22 / 43
第22話 夢はあるかい?
しおりを挟む
「じゃあ次にこの前の検査の結果だけれども」
「はい」
大木が鞄から取り出した書類を一瞥して、「うん」と頷く。
「これはなかったことにしよう!」
「司令?」
笑いながら書類を鞄に戻した大木が笑ってごまかすのを、槇原は睨んだ。
「いや、別に普通の健康診断の値だけ見れば正常なんだがね。ちょっと表に出せない結果が出てしまっているから、そういうことで頼む」
「大丈夫です。異常があったらソフィアが教えてくれますから」
「そうだろうね」
大木は何かを理解しているように言う。
すると槇原が間に入ってきて、アキは肩を掴まれた。
「アンタ、それでいいの? ちょっと自分に関心なさすぎじゃない?」
そう問われて、アキは内心その言葉を否定した。
アキは自分の健康に興味がないのではない。
その現代医療で行われた検査結果というものに興味がないのだ。
すると、ソフィアが槇原の手を払って、アキの前へと立ちふさがる。
「やめろ。触れる、な」
「あんだと!」
その言葉にカチンときたのか、槇原が食って掛かった。
「まぁまぁ、2人とも」
「ソフィア」
二人は大木になだめられ、アキはソフィアの体を抱きしめてベッドの上へと戻す。
ソフィアはまだこの人たちを信用していないらしい、とアキは思った。
仕方なく髪を撫でて落ち着かせると、ソフィアは仕方なさそうにアキへと体を預けてくる。
「最後に、今後のことを話そうか。君の社会復帰について」
「社会復帰……ですか」
「うん。アキ君がどのくらい異世界にいたのかはわからないが、君の教育が高校1年生で止まっていることと、一般常識も25年遅れてしまっているのは確かだ。君は今一度、学び直す必要がある」
「でも高校に行くお金が……」
アキはこの世界では孤独だ。
異世界に旅立つ前の時点でそうだったのだから、25年経った今にアキの保護者となってくれる人間がいるとは思えない。
そのことくらいは知っているはずなのに、とアキが首を捻らせると、大木はサングラスの位置を直して言う。
「ああ、今は通常の助成金に加えて、境獣関連で被災した未成年への援助制度があるんだ。それがなくとも君は我々にとって貴重な存在だからね。諸々の支援は行おう。で、これは私個人の見解なんだが、お金や学力の話は抜きにして、君は高校……望むなら大学にも通っていいと思っている」
「なんでですか?」
アキは反射的に聞いてしまった。
正直に言えばアキは今更、現代社会に復帰することを億劫に感じている。
なぜなら、アキは社会と言う構造からはみ出ても生きていけることを知ってしまったからだ。
大木はそれを察したのだろう。
コーヒーを置いて、少し声を低くして言う。
「君は今、この日本で就きたい職業や夢はあるかい?」
「――……ゆめ?」
問われて、アキは困惑した。
夢、という単語を思い浮かべて頭が真っ白になったこともある。
しかし同時に、一度はこの世界からいなくなろうとした自分にそんなものがあるわけがないと自覚があったからだ。
しばらくアキが沈黙していると、大木は慌てて制すように手を上げる。
「アキ君、すまない。もし落ち込ませてしまったら申し訳なかった。夢なんてものはわからなくていいんだ。私くらいの年齢になって、会社員をやめて喫茶店をやりたいなんて夢をやっと見つけるおじさんはいっぱいいる。ただ、私は君に……その勇者という役割以外の道もあるということを考えてほしいんだ」
その言葉の重さはアキにもなんとなくわかった。
大木が本気で自分のことを考えてくれている、ということを理解して、アキは訊く。
「……それを考えるために学校へ行った方が良い、ということですか?」
「あくまで私のエゴ。25年後という時に放り出されたひとりの高校生としての君を見て、私が押し付けている理想だがね」
言うと大木はコーヒーを啜った。
そして、意外にもそれに同調する声が隣から上がる。
「ソフィア、も。そう思う」
それまで髪を撫でていた手を掴まれて、アキは視線を下げた。
猫のように丸くなってベッドにやっと収まった長身の少女が、寝ながらも真っ直ぐにこちらを見ている。
「マスタ。取り戻せる。人生」
「取り戻す……?」
その響きにアキはどこか違和感を感じたが、ソフィアが言うのならそうした方がいいのかもしれない。
異世界に行って、剣を振るっていた自分が、30年越しに再び学生になる。
ちゃんと友達はできるのだろうか。日本語での読み書きは問題ないだろうか。
様々な心配が頭にちらつくが、アキは気づけば頭を下げていた。
「夢とか仕事とか、見つけられるかわからないですけど、お世話になっていいですか」
ここで断ることは、自分にとって立ち止まることと同じのような気がしたのだ。
もし学生に適応できなかったのなら、またソフィアと一緒に逃げてしまえばいい。
アキは闇に向かって身を投じることに躊躇はない。
「うん。任せてくれ」
大木は満足そうに笑う。
すると、槇原も嬉しそうに笑いかけてきた。
「もう脱走すんなよ!」
「話しかける、な」
「あんだと!」
この二人は反りが合わないなぁ、と思いつつ、アキはソフィアの髪を撫でて宥めるのだった。
「はい」
大木が鞄から取り出した書類を一瞥して、「うん」と頷く。
「これはなかったことにしよう!」
「司令?」
笑いながら書類を鞄に戻した大木が笑ってごまかすのを、槇原は睨んだ。
「いや、別に普通の健康診断の値だけ見れば正常なんだがね。ちょっと表に出せない結果が出てしまっているから、そういうことで頼む」
「大丈夫です。異常があったらソフィアが教えてくれますから」
「そうだろうね」
大木は何かを理解しているように言う。
すると槇原が間に入ってきて、アキは肩を掴まれた。
「アンタ、それでいいの? ちょっと自分に関心なさすぎじゃない?」
そう問われて、アキは内心その言葉を否定した。
アキは自分の健康に興味がないのではない。
その現代医療で行われた検査結果というものに興味がないのだ。
すると、ソフィアが槇原の手を払って、アキの前へと立ちふさがる。
「やめろ。触れる、な」
「あんだと!」
その言葉にカチンときたのか、槇原が食って掛かった。
「まぁまぁ、2人とも」
「ソフィア」
二人は大木になだめられ、アキはソフィアの体を抱きしめてベッドの上へと戻す。
ソフィアはまだこの人たちを信用していないらしい、とアキは思った。
仕方なく髪を撫でて落ち着かせると、ソフィアは仕方なさそうにアキへと体を預けてくる。
「最後に、今後のことを話そうか。君の社会復帰について」
「社会復帰……ですか」
「うん。アキ君がどのくらい異世界にいたのかはわからないが、君の教育が高校1年生で止まっていることと、一般常識も25年遅れてしまっているのは確かだ。君は今一度、学び直す必要がある」
「でも高校に行くお金が……」
アキはこの世界では孤独だ。
異世界に旅立つ前の時点でそうだったのだから、25年経った今にアキの保護者となってくれる人間がいるとは思えない。
そのことくらいは知っているはずなのに、とアキが首を捻らせると、大木はサングラスの位置を直して言う。
「ああ、今は通常の助成金に加えて、境獣関連で被災した未成年への援助制度があるんだ。それがなくとも君は我々にとって貴重な存在だからね。諸々の支援は行おう。で、これは私個人の見解なんだが、お金や学力の話は抜きにして、君は高校……望むなら大学にも通っていいと思っている」
「なんでですか?」
アキは反射的に聞いてしまった。
正直に言えばアキは今更、現代社会に復帰することを億劫に感じている。
なぜなら、アキは社会と言う構造からはみ出ても生きていけることを知ってしまったからだ。
大木はそれを察したのだろう。
コーヒーを置いて、少し声を低くして言う。
「君は今、この日本で就きたい職業や夢はあるかい?」
「――……ゆめ?」
問われて、アキは困惑した。
夢、という単語を思い浮かべて頭が真っ白になったこともある。
しかし同時に、一度はこの世界からいなくなろうとした自分にそんなものがあるわけがないと自覚があったからだ。
しばらくアキが沈黙していると、大木は慌てて制すように手を上げる。
「アキ君、すまない。もし落ち込ませてしまったら申し訳なかった。夢なんてものはわからなくていいんだ。私くらいの年齢になって、会社員をやめて喫茶店をやりたいなんて夢をやっと見つけるおじさんはいっぱいいる。ただ、私は君に……その勇者という役割以外の道もあるということを考えてほしいんだ」
その言葉の重さはアキにもなんとなくわかった。
大木が本気で自分のことを考えてくれている、ということを理解して、アキは訊く。
「……それを考えるために学校へ行った方が良い、ということですか?」
「あくまで私のエゴ。25年後という時に放り出されたひとりの高校生としての君を見て、私が押し付けている理想だがね」
言うと大木はコーヒーを啜った。
そして、意外にもそれに同調する声が隣から上がる。
「ソフィア、も。そう思う」
それまで髪を撫でていた手を掴まれて、アキは視線を下げた。
猫のように丸くなってベッドにやっと収まった長身の少女が、寝ながらも真っ直ぐにこちらを見ている。
「マスタ。取り戻せる。人生」
「取り戻す……?」
その響きにアキはどこか違和感を感じたが、ソフィアが言うのならそうした方がいいのかもしれない。
異世界に行って、剣を振るっていた自分が、30年越しに再び学生になる。
ちゃんと友達はできるのだろうか。日本語での読み書きは問題ないだろうか。
様々な心配が頭にちらつくが、アキは気づけば頭を下げていた。
「夢とか仕事とか、見つけられるかわからないですけど、お世話になっていいですか」
ここで断ることは、自分にとって立ち止まることと同じのような気がしたのだ。
もし学生に適応できなかったのなら、またソフィアと一緒に逃げてしまえばいい。
アキは闇に向かって身を投じることに躊躇はない。
「うん。任せてくれ」
大木は満足そうに笑う。
すると、槇原も嬉しそうに笑いかけてきた。
「もう脱走すんなよ!」
「話しかける、な」
「あんだと!」
この二人は反りが合わないなぁ、と思いつつ、アキはソフィアの髪を撫でて宥めるのだった。
1
あなたにおすすめの小説
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』
チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。
家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!?
主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる