25年の時を超えた異世界帰りの勇者、奇跡の【具現化】で夢現の境界で再び立ち上がる ⛔帰還勇者の夢現境界侵食戦線⛔

阿澄飛鳥

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第13話 立ち止まるのだけは

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 鮮血という言葉があるが、魔物を狩っているときにはその表現は使えない。
 
 なぜなら魔族の血は暗い紫で、お世辞にも鮮やかな色とは言えないからだ。
 アキは眼球に銃撃を食らって破裂する【牛頭】の顔を見ながら、そんなことを思う。
 
 体の動くままに任せるアキの思考は、もはや無意識に近い。
 巨大な手を伸ばしてくる【ひとつ目】を、こん棒を振り上げる【牛頭】を、ただただ効率的に斬り続けるだけだ。
 
 そうしていればいずれ終わる。
 
 とはいえ、臓物と血の濃厚な臭気は不快極まりない。
 腹に刺した剣を斬り上げて頭まで真っ二つにした【牛頭】を最後に、魔物の集団はすべて骸として地面に横たわった。
 
『敵性存在、殲滅』
「この程度か。しかし、なぜここに魔物がいる?」
『不明』
 
 ソフィアでもこの状況はわからないらしい。
 そして同時に、アキは異常なほどに冷静な自分を俯瞰する。
 
 剣をどこで学んだのか。敵の体を斬り飛ばすこの膂力はなんなのか。異形の化け物に恐れを抱かないこの心は、この意識はなんなのか。
 
 すべては自分が勇者だから、という答えに帰結してしまう。
 
 それ以上の答えはいらないのかもしれない。けれど、それはおかしい。自分はそんな冷めた人間だっただろうか。
 
 自問自答の末に、やはり鍵は自分の記憶であることをアキは悟った。
 アキがここに来たタイミングで偶然、魔物が現れるわけはない。
 そこには恐らく理由があるのだろう。
 
 だから、ここに来たことは無駄ではなかった。今はそれでいい。
 
「アキくん! 怪我はない!?」
 
 戦いを終えて立ち尽くしていたアキに槇原が駆け寄ってくる。
 魔物の死体を踏み分けてくる辺り、彼女も戦い慣れているのだろうとアキは思った。
 
「ああ、問題ない」
「――っ!? す、すぐに逃げるわよ! ここにいたら巻き込まれる。――長渕、武田、先に退け!」
 
 耳元を抑えながら槇原が叫ぶと、気配を感じていた場所で一瞬だけ何かがチラっと光る。
 あれは噂程度に聞くスコープの反射か、と思っていると、どこからかヘリのローター音が響いてきた。
 
「くそっ、始まる! 急いで!」
 
 槇原に手を引かれながらアキが振り返ると、4機のヘリが巨大な花の魔物を囲むのが見える。
 そして、一斉にヘリの機銃が火を噴き、耳をつんざく射撃音がこだました。
 
 再び雄たけびをあげる魔物が、その花弁を振り回す。
 すると、何かキラキラと光る粒子が舞うのを見て、アキの背中に冷たいものが走った。
 
「ダメだ! ヘリを遠ざけろ!」
「えっ!?」
 
 ――間に合わない。
 
 そう思ったアキは槇原の手を振り払って、左手をかざす。
 瞬間、凄まじい爆風がアキたちを襲った。


 ◇   ◇   ◇
 

『ぐっ! ハンマー02、操縦不能! 墜落する!』
『こちらセイバー01! 高度を維持できない!』
 
「ぐっ……」
 
 インカムから聞こえる無線に焦りと混乱の怒号が響く。
 槇原は痛む体を歯を食いしばって賦活させながら、アスファルトに手をついて上体を起こした。
 
『アリエスリーダー、応答してください。アリエスリーダー! 槇原一尉!』
 
 自分を呼ぶ声に槇原は返答しようとしたが、ぐらりと視界が傾いでその場に倒れる。
 
 無線が聞こえる辺り、鼓膜は無事なようだ。だが、衝撃に脳震とうを起こしている。
 そう冷静に判断しながら、槇原は周囲を目だけで見回した。
 
 あの少年は無事だろうか。
 任務だから、というだけではない。大人として、子供を守ることは責務だ。
 
 すると、急に槇原の体が何かに持ち上げられる。
 
 内心ギョっとして見ると、探していた少年の顔が思いのほか近くにあった。
 
 自分を抱えているのは、松里アキだったのだ。
 
 いくら男の子とはいえ、脱力した人間1人を抱えるのは厳しいだろうに。
 そう思ったが、アキは軽々と跳躍して、森の中に槇原の体を下ろす。
 
「アキ……くん」
「槇原さん、すまない。少し行ってくる」
 
 ――少しってなに? 行ってくるってどこに!?
 
 口が上手く動いたのならそう叫んでいたところだったが、あいにく槇原の体は自由に動かない。
 アキはその場に槇原を置いて、雲に爆発の光が反射する方向へ走っていくのだった。
 

 ◇   ◇   ◇
 
 
 自分はあれと戦ったことがある。
 
 腰から生える翼――【霊翼】による加速を受けつつ、アキはトンネルを疾走する。
 明確な記憶はない。だが、その姿や音からくる既視感がそう叫んでいる。
 
 そして、この場に自分がいることに、アキは形容しがたい運命のようなものを感じていた。
 
『マスタ。戦う必要、ない。義務、も』
「……ああ」
『質問。なぜ? 戦う』
「わからん」
 
 ソフィアの質問にそう答えると、怒ったような顔の絵文字が視界に表示される。
 今の絵文字はこういうのものなのか、と思いつつ、アキは言葉を続けた。
 
「わからないが、戦えばわかる気がしている」
『わからない。そのまま、駄目?』
「それでも構わない。戦った先で、なお明らかにならないのなら。だが……」
 
 戦ってほしくない。
 ソフィアの言葉には、そんな気持ちをアキは感じる。
 
 きっと自分のことを案じてのことで、彼女は自分を本当に大事に思ってくれているのだろう。
 
 だが、アキは止まれない。一度は止まろうとした自分が異世界に行って、何を成し、何を見たのか。
 それをアキは知りたい。大事なものが、そこに在る気がする。その答えが、このトンネルの先にある気がするのだ。
 
 戦うのは怖くない。だが――。
 
「立ち止まるのだけは、ごめんだ」
 
 アキは花弁がこちらに向くのを見上げながら、剣を構える。
 腰の翼が大きく開いて、発光した。
 
「だから、俺は――」
 
 アキは言う。
 その声が山に響くのと、巨大な花から伸びた蔓に体を弾き飛ばされるのは同時だった。


 ◇   ◇   ◇


『CP! こちらハンマー01。戦闘区域に民間人を視認、射撃の可否を……あぁっ! くそッ!』
『死んだ。木佐貫、攻撃を続行するぞ』
『くそくそくそっ! 了解!』
 
 指令室に現地のヘリパイロットの悲痛な声が響く。
 大木は巨大なモニターに映された戦術情報を見ながら、オペレーターに声をかける。
 
「槇原はどうした?」
「バイタルは確認していますが、応答ありません」
 
 先ほどから繰り返し槇原に呼びかけていたオペレーターが振り返り、渋い顔で答えた。
 大木は頷くと、もう1人の銀髪を揺らすオペレーターに確認する。
 
「今の民間人は……保護対象人物パッケージか?」
「はい」
 
 その言葉に、他のスタッフたちから痛ましそうな声が上がった。
 大木は深くため息をつく。だが、すぐに顔を上げると、全体に指示を出した。
 
「ハンマー、セイバーは距離を取れ。偵察部部隊は任務を続行、特科の射撃で様子を見る。槇原は長渕と武田に回収させろ」
 
 目標は相変わらず、その巨大な花弁を振り回して雄たけびを上げている。
 それをモニター越しに睨みつつ、大木は朝に顔を合わせた少年の顔を思い浮かべた。
 
 しかし、ふと先ほどの銀髪のオペレーターを見ると、その顔に予想していたような動揺はない。
 
 むしろ、何かを確信しているかのように口元をきゅっと結んで、凛とした表情をしている。
 大木は彼女が何を考えているのかわからない。
 
 目の前で渇望していた人物が殺されたというのに、あの表情はなんだ。
 
「いや、まさか……」

 良い予感と悪い予感、その矛盾した予想を思いながら、大木はモニターへと振り返る。
 そしてパッケージが殴り飛ばされた先――その粉塵の中で少年が立ち上がるのを見た。
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