猫、時々姫君

篠原 皐月

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第1章 黒猫の秘密

2.感動(?)の出会い

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 その後、自身の愛馬に乗って駆けて来たレオンと共に、ジェリドは問題の森へと向かったが、その道すがら語られた内容に、流石に言葉を失った。

「それは……、ラウール王子失踪事件の真相が、そんな事だったとは……。父からはそんな事、一言も聞いた事はありませんでした」
「本当に、妻子にまで頑として漏らさないとは、忠臣の鏡だよなぁ……」
 半ば皮肉を込めてレオンが応じると、ジェリドが真剣な表情で確認を入れる。

「この事を、まず陛下に報告しなくても良いでしょうか?」
「はっきりする前に、不確かな情報で王宮内を騒がせたくない。まず俺達で確認しよう」
「分かりました。……ああ、そろそろ第一の防壁です。少々お待ち下さい」

 いつの間にか森の中に入り込んでいた二人だったが、唐突にジェリドが注意を促して馬を止めた。それに倣ってレオンも止めると、ジェリドの口から静かに呪文が流れ出る。

「ルーヴェ・シュー・ロイン」
 そしてレオンには全く変化が分からなかったが、ジェリドが進む様に促してきた。

「殿下、進んで下さい。一時的に術者に分からない様に、防壁を解除してあります」
「そうなのか? 分かった」
 レオンとしては全く分からなかったが、ジェリドを信じて進むしかなく、その後も同じ事を二回繰り返して森の奥へと進んで行った。

 そして夜空に真円の月が二つ上って来た頃、家の前にピクニックでもするかの様に大きな布を広げておいたエリーシアは、それとは別な布の塊を抱え、黒猫を引き連れて再び家の外に出て来た。その為彼女は足元を見下ろし、今は唯一の家族であるその猫に声をかける。

「さて、着替えも持ってきたし、準備はできたわ。そろそろ木の上から月が見えてくる頃だから、首輪を外すわよ?」
「ええ、お願い」
 とことこと歩いて来た黒猫が布の上で立ち止ると、エリーシアはその前で座り込み、抱えてきた布をその横に置く。そして手を伸ばし、猫の首に付けられていた革製の首輪に通している紐の結び目を解き、それを外した。

「さて、準備完了。どうかしら?」
 エリーシアが一歩下がって黒猫の様子を見守ると、さほど時間を要さずに周囲を囲んでいる木の上から少しずつ姿を現した薄ピンクの月と薄水色の月の光が、その猫の全身に当たり始める。
 最初は微塵も変化が見えなかった黒猫だったが、百も数えないうちにその周囲で薄く明滅する光が発生し始め、二百を数える頃にははっきりとした光の膜で、その全身が包まれた。更に目を開けて凝視するのが困難な程の光がその猫を中心として発生し、思わずエリーシアがいつもの様に両目を手で覆う。しかしそれも長くは続かず、徐々に光量が減っていくと同時に、月光のみが夜空から降り注いでいる状態に戻った。

「よし、今回も無事解除、と。じゃあシェリル、着替えててね。私こっちに夕飯を持ってくるから」
「分かったわ。揃えるのは私がするわね」
 傍らに置いておいた衣類を持ち上げたエリーシアは、それを今まで猫が居た空間に座り込んでいる、全裸の少女の身体にふわりと着せかけた。その長い癖の無い黒髪で、彼女の体は結構隠されていたが、やはり何回変身しても裸で出現する事になる気まずさには慣れないらしく、幾分恥ずかしそうに琥珀色の瞳を伏せながら服に袖を通して義姉の言葉に応じる。そこまではこれまでの合月の夜と全く変わらない流れだったが、ここで二人にとって全く予期せぬ事態が生じた。

「姉上!! ご無事で何よりでした! この日を迎える事が出来て、私は嬉しいです! さあ、私が王宮にお連れします。一緒に本来在るべき場所に帰りましょう!!」
「え?」
「は?」
 実は二人が家から出て来てからの一部始終を、レオンはジェリドが『無理に突破できない』と言っていた最後の結界の外側で、彼と共に物音一つ立てずに固唾を飲んで見守っていたのだが、ここでとうとう感極まった様子で木立の陰から勢い良く飛び出し、歓喜の叫びを上げたのだった。
 しかし当然、ここの住人である二人は、予想外の乱入者に驚いて揃って固まった。流石にこの状態を放置できないと、レオンの横で同様に経過を見守っていたジェリドも飛び出す。そして何故自分より魔力が劣り、魔術の技量も保持していないレオンに結界が突破できたのか分からないまま、彼が飛び出した跡の歪んだ結界の裂け目からかなり強引に中に侵入し、レオンを羽交い絞めにして必死に押し留めた。

「ちょっと待って下さい、殿下! いきなり飛び出すのは止めて下さい!! これだとお二人から見たら、どこからどう見ても不審者ですよ!?」
「今まで散々覗き見をしていたお前に、そんな事を言われる筋合いは無いぞ、ジェリド! 姉弟の感動の再会の場面を邪魔するな! 事情はここに来るまでに、きちんと説明しただろうが!」
「そう言われましても、間違い無く姫君達の方は全く事情が分かっておられないんですよ? 物事を円滑に進めるには、適正な順序と最低限の礼儀という物がどうしても必要なんです!」
「……っ、きゃあぁぁっ!! エリー! 知らない変な人が二人もっ!!」
 男二人でそんな不毛なやり取りをしている間に、漸く思考能力が戻ったシェリルは、これから着ようとしていた服を胸の前で抱え込みながら、絹を裂く様な悲鳴を上げた。それを耳にしたエリーシアも瞬時に顔付きを険しくさせ、無言のまま右手を振り上げる。対する男二人は、その悲鳴に動揺した様に弁解してきた。

「姉上! 俺は不審人物などでは! これから事情をご説明」
「全然説得力がありません! 申し訳ありません、実はこの方は」
 しかしそんな弁解の台詞を、エリーシアが問答無用でぶった切る。

「うっさい! ざけんじゃないわよ、この変態野郎ども!! 女所帯だと思って甘く見るなっ!! リュー・レント・ミュルス・ド・グウェリィン!!」
「おい、ちょっと待て! ぐわぁぁぁぁっ!!」
「危ない、殿下!! ぐはっ!!」
 彼女が流れる様に呪文を詠唱しつつ、彼等に向かって手を振り下ろすと同時にどこからともなく突風が湧き起こり、二人は勢い良く空中に跳ね上げられた。更に渦巻きと共に、森の向こうに彼らが綺麗な弧を描いて飛んで行くのが、シェリルには見えた。

「エ、エリー……」
 流石に(やり過ぎなんじゃない?)と思いつつ声をかけたが、エリーシアはそんな事には頓着せず、険しい顔付きのままテキパキと後片付けを始める。

「シェリル、今日はもう中に入りましょう。こんな不審者がうろうろしてるなんて、危な過ぎて駄目だわ。今夜中に結界をもっと強固にしておくから。だけどこの辺も、随分物騒になったわね」
「……ええ」
 そこでシェリルは自分の首輪や服を拾い、靴を履いて家の中に駆け込んだ。そして月光が身体に届かなくなった途端、その体は淡い光と共に元の黒猫の姿に戻る。それに多少落胆しつつ衣類の下から抜け出した彼女は、地面に広げていた布を畳んでいるエリーシアと、先程派手に飛んで行った男二人について考えを巡らせた。

(あの人達……、随分派手に飛んで行ったけど、大丈夫かしら? 咄嗟に防御魔法を張り巡らせた様にも見えたけど、エリーの魔力は相当あるって、死んだお義父さんも言ってたし……、でも『姉上』って何? ひょっとして、本当に私の家族が存在しているの?)
 ほんの少しの期待とかなりの不安を抱えつつ、その日シェリルは眠りについた。

「全く! 考え無しに飛び出すなど、呆れて物も言えんわ、このど阿呆がっ!!」
「……すまん」
 その一方でしっかりレオンを庇いつつ、魔術で安全に着地したジェリドは、王太子に対する敬意などかなぐり捨てて、レオンを罵倒していた。全く弁解の出来ないレオンが項垂れる中、ひとしきり文句を言ってから、ジェリドがこれからすべき事を口にする。

「とにかく……、これから急いで王宮に戻って、叔父上と親父と魔術師長に報告するぞ。その際に恐らく姫君の心証を悪くした事に対して叱責を受けるだろうが、俺は一切庇うつもりはないからな」
「分かった」
 容赦のない従兄の言葉に反論する気力も無く、ジェリドが魔術を使って呼び寄せた愛馬に再び跨り、レオンは急いで王宮に駆け戻った。
 その日を境に森の中の彼女達の変わり映えしない平穏無事な日常は、大きく音を立てて崩れていく事になった。
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