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三月
2.城崎の独白&告白
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「それで……、今更こういう事を言うのも気が引けるんだが……、実は俺が君と初めて顔を合わせたのは、入社してからじゃ無いんだ」
「え? 入社試験の時は別会場だし……、面接の為に来社した時に、お会いしていましたか?」
「いや、そうじゃなくて……、君が高一の時に顔を合わせたのが最初だ」
「高一の時? でも係長はその頃既に、柏木産業で働いていましたよね? どこかで接点が有りましたか?」
益々怪訝な顔になって首を傾げた美幸に、城崎は小さく溜め息を吐いて核心に触れた。
「学校からの帰り道、盗撮犯と遭遇して追いかけて、そこで課長が助けただろう?」
「はい、そうですけど」
「当時、同じ職場の先輩だった課長に同行して、俺もその場に居合わせたんだ」
「…………はい?」
言われた意味が咄嗟に理解できず、美幸は真顔で問い返した。その反応を予め予想していた城崎は、気を悪くする事無く冷静に補足説明をする。
「課長の指示で駅員を呼びに行ったから、課長が華々しく盗撮犯をぶちのめした所は目にしていないんだが。一応駅員を連れて戻って来てから、君に軽く挨拶もしたし」
「えっと……、あの、その節はどうも……」
かなり間抜けな顔で殆ど無意識に礼を述べた美幸を、城崎は困った様な表情で宥めた。
「ああ、いいから。俺の事は眼中に無かったのは分かってるし。課長にも余計な事は言わない様に、お願いしておいたから」
「……重ね重ね、申し訳ありません」
(ううう嘘っ!? なんで? どうして? こんな如何にも隠密行動に不向きな、存在感の有り過ぎる人を見逃すわけ!? 確かに課長の勇姿に感動してたけど、有りえないでしょうがっ!!)
軽く頭を下げた状態で、美幸は自分自身を心の中で叱り付けた。しかし城崎の言葉で弾かれた様に頭を上げる。
「それで、実はその時に、俺は君に一目惚れして」
「は?」
「ただ、常識的に考えて、かなり年下の女子高生の所在を調べてどうこうしようとまでは考えなかったから、それきりになってたんだが」
「そっ、そうですよね。係長、どこからどうみても常識的な方ですし」
(ちょ、ちょっと待って。なんか今、サラッと重大な事を言われた気がするんだけど)
反射的に顔を上げ、愛想笑いを浮かべながら美幸は混乱する頭の中を必死に纏めようとしたが、狼狽しまくっている美幸には構わず、城崎は冷静に話を続けた。
「それで二課に配属になった時に、一目で君があの時の子だと分かったんだが、俺の事は微塵も記憶に無かったみたいだし、加えて課長に心酔してて迂闊に声をかける気分になれなかったし。一応職場の直属の上司と部下の関係だから、下手に交際を申し込んでも仕事一直線の君からしたら迷惑千万で、ひょっとしたらセクハラパワハラモラハラ規定に抵触するんじゃないかと、色々考え始めたらキリが無くて」
「は、はぁ……、なるほど。言われてみればそうかもしれませんね……」
(そうか、社内恋愛ってそういう問題が発生する場合もあるんだ……、係長って人知れず結構悩みが多い……って、問題はそこじゃなくてねっ!!)
しみじみと納得しかけて、思わず自分自身に美幸が突っ込みを入れていると、城崎が盛大に溜め息を吐いてから心情を吐露した。
「加えて、君が入ってから、大小含めて実に色々な事が有り過ぎて。それにまさか白鳥先輩が君の義兄になっていたなんて……。落ち着いて現状をどう打破しようかと考える心のゆとりが、正直この一年近く無かったんだ」
「……ご苦労様です」
(何か物凄く、係長に心理的負担を与えてきた罪悪感がひしひしと……。流石に全部が全部、私のせいじゃないとは思うけど。なんか課長のご主人に加えて、秀明お義兄さんまで係長のトラウマっぽいけど、どうしてなの?)
混乱に拍車がかかった美幸に向かって、城崎が更にとどめを刺した。
「それで、取り敢えず、俺が君の事を以前から好きな事だけは言っておこうかと」
「えっと……」
「ああ、でも付き合ってくれどうこうは、まだ言うつもりは無いし」
「はい?」
相手の言っている内容が理解できなかった美幸は固まったが、城崎は真顔で確認を入れてきた。
「まだ仕事が楽しくて仕方が無い時期だろうし、正直まだ恋愛云々をまともに考えるつもりは無いだろう?」
「確かにそうですが……」
「だから、ここで無理強いしたりして、君が職場で変に意識して、居づらくなったりするのは避けたいから。君は立派な二課の戦力だし」
「ありがとうございます」
その評価は素直に嬉しかった為頭を下げた美幸に、城崎は軽く笑いながら話を締めくくった。
「そういうわけで、俺との事をまともに考えてくれる状況や心境になったらしいと判断したら、その時は改めて口説く事にするから。一応それだけ覚えておいてくれたら嬉しい」
「はぁ、分かりました」
「じゃあ、俺の話はこれで終了。だから明日以降も、今まで通り接してくれて構わないから。食べるのを中断させて悪かった。どんどん食べてくれ」
「そうさせて貰います」
そうして上機嫌に色々話しかけてくる城崎に殆ど無意識に言葉を返しつつ、美幸はパフェを完食し、レモンティーも飲み干した。その頃には既に城崎は食べ終えており、二人揃って立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
「はい……、どうも御馳走様でした……」
そして支払いを終えた城崎が美幸を促して外へ出てから、あっさりと別れの言葉を口にして立ち去って行った。
(えっと……、私、所謂告白をされたとか? いやいや、そうじゃないでしょ。普通世間一般の告白って場合、『好きです、付き合って下さい』って言われて『宜しくお願いします』か『お断りします』とかのやり取りが有る筈で、今回は何か一方的に言われただけだし。『時期が来たら改めて口説く』って。意味分からないし、何、この言い逃げ状態!?)
茫然自失状態のまま城崎の背中を見送った美幸に、店から慌てて出てきた隆が顔色を変えてながら声をかけた。
「おい、藤宮! お前城崎さんと、何話してたんだよ!? まさか付き合ってくれとか何とか、交際を申し込まれてたとかじゃ無いよな!?」
どう考えても自分を尾行していただろうと分かるタイミングでの隆の登場だったが、美幸はそんな事には気にも留めないまま、殆ど無意識に言い返した。
「交際の申し込み? 申し込まれてはいないわよ……、うん、そう言う事はね」
「じゃあ、一体何を話してたんだよ? 何だか随分驚いてたみたいだったし」
「昔の、ちょっとした話……。だけど、私……、人の顔を覚える事に関しては、結構自信があったのに……」
道路の向こうを見据えながら淡々とそんな事を口にした美幸に、隆は怪訝に思いながらも同意する。
「あ、ああ、そうだよな。お前、百人から居る同期全員、初顔合わせの翌日には覚えていたみたいだし」
「何で綺麗さっぱり、視界と記憶から排除……、なんかもの凄いショック……。しかも何で一人だけすっきりした顔で、爽やかに帰っちゃうかな?」
ブツブツと美幸が小声で呟いている内容が良く分からないまでも、どうやら城崎とは単に奢って貰っただけらしいと判断した隆は密かに安堵しつつ、この機会を逃してたまるかと早速誘いの言葉を口にした。
「何だか良く分からないが……、あっさり別れていったし、本当に単にお返しに奢って貰っただけなんだよな。なあ、藤宮、これから俺とどこか行かないか? 夕飯も奢るし」
「帰る」
「え?」
ボソッと短く断られて、隆が思わず俯いていた美幸の顔を覗き込むと、美幸は勢い良く顔を上げて叫ぶように宣言した。
「頭冷やしながら帰るわ。それじゃあねっ!!」
そう叫ぶやいなや、美幸は「あ、ちょっと待て! 藤宮!?」と慌てて引き止めようとした隆には目もくれず、もの凄い勢いで歩道を駆け出した。そして地下鉄二駅分、プラス店舗と自宅、それぞれの最寄り駅への道のりを一気に走破した美幸は、玄関を上がって息を切らせてへたり込んだ所で、呆れ気味の長姉夫婦の出迎えを受けた。
「……美幸? 『係長とちょっとお茶して来る』と言って出掛けたのに、どうして全力疾走して帰って来るわけ?」
「まさかとは思うが、白昼堂々帰り道で城崎が送り狼にでもなって、逃げて来たのかい? この家に俺が居て、美幸ちゃんに下手なちょっかい出そうと考える程、命知らずな奴だとは思わなかったが」
「そうじゃ、無く……、それなら、即座に……、お断り、してる、し……」
上がり口でうずくまったまま切れ切れに否定してくる美幸に、秀明が益々怪訝な顔をする。
「それじゃあ、どうしたんだい?」
「お断り、する以前……、ちょっと、……頭、冷やそう、と、思っ……」
「それで頭は冷えたの?」
不思議そうに問い掛けた美子に、美幸は呻き声を上げた。
「余計……、訳が、分からなくなった……、かも」
「でしょうねぇ……」
「大丈夫かい? 美幸ちゃん」
「……多分」
怪訝な顔で自分を見下ろして互いの顔を見合わせた姉夫婦に、美幸は言葉少なに応じた。
そうして一晩色々考えた末、気合いを入れて出社した美幸を待っていたのは、昨日の二人で話した時の動揺など微塵も感じさせず、普段と全く変わらない様子で早々と仕事をしている城崎だった。
「おはよう、藤宮さん。今日も宜しく」
「……おはようございます」
自席で書類を捌きながら淡々と挨拶してきた城崎に、美幸の顔が傍目には分からない程度に引き攣る。
(だから! 人を動揺させるだけさせておいて、どうして自分だけ何事も無かったかの様に、朝早くから清々しく仕事をしてるんですか!?)
そう言って怒鳴りたかったのは山々だったが、前日の色々切羽詰まった様子の城崎の姿を思い返した美幸は、辛うじて押し黙った。
そんな波乱含みの美幸の入社二年目の春は、もうすぐそこまで来ていた。
「え? 入社試験の時は別会場だし……、面接の為に来社した時に、お会いしていましたか?」
「いや、そうじゃなくて……、君が高一の時に顔を合わせたのが最初だ」
「高一の時? でも係長はその頃既に、柏木産業で働いていましたよね? どこかで接点が有りましたか?」
益々怪訝な顔になって首を傾げた美幸に、城崎は小さく溜め息を吐いて核心に触れた。
「学校からの帰り道、盗撮犯と遭遇して追いかけて、そこで課長が助けただろう?」
「はい、そうですけど」
「当時、同じ職場の先輩だった課長に同行して、俺もその場に居合わせたんだ」
「…………はい?」
言われた意味が咄嗟に理解できず、美幸は真顔で問い返した。その反応を予め予想していた城崎は、気を悪くする事無く冷静に補足説明をする。
「課長の指示で駅員を呼びに行ったから、課長が華々しく盗撮犯をぶちのめした所は目にしていないんだが。一応駅員を連れて戻って来てから、君に軽く挨拶もしたし」
「えっと……、あの、その節はどうも……」
かなり間抜けな顔で殆ど無意識に礼を述べた美幸を、城崎は困った様な表情で宥めた。
「ああ、いいから。俺の事は眼中に無かったのは分かってるし。課長にも余計な事は言わない様に、お願いしておいたから」
「……重ね重ね、申し訳ありません」
(ううう嘘っ!? なんで? どうして? こんな如何にも隠密行動に不向きな、存在感の有り過ぎる人を見逃すわけ!? 確かに課長の勇姿に感動してたけど、有りえないでしょうがっ!!)
軽く頭を下げた状態で、美幸は自分自身を心の中で叱り付けた。しかし城崎の言葉で弾かれた様に頭を上げる。
「それで、実はその時に、俺は君に一目惚れして」
「は?」
「ただ、常識的に考えて、かなり年下の女子高生の所在を調べてどうこうしようとまでは考えなかったから、それきりになってたんだが」
「そっ、そうですよね。係長、どこからどうみても常識的な方ですし」
(ちょ、ちょっと待って。なんか今、サラッと重大な事を言われた気がするんだけど)
反射的に顔を上げ、愛想笑いを浮かべながら美幸は混乱する頭の中を必死に纏めようとしたが、狼狽しまくっている美幸には構わず、城崎は冷静に話を続けた。
「それで二課に配属になった時に、一目で君があの時の子だと分かったんだが、俺の事は微塵も記憶に無かったみたいだし、加えて課長に心酔してて迂闊に声をかける気分になれなかったし。一応職場の直属の上司と部下の関係だから、下手に交際を申し込んでも仕事一直線の君からしたら迷惑千万で、ひょっとしたらセクハラパワハラモラハラ規定に抵触するんじゃないかと、色々考え始めたらキリが無くて」
「は、はぁ……、なるほど。言われてみればそうかもしれませんね……」
(そうか、社内恋愛ってそういう問題が発生する場合もあるんだ……、係長って人知れず結構悩みが多い……って、問題はそこじゃなくてねっ!!)
しみじみと納得しかけて、思わず自分自身に美幸が突っ込みを入れていると、城崎が盛大に溜め息を吐いてから心情を吐露した。
「加えて、君が入ってから、大小含めて実に色々な事が有り過ぎて。それにまさか白鳥先輩が君の義兄になっていたなんて……。落ち着いて現状をどう打破しようかと考える心のゆとりが、正直この一年近く無かったんだ」
「……ご苦労様です」
(何か物凄く、係長に心理的負担を与えてきた罪悪感がひしひしと……。流石に全部が全部、私のせいじゃないとは思うけど。なんか課長のご主人に加えて、秀明お義兄さんまで係長のトラウマっぽいけど、どうしてなの?)
混乱に拍車がかかった美幸に向かって、城崎が更にとどめを刺した。
「それで、取り敢えず、俺が君の事を以前から好きな事だけは言っておこうかと」
「えっと……」
「ああ、でも付き合ってくれどうこうは、まだ言うつもりは無いし」
「はい?」
相手の言っている内容が理解できなかった美幸は固まったが、城崎は真顔で確認を入れてきた。
「まだ仕事が楽しくて仕方が無い時期だろうし、正直まだ恋愛云々をまともに考えるつもりは無いだろう?」
「確かにそうですが……」
「だから、ここで無理強いしたりして、君が職場で変に意識して、居づらくなったりするのは避けたいから。君は立派な二課の戦力だし」
「ありがとうございます」
その評価は素直に嬉しかった為頭を下げた美幸に、城崎は軽く笑いながら話を締めくくった。
「そういうわけで、俺との事をまともに考えてくれる状況や心境になったらしいと判断したら、その時は改めて口説く事にするから。一応それだけ覚えておいてくれたら嬉しい」
「はぁ、分かりました」
「じゃあ、俺の話はこれで終了。だから明日以降も、今まで通り接してくれて構わないから。食べるのを中断させて悪かった。どんどん食べてくれ」
「そうさせて貰います」
そうして上機嫌に色々話しかけてくる城崎に殆ど無意識に言葉を返しつつ、美幸はパフェを完食し、レモンティーも飲み干した。その頃には既に城崎は食べ終えており、二人揃って立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
「はい……、どうも御馳走様でした……」
そして支払いを終えた城崎が美幸を促して外へ出てから、あっさりと別れの言葉を口にして立ち去って行った。
(えっと……、私、所謂告白をされたとか? いやいや、そうじゃないでしょ。普通世間一般の告白って場合、『好きです、付き合って下さい』って言われて『宜しくお願いします』か『お断りします』とかのやり取りが有る筈で、今回は何か一方的に言われただけだし。『時期が来たら改めて口説く』って。意味分からないし、何、この言い逃げ状態!?)
茫然自失状態のまま城崎の背中を見送った美幸に、店から慌てて出てきた隆が顔色を変えてながら声をかけた。
「おい、藤宮! お前城崎さんと、何話してたんだよ!? まさか付き合ってくれとか何とか、交際を申し込まれてたとかじゃ無いよな!?」
どう考えても自分を尾行していただろうと分かるタイミングでの隆の登場だったが、美幸はそんな事には気にも留めないまま、殆ど無意識に言い返した。
「交際の申し込み? 申し込まれてはいないわよ……、うん、そう言う事はね」
「じゃあ、一体何を話してたんだよ? 何だか随分驚いてたみたいだったし」
「昔の、ちょっとした話……。だけど、私……、人の顔を覚える事に関しては、結構自信があったのに……」
道路の向こうを見据えながら淡々とそんな事を口にした美幸に、隆は怪訝に思いながらも同意する。
「あ、ああ、そうだよな。お前、百人から居る同期全員、初顔合わせの翌日には覚えていたみたいだし」
「何で綺麗さっぱり、視界と記憶から排除……、なんかもの凄いショック……。しかも何で一人だけすっきりした顔で、爽やかに帰っちゃうかな?」
ブツブツと美幸が小声で呟いている内容が良く分からないまでも、どうやら城崎とは単に奢って貰っただけらしいと判断した隆は密かに安堵しつつ、この機会を逃してたまるかと早速誘いの言葉を口にした。
「何だか良く分からないが……、あっさり別れていったし、本当に単にお返しに奢って貰っただけなんだよな。なあ、藤宮、これから俺とどこか行かないか? 夕飯も奢るし」
「帰る」
「え?」
ボソッと短く断られて、隆が思わず俯いていた美幸の顔を覗き込むと、美幸は勢い良く顔を上げて叫ぶように宣言した。
「頭冷やしながら帰るわ。それじゃあねっ!!」
そう叫ぶやいなや、美幸は「あ、ちょっと待て! 藤宮!?」と慌てて引き止めようとした隆には目もくれず、もの凄い勢いで歩道を駆け出した。そして地下鉄二駅分、プラス店舗と自宅、それぞれの最寄り駅への道のりを一気に走破した美幸は、玄関を上がって息を切らせてへたり込んだ所で、呆れ気味の長姉夫婦の出迎えを受けた。
「……美幸? 『係長とちょっとお茶して来る』と言って出掛けたのに、どうして全力疾走して帰って来るわけ?」
「まさかとは思うが、白昼堂々帰り道で城崎が送り狼にでもなって、逃げて来たのかい? この家に俺が居て、美幸ちゃんに下手なちょっかい出そうと考える程、命知らずな奴だとは思わなかったが」
「そうじゃ、無く……、それなら、即座に……、お断り、してる、し……」
上がり口でうずくまったまま切れ切れに否定してくる美幸に、秀明が益々怪訝な顔をする。
「それじゃあ、どうしたんだい?」
「お断り、する以前……、ちょっと、……頭、冷やそう、と、思っ……」
「それで頭は冷えたの?」
不思議そうに問い掛けた美子に、美幸は呻き声を上げた。
「余計……、訳が、分からなくなった……、かも」
「でしょうねぇ……」
「大丈夫かい? 美幸ちゃん」
「……多分」
怪訝な顔で自分を見下ろして互いの顔を見合わせた姉夫婦に、美幸は言葉少なに応じた。
そうして一晩色々考えた末、気合いを入れて出社した美幸を待っていたのは、昨日の二人で話した時の動揺など微塵も感じさせず、普段と全く変わらない様子で早々と仕事をしている城崎だった。
「おはよう、藤宮さん。今日も宜しく」
「……おはようございます」
自席で書類を捌きながら淡々と挨拶してきた城崎に、美幸の顔が傍目には分からない程度に引き攣る。
(だから! 人を動揺させるだけさせておいて、どうして自分だけ何事も無かったかの様に、朝早くから清々しく仕事をしてるんですか!?)
そう言って怒鳴りたかったのは山々だったが、前日の色々切羽詰まった様子の城崎の姿を思い返した美幸は、辛うじて押し黙った。
そんな波乱含みの美幸の入社二年目の春は、もうすぐそこまで来ていた。
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