猫、時々姫君

篠原 皐月

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第1章 黒猫の秘密

8.後始末

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「陛下! 大丈夫ですか!?」
「宰相殿、この部屋の有様は何事ですか!?」
「魔術師長! 三重の防御壁が破られました!」
「どうして、こんな事が起きるんですか!? あれは複数人で、定期的に補修をしているのに!」
「隣国の刺客からの奇襲かもしれません、至急対策を!!」
 人払いをしていた為、エリーシア達が姿を消してから警備の近衛兵達が駆け込んで来て騒ぎだし、同様にクラウス配下の魔術師達も狼狽して部屋に駆け込んできた。途端に喧騒に包まれたその部屋に、クラウスの怒声が響き渡る。

「見苦しく狼狽えるな!! 陛下がご無事なのは、見れば分かるだろうが! 第一、お前達。さっきは内側から防護壁が破られたんだ。それ位、感知できなくてどうする!!」
 それを耳にした面々は、揃って当惑した表情になった。

「え?」
「そうしますと……、外部からの攻撃では無い?」
「当たり前だ。解除した人物も、危険性は無いのは判明している。直ちに防御術式を構築し直したまえ」
「畏まりました。おい、行くぞ!」
 クラウスが強い口調で指示を出すと、彼の部下達は弾かれた様に再び部屋の外に駆け出して行った。そして近衛兵に手を貸して貰って立ち上がった国王達を横目で見ながら、ひとりごちる。

「やれやれ。アーデンの養い子は、父親以上の凄腕だったらしい。以前から折に触れ、もしかしたらと思っていたが」
 その自嘲気味の呟きに、消沈した様子のランセルが声をかける。
「クラウス……」
 感動の再会になる筈だった場が、散々な結果に終わってしまった主君に対する、慰めの言葉が咄嗟に出てこなかったクラウスは、努めて事務的に今後の方針について語った。

「取り敢えず防御壁の補修を済ませてから、彼女に連絡を取って取り成してみます。……そう簡単に怒りが収まるとも思えませんが」
「宜しく頼む」
 そこで流石にランセルが不憫になり、できるだけ明るい口調で言ってみる。

「まあ今回は、姫君の消息が分かっただけで良しとしましょうか。それから即刻《黒猫保護令》は廃止の通達を出して、城内にこれまでに犠牲になった猫達の為の慰霊碑を建てましょう。確かに配慮が欠けていましたね」
「……そうだな。今からタウロン、早速手続きを頼む」
「分かりました。執務室へ参りましょうか、陛下」
 そうして頭を下げてから、タウロンと近衛兵達に囲まれて項垂れて歩き去っていったランセルを見送ってから、クラウスは傍らのレオンに問いかけた。

「陛下は大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな……」
 そこで沈鬱な顔を見合わせた二人だったが、そこで更に気分を重くする使いの者がやって来た。
「失礼します。先程の騒ぎが後宮まで届いてしまったらしく、何事かと王妃様からの問い合わせが来ておりますが……」
 そう言って困惑した顔を見せた近衛兵に、二人は溜め息を吐いてから、役割分担を確認しあった。

「そちらはお任せして宜しいでしょうか?」
「魔術師長は防御壁再構築の作業が最優先だ。俺が説明するしかあるまい。今から行って来る」
「宜しくお願いします」
 それから気乗りしないまま出向いた王妃の私室で、レオンは敬愛する王妃と、実母である第二側妃のレイナを前にして、非常に居心地の悪い思いをする羽目になった。

「なるほど、レオン殿、良く分かりました。その姫君の姉代わりのエリーシア殿は、度重なる王宮側の不手際と無神経さに大層ご立腹され、実力行使で防御壁を突破してご自宅へお戻りになられた、と」
「……そういう事になります」
 包み隠さず一連の騒動を語って聞かせたレオンは、一言の弁解も出来ずに頭を下げた。それに対し王妃であるミレーヌは小さく溜め息を吐いただけだったが、その横で途中から涙ぐみながら話を聞いていたレイナが、息子に向かって盛大に非難の声を上げる。

「あ、あんまりです! アルメラ様の産んだ王子が実は姫で、それを隠す為に外へ出されて以後消息不明とは、後から密かに聞かされていましたが、魔法で猫に姿を変えられていた事までは知りませんでした。姫に何て屈辱とご不自由さを与えていたんでしょう。非道過ぎます!!」
「レイナ、落ち着いて下さい。それは勿論そうですが、彼女を探す為に猫を集めるまでは良いとして、その猫達を悉く処分されていたとは……。これまで表向きの話には極力係わらない様にしていましたが、それを知っていれば一言陛下にご意見申し上げました」
「誠に、面目次第もございません」
 側妃を宥めつつも、王妃としての威厳を醸し出しつつチクリと嫌味を口にしたミレーヌに、レオンは更に身の置き所が無い風情で再び頭を下げた。しかし彼女の追及は更に続く。

「お話を聞く限り、姫君は猫の姿での暮らしが殆どで、猫には相当な親近感をお持ちの筈。そんな存在が大量に殺されていた場所など、考えるのも恐ろしいに決まっています。それまで包み隠さず話してしまうとは、あまりにも配慮に欠けた物言いだとは思いませんか?」
「いえ、それは私達が教えたのではなく、エリーシア殿が推測を口にした結果で」
「レオン殿? 私は弁解を聞く為に、あなたにご足労願った訳では無いのですが」
「……申し訳ありません」
 思わず顔を上げて弁解しようと口を開いたレオンだったが、ミレーヌは鋭くその台詞を遮った。そして苛立たしげに、手にしていた扇を左手の掌に軽く打ち付けながら呟く。

「それに加えて、姫君の名前を考えるのを忘れていたなど、陛下の迂闊さにも程があります。十七年前にアルメラの口車に乗って、そちらに入り浸っていた時にも、よほど絞めてやろうかと思っていましたが……」
 常には聞かれない、低く、如何にも怨念が籠った様なその声音に、レオンは僅かに顔を引き攣らせた。

「……王妃様?」
「あら、何でもありませんわ。……とにかく、姫君の所在が分かった以上、放置するわけにはいきませんね」
 レオンが恐々と呼びかけた瞬間、正気を取り戻していつもの穏やかな笑みを湛えたミレーヌは、隣に座るレイナに顔を向けて依頼した。

「それではレイナ。あなたにこれから姫君が後宮で滞在する部屋の準備や、必要な物の手配をお願いして構わないかしら? 私は宰相や女官長達と相談して、姫君を迎え入れるに当たっての待遇や人員の手配などを考えますから」
「はい、お任せ下さい! 心を込めて、準備万端整えさせて頂きますわ!」
「宜しくお願いします」
 力強く請け負ったレイナに、普段から彼女と良好な関係を築いているミレーヌは静かに微笑んだ。しかしここでレオンが、申し訳なさそうに口を挟む。

「あの……、でも王妃様。エリーシア殿の怒りがそうそう簡単に静まるとは」
「私にも思えません。下手したら長期戦になりそうですが、話を聞く限り彼女はなかなか優秀な魔術師の様ですし、義妹思いの女性らしいので何とかなるでしょう。私が説得してみます」
「はぁ……、宜しくお願いします」
 本音を言えば(どうして魔術師だと何とかなるんだ?)と疑問に思ったレオンだったが、何やら自信ありげな王妃を目の前にして、余計な口出しはしない事に決めた。
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