蒼き魔装《ティタニス》の侍女騎士 〜メイドですがお嬢様を守るためにロボに乗ります〜

阿澄飛鳥

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第1話 侍女とお嬢様

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 今、ウィナは夢ではない何かをみていた。

 城のように高い建物がいくつも並び、箱のような乗り物が行き交い、見慣れない服装の雑踏が流れる。動く絵画があちこちに張られ、聞き慣れない音が響く。そんな風景を自分は見ていた。

 実際に見たのならば物珍しさに胸を高鳴らせる光景だろうというのに、そこにウィナの情緒は一切存在しない。

 大昔、【レゼの水祭】と呼ばれる大洪水があった。戦いで汚れてしまった世界を救うために、神様が世界を水で洗い流したことがあるらしい。
 そうやって世界を浄化した時に人々の記憶が水と共に流されてしまったそうだ。

 だが、稀に流れ切らなかった記憶の残滓が、生まれてくる赤子の魂に宿り、己が物ではない思い出を眠りの中で見せる。

 賢人はこうも言っていた。きっとそこには意味があると。夢が占いや予知と結び付けられるのだから、その記憶にもそんな何かがあるのだと。


 ――その方が浪漫があって、素敵だとは思いませんか?


 ちょっとお茶目な賢人がそう言って優しく笑ったのを覚えている。

 ウィナはそう言われて、確かに素敵だと思った。だからこんな記憶でも、自分の一部だと愛することができる。

 身体も存在しない闇の中で自分を受け入れるように心を抱く。
 すると、この虚しい夢の終わりに唯一、暖かさを持った記憶が沸き上がった。

『……――が見ていてあげるからね』

 優しく穏やかな声に、迎え入れるように広げられた腕と慈しみに溢れた笑顔。これはいつの記憶だっただろうか。それは酷く朧気で――しかし、そこには確かな安心感があった。

 胸の中に残る熱を感じながらウィナの眠りが終わる。





 黒に染まった視界の中心で、淡く青白い光が灯った。その光はしばし瞬きを繰り返す。そして、光は硝子玉を砕いたように視界いっぱいに散らばったかと思えば、一瞬で額縁のような線や読めない記号に変化した。

 ウィナの目覚めは必ず、この光景から始まる。逆を言えば視界に映るこの線や記号がなければ、目覚めたとはっきり認識できないかもしれない。

 ゆっくりと瞼を開く。カーテンをわずかに開けただけの部屋は真っ暗で、天井にぶら下がるランタンと思しき影が見えるのみだ。

 もっとよく見えるように。

 そう目を凝らすと視界全体が波のような光に撫でられる。すると、いくつもの淡い線が視界に浮かび上がった。これはランタンや天井の形をなぞるように描かれた輪郭だろう。

 ウィナは水色の髪を手櫛でときながら、見慣れた光景にあくびを漏らす。

 ふと視界の端で何かが瞬いた。どうやら動くものを強調しているようで、ウィナは視線を向ける。
 見れば天井の隅に頭を擦りつけている蜥蜴のようなものがいた。ただし、その体は半透明で、朧げな輪郭をしている。

「微精霊……」

 ウィナは寝起きの掠れた声を漏らした。

 いたのは八本の足を持った蜥蜴のような微精霊だ。本物の蜥蜴と異なるのは壁に張り付いているわけではなく、宙を泳ぐように体を捻っている。
 どこから入り込んだのかわからないが、部屋の中で飛び回られるのは気分の良いものではなかった。

「はぁ……」

 ウィナはひとつため息をつくと、ゆっくりとベッドから起き上がり、微精霊を捕まえた。

 とりあえず窓から放っておこうと思い、窓を開ける。夜のうちに冷やされた外気が部屋に入り込み、そよ風が髪を揺らした。
 微精霊を宙に放り投げ、どこかに泳いでいくところを見送ると、後ろから「う~ん……」と唸る声が聞こえた。

 ウィナは振り返る。

 窓からの陽日で壁に掛けられたメイド服が照らされていた。
 背中に感じる風と日の暖かさが心を満たす。

 古い記憶の夢を見た夜は、休んだ気になれない眠りが浅い。お世辞にも良いとはいえない寝起きだったが、心地良い朝の空気に機嫌を直す。

 ウィナはこの時間が惜しくて、もう少しだけ同居人の起床に猶予を与えるのだった。





 太陽が高い位置にあるこの時間の中庭は、晴れてさえいれば集まった微精霊の群れが波打つように飛ぶさまを見ることができる。

 昨夜に部屋へ入り込んだトカゲ似の微精霊ではなく、羽を持った小さな種だ。それが何十と集まって飛ぶと、その魔力に日の光が反射するため、本来なら微精霊を認識できない人間にも視ることができる。来客やメイドたちにも人気の場所だ。

 ――ただ、ハッキリ見える側からするとちょっと怖いんだけどね。

 ウィナは中庭で縦横無尽に飛ぶ回る紙吹雪のような一群から、歩く廊下の先に視線を戻す。

 先頭を行くのはウィナの主――フィロメニア・ノア・ラウィーリアだ。

 彼女は帝都にある学園へ通っており、つい今しがた帰省した。ちなみに学園に使用人を連れてくることはできないが故に、ウィナは侍女だというのに置き去りにされていたのだ。

 そして、その後ろを歩くのはフィロメニアの友人だという少女である。

 今まで数回ほど館へ来たところを見ているが、おそらく政治的にあてがわれた遊び相手なのだろう。

 フィロメニアはついていく人間もお構いなしにずんずんと早歩きで前に進む。ウィナが持っていた荷物のひとつを強引に奪った少女が、その重さに歩調を乱しながらも後を追い、さらにその後ろをウィナが追いかける形だ。

「エレノア、無理をするな」

「む、無理なんかしていませんわ……!」

 フィロメニアはそう言いつつも歩く速度を緩めない。

 この人も大変だなぁ、とエレノアと呼ばれた少女の背中を眺めていると、ようやくひとつの扉の前でフィロメニアの足が止まった。

 ウィナは持っていたを静かに置き、肩を上下させて息を整えるエレノアをさっと追い越す。扉を開けてフィロメニアを通すと、その後ろで恨めしそうにエレノアが睨んできたが、飄々と受け流した。

 フィロメニアにとって半年ぶりの自室は懐かしいものなのだろうか、ゆったりと部屋を歩き回る。

「お茶をお持ち致しましょうか」

「ん……。いや、あとでいい」

 荷物を適当に置いたところで声をかけると、フィロメニアがわずかに開いていたカーテンを閉めていくところだった。エレノアはそれをぽつんと立って不思議そうに眺める。

「エレノア、荷物を運んでくれてご苦労だった。ウィナフレッド、彼女の部屋へ案内を」

「い、いいえ! それよりも買ってきたお土産を開けましょう! アナタ、館の皆さまに配ってくださる?」

 エレノアは言外に「もう出ていけ」と言われても、めげずに引き下がらない。

 ウィナは思う。きっと彼女はかなり真面目だ。なぜか侍女である自分に対抗心を燃やしているが、フィロメニアの信頼を勝ち取りたいのだろう。エレノアからは出ていきたくないというより、ウィナを追い出したいという雰囲気がひしひしと伝わってきた。

 フィロメニアはそんな様子を見て、ちらっと目配せをしてくる。

 こういうとき、自分の主はろくでもないことを思いついていることをウィナは知っていた。

「ここにいたいのなら構わないが……。ウィナフレッド」

「はい。お嬢様」

「――脱げ」

 ぽとり、と落ちたのはエレノアが鞄から取り出した土産だ。見ればぽかんと口を開けて固まっている。

 フィロメニアはそんなエレノアには目もくれずベッドに腰かけて長い足を組んだ。まるでこれからショーを楽しむように、微笑を浮かべながら。

「はい。……フィロメニアお嬢様」

 軽い音を立てて落ちたのはウィナの外したブリムだ。続けてエプロンの紐を解いて足元に落とすと、ようやく事態が飲み込め始めたのか、エレノアがおろおろと立ち上がる。

「あのっ……えっ……ちょっと……」

 見る間に紅潮してゆく顔でウィナとフィロメニアを交互に見るエレノアを他所に、背中をボタンを外した。纏っていたほとんどの布が床に落ちて、ウィナはいよいよ下着のみの姿となる。

「フィロメニアお嬢様……」

 ウィナが体を腕で隠しつつ、か細く声を出すと、フィロメニアは鋭い目つきに変わる。

「私はなんと言った?」

「脱げ、と」

「ではそうしろ」

「はい……」

 と、ウィナがショーツに手をかけた瞬間――。

「しっ、しし失礼致しますウワァァアァァァ!」

 ――エレノアが絶叫しながら飛び出していった。

 外で何かにぶつかったようで「ぁ痛っ!?」という声と共に鈍い音がして、バタバタという足音が去っていく。

 部屋に残ったフィロメニアは彼女の奇行に目を丸くし、ウィナはショーツを脱ぐ直前の姿勢で固まっていた。

 両者の間に少しの沈黙が流れた後。

「「ぷっ……あっはっはっはっは!」」

 二人は同時に破顔した。ウィナは下着姿のまま床に、フィロメニアはベッドに突っ伏して腹を抑えて笑う。

「ふぃ……フィロメニア、や、やりすぎ……! ひゃっ、あっははははっ……!」

「お、お前だって……! なんだあの……しおらしい『フィロメニアお嬢様……』は!?」

「ちょ、やめて……自分で言ったのに自分で面白い……! あっ、だめだ、ツボに入った。あはははは!」

 両者、息ができないくらいの大爆笑が続く。なぜかしおらしいウィナの演技が気に入ったフィロメニアと、自分の物真似が弱点になったウィナで、中々笑いが治まらない。

 しばしの間、部屋には少女たちの笑い声だけが響いていた。

「いや~、笑いすぎて顔が痛い~」

 ウィナが顔の筋肉を揉み解しながら言うと、フィロメニアが目に浮かべた涙を拭う。

「こんなに笑ったのは久しぶりだ」

「アタシもだよ」

 言いながら、落ちたメイド服を着直すと、フィロメニアが立ち上がって近づいてきた。服は中途半端な状態だが、ウィナは両手を広げる。そこにフィロメニアがすっぽりと収まった。

「ただいま。ウィナ」

「お帰り。フィロメニア」

 互いの名を呼び合い、身体を寄せ合う。言葉を交わさずともわかる。そこに感じたのは純粋に友として、再び会えたことへの喜びを分かち合う親愛だった。





 ウィナがフィロメニアと初めて会ったのは四つの頃だった。

 騎士としてラウィーリア家へ仕える両親に連れられ、現当主であるベルトランド・ノア・ラウィーリアへ挨拶に来た時だ。彼の足元にしがみつく、自分と同じくらいの少女を見つけた。

 その少女はまるでお人形のように可愛くて、ウィナは飛びつくように声をかけた。

「あたしウィナっていうの! あなたは?」

「……ふぃろめにあ」

 今思えばその時のフィロメニアはかなり不貞腐れた態度だった気がするが、そんなことが気にならないくらいウィナは彼女を気に入った。

 気がつけば二人は庭園を一緒に走り回り、屋敷で悪戯をして怒られ、服を泥だらけにして呆れられた。主にウィナが遊びを思いついて、フィロメニアが後ろからついていくのが常だった。

 ウィナがフィロメニアに悪い遊びを教えるのではないか、と父は危惧していたが、むしろベルトランドは二人が遊ぶことを好み、毎日のように城を訪ねることを許してくれた。ベルトランドはフィロメニアに同年代の友人が少ないことを憂いていたのかもしれない。

 そしてもう一人、同じく騎士家の男の子を交えて、三人で駆け回った思い出はかけがえのない宝物だ。

 ウィナたちが大人になり、身分や役割により散り散りになってしまった今、強くそう思う。

「お前は良い香りだな」

 すんすんと耳元で鼻を鳴らす音に、ウィナの意識は引き戻された。

「そ、そろそろ離れよっか?」

「もう少し」

「ぐえっ」

 背中にまわった腕に力が入り、フィロメニアの小さくない胸に肺が圧迫される。思わずカエルが潰れたような声を出すが、親友の好きにさせた。

 気の強そうな外見とは裏腹に、結構な甘えん坊であることをウィナは知っている。半年も慣れない帝都にいたのだから、鬱憤も溜まっていることだろう。

 そんなことを考えていると、背中をまさぐられる感覚に気づいた。

「ちょっと、なにやってんの?」

 まさか服の脱がしているのかと思い、声をかけるとフィロメニアの体が離れる。

「ボタンを留めてやった」

「ああ、なんだ……。びっくりした」

 胸を撫でおろすとフィロメニアの顔には意地悪そうな表情が浮かべられていた。

「冗談を本当のことにしてしまうのも面白いな」

「それ、フィロメニアも色々大変になると思うよ?」

「慣習も、規範も、血筋も全部壊したくなることがたまにあってな。そのためには私がお前を娶るのが一番いいと閃いた」

「いつになく思考が冴え散らかしてるね……」

 ベッドに勢いよく腰をかけながら、フィロメニアはため息をつく。ウィナは床に落としていた衣服を一通り身につけると、その横に座った。

「学園、楽しくないの?」

 顔を覗き込むようにして尋ねると、フィロメニアは困ったような笑みを返す。

「楽しいと思う余裕がないほどに充実はしているさ。ただ、たまに思う」

「なにを?」

「――お前が共にいたら、とな」

 言葉と共にフィロメニアが視線を逸らした。その心中がウィナには手に取るようにわかって、「そうだね」とだけ呟く。

 ウィナはあえて多くの言葉を返さない。その願いには付け足すべきものが多すぎるからだ。

 仮に一緒に学園へ通ったとして幸せな時を過ごせるか。それはきっと否だ。

 帝都の学園とはこの国の貴族たちの子息、息女が文武を高める場所だ。その存在意義は貴族という歴史に裏付けされた血筋、そこに宿る力の証明にある。

 それは【始星十二家】のひとつ、ラウィーリア家の長女であるフィロメニアも同様で、彼女もまた選ばれた存在であると共に、選ばれる存在でなくてはならないという宿命がある。

 それに比べて自分にはなにもない。――ウィナは魔法を行使できないのだ。

 それは致命的だった。

 魔法で生活を豊かにし、魔法が戦争の勝敗をわけ、魔法と共に歴史を紡いできた。それが人だ。だとすれば、それは人として致命的な欠陥だ。

 そんな者がフィロメニアと肩を並べて歩くなど、許されることではない。

 叶わぬ願い。だからこそウィナは否定しない。今ここはその願いに一番近い、昔の二人でいられるただ一つの場所だから。

「フィロメニア」

 名を呼ぶと白く透き通るような首筋をくねらせて、眉を薄く八の字に曲げた顔がこちらを向いた。

「帝都であったこと、お話してよ」

 そう言って微笑みかけると、フィロメニアは溜めていた息をゆっくりと吐く。

「何から聞きたい?」

「美味しいものとか」

 即答すると口に手を当ててフィロメニアが笑った。

 帝都で食べた料理とその特徴を得意げに話しだす彼女を、ウィナは今のこの幸せな時間を噛みしめるように見つめていた。
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