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第8話 既視感
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『マスタ。お願い。ある』
「なに?」
朝食を終えた後、未知の生物に数か月単位で襲われている国とは思えないほど平和なワイドショーを見ていると、不意にソフィアが現れる。
『ベッドの後ろ。壁。ついて。手、隠す。しながら』
ソフィアはきっと何かをするつもりなのだろう。
アキはテレビの電源を落とし、ベッドへ横向きに寝て腕を枕にする。
ベッドの頭側は柵になっているので、枕を腕に挟んでしまえば怪しまれることもないだろう。
『ソフィア。この世界の……Internet。理解した。Network。恐らく、繋がる。故に、準備』
「ん」
アキは何の? とは聞かない。
大木たちを信用していないソフィアのことだ。いつ脱走してもいいようにその準備をしたいのだろう。
薄目を開けて見てみると、腕輪から極細の線が液体のように伸びていた。
髪の毛ほどの細さだ。肉眼でも目を凝らさなければ気がつかないほどの。
そして、そのままアキが寝たふりをして30分くらいだろうか。
本当に寝かかった頃に再びソフィアの声が響く。
『マスタ。現在地、判明。網膜投影、開始』
ソフィアが言うやいなや、アキはうなじ辺りにこそばゆいものを感じた。
これは腕輪がアキの脳と繋がったときに感じるものだ。
目を瞑ったままの暗闇に光が灯り、緑色を基調とした線や図形が浮かび上がる。
そして、ネットのサイトと思われるいくつかのページと、マップが表示された。
『ネットがあると便利だなぁ。向こうじゃ適当な地図と方位磁石だったもんね』
『同感。ソフィア。いっぱい。勉強』
この状態ならアキは声に出さずともソフィアと会話が可能だ。
ソフィアの声には少しだけ楽しそうな響きがあった。きっとこの世界の知識を集めるのが楽しいのだろう。
『ここは……あ、東京なんだね。修学旅行ぶりだ』
『移動方法、ばす? でんしゃ? 利用可能。でんしつーか? ソフィア、誤魔化す。できる』
初めて口にする言葉に、ソフィアの発音が拙くなる。
それどころかアキも知らない単語が出てきて、思わず聞き返した。
『なにそれ?』
『ピッって、やる』
アキの疑問に、ソフィアはいくつかのサイトを見せてくる。
それは鉄道機関の案内、携帯の機能の説明ページだった。
どうやら買い物をするにも、電車に乗るにも「ピッ」とすればいいらしい。
『Integrated Circuit。ソフィア。形成可能。乗り放題、買い放題』
『犯罪だと思うからやりすぎはよくないよ』
『冗談。えるおーえる。草、生えた?』
『すぐ変なのに影響されるんだから……』
見た目の割に無邪気な相棒の性格に、アキが深くため息をついていると病室のドアが叩かれた。
おそらく槇原だろう。
ソフィアが接続を切ったのか、網膜に映っていたウェブページが瞬時に消える。
アキは腕輪の形状が元に戻っていることを確認してから、「はーい」と応えた。
「アキくん、ちょっといい?」
「なんですか?」
ドアを開けて顔を出した槇原に、アキは体を起こす。
「お昼ご飯は私の好みで買ってきちゃっていいのね?」
「はい。なんか思いつかなくて」
苦笑しながらアキがそう言うと、「了解。行ってくるわね」と槇原は顔を引っ込めた。
アキはそれを見てソフィアに問う。
『脱走するなら今かな?』
『Negative。マキハラ。買いにいく。してない。だます……欺瞞。おそらく』
『そっか。――あれ? 今ネットに繋がってるの?』
ふと気づいて、アキは首を傾げる。
ソフィアは接続を切ったはずなのにどうしてわかるんだろう、と見上げると、彼女は両方の人差し指で周囲をくるくると指差した。
無表情だが可愛い仕草だ。
『無線通信。わいはい? Wifi? この場所。87個。カメラ、外も含めて。警備兵、36人。他、121人』
『すごい。施設内のことが丸わかりだね」
『ソフィア。すごい?』
『うん。すごい。偉いよ』
『褒めろ。して』
自慢げな色をその無表情へわずかに加えて、ソフィアは宙を泳いできてアキの膝の上に頭を乗せる。
アキはその青い髪をゆっくりと撫でながら、はめ殺しの窓の外を見た。
――あの部屋も、たしか開けられない窓だったな……。
ふと既視感が思い浮かぶ。だが、アキはすぐに目線を上に上げて考えた。
あの部屋とは、どの部屋のことだろうか、と。
思い出せない。忘れたというよりも、そこに入っていたピースが抜けて落ちているかのような違和感がある。
異世界での記憶を、自分は何か特殊な形で失っているのかもしれない。
ソフィアが何も言わないことを見ると、ここにいても恐らく答えは転がってこない。
ならば――。
『ソフィア。機会が来たら、ここを出ようか』
『Yes。ソフィアへ。任せて』
『うん』
ソフィアは最初からすぐにでもここを出たいと言っていた。
アキがその意見に同調したことが嬉しいのだろう。
彼女の姿が消えると、腕輪がほんのわずかに光を帯びる。ソフィアがその力を使っている証拠だ。
脱走の機会がいつ来るかはわからないが、体力を温存しておこう。
アキはそう判断して、再びベッドへ横になった。
すると、すぐに眠気がやってくる。
自分が戻ってきたというこの世界の変わりように、少し頭が疲れたのかもしれない。
そう思っているうちに、アキはいつの間にかに眠りに落ちていたのだった。
「なに?」
朝食を終えた後、未知の生物に数か月単位で襲われている国とは思えないほど平和なワイドショーを見ていると、不意にソフィアが現れる。
『ベッドの後ろ。壁。ついて。手、隠す。しながら』
ソフィアはきっと何かをするつもりなのだろう。
アキはテレビの電源を落とし、ベッドへ横向きに寝て腕を枕にする。
ベッドの頭側は柵になっているので、枕を腕に挟んでしまえば怪しまれることもないだろう。
『ソフィア。この世界の……Internet。理解した。Network。恐らく、繋がる。故に、準備』
「ん」
アキは何の? とは聞かない。
大木たちを信用していないソフィアのことだ。いつ脱走してもいいようにその準備をしたいのだろう。
薄目を開けて見てみると、腕輪から極細の線が液体のように伸びていた。
髪の毛ほどの細さだ。肉眼でも目を凝らさなければ気がつかないほどの。
そして、そのままアキが寝たふりをして30分くらいだろうか。
本当に寝かかった頃に再びソフィアの声が響く。
『マスタ。現在地、判明。網膜投影、開始』
ソフィアが言うやいなや、アキはうなじ辺りにこそばゆいものを感じた。
これは腕輪がアキの脳と繋がったときに感じるものだ。
目を瞑ったままの暗闇に光が灯り、緑色を基調とした線や図形が浮かび上がる。
そして、ネットのサイトと思われるいくつかのページと、マップが表示された。
『ネットがあると便利だなぁ。向こうじゃ適当な地図と方位磁石だったもんね』
『同感。ソフィア。いっぱい。勉強』
この状態ならアキは声に出さずともソフィアと会話が可能だ。
ソフィアの声には少しだけ楽しそうな響きがあった。きっとこの世界の知識を集めるのが楽しいのだろう。
『ここは……あ、東京なんだね。修学旅行ぶりだ』
『移動方法、ばす? でんしゃ? 利用可能。でんしつーか? ソフィア、誤魔化す。できる』
初めて口にする言葉に、ソフィアの発音が拙くなる。
それどころかアキも知らない単語が出てきて、思わず聞き返した。
『なにそれ?』
『ピッって、やる』
アキの疑問に、ソフィアはいくつかのサイトを見せてくる。
それは鉄道機関の案内、携帯の機能の説明ページだった。
どうやら買い物をするにも、電車に乗るにも「ピッ」とすればいいらしい。
『Integrated Circuit。ソフィア。形成可能。乗り放題、買い放題』
『犯罪だと思うからやりすぎはよくないよ』
『冗談。えるおーえる。草、生えた?』
『すぐ変なのに影響されるんだから……』
見た目の割に無邪気な相棒の性格に、アキが深くため息をついていると病室のドアが叩かれた。
おそらく槇原だろう。
ソフィアが接続を切ったのか、網膜に映っていたウェブページが瞬時に消える。
アキは腕輪の形状が元に戻っていることを確認してから、「はーい」と応えた。
「アキくん、ちょっといい?」
「なんですか?」
ドアを開けて顔を出した槇原に、アキは体を起こす。
「お昼ご飯は私の好みで買ってきちゃっていいのね?」
「はい。なんか思いつかなくて」
苦笑しながらアキがそう言うと、「了解。行ってくるわね」と槇原は顔を引っ込めた。
アキはそれを見てソフィアに問う。
『脱走するなら今かな?』
『Negative。マキハラ。買いにいく。してない。だます……欺瞞。おそらく』
『そっか。――あれ? 今ネットに繋がってるの?』
ふと気づいて、アキは首を傾げる。
ソフィアは接続を切ったはずなのにどうしてわかるんだろう、と見上げると、彼女は両方の人差し指で周囲をくるくると指差した。
無表情だが可愛い仕草だ。
『無線通信。わいはい? Wifi? この場所。87個。カメラ、外も含めて。警備兵、36人。他、121人』
『すごい。施設内のことが丸わかりだね」
『ソフィア。すごい?』
『うん。すごい。偉いよ』
『褒めろ。して』
自慢げな色をその無表情へわずかに加えて、ソフィアは宙を泳いできてアキの膝の上に頭を乗せる。
アキはその青い髪をゆっくりと撫でながら、はめ殺しの窓の外を見た。
――あの部屋も、たしか開けられない窓だったな……。
ふと既視感が思い浮かぶ。だが、アキはすぐに目線を上に上げて考えた。
あの部屋とは、どの部屋のことだろうか、と。
思い出せない。忘れたというよりも、そこに入っていたピースが抜けて落ちているかのような違和感がある。
異世界での記憶を、自分は何か特殊な形で失っているのかもしれない。
ソフィアが何も言わないことを見ると、ここにいても恐らく答えは転がってこない。
ならば――。
『ソフィア。機会が来たら、ここを出ようか』
『Yes。ソフィアへ。任せて』
『うん』
ソフィアは最初からすぐにでもここを出たいと言っていた。
アキがその意見に同調したことが嬉しいのだろう。
彼女の姿が消えると、腕輪がほんのわずかに光を帯びる。ソフィアがその力を使っている証拠だ。
脱走の機会がいつ来るかはわからないが、体力を温存しておこう。
アキはそう判断して、再びベッドへ横になった。
すると、すぐに眠気がやってくる。
自分が戻ってきたというこの世界の変わりように、少し頭が疲れたのかもしれない。
そう思っているうちに、アキはいつの間にかに眠りに落ちていたのだった。
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