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九月
2.親よりも長い関係
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「私、親の初めての子供で、祖父母には初孫で、もうちやほやされてお姫様状態だったのよ。それなのに二歳の時に浩一が産まれて、やれ跡取りができた、柏木は安泰だと、父と祖父が浮かれまくって、私に全然構わなくなったのよ。母は当然浩一に付きっきりだし、周囲の環境がガラッと変わって、それがストレスに繋がったのか、暫く原因不明の熱を出した位なの」
(うわ、精神的な奴ですか?)
(課長、流石に子供の頃は繊細だったんですね)
その場に居た者は、そんな余計な感想など勿論口には出さず、黙って真澄の話の聞き役に徹した。
「それでその時世話をしてくれたのが、祖母と十一歳しか離れていない叔母で、お祖母さんっ子で叔母さんっ子になっちゃったのよ。だから今でも父と祖父には、当たりが結構キツいの」
「当然ですよ!」
「そんな訳で自分から浩一に近付いたり、一緒に遊んだり世話なんか全くしなかったんだけど、浩一が歩ける様になったら時々私の後を追いかけて来る様になってね。鬱陶しくて仕方が無かったわ」
思わず合いの手を入れた美幸に苦笑いしながら真澄がそう告げると、当初の驚きが幾分収まってきた面々が不思議そうに言い出す。
「浩一課長を、毛嫌いしている課長ですか。想像出来ないんですが」
「でも今は姉弟仲は、普通に良いですよね」
「何か契機になる事があったんですか?」
その問いかけに、真澄は何かを思い返す様な表情になりながら話を再開した。
「まあね。あれは多分……、私が五歳で浩一が三歳位かしら? いつもの様に浩一が纏わりついてきて。その時は生憎、纏まった来客があって、母は勿論祖母や叔母まで対応に終われていたから、ちょっと二人で遊んでいなさいと言われたの」
「それで仲良く遊んで打ち解けて、ですか?」
「まさか。庭で遊ぼうって誘い出して、邸内に一人で戻れない様に植え込みの中に引きずり込んで、置き去りにして逃げ出したのよ。浩一は迷子になって、ビィビィ泣き始めてね」
(課長……、やっぱり鬼だ)
(自宅の庭で迷子って、どれだけだよ)
(浩一課長、小さい頃から苦労してたんだな……)
思わず揃って項垂れた男達に気が付かないまま、真澄は話を続けた。
「それで浩一が泣き出したのを聞いて、溜飲が下がって邸内に戻ろうとした所で、浩一がもの凄い悲鳴を上げたの。その後は何も聞こえてこないから流石に心配になって探してみたら、浩一の足首に全長が五十センチ位の細い蛇が巻き付いてて、その恐怖で腰を抜かしていたのよ」
「それでどうしたんですか?」
思わず興味をそそられた城崎が口を挟むと、真澄が事もなげに告げた。
「蛇の頭を掴んで浩一から引っ剥がして、地面に叩き付けて頭を足で踏みつぶしてから、植え込みの向こうに放り投げたわ」
「…………」
それを聞いた城崎は(聞くんじゃなかった……)と激しく後悔したが、他の者も同様に何とも言い難い表情で押し黙った。そんな中、真澄が話を纏めにかかる。
「それを浩一はびっくりした顔で固まって見てたけど、蛇を放り投げてから『もう大丈夫だから泣かないの。男でしょ!』と叱りつけたら、『ねぇね、だいすき~。ずっということきく~』と抱き付いてわんわん泣き出したから『しょうがないわね。じゃあちゃんと私の言うことを聞くなら守ってあげる』と言って宥めて、それから浩一が私の後ろから離れなくなったの。今思えば、あれが色々拙かったのかもしれないけど……」
(課長達の力関係が、如実に分かるエピソードだな……)
(もう刷り込みだ、刷り込み)
(浩一課長、下手したらトラウマになってるんじゃ……)
ブツブツと何やら考え込み始めた真澄から視線を逸らしつつ、その場の殆どの者は浩一に対して憐憫の情を覚えた。しかし美幸はうんうんと頷きつつ、あっけらかんと感想を述べる。
「なるほど……、じゃあ課長達が一見仲良さげに見えるのは、浩一課長がそれで課長に対する下僕意識を植え付けられちゃった結果なんですね~」
それを聞いた真澄は、反射的に顔を引き攣らせた。
「下僕……、って、あのね。確かに小さい頃はそうだったかもしれないけど、中学の頃からは交友関係も広がって私にくっ付いている事も無くなったし、自己主張とかも普通にする様になったから」
「そっ、そうですよね?」
「やっぱり性別が違うと、交友関係も違うよな」
「変な事言うなよ、藤宮!」
「はぁ~? どこが変だって言うんですか~?」
(だからお前はもう少し考えて物を言え!)
何とかフォローしようと懸命になっている周囲をよそに続く、美幸の傍若無人な発言に流石に高須が本格的に頭痛を覚え始めると、何とか気を取り直した真澄が話の流れを変えた。
「えっと……、かなり話が逸れたけど、要は兄弟姉妹って、順当に考えれば親子よりも長い時間関わり合うわけだから、私としては身近な人間が、些細な感情の行き違いで兄弟と仲違いしている状況は気になってしまうの。世の中にはもっと深刻な事が原因で、絶縁したり生き別れになったりする親兄弟だっているんだし」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものよ。それに社内恋愛をして結婚したお姉さんの結婚生活が偶々うまくいかなかったからって、社内恋愛が全く受け入れられないっていうのも、硬直した考え方だと思うわ。幾らプライベートでも、仕事並みに考え方は柔軟にしましょうね」
「はぁ……」
すこぶる真剣な表情で言い聞かせてくる真澄から何か感じ取れる物があったのか、美幸はそれ以上反論したりごねたりせず、首を捻りながらも素直に頷いた。それを見て周りが安堵の溜め息を吐く。
(流石課長……、あの藤宮を言いくるめるなんて)
(課長だからできたって事も言えるがな)
(課長が凄腕の、猛獣使いに見えてきた)
そして美幸は少し無言で考え込んでから、酔っているとは思えないしっかりとした口調で宣言した。
「分かりました。課長の仰る様に、見方を変えてみます。機会があったら差し障りが無い程度に、姉からも少し話を聞いてみようと思います」
「そう? それなら良かったわ」
真澄も自然と笑顔になったが、ここで止せば良いのに美幸が満面の笑顔で上司を褒め称える。
「でも流石課長ですよね! その懐の深さ、その見識、とても三十路の方の物とは思えません!」
「…………」
「おいっ、藤宮!」
ピシッと真澄の笑顔が固まり、それと察した高須が慌てて美幸の腕を掴んで引っ張ったが、美幸は自分なりの真澄賛辞の言葉を更に続けた。
「あ、勿論貫禄は、既に社長以上ですからっ!」
「…………ありがとう」
ニコニコと断言した美幸に、真澄が引き攣った笑みのまま礼を述べると、ここで高須が大声で美幸に迫った。
「ほら、藤宮、すっきりした所で酒飲め酒! こっちで好きなだけ飲ませてやるから!」
高須が片手で美幸の腕を引っ張りつつ、もう片方の手で日本酒の入ったグラスを差し出すと、美幸は嬉々として身を乗り出しながらそれを受け取る。
「やったー! もう烏龍茶は嫌ですからねっ!」
「もうそんなもん飲ません! さっさと酒かっくらって落ちやがれ!」
「は~い、いっただっきま~す」
元通り隅の席に移動し、黙らせる為に半ば自棄になってガンガン酒を勧める高須と、上機嫌で次々酒を飲み干していく美幸から視線を外し、城崎は微妙に空気が重くなっている隣に目を向けた。
「……課長?」
「何? 城崎さん」
静かに飲んでいた真澄がテーブルに視線を落としたまま問い返すと、城崎が言葉を選びながら先程の美幸の発言をフォローしようと試みた。
「その……、課長の見識や貫録は、確かに並みの三十代以上ですが、外見はまだまだ十分、二十代で通」
「中途半端な気遣いは無用よ、城崎さん」
「……申し訳ありません」
如何にも不機嫌そうにぶった切られた城崎は神妙に頭を下げ、それを見た周囲は、揃って溜め息を吐いた。
(ああ、珍しく城崎君まで失言を……)
(珍しいな、彼が要らん事を言うなんて)
(やっぱり最近、心労が増えていそうだな……)
そんな周囲の心配通り、城崎の受難と気苦労はこの日を境に加速度的に増大していくのだった。
(うわ、精神的な奴ですか?)
(課長、流石に子供の頃は繊細だったんですね)
その場に居た者は、そんな余計な感想など勿論口には出さず、黙って真澄の話の聞き役に徹した。
「それでその時世話をしてくれたのが、祖母と十一歳しか離れていない叔母で、お祖母さんっ子で叔母さんっ子になっちゃったのよ。だから今でも父と祖父には、当たりが結構キツいの」
「当然ですよ!」
「そんな訳で自分から浩一に近付いたり、一緒に遊んだり世話なんか全くしなかったんだけど、浩一が歩ける様になったら時々私の後を追いかけて来る様になってね。鬱陶しくて仕方が無かったわ」
思わず合いの手を入れた美幸に苦笑いしながら真澄がそう告げると、当初の驚きが幾分収まってきた面々が不思議そうに言い出す。
「浩一課長を、毛嫌いしている課長ですか。想像出来ないんですが」
「でも今は姉弟仲は、普通に良いですよね」
「何か契機になる事があったんですか?」
その問いかけに、真澄は何かを思い返す様な表情になりながら話を再開した。
「まあね。あれは多分……、私が五歳で浩一が三歳位かしら? いつもの様に浩一が纏わりついてきて。その時は生憎、纏まった来客があって、母は勿論祖母や叔母まで対応に終われていたから、ちょっと二人で遊んでいなさいと言われたの」
「それで仲良く遊んで打ち解けて、ですか?」
「まさか。庭で遊ぼうって誘い出して、邸内に一人で戻れない様に植え込みの中に引きずり込んで、置き去りにして逃げ出したのよ。浩一は迷子になって、ビィビィ泣き始めてね」
(課長……、やっぱり鬼だ)
(自宅の庭で迷子って、どれだけだよ)
(浩一課長、小さい頃から苦労してたんだな……)
思わず揃って項垂れた男達に気が付かないまま、真澄は話を続けた。
「それで浩一が泣き出したのを聞いて、溜飲が下がって邸内に戻ろうとした所で、浩一がもの凄い悲鳴を上げたの。その後は何も聞こえてこないから流石に心配になって探してみたら、浩一の足首に全長が五十センチ位の細い蛇が巻き付いてて、その恐怖で腰を抜かしていたのよ」
「それでどうしたんですか?」
思わず興味をそそられた城崎が口を挟むと、真澄が事もなげに告げた。
「蛇の頭を掴んで浩一から引っ剥がして、地面に叩き付けて頭を足で踏みつぶしてから、植え込みの向こうに放り投げたわ」
「…………」
それを聞いた城崎は(聞くんじゃなかった……)と激しく後悔したが、他の者も同様に何とも言い難い表情で押し黙った。そんな中、真澄が話を纏めにかかる。
「それを浩一はびっくりした顔で固まって見てたけど、蛇を放り投げてから『もう大丈夫だから泣かないの。男でしょ!』と叱りつけたら、『ねぇね、だいすき~。ずっということきく~』と抱き付いてわんわん泣き出したから『しょうがないわね。じゃあちゃんと私の言うことを聞くなら守ってあげる』と言って宥めて、それから浩一が私の後ろから離れなくなったの。今思えば、あれが色々拙かったのかもしれないけど……」
(課長達の力関係が、如実に分かるエピソードだな……)
(もう刷り込みだ、刷り込み)
(浩一課長、下手したらトラウマになってるんじゃ……)
ブツブツと何やら考え込み始めた真澄から視線を逸らしつつ、その場の殆どの者は浩一に対して憐憫の情を覚えた。しかし美幸はうんうんと頷きつつ、あっけらかんと感想を述べる。
「なるほど……、じゃあ課長達が一見仲良さげに見えるのは、浩一課長がそれで課長に対する下僕意識を植え付けられちゃった結果なんですね~」
それを聞いた真澄は、反射的に顔を引き攣らせた。
「下僕……、って、あのね。確かに小さい頃はそうだったかもしれないけど、中学の頃からは交友関係も広がって私にくっ付いている事も無くなったし、自己主張とかも普通にする様になったから」
「そっ、そうですよね?」
「やっぱり性別が違うと、交友関係も違うよな」
「変な事言うなよ、藤宮!」
「はぁ~? どこが変だって言うんですか~?」
(だからお前はもう少し考えて物を言え!)
何とかフォローしようと懸命になっている周囲をよそに続く、美幸の傍若無人な発言に流石に高須が本格的に頭痛を覚え始めると、何とか気を取り直した真澄が話の流れを変えた。
「えっと……、かなり話が逸れたけど、要は兄弟姉妹って、順当に考えれば親子よりも長い時間関わり合うわけだから、私としては身近な人間が、些細な感情の行き違いで兄弟と仲違いしている状況は気になってしまうの。世の中にはもっと深刻な事が原因で、絶縁したり生き別れになったりする親兄弟だっているんだし」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものよ。それに社内恋愛をして結婚したお姉さんの結婚生活が偶々うまくいかなかったからって、社内恋愛が全く受け入れられないっていうのも、硬直した考え方だと思うわ。幾らプライベートでも、仕事並みに考え方は柔軟にしましょうね」
「はぁ……」
すこぶる真剣な表情で言い聞かせてくる真澄から何か感じ取れる物があったのか、美幸はそれ以上反論したりごねたりせず、首を捻りながらも素直に頷いた。それを見て周りが安堵の溜め息を吐く。
(流石課長……、あの藤宮を言いくるめるなんて)
(課長だからできたって事も言えるがな)
(課長が凄腕の、猛獣使いに見えてきた)
そして美幸は少し無言で考え込んでから、酔っているとは思えないしっかりとした口調で宣言した。
「分かりました。課長の仰る様に、見方を変えてみます。機会があったら差し障りが無い程度に、姉からも少し話を聞いてみようと思います」
「そう? それなら良かったわ」
真澄も自然と笑顔になったが、ここで止せば良いのに美幸が満面の笑顔で上司を褒め称える。
「でも流石課長ですよね! その懐の深さ、その見識、とても三十路の方の物とは思えません!」
「…………」
「おいっ、藤宮!」
ピシッと真澄の笑顔が固まり、それと察した高須が慌てて美幸の腕を掴んで引っ張ったが、美幸は自分なりの真澄賛辞の言葉を更に続けた。
「あ、勿論貫禄は、既に社長以上ですからっ!」
「…………ありがとう」
ニコニコと断言した美幸に、真澄が引き攣った笑みのまま礼を述べると、ここで高須が大声で美幸に迫った。
「ほら、藤宮、すっきりした所で酒飲め酒! こっちで好きなだけ飲ませてやるから!」
高須が片手で美幸の腕を引っ張りつつ、もう片方の手で日本酒の入ったグラスを差し出すと、美幸は嬉々として身を乗り出しながらそれを受け取る。
「やったー! もう烏龍茶は嫌ですからねっ!」
「もうそんなもん飲ません! さっさと酒かっくらって落ちやがれ!」
「は~い、いっただっきま~す」
元通り隅の席に移動し、黙らせる為に半ば自棄になってガンガン酒を勧める高須と、上機嫌で次々酒を飲み干していく美幸から視線を外し、城崎は微妙に空気が重くなっている隣に目を向けた。
「……課長?」
「何? 城崎さん」
静かに飲んでいた真澄がテーブルに視線を落としたまま問い返すと、城崎が言葉を選びながら先程の美幸の発言をフォローしようと試みた。
「その……、課長の見識や貫録は、確かに並みの三十代以上ですが、外見はまだまだ十分、二十代で通」
「中途半端な気遣いは無用よ、城崎さん」
「……申し訳ありません」
如何にも不機嫌そうにぶった切られた城崎は神妙に頭を下げ、それを見た周囲は、揃って溜め息を吐いた。
(ああ、珍しく城崎君まで失言を……)
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