世を忍ぶ仮の姿。実は海外の某研究機関理事長の御曹司で、内密に実験動物の日常生活での支障がないかどうかの最終試験の真っ最中なのですね?」
「あの、何を仰っているのか、全く分からないのですが……」
三好は困惑を露わに問い返した。すると彼女が感じ入ったように述べる。
「隠さなくても分かっています。この狐は、アレルギー症状を起こさないように遺伝子操作された、新時代の狐なのですね? ここまで技術が進んでいるなんて、本当に素晴らしいわ」
「…………」
それを聞いて唖然とした三人の間で、再び脳内会話が始まる。
(内容がいまひとつ分からんが、今、この女は何やら面妖な考えを口走ったのではないか?)
(のんびりそんな事を言っている場合じゃないわよね! 本当に、これどうするのよ!?)
(そうですよね。そんな事を本当だと信じて他で吹聴されたら、色々な意味で問題になりそうなのですが)
(こうなっては仕方があるまいな……)
再び久遠が嘆息する気配が伝わったと思ったら、店内に彼の声が響いた。
「そのほう。ちょっと驚かずに、我の話を聞いてくれるか?」
その声に、女性は反射的に久遠を見下ろして苦笑いする。
「え? 今、狐さんが喋ったように思えたけど。気のせいよね?」
「いや、気のせいではない。我がそなたに話しかけておる」
「………」
「まあ、驚くのも無理はないが」
顔を上げて話しかけた久遠を目の当たりにして、彼女は目を見開いて固まった。その反応は織り込み済みであり、久遠が話を続けようとする。しかしそれを、女性の甲高い歓喜の叫びが遮った。
「凄い!! この狐さん、人の言葉を話すなんて奇跡だわ! 狐とお喋りをするオウムの合成獣なのね!?」
予想の斜め上にも程があるその発想に、郁と三好は揃って突っ込みを入れた。
「どうしてそうなるんですか!? 外すにも程があるでしょう!!」
「同じ非科学的でも、どうしてそっち方向に!?」
「え? キメラでなかったら何だと仰るんですか?」
本気で困惑した顔になった彼女に、三人は力強く主張した。
「キメラではなくてお稲荷様です!」
「大して力の無い、小物の神様ですけど!」
「おい、一言も二言も余計だぞ」
そのやり取りを聞いた彼女は、半ば呆然としながら久遠を見下ろす。
「……神様?」
「そうだな」
「あの、でも、どうして神様が私の目の前にいるのでしょうか?」
「そなた、信心深い方であろう?」
「特に信心深いとは思いませんが。普通だと思います」
「それなら、そなたの『普通』とやらが、どんなものか言ってみろ」
そう促された彼女は、少し考え込んでから思うまま喋り始める。
「そうですね……、確かに実家には仏壇の上に神棚があって、家を出るまでの間、朝夕に神棚にお供えするのは私の仕事でした。お祭りやお正月の時の参拝は欠かしたことがありませんし、結婚してこちらに住むようになってからは、近くの幸彩神社に毎朝のウォーキングのついでにお参りしています。あ、その時はお財布を持っていないので、お賽銭は出せないのですが。それから町内会の婦人部で境内の清掃作業に参加したり、幸彩神社の例大祭の準備の時にお手伝いしている程度です。これくらい、普通ですよね?」
サラリと言って首を傾げた彼女に、郁は思わず感想を述べた。
「十分信心深いと思います」
「そうでしょうか?」
まだ幾分納得しかねる表情だった彼女だが、ここで話題を変えた。
「あの……、そうするとここで働けば、いつでも神様を撫で放題になるわけですか?」
如何にも期待に満ちた表情をしながら、彼女が問いを発した。それに久遠が冷静に告げる。
「いや、我はここに住みついているわけではない。期待に応えることができず、すまないな」
それを聞いた彼女は気落ちしたものの、諦めきれずに再度尋ねてくる。
「そうですか……。分かりました。でも、時々はこちらにいらっしゃいますよね?」
「気が向いたらな。それから、我の事は久遠と呼んで構わん」
「それでは今後お目にかかった時には、久遠様と呼ばせていただきます。私は筑紫久美と申しますので、お好きなようにお呼びください」
「ああ、承知した」
「それで久遠様。お目にかかった時、偶にはお体を撫でさせていただいても良いでしょうか? 勿論、それ相応のお供えをいたしますので」
「そうだな……。そうであれば、そなたの相手をしてやっても良い」
厳かな口調で久遠が告げた瞬間、久美は神妙な面持ちをかなぐり捨て、嬉々として三好に迫った。
「ありがとうございます!! マスター!! 私、ここでやっぱり働かせてください!! 退職金がありますので、こうなったらお給料は要りませんから!!」
その迫力に若干引きつつ、三好が応じる。
「あの、働いてもらうのはありがたいのですが、さすがにお給料なしということにはできません。まずはあの案内にあった時給で、始めさせて貰います。その後の勤務状況や客の入りを見て時給を見直ししていきたいと思うのですが、それでよろしいでしょうか?」
「はい! 勿論それで構いません!! お給料は全て、久遠様に供物として捧げますので!」
「あの、それもどうかと思うのですが……」
満面の笑みを浮かべた久美は、勢いよく頷いた。それを見た三好が、頭痛を堪えるような表情になる。
「これで大丈夫なのかしら……」
若干の不安を覚えながら郁は呟き、すました顔で隣に座ったままの久遠を忌々しげに見やった。
「ええと……、それはですね」
大真面目に問われた三好は答えに窮した。そんな彼に郁が囁く。
「三好さん、どうするんですか? まさか神様と言って、信じてもらえるとも思えないのですが」
「そうですよね。なんと言えば良いでしょうか……」
二人で困惑していると、女性が三好に視線を合わせながら断定口調で告げた。
「マスター。あなた、普通の方ではないのですね?」
「はい?」
「喫茶店のマスターとは、世を忍ぶ仮の姿。実は海外の某研究機関理事長の御曹司で、内密に実験動物の日常生活での支障がないかどうかの最終試験の真っ最中なのですね?」
「あの、何を仰っているのか、全く分からないのですが……」
三好は困惑を露わに問い返した。すると彼女が感じ入ったように述べる。
「隠さなくても分かっています。この狐は、アレルギー症状を起こさないように遺伝子操作された、新時代の狐なのですね? ここまで技術が進んでいるなんて、本当に素晴らしいわ」
「…………」
それを聞いて唖然とした三人の間で、再び脳内会話が始まる。
(内容がいまひとつ分からんが、今、この女は何やら面妖な考えを口走ったのではないか?)
(のんびりそんな事を言っている場合じゃないわよね! 本当に、これどうするのよ!?)
(そうですよね。そんな事を本当だと信じて他で吹聴されたら、色々な意味で問題になりそうなのですが)
(こうなっては仕方があるまいな……)
再び久遠が嘆息する気配が伝わったと思ったら、店内に彼の声が響いた。
「そのほう。ちょっと驚かずに、我の話を聞いてくれるか?」
その声に、女性は反射的に久遠を見下ろして苦笑いする。
「え? 今、狐さんが喋ったように思えたけど。気のせいよね?」
「いや、気のせいではない。我がそなたに話しかけておる」
「………」
「まあ、驚くのも無理はないが」
顔を上げて話しかけた久遠を目の当たりにして、彼女は目を見開いて固まった。その反応は織り込み済みであり、久遠が話を続けようとする。しかしそれを、女性の甲高い歓喜の叫びが遮った。
「凄い!! この狐さん、人の言葉を話すなんて奇跡だわ! 狐とお喋りをするオウムの合成獣なのね!?」
予想の斜め上にも程があるその発想に、郁と三好は揃って突っ込みを入れた。
「どうしてそうなるんですか!? 外すにも程があるでしょう!!」
「同じ非科学的でも、どうしてそっち方向に!?」
「え? キメラでなかったら何だと仰るんですか?」
本気で困惑した顔になった彼女に、三人は力強く主張した。
「キメラではなくてお稲荷様です!」
「大して力の無い、小物の神様ですけど!」
「おい、一言も二言も余計だぞ」
そのやり取りを聞いた彼女は、半ば呆然としながら久遠を見下ろす。
「……神様?」
「そうだな」
「あの、でも、どうして神様が私の目の前にいるのでしょうか?」
「そなた、信心深い方であろう?」
「特に信心深いとは思いませんが。普通だと思います」
「それなら、そなたの『普通』とやらが、どんなものか言ってみろ」
そう促された彼女は、少し考え込んでから思うまま喋り始める。
「そうですね……、確かに実家には仏壇の上に神棚があって、家を出るまでの間、朝夕に神棚にお供えするのは私の仕事でした。お祭りやお正月の時の参拝は欠かしたことがありませんし、結婚してこちらに住むようになってからは、近くの幸彩神社に毎朝のウォーキングのついでにお参りしています。あ、その時はお財布を持っていないので、お賽銭は出せないのですが。それから町内会の婦人部で境内の清掃作業に参加したり、幸彩神社の例大祭の準備の時にお手伝いしている程度です。これくらい、普通ですよね?」
サラリと言って首を傾げた彼女に、郁は思わず感想を述べた。
「十分信心深いと思います」
「そうでしょうか?」
まだ幾分納得しかねる表情だった彼女だが、ここで話題を変えた。
「あの……、そうするとここで働けば、いつでも神様を撫で放題になるわけですか?」
如何にも期待に満ちた表情をしながら、彼女が問いを発した。それに久遠が冷静に告げる。
「いや、我はここに住みついているわけではない。期待に応えることができず、すまないな」
それを聞いた彼女は気落ちしたものの、諦めきれずに再度尋ねてくる。
「そうですか……。分かりました。でも、時々はこちらにいらっしゃいますよね?」
「気が向いたらな。それから、我の事は久遠と呼んで構わん」
「それでは今後お目にかかった時には、久遠様と呼ばせていただきます。私は筑紫久美と申しますので、お好きなようにお呼びください」
「ああ、承知した」
「それで久遠様。お目にかかった時、偶にはお体を撫でさせていただいても良いでしょうか? 勿論、それ相応のお供えをいたしますので」
「そうだな……。そうであれば、そなたの相手をしてやっても良い」
厳かな口調で久遠が告げた瞬間、久美は神妙な面持ちをかなぐり捨て、嬉々として三好に迫った。
「ありがとうございます!! マスター!! 私、ここでやっぱり働かせてください!! 退職金がありますので、こうなったらお給料は要りませんから!!」
その迫力に若干引きつつ、三好が応じる。
「あの、働いてもらうのはありがたいのですが、さすがにお給料なしということにはできません。まずはあの案内にあった時給で、始めさせて貰います。その後の勤務状況や客の入りを見て時給を見直ししていきたいと思うのですが、それでよろしいでしょうか?」
「はい! 勿論それで構いません!! お給料は全て、久遠様に供物として捧げますので!」
「あの、それもどうかと思うのですが……」
満面の笑みを浮かべた久美は、勢いよく頷いた。それを見た三好が、頭痛を堪えるような表情になる。
「これで大丈夫なのかしら……」
若干の不安を覚えながら郁は呟き、すました顔で隣に座ったままの久遠を忌々しげに見やった。
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