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第29話 そういう生き物だね
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「じゃあこれで今日はおしまいだよ。お疲れ様」
伊達は手をパンと叩いて目の前の少年に微笑みかける。
カウンセリングの時間は30分程度で終わらせるのが常識だ。
話では特殊な子供らしいが、高校生にとってそれ以上の集中はあまり期待できない。
だからこそ、暑い窓際でアキがコーラを飲みほした段階で、伊達はカウンセリングを終わらせることにした。
正直に言えば、最初の会話の時点で十分な意義は得られていたから、あとは雑談をしていただけである。
「ありがとうございました」
「こっちこそ付き合ってくれてありがとうね。また何カ月か経ったら顔を見に来るから、またお話してくれよ」
「はい。失礼します」
そうしてアキが部屋をあとにした後、伊達はスマフォを取り出して電話をかける。
『はい』
「僕だよ。彼と話してみた。感想が聞きたいかと思って電話したんだけど」
『そうだな。是非聞きたい。どうだった。彼は』
電話の相手は伊達の長年の付き合いの友人だ。
今はやんごとなき職務についているお偉いさんでもある。
それでも、こうしてフランクに話してやることが、彼にとって一つのストレス発散になることを知っていた。
「実は結構良い表現を思いついたんだ。彼はあれだ。牙を隠した草食動物だね」
『よくわからんな。お前の表現は』
「ははは。まずは、そうだね。彼は見た目にはとても落ち着いている。警戒していないように見える。恐れの片鱗が見えないんだ」
呆れたように言う友人に、伊達は得意げに指を立てて話す。
電話では相手から見えないが、職業病とでも言うのだろうか。
話しているとこうした動きが自然と出てしまうのだ。
「この恐れというのは自分に対する危害以外に、罪の意識や心の弱い部分を刺激されたときの反応でも垣間見える。だが彼にはそれがない。彼、なにかしらの向精神薬なんか飲んでる?」
『いや、そんな報告はなかったはずだ』
「そうだよね。僕とのつまらない会話でも欠伸のひとつも出なかったし、逆にテンションが上がることもなかった。時間にして30分程度だけれど、ずっと同じ調子だ」
本来なら、この30分はアキにとって自分を振り返る良い刺激の話のはずだった。
だが、彼は返答に多少悩むことはあっても詰まることはなく、また饒舌になることもなかった。
「これはたぶん、僕との会話に集中していたんじゃない。警戒していたんだと思う」
『お前にか?』
「いや、すべてにさ。このカウンセリング室、僕が出したコーラ、廊下を歩く人影、校庭に響く生徒の声、そして目の前の僕。それでいて何があってもそれを撃退、または許容できる自信がある。そういう生き物だね」
それを感じたのは伊達がコーラ運んできた瞬間だ。
どちらの瓶を渡すのか、それをどう置くのか、伊達の顔を見ているようで、彼はその目に映る全てを見ているように感じた。
その上、こちらが彼を観察していることにも気づかれてしまう始末。
少し事情のある高校生を見るつもりが、とんでもない相手と対面してしまった。
『生き物とはな』
「別に人間じゃない、なんて言ってるんじゃないよ。僕としては褒め言葉に近い。彼は人間以上に複雑で、何か大きなものを持っていると感じるんだ」
大概の高校生の考えていることを伊達は理解できる。
早くこの場を終わらせたくて適当に話を合わせる子。悩みがあって、それを素直に言える子。その悩みを表現できずに、全く違うことを言ってしまう子。そもそも話を聞くということができない子。
理解できるといっても様々で、その全てを見透かせるなどとは伊達は奢ってはいない。
だが彼は違った。
ここにいるようで、意識はここにいない。
彼は伊達を見ているはずが、その奥のドアを、そしてどこか遠くの何かを見ているかのような目をしていた。
そんな人間を伊達は初めて見た。
『言わんとしていることもわかる。彼の行動は……彼自身にもわからない目的があるように思える』
「けれど認知的不協和によるストレスも僕には読み取れなかったな。これはちょっと僕の領分から外れるけど、予想しておこう」
『やめてくれ。お前の予想はだいたい当たる』
「ははは、それならなおさら聞くべきじゃないか。――彼を御するのは不可能だと思うよ」
子供に接しない大人ほど、子供を操れると勘違いする。
それは大いなる慢心だと伊達は思うのだ。
彼らは年相応に世間知らずで確かに騙されやすい。影響されやすい。
けれど、彼らは彼らなりに考え、学び、感じ取っている。
そんな彼らだからこそ対等な立場で意見を言い合い、共に学ぶことが肝要だと思うのだ。
だが、松里アキは違う。
対等な立場などおこがましい。
彼は誰とも対等ではない。なにがとは形容できないが、彼は伊達や友人よりも【上】に位置している存在だ。
『……だがそれが命令だ』
友人は声を低くして言う。
伊達はそれを軽く笑い飛ばして、現実と上司に板挟みにされる彼を憂いた。
「そんなこと僕に言っていいのかい?」
『ただの愚痴さ。とにかくお前の目を通して感じたことは理解した。すまなかったな』
「いいよ。また次も呼んでくれ。僕も彼に興味がある」
本来、伊達は対談する相手に引き込まれてはいけない。
あくまで一定の距離を保ち、それを第三者として助けることが仕事だからだ。
そんなことは当然、わかっている。
だが松里アキという存在に惹かれていることを認めることもまた、伊達の精神衛生上に必要なことだった。
伊達は手をパンと叩いて目の前の少年に微笑みかける。
カウンセリングの時間は30分程度で終わらせるのが常識だ。
話では特殊な子供らしいが、高校生にとってそれ以上の集中はあまり期待できない。
だからこそ、暑い窓際でアキがコーラを飲みほした段階で、伊達はカウンセリングを終わらせることにした。
正直に言えば、最初の会話の時点で十分な意義は得られていたから、あとは雑談をしていただけである。
「ありがとうございました」
「こっちこそ付き合ってくれてありがとうね。また何カ月か経ったら顔を見に来るから、またお話してくれよ」
「はい。失礼します」
そうしてアキが部屋をあとにした後、伊達はスマフォを取り出して電話をかける。
『はい』
「僕だよ。彼と話してみた。感想が聞きたいかと思って電話したんだけど」
『そうだな。是非聞きたい。どうだった。彼は』
電話の相手は伊達の長年の付き合いの友人だ。
今はやんごとなき職務についているお偉いさんでもある。
それでも、こうしてフランクに話してやることが、彼にとって一つのストレス発散になることを知っていた。
「実は結構良い表現を思いついたんだ。彼はあれだ。牙を隠した草食動物だね」
『よくわからんな。お前の表現は』
「ははは。まずは、そうだね。彼は見た目にはとても落ち着いている。警戒していないように見える。恐れの片鱗が見えないんだ」
呆れたように言う友人に、伊達は得意げに指を立てて話す。
電話では相手から見えないが、職業病とでも言うのだろうか。
話しているとこうした動きが自然と出てしまうのだ。
「この恐れというのは自分に対する危害以外に、罪の意識や心の弱い部分を刺激されたときの反応でも垣間見える。だが彼にはそれがない。彼、なにかしらの向精神薬なんか飲んでる?」
『いや、そんな報告はなかったはずだ』
「そうだよね。僕とのつまらない会話でも欠伸のひとつも出なかったし、逆にテンションが上がることもなかった。時間にして30分程度だけれど、ずっと同じ調子だ」
本来なら、この30分はアキにとって自分を振り返る良い刺激の話のはずだった。
だが、彼は返答に多少悩むことはあっても詰まることはなく、また饒舌になることもなかった。
「これはたぶん、僕との会話に集中していたんじゃない。警戒していたんだと思う」
『お前にか?』
「いや、すべてにさ。このカウンセリング室、僕が出したコーラ、廊下を歩く人影、校庭に響く生徒の声、そして目の前の僕。それでいて何があってもそれを撃退、または許容できる自信がある。そういう生き物だね」
それを感じたのは伊達がコーラ運んできた瞬間だ。
どちらの瓶を渡すのか、それをどう置くのか、伊達の顔を見ているようで、彼はその目に映る全てを見ているように感じた。
その上、こちらが彼を観察していることにも気づかれてしまう始末。
少し事情のある高校生を見るつもりが、とんでもない相手と対面してしまった。
『生き物とはな』
「別に人間じゃない、なんて言ってるんじゃないよ。僕としては褒め言葉に近い。彼は人間以上に複雑で、何か大きなものを持っていると感じるんだ」
大概の高校生の考えていることを伊達は理解できる。
早くこの場を終わらせたくて適当に話を合わせる子。悩みがあって、それを素直に言える子。その悩みを表現できずに、全く違うことを言ってしまう子。そもそも話を聞くということができない子。
理解できるといっても様々で、その全てを見透かせるなどとは伊達は奢ってはいない。
だが彼は違った。
ここにいるようで、意識はここにいない。
彼は伊達を見ているはずが、その奥のドアを、そしてどこか遠くの何かを見ているかのような目をしていた。
そんな人間を伊達は初めて見た。
『言わんとしていることもわかる。彼の行動は……彼自身にもわからない目的があるように思える』
「けれど認知的不協和によるストレスも僕には読み取れなかったな。これはちょっと僕の領分から外れるけど、予想しておこう」
『やめてくれ。お前の予想はだいたい当たる』
「ははは、それならなおさら聞くべきじゃないか。――彼を御するのは不可能だと思うよ」
子供に接しない大人ほど、子供を操れると勘違いする。
それは大いなる慢心だと伊達は思うのだ。
彼らは年相応に世間知らずで確かに騙されやすい。影響されやすい。
けれど、彼らは彼らなりに考え、学び、感じ取っている。
そんな彼らだからこそ対等な立場で意見を言い合い、共に学ぶことが肝要だと思うのだ。
だが、松里アキは違う。
対等な立場などおこがましい。
彼は誰とも対等ではない。なにがとは形容できないが、彼は伊達や友人よりも【上】に位置している存在だ。
『……だがそれが命令だ』
友人は声を低くして言う。
伊達はそれを軽く笑い飛ばして、現実と上司に板挟みにされる彼を憂いた。
「そんなこと僕に言っていいのかい?」
『ただの愚痴さ。とにかくお前の目を通して感じたことは理解した。すまなかったな』
「いいよ。また次も呼んでくれ。僕も彼に興味がある」
本来、伊達は対談する相手に引き込まれてはいけない。
あくまで一定の距離を保ち、それを第三者として助けることが仕事だからだ。
そんなことは当然、わかっている。
だが松里アキという存在に惹かれていることを認めることもまた、伊達の精神衛生上に必要なことだった。
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