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2章
2-⑮その背にあるモノ
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そこは数ある洞窟の部屋でも狭い部類に入ると言ってもいい場所だった。一つ違うのは入口を施錠できるよう分厚い木の扉がつけられているところだ。
その中に、ぐったりとした男女が十人ほど押し込められている。
「おい! おい、しっかりしろ! ――あぁ、駄目だ。反応がない。何かされたな」
先にこの部屋を見つけた冒険者が肩を揺さぶり、声をかけるが誰一人顔を上げる者はいない。焦点の定まらない目を薄く開け、ただ呼吸しているだけだ。
「……イゼイヴで技師やってた人たちだね。捜索依頼が何件か出てた」
セシリーが彼らの作業着を調べると、確かにそこにはイゼイヴの街にある工房の名が刺繍されている。恐らく街から誘拐されてきた技師たちなのだろう。顔に最近できたと思われる痣がある者もいた。
立ち上がったセシリーは、鼻を鳴らして部屋の中を訝しげに見回す。
「あとこの匂い、なんだろうね……。香の類かい……? そういう魔術も聞いたことはあるけどさ」
その違和感には俺も同感だった。技師たちの格好は決して清潔とは言い難い。だが、それとは違う妙な香りが部屋に充満している。
甘酸っぱい匂い、といえばいいのだろうか。決して良い香りではない。とにかく鼻につく独特な香りだ。
「姉貴。だとしたらさっさと運ぼうぜ。俺らだってよくわかんねぇのは吸わねぇほうがいい」
「……そうだね。みんな手伝っとくれ!」
クリスの進言で、まずは技師たちを入口付近へ運ぶことになった。
俺も手伝うために近づこうとして、リアナに袖を引っ張られる。
「ユーリ、ちょっとこっち来て」
「お、おい?」
言われるがままついていくと、洞窟にさらに奥があった。地面には何かを擦ったような線がいくつもあり、荷物を運び出すような導線だったことがわかる。
その一番奥、天井からかけられた大きな天幕の前に佇む影があった。
「……君らか。技師たちが見つかったそうだな。我々に大した怪我人が出ていないのは、さすが一等級の冒険者ということか」
オーウェンは眼鏡を直しながらそう言う。だが、その目は笑っていない。
「そんな残念そうな顔で言われてもね。魔装は置いてきたの?」
「もう必要ないと判断した」
リアナが肩をすくめると、オーウェンは天幕へと視線を戻した。その奥に、俺はどことなく嫌な雰囲気を感じて、腕の手甲を嵌め直す。
「それに、できればこの手で終わらせて差し上げたい」
なんのことだ? と首を捻ると、オーウェンは天幕を開いて中へと入っていった。俺たちがそれに続くと、そこには――。
――うううぅぅぅぅぅ……。
何かのうめき声がこだましている。
魔物かと身構えたが、オーウェンは不用心にも進んでいった。やがてその足は、金属製の寝台のような物の前で止まる。側面には閉じられた目のような模様が描かれていて、何か儀式的なもののように見えた。
その上に誰かが寝かされている。うめき声の発生源はそこだ。
「クリフォード坊ちゃま……」
オーウェンがそう呟き、深くうなだれる。
坊ちゃまだって……?
俺がオーウェンの背中越しに覗くと、寝台には金髪の青年が横たわっていた。肌は青白く、体はやせ細り、伸びっぱなしの髪は艶を失っている。なにより異常さを感じたのは、背中に直接刺さっていると見られるケーブルの類だ。
「アンタ、最初からその子が目的だったんでしょ」
「今更隠す気はない」
リアナの言葉に、オーウェンは唸るように言った。そして腰の剣を抜いて、祈る。
なんでこのおっさんの身内っぽいのがここにいるんだ? というかなんで剣を抜いてる? 今まで黙ってたのか?
「どういうことだよ。ちょっとは説明してくれてもいいんじゃないか?」
「身内の恥をなかったことにしたいんでしょ」
苛立ちを抑えきれずに聞くと、リアナが不快そうに答えた。祈りを終えたオーウェンが振り向かずに語り始める。
「……この方はクリフォード・ゼン・フェアファクス様。フェアファクス家の三男でいらっしゃった方だ」
「三男!? しかもなんで過去形なんだよ!?」
「ご当主様は長男のデズモンド様以外には興味のないお方だった。クリフォード様も貴族らしからぬお方でな。家を捨て、イゼイヴにてご自分で生計を立てて生きていたのだ」
オーウェンはため息をついた。
「で、魔災連のやつらに攫われて、ここで古代兵器の実験にでも使われたわけね。魔力を使う兵器を試すなら貴族の血の方がいいものね」
「そうだ。だが、すでにご当主様はクリフォード様を救うことに興味はない。あるのは家名を守ることのみ。だからこそ私の手で――」
「ここでとどめを刺すってわけか!? 色々黙ってて、結局やるのが身内殺しかよ!?」
俺は我慢できずに怒鳴る。何かを隠しているとは思っていた。だが、それが身内を殺すためだけで、先ほどの技師たちの件も直に手を下すための口実に過ぎなかったのだと言われれば腹も立つ。
「貴様に何がわかる小僧!」
オーウェンは俺に向かって怒りのこもった目を向けてきた。歯を食いしばり、涙を流している。
「クリフォード様は家からの援助も断り、いずれ私の魔装も手掛けると言ってくださった立派なお方だ! そんなお方を手にかけねばならぬ私の苦しみが――」
「わかんねーよ! 今からでも助ければいいじゃねーか!」
叫んだ俺はオーウェンに掴みかかろうとして――リアナに止められた。
「ユーリ。いくら言っても無駄よ。この執事さんは当主の決めたことに逆らえない。そういう人なのよ。その子が今から助かるとか助からないとかも関係ない。攫われて、利用された時点で……もうフェアファクス家に三男はいなかった。そういうことにしてるのよ。アタシたちとはそのへんの考え方が決定的に違うの」
どうどう、と俺の胸を撫でながら諭すように言う。
俺は、そう言われても納得はできなかった。理屈で理解できたとしても、オーウェンが今、弱り切った青年へ剣を向ける気持ちだけは――。
「わかんねぇよ……」
ぐっと拳を握りしめた俺に、オーウェンが見下すような視線を投げてくる。
「構わん。しょせんは冒険者。貴様らに国を担う我らの道理は理解でき――」
「ねぇ、いいから早くその立派なお坊ちゃまをぶっ殺してくれる? 執事なんだから掃除くらいちゃっちゃと済ませてほしいわね」
言葉を遮られた上にとんでもない罵詈雑言を飛ばされて、ぐっ、とオーウェンが呻いた。
リアナ自身もフェアファクス家の行いが不愉快だったのだろう。
にしても切れ味が鋭すぎる。軟弱なメンタルだったら怒るを通り越して泣き叫ぶレベルだ。
全身を怒りに震わせたオーウェンは殺気立ってリアナを睨んだが、逆にそれを上回る殺気で返される。
それだけで、目の前の少女が自分の敵う相手ではないとわかったのだろう。
オーウェンは額の汗を拭って、クリフォードに向き直った。
「くそ……! 下民共が……!」
俺たちへの悪態と共に剣が振り上げられる。
「……行こう。リアナ」
「うん……」
俺はリアナの肩を持って、この場から離れようとした。リアナは素直に応じ、一緒に踵を返す。だが、振り返る瞬間――何かに気づいて、叫んだ。
「待って、なにかおかしい! よしなさい!」
身体強化の魔法を使ったのだろう。オーウェンの体は淡い魔力光を放っていた。だが、その光に反応するように寝台の横につけられた目のようなものが動いている。
オーウェンはリアナの制止を聞かず、剣を振り下ろした。
低く振動のような短い音と共に閃光が奔る。
「な――……?」
オーウェンの口から間抜けな声が出た。それもそのはずだ。
本来ならば青年の細い首を断つはずだった剣が、真っ二つに折れている。
俺は折れ飛んだ剣先が後ろの天井に刺さるの目で追って、そこで気づいた。
いつの間にかに周囲の壁が怪しい光を発している。張り巡らされた血管のような紋様が浮かび上がり、脈動するように瞬いた。
「……これ絶対ヤバいのが来るな」
「わかる? アタシもそんな気がする」
リアナは珍しく笑みを消して剣を抜く。
その時、寝台が大きく揺れるのを見て、俺はとっさにオーウェンの襟首を引いた。それと同時に寝台の周囲に亀裂が走り、錆色の触手のようなものが飛び出してくる。
ゆらゆらと揺らめく触手は、嚙みつく相手を探す無数の蛇のようだ。
「こ、これは……」
足元に転がしたオーウェンが狼狽して床を這いずる。
「魔法で攻撃されると自動で起動する仕組みだったのかもね!」
「罠だったってことかよ!」
そう叫んでいる間にも部屋では天井が崩れ始め、俺たちはじりじりと後ろに下がった。
怪しい光が部屋の中心へと集まる。
やがてひときわ大きな脈動と共に鋭い金属音がして、青年の寝かされていた寝台が急激に形を変えていくのが見えた。
「クリフォード様!」
青年の体が棺に入るように取り込まれる。その様子にオーウェンが叫ぶと、呼応するように触手が地面に叩きつけられた。
寝台だったものがゆらりと立ち上がる。いや、そうではない。周囲の触手はすべてその背後から伸びており、地面に突き刺すことで寝台を支えているのだ。
その動きに、生物のような意識が介在しているように思えて、俺は嫌な予感がした。
『お、おぉぉぉぉえぇぇぇ……』
「……クリフォード様?」
地面に手をついていたオーウェンが、何かに気づいたように声を漏らす。その視線は不気味に揺れる寝台へと向かっていた。
『おおおぉぉぉええええぇぇん……!』
「く、クリフォード様! 私です! オーウェンです! お分かりになるのですね!?」
喜びに満ちた表情で、弾かれたようにオーウェンは立ち上がる。先ほどまで周囲を認識すらできていなかったクリフォードが自分の名前を呼んで、正気を取り戻したと思ったのだろう。
なにを今更――俺はそう思ったが、同時に寝台から異質なものを感じて、叫んでいた。
「リアナ!」
「あぁもう!」
俺とリアナは動く。
オーウェンの胴を貫かんと伸ばされる触手を、俺の手甲が弾き、リアナの剣が斬り飛ばした。
『ぎぎぃぃぃぃぃぃぃ!』
先を失った触手が茶色の液体をまき散らし、およそ人の者とは思えない叫びがこだまする。
『おおおぉぉぉええぇぇぇんんんんん!』
クリフォードの明確な殺意がオーウェンに向かって放たれた。
「クリフォード様、なぜ……なぜなのですか!? なぜ私を……!」
絶望した表情で尻餅をついたオーウェンに、俺とリアナは冷たい視線を向ける。
「アンタが殺そうとしたからじゃないか?」
「思ったより好かれてなかったんじゃないの?」
グサグサと心を抉るようなことを言いつつ、構えは解かない。殺気はオーウェンどころか、無差別なものへと変わり、なおも膨れ上がりつつあった。
地鳴りが響き、洞窟の奥が大きく崩れる。
そこには触手と同じ錆色をした、二足歩行の何かがいた。しかも二体だ。
膝が人間とは逆を向いた鳥のような足関節に、太い胴。手の先は筒のように穴を覗かせていて、その周囲を四つの指が囲んでいる。全高は魔装の半分程度だが、逆に言えばそれだけ大きいともいえる。
あれを生身で相手するには骨が折れるだろう。
だが、それらは俺たちに構わず跳躍し、洞窟の外へと飛び出した。
「やるか!? リアナ!」
「嫌よ。だいたいこのお掃除係さんのせいなんだから」
俺が右腕の振鈴を見せていうと、リアナは首を振った。そして、尻餅をついたままのオーウェンを片手で持ち上げる。
「アンタ、さっさと魔装に戻って、出ていった古代兵器をどうにかしなさい! あれは魔力に反応するだろうから、そのうち街に行くわよ!」
「だ、だがクリフォード様が……」
自分の引き起こしたことにオーウェンは放心状態だった。
「おい、ユーリ! なにがどうなってんだ!? ここはもう崩れ……ってなんだそりゃぁぁ!?」
その時、元来た道から誰かが駆けつけてくる。クリスとセシリーだ。目の前の光景に仰天しつつも、すぐさま二人は武器を構えた。
「リアナちゃん! 加勢するよ!」
「いい! こいつはアタシたちがやるから!」
セシリーの言葉を遮ってリアナが叫ぶ。
「古代兵器が二体逃げた! それをこのおっさんが魔装で追うから、連れていって!」
リアナは片手に持ったオーウェンを二人に向かって投げつけた。
「お前ら置いていけるかよ!? そいつもどう見ても厄介そうな相手だぜ!?」
クリスが俺たちを案じて声を上げる。
だが、返事をする前に触手がこちらに伸びてきた。俺は左に、リアナは右に避ける。俺たちが背中合わせになると、その両側を凄まじい速度で触手が駆け抜けた。
触手はクリスたちのいる道の天井へと突き刺さり、崩落を引き起こす。たまらず二人はオーウェンを連れて後ずさった。
「俺たちならやれる! 行ってくれ!」
崩れる土砂で分断される直前、俺は叫ぶ。
「ユーリィィィ!」
「リアナちゃん!」
姉弟の叫び声を最後に、完全に退路が塞がった。
『アアアアアアァァァァァ!』
クリフォードの咆哮が轟く。崩落した天井をさらに粉砕しながら触手を広げる。魔物すら可愛く見える異形が、俺たちへと襲い掛かろうとしていた。
しかし、互いに感じる相棒の背中――その確かな頼もしさは、どんな異形の恐ろしさをも上回る。
「やれるのね? アタシたちなら」
「自信ないか?」
「まさか!」
俺たちはそう言葉を交わして、異形へと駆け出すのだった。
その中に、ぐったりとした男女が十人ほど押し込められている。
「おい! おい、しっかりしろ! ――あぁ、駄目だ。反応がない。何かされたな」
先にこの部屋を見つけた冒険者が肩を揺さぶり、声をかけるが誰一人顔を上げる者はいない。焦点の定まらない目を薄く開け、ただ呼吸しているだけだ。
「……イゼイヴで技師やってた人たちだね。捜索依頼が何件か出てた」
セシリーが彼らの作業着を調べると、確かにそこにはイゼイヴの街にある工房の名が刺繍されている。恐らく街から誘拐されてきた技師たちなのだろう。顔に最近できたと思われる痣がある者もいた。
立ち上がったセシリーは、鼻を鳴らして部屋の中を訝しげに見回す。
「あとこの匂い、なんだろうね……。香の類かい……? そういう魔術も聞いたことはあるけどさ」
その違和感には俺も同感だった。技師たちの格好は決して清潔とは言い難い。だが、それとは違う妙な香りが部屋に充満している。
甘酸っぱい匂い、といえばいいのだろうか。決して良い香りではない。とにかく鼻につく独特な香りだ。
「姉貴。だとしたらさっさと運ぼうぜ。俺らだってよくわかんねぇのは吸わねぇほうがいい」
「……そうだね。みんな手伝っとくれ!」
クリスの進言で、まずは技師たちを入口付近へ運ぶことになった。
俺も手伝うために近づこうとして、リアナに袖を引っ張られる。
「ユーリ、ちょっとこっち来て」
「お、おい?」
言われるがままついていくと、洞窟にさらに奥があった。地面には何かを擦ったような線がいくつもあり、荷物を運び出すような導線だったことがわかる。
その一番奥、天井からかけられた大きな天幕の前に佇む影があった。
「……君らか。技師たちが見つかったそうだな。我々に大した怪我人が出ていないのは、さすが一等級の冒険者ということか」
オーウェンは眼鏡を直しながらそう言う。だが、その目は笑っていない。
「そんな残念そうな顔で言われてもね。魔装は置いてきたの?」
「もう必要ないと判断した」
リアナが肩をすくめると、オーウェンは天幕へと視線を戻した。その奥に、俺はどことなく嫌な雰囲気を感じて、腕の手甲を嵌め直す。
「それに、できればこの手で終わらせて差し上げたい」
なんのことだ? と首を捻ると、オーウェンは天幕を開いて中へと入っていった。俺たちがそれに続くと、そこには――。
――うううぅぅぅぅぅ……。
何かのうめき声がこだましている。
魔物かと身構えたが、オーウェンは不用心にも進んでいった。やがてその足は、金属製の寝台のような物の前で止まる。側面には閉じられた目のような模様が描かれていて、何か儀式的なもののように見えた。
その上に誰かが寝かされている。うめき声の発生源はそこだ。
「クリフォード坊ちゃま……」
オーウェンがそう呟き、深くうなだれる。
坊ちゃまだって……?
俺がオーウェンの背中越しに覗くと、寝台には金髪の青年が横たわっていた。肌は青白く、体はやせ細り、伸びっぱなしの髪は艶を失っている。なにより異常さを感じたのは、背中に直接刺さっていると見られるケーブルの類だ。
「アンタ、最初からその子が目的だったんでしょ」
「今更隠す気はない」
リアナの言葉に、オーウェンは唸るように言った。そして腰の剣を抜いて、祈る。
なんでこのおっさんの身内っぽいのがここにいるんだ? というかなんで剣を抜いてる? 今まで黙ってたのか?
「どういうことだよ。ちょっとは説明してくれてもいいんじゃないか?」
「身内の恥をなかったことにしたいんでしょ」
苛立ちを抑えきれずに聞くと、リアナが不快そうに答えた。祈りを終えたオーウェンが振り向かずに語り始める。
「……この方はクリフォード・ゼン・フェアファクス様。フェアファクス家の三男でいらっしゃった方だ」
「三男!? しかもなんで過去形なんだよ!?」
「ご当主様は長男のデズモンド様以外には興味のないお方だった。クリフォード様も貴族らしからぬお方でな。家を捨て、イゼイヴにてご自分で生計を立てて生きていたのだ」
オーウェンはため息をついた。
「で、魔災連のやつらに攫われて、ここで古代兵器の実験にでも使われたわけね。魔力を使う兵器を試すなら貴族の血の方がいいものね」
「そうだ。だが、すでにご当主様はクリフォード様を救うことに興味はない。あるのは家名を守ることのみ。だからこそ私の手で――」
「ここでとどめを刺すってわけか!? 色々黙ってて、結局やるのが身内殺しかよ!?」
俺は我慢できずに怒鳴る。何かを隠しているとは思っていた。だが、それが身内を殺すためだけで、先ほどの技師たちの件も直に手を下すための口実に過ぎなかったのだと言われれば腹も立つ。
「貴様に何がわかる小僧!」
オーウェンは俺に向かって怒りのこもった目を向けてきた。歯を食いしばり、涙を流している。
「クリフォード様は家からの援助も断り、いずれ私の魔装も手掛けると言ってくださった立派なお方だ! そんなお方を手にかけねばならぬ私の苦しみが――」
「わかんねーよ! 今からでも助ければいいじゃねーか!」
叫んだ俺はオーウェンに掴みかかろうとして――リアナに止められた。
「ユーリ。いくら言っても無駄よ。この執事さんは当主の決めたことに逆らえない。そういう人なのよ。その子が今から助かるとか助からないとかも関係ない。攫われて、利用された時点で……もうフェアファクス家に三男はいなかった。そういうことにしてるのよ。アタシたちとはそのへんの考え方が決定的に違うの」
どうどう、と俺の胸を撫でながら諭すように言う。
俺は、そう言われても納得はできなかった。理屈で理解できたとしても、オーウェンが今、弱り切った青年へ剣を向ける気持ちだけは――。
「わかんねぇよ……」
ぐっと拳を握りしめた俺に、オーウェンが見下すような視線を投げてくる。
「構わん。しょせんは冒険者。貴様らに国を担う我らの道理は理解でき――」
「ねぇ、いいから早くその立派なお坊ちゃまをぶっ殺してくれる? 執事なんだから掃除くらいちゃっちゃと済ませてほしいわね」
言葉を遮られた上にとんでもない罵詈雑言を飛ばされて、ぐっ、とオーウェンが呻いた。
リアナ自身もフェアファクス家の行いが不愉快だったのだろう。
にしても切れ味が鋭すぎる。軟弱なメンタルだったら怒るを通り越して泣き叫ぶレベルだ。
全身を怒りに震わせたオーウェンは殺気立ってリアナを睨んだが、逆にそれを上回る殺気で返される。
それだけで、目の前の少女が自分の敵う相手ではないとわかったのだろう。
オーウェンは額の汗を拭って、クリフォードに向き直った。
「くそ……! 下民共が……!」
俺たちへの悪態と共に剣が振り上げられる。
「……行こう。リアナ」
「うん……」
俺はリアナの肩を持って、この場から離れようとした。リアナは素直に応じ、一緒に踵を返す。だが、振り返る瞬間――何かに気づいて、叫んだ。
「待って、なにかおかしい! よしなさい!」
身体強化の魔法を使ったのだろう。オーウェンの体は淡い魔力光を放っていた。だが、その光に反応するように寝台の横につけられた目のようなものが動いている。
オーウェンはリアナの制止を聞かず、剣を振り下ろした。
低く振動のような短い音と共に閃光が奔る。
「な――……?」
オーウェンの口から間抜けな声が出た。それもそのはずだ。
本来ならば青年の細い首を断つはずだった剣が、真っ二つに折れている。
俺は折れ飛んだ剣先が後ろの天井に刺さるの目で追って、そこで気づいた。
いつの間にかに周囲の壁が怪しい光を発している。張り巡らされた血管のような紋様が浮かび上がり、脈動するように瞬いた。
「……これ絶対ヤバいのが来るな」
「わかる? アタシもそんな気がする」
リアナは珍しく笑みを消して剣を抜く。
その時、寝台が大きく揺れるのを見て、俺はとっさにオーウェンの襟首を引いた。それと同時に寝台の周囲に亀裂が走り、錆色の触手のようなものが飛び出してくる。
ゆらゆらと揺らめく触手は、嚙みつく相手を探す無数の蛇のようだ。
「こ、これは……」
足元に転がしたオーウェンが狼狽して床を這いずる。
「魔法で攻撃されると自動で起動する仕組みだったのかもね!」
「罠だったってことかよ!」
そう叫んでいる間にも部屋では天井が崩れ始め、俺たちはじりじりと後ろに下がった。
怪しい光が部屋の中心へと集まる。
やがてひときわ大きな脈動と共に鋭い金属音がして、青年の寝かされていた寝台が急激に形を変えていくのが見えた。
「クリフォード様!」
青年の体が棺に入るように取り込まれる。その様子にオーウェンが叫ぶと、呼応するように触手が地面に叩きつけられた。
寝台だったものがゆらりと立ち上がる。いや、そうではない。周囲の触手はすべてその背後から伸びており、地面に突き刺すことで寝台を支えているのだ。
その動きに、生物のような意識が介在しているように思えて、俺は嫌な予感がした。
『お、おぉぉぉぉえぇぇぇ……』
「……クリフォード様?」
地面に手をついていたオーウェンが、何かに気づいたように声を漏らす。その視線は不気味に揺れる寝台へと向かっていた。
『おおおぉぉぉええええぇぇん……!』
「く、クリフォード様! 私です! オーウェンです! お分かりになるのですね!?」
喜びに満ちた表情で、弾かれたようにオーウェンは立ち上がる。先ほどまで周囲を認識すらできていなかったクリフォードが自分の名前を呼んで、正気を取り戻したと思ったのだろう。
なにを今更――俺はそう思ったが、同時に寝台から異質なものを感じて、叫んでいた。
「リアナ!」
「あぁもう!」
俺とリアナは動く。
オーウェンの胴を貫かんと伸ばされる触手を、俺の手甲が弾き、リアナの剣が斬り飛ばした。
『ぎぎぃぃぃぃぃぃぃ!』
先を失った触手が茶色の液体をまき散らし、およそ人の者とは思えない叫びがこだまする。
『おおおぉぉぉええぇぇぇんんんんん!』
クリフォードの明確な殺意がオーウェンに向かって放たれた。
「クリフォード様、なぜ……なぜなのですか!? なぜ私を……!」
絶望した表情で尻餅をついたオーウェンに、俺とリアナは冷たい視線を向ける。
「アンタが殺そうとしたからじゃないか?」
「思ったより好かれてなかったんじゃないの?」
グサグサと心を抉るようなことを言いつつ、構えは解かない。殺気はオーウェンどころか、無差別なものへと変わり、なおも膨れ上がりつつあった。
地鳴りが響き、洞窟の奥が大きく崩れる。
そこには触手と同じ錆色をした、二足歩行の何かがいた。しかも二体だ。
膝が人間とは逆を向いた鳥のような足関節に、太い胴。手の先は筒のように穴を覗かせていて、その周囲を四つの指が囲んでいる。全高は魔装の半分程度だが、逆に言えばそれだけ大きいともいえる。
あれを生身で相手するには骨が折れるだろう。
だが、それらは俺たちに構わず跳躍し、洞窟の外へと飛び出した。
「やるか!? リアナ!」
「嫌よ。だいたいこのお掃除係さんのせいなんだから」
俺が右腕の振鈴を見せていうと、リアナは首を振った。そして、尻餅をついたままのオーウェンを片手で持ち上げる。
「アンタ、さっさと魔装に戻って、出ていった古代兵器をどうにかしなさい! あれは魔力に反応するだろうから、そのうち街に行くわよ!」
「だ、だがクリフォード様が……」
自分の引き起こしたことにオーウェンは放心状態だった。
「おい、ユーリ! なにがどうなってんだ!? ここはもう崩れ……ってなんだそりゃぁぁ!?」
その時、元来た道から誰かが駆けつけてくる。クリスとセシリーだ。目の前の光景に仰天しつつも、すぐさま二人は武器を構えた。
「リアナちゃん! 加勢するよ!」
「いい! こいつはアタシたちがやるから!」
セシリーの言葉を遮ってリアナが叫ぶ。
「古代兵器が二体逃げた! それをこのおっさんが魔装で追うから、連れていって!」
リアナは片手に持ったオーウェンを二人に向かって投げつけた。
「お前ら置いていけるかよ!? そいつもどう見ても厄介そうな相手だぜ!?」
クリスが俺たちを案じて声を上げる。
だが、返事をする前に触手がこちらに伸びてきた。俺は左に、リアナは右に避ける。俺たちが背中合わせになると、その両側を凄まじい速度で触手が駆け抜けた。
触手はクリスたちのいる道の天井へと突き刺さり、崩落を引き起こす。たまらず二人はオーウェンを連れて後ずさった。
「俺たちならやれる! 行ってくれ!」
崩れる土砂で分断される直前、俺は叫ぶ。
「ユーリィィィ!」
「リアナちゃん!」
姉弟の叫び声を最後に、完全に退路が塞がった。
『アアアアアアァァァァァ!』
クリフォードの咆哮が轟く。崩落した天井をさらに粉砕しながら触手を広げる。魔物すら可愛く見える異形が、俺たちへと襲い掛かろうとしていた。
しかし、互いに感じる相棒の背中――その確かな頼もしさは、どんな異形の恐ろしさをも上回る。
「やれるのね? アタシたちなら」
「自信ないか?」
「まさか!」
俺たちはそう言葉を交わして、異形へと駆け出すのだった。
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荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。
やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!?
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