典型的大学生のループ漂流記

ごまどうふ

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灰色のキャンパスライフ

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    私はとある私立大学の理工学部2回生である。
   とりたてて目立つ所もなければ変態的特徴もない平々凡々とした人間だが、それを自覚しながらも己の意思で直すことも出来ない一般的な大学生だ。
   今私は2回生春終盤にさしかかろうとしているが、ここまで送ってきた大学生活1年と数ヶ月は不毛なものであったと言わざるおえない。
    勉学に励み、心身を鍛え、運命の相手と懇ろになるのもやぶさかではないと、妄想に耽っていた高校生の自分を今となっては撃ち抜きたくすらある。
    大学生となった私が実際に撃ち抜いたのは単位表のC,D,Fの文字であったが。
    取らぬ狸の皮算用とはいうが、まさか狸の姿すら見ていないのに皮の使い道をのうのうと考えていたのは私くらいのものであろう。
    あの頃描いた私の将来像の成れの果てがこれだというのか、これではあまりにもあまりではないか。
    私ほどの人間がこの程度のはずがないのである。
    私にはもっと別の可能性があり、その道ではさぞ充実した大学生活を送っていたに違いない。

「それは無理というものでしょう。というかいつもそんなこと考えてたんですか、それこそ不毛というものでしょうに」
「うるさい、私は自分の可能性について論じたいだけだ」

    私の思考を読まれたのかと思ったが、どうやら口に出ていたらしい。
    目の前であっけらかんとして言い放ったこの男。彼は及川といい私と同回生であり理工学部であり、たまたま入学式の座席が隣だったことからここまでズルズルと妙な関係が続いている。
    成績は私をも下回りもはや卒業する気があるのか疑いたくなる程であるが、本人は何故か余裕そうに単位などどこ吹く風である。
    知り合ってしばらくしてから分かったことだが、普段は大人しく影も薄い奴にも関わらず時折突拍子もないことを始めることがあった。
    その時のスケールはあまりに大きすぎて私のような凡人には凡そ理解できない、簡単に言えば変人の部類である。
    及川が先生と呼称している謎の人物に従事しているというだけでその変人さがわかって頂けただろうか。

「それにしても可能性ですか。まぁ言葉的にいえば可能性がゼロの状態などというものはこの世界にありませんからね、例えば僕が人ではない可能性もゼロではないわけです」
「何が言いたい」
「あったかもしれない世界なんか考えても仕方ないってことですよ。それはその世界のあなたであって今のあなたとは別人ですから」
「私は哲学を語りたいとは言ってない。そういうのは暇人にでもやらせておけば良いのだ」

    我々が今そうであるわけだが。
    とにかく及川はこのように変わった言い回しを多用するところがあり、全く意味の無い言葉を弄して私をからかっているようにも思えた。
    そもそもニコニコと笑みを浮かべながら、まるで違う世界を見ているようなのだ。

「ちなみにですが具体的にはどの辺りからやり直せば満足するのですか?」
「そうだな・・・・・・。強いて言うなら入学当初辺りからだ」
「それはまた随分と欲深いですね」
「というか具体的にはお前に出会う前だ。お前に関わるとろくなことがない、幾つの面倒事に巻き込まれたと思っている!」

    行儀が悪いとは分かっているが、満身の怒りを込めて箸で及川の方を刺した。
    及川が大学に来てから引き起こした事件は数知れず、誰にも認知されずに闇に消えていったものも含めれば膨大なものだろう。
    そして何故か私が関わると本意不本意に関係せず、何故か私にツケが回って奔走するハメになるのだ。
    ちなみに事件といっても誰かに重大な損失が出たといったことは聞かない、要は全く無駄なことに及川は熱意を注ぎ続けているのだ。
    巻き込まれる方の気持ちにもなって欲しい。

「まぁそれについては僕も悪いとは思っているんですよ」

    そうは口では言いつつもケラケラと笑う及川の姿からは謝罪も反省も欠片も感じない。
    流石に一睨みすると少し真面目な顔をする、それでもゆったりとした笑みは消えないが。

「ほんと、ほんとですよ。確かに親友であるあなたを巻き込みすぎたなとは思いますし、もしかしたら別の道を歩めばもっと良い生活を送っている可能性があったのかもしれない」
「誰が親友だ。そう思うのならちょっとは大人しくしていてくれないか」
「それは無理です、私のこれは人生の一部ですから。ですがそうですね」

    そこで及川は腕時計をチラリと確認する。

「そう言えば今日が期限のレポートがあったはずですが、もう出しましたか?」
「忘れていた!」

    私は慌てて席を立つ。昨夜カフェインで無理に覚醒させた頭で捻り出したレポートが、このままではただの紙屑に成り果ててしまう。

「お前はもう出したのか」
「いえ私は出すものすらありませんから」
「ここまでいくと清々しくすらあるな」

    何事にも焦ることなくただなすがまま、されるがままにされている姿は一種の悟りであろうか。
   そんなものに到達したいとも思わないが。
   とにかく私は残りのご飯を口へかき込み、食堂を飛び出した。




    何故現代にもなってレポートをわざわざ物理的に投函しに行かなければならないのか、甚だ疑問である。
    ネット経由の方が教授も管理が楽だろうし生徒も無駄な移動をせずに済むではないか、と不満もほどほどに私は無事レポートを送り届けた。

「先輩、先輩じゃないですか」

    要は済んだと踵を返した私に背後から声がかけられた。

「御影、こんな所で会うなんて奇遇だな」
「そうですか? 先輩最近講義にもあまり出ていないようなので、心配していたんです」
「あぁそれは悪かった。どうしても破れない用事が立て続けにあってね」
「それはなんとも間の悪い用事ですね」

    全てを見透かしたように笑う女性。
    彼女は私と同じ理工学部所属の1回生である。私が1回生の時に単位を落とした講義の再履修に出ていると、「すいません、失礼かもしれませんが一つ上の先輩ですよね。私は1回生の御影というのですが」と、隣にいた彼女が初対面にも関わらず過去問を強請ってきたことは私も未だによく覚えている。
    このように物怖じせず人のプライベートスペースを破壊することには定評があり、私が1年かけて作り上げた百層はあろう某精神フィールドをくぐり抜けたのは彼女と及川くらいであろう。
    しかしその雰囲気からは想像出来ないほどに頭脳明晰、教授からも一目おかれるほどに優秀な学生である。

「それにしても今日は大学が騒がしいですね」
「知らないのか。明日は学園祭だぞ」
「なんと、そうでしたか。通りであちらこちらで皆さん忙しそうにしているわけです」

    御影は納得したと頷いた。
    興味があることには心血を注ぎ、興味が無いことには徹底的なまでの無関心を貫くのが彼女のスタンスである。
    無愛想ではあるが凛々しい顔立ちをしているため、今までに何人もの男が彼女によって散らされていったという噂もある。
    真偽の程は定かではない。

「その様子では何か出展のようなものはしないのだな」
「はい。私はサークルにも特に入っていませんし」
「何か面白そうなところはなかったのか?」
「特にどれも興味は引かれませんでしたね。そういう先輩はどうなんですか?」
「何か入っていたらこんなところで補習のレポートなんて出していないよ」

    そんな華々しい大学生活には縁がないのだ。
    外を見れば今までこんな人数がどこにいたのか、という学生達がステージ作りに看板製作と各自の仕事にわたわたとしている。

「じゃあ先輩はもう帰りですか?」
「そうだな。私がこんな所にいても邪魔になるだけだろうし」
「でしたら――」

    その時中央広場の方から悲鳴と歓声と怒号が一緒くたに湧き上がった。

「まて及川ぁ! 早く降りてこい!」
「また貴様か、今度は何をしようとしている!」

    中央広場には学祭の目玉として生徒部指導の下造られていた巨大な木造の時計塔。
    その上に曲芸じみたバランスで乗っかっている人影、見覚えのある及川の姿であった。
    それを取り囲む生徒部の面々、更にその騒ぎを物見遊山気分で見ようと野次馬が群がっている。

「今度という今度は逃がさんぞ! 大人しくこっちへ来てお縄につけ!」
「絶対にタダでは済まないというものじゃないですか。安全になるまで僕は降りませんよ!」

    及川をひっ捕らえようとする数々の事件の被害者達だが、なまじ数メートルはある時計塔のせいで及川に手が出せないでいた。
    その後しばらく膠着状態が続いた後、塔を揺らして落とせ! などと誰かが叫んだのが始まりであった。

「うわっちょっとほんとに危ないですって!」

    所詮学生が造った簡易的な木製時計塔、男衆が寄って集って力を込めれば思いのほか簡単に前後へと揺れ始めた。
    及川は喚き散らしながら時計塔の上でなんとかバランスを保とうとしている。

「及川先輩また何かやらかしたようですね」
「あいつまたか! すまないが御影、ちょっと様子を見てくる」
「気をつけてくださいね」

    群がる人混みの中へ体を差し込んで強引に前へと進んでいく。
    
「及川め・・・・・・、これで何度目だ」

    やっと時計塔へと近づいてきたその時、わっと周囲がざわめいて人の圧力が緩んだ。
    周りにつられて私が上を見上げると、ついにバランスを崩した及川が情けない悲鳴をあげながら落下してきたところだった。
    流石に下が草とはいえ背面から落ちればタダではすまない、まるで狙い済ましたかのように私のところへ落ちてくるので反射的に手を出してしまった。
    
    これは余談ではあるが、漫画などで落ちてくる人を受け止めるというのはよく見るだろう。
    しかしあんなものできるわけがない、数センチ上からだろうと自分と同じ重さのものを受け止めるなど貧弱大学生にできるものか。
    真面目な紳士淑女の諸君は絶対に、間違ってもたまたま落ちてきた男を受け止めようなどと考えないで欲しい。

    私のように勢いを全く抑えられず、及川に引っ張られて情けなく地面を転がるがオチである。

「及川、お前はまた何をやらかしたんだ」
「ちょっとした野暮用でして」

    及川は冷や汗を垂らしながらもにやりと笑う。
    痛む腰と手を庇いながら私は立ち上がった。

「倒れるぞ! 避けろ!」

    及川を落とすために揺らされた時計塔の勢いは及川の落下後も消えず、むしろ重りがなくなったせいで激しくなったようだ。
    スローモーションのように倒れていく時計塔が蜘蛛の子を散らすように皆が逃げた所へ叩きつけられ、木製故の耐久性の低さで木っ端微塵となった。
    一瞬の静寂。
    
「及川! お前どう責任を取るつもりだ」
「今のに関しては私に責任はないと思うのですが!」

    責任の擦り付けとして槍玉に上げられたのは、当然の帰着として及川であった。
    これに関しては私も理不尽であろうと思ったが。

「これはやばいですね、逃げますよ」

    何故か及川に引っ張られて私まで走り出した。

「待て、そこの二人!」
「なんで私まで追われなければいかんのだ!」

    しかし私も色々とやらかした覚えがない訳では無い。恐らく今追いかけて来ている中にも何人か私に恨みがある奴もいるに違いない。
    それについてはまた後々に語ることにしよう。今は逃走が最優先だ。

「次の曲がり角で別れましょう。私は右へ行きます、あなたは左へ」
「及川、次会った時は覚えていろよ」

    私の最後の恨み言も聞き流して、及川は天狗のような軽やかな身のこなしであっという間に遠ざかって行った。

「全く逃げ足だけは速いやつめ」






    その後なんとか下宿にたどり着いたのは三十分後のことであった。今でも校内では我々の捜索網が張られていることであろう。
    部屋の扉を開けてばたりと倒れ込む。

「もう1歩も歩けない」

    顔を上げると部屋の中央には見覚えのない物体が鎮座ましましていた。
    雑な合金の土台に赤いボタン。台座には今の私への当てつけのように人生リスタート、と彫られていた。
    悪戯にしてもタチが悪い、あまりにも私の精神をピンポイントで抉りにきている。
    何だか段々と腹が立ってきた。

「私の人生にはもっと良い道など幾らでもあったはずなのに! もっと薔薇色の大学生活も送れただろうに、及川のやつめ!」

    怒りを込めて拳をボタンへ叩きつけた。



    
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