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「今日、アダンと王立図書館に行ってくる」
「駄目だ」
早朝、部屋を訪ねてきたルネが放った言葉に、ジュストは脊髄反射で否定を返した。
「……報告に来ただけで、許可を貰いに来た訳じゃないんだけど」
ルネが外出する旨をジュストに伝えに来たのは、隊長職以上は緊急時に備え、非番の日に城外に出る際は団長もしくは副団長に報告する規定になっているからだ。
駄目だと言われることにすっかり慣れてしまっているのか、ルネは驚きも怒りもせず、じっとジュストを見上げている。
「王城の書庫で十分だろ。何で急に出掛けるんだ」
「アダンが誘ってくれた」
あの野郎――! ジュストは胸中でアダンを罵った。
ついこの間までルネの前では赤面して狼狽えているだけだったくせに、一度ルネを抱いたことで妙な度胸が付いてしまったらしい。
「駄目だ」
「……一人で出歩くなというお前の指示は守っているだろう。アダンとの約束を反故にしろというのなら、それだけの理由を示してほしい」
ルネの言い分は尤もだ。
そもそも、一人で出歩くのを禁止した理由もジュストの個人的な感情からだ。
ルネは世間知らずな上にとんでもなく鈍いが、見知らぬ者への警戒心は人並みに持ち合わせている。
安いナンパに引っ掛かったり、悪人に騙されたりする可能性は低い。
そもそも一目で高位貴族と分かるルネに手を出す者はそう現れないだろうし、何かあったとしてもルネは身を守るのに十分な力を持っている。
それでも、万が一ということがある。
幼少の頃とはいえ、家族が同じ空間にいる中で誘拐されかけたことがあるのだから。
何かあってからでは取り返しがつかない。
一生後悔するくらいなら、どれだけ疎ましがられようと、他人から行き過ぎだと思われようと構わない。
この重苦しい感情を、ルネは「幼馴染として心配している」程度にしか思っていないのだろう。
ジュストに伝える気がない以上、ルネがそう思うのも仕方がないと割り切って入るが、ルネに手を出した男と出掛けると聞いて黙っていられるはずがない。
「……とにかく、駄目なものは駄目だ」
ルネの眉が僅かにぴくりと動いたのをジュストは見逃さなかった。
ルネは反対されること自体ではなく、ジュストがその理由や根拠を示さないことが不満なのだろう。
だがあいにく、ルネの求めるような論理的な回答は持ち合わせていない。
「……わかった」
否定を繰り返すだけのジュストを見て、ルネは諦めたように小さく息を漏らした。
こういう時、ルネは決して無理に聞き出そうとはしない。
言いたくないというジュストの意思を尊重してくれているからだ。
「じゃあ、行ってくる」
だが、あくまでも「理由を言わない」ことを受け入れただけで、「行くな」というジュストの主張を受け入れた訳ではない。
ルネが普段、ジュストの横暴とも言える意見を聞き入れてくれるのは、それがルネにとってさほど重要でない事柄だからだ。
今回のように他人に影響が及ぶ場合でも、初めから跳ねのけたりはせず交渉には応じてくれるが、それ相応の根拠を求めてくる。
そして納得しない限り、ルネは自分の主張を曲げない。
ジュストは胸の内を明かすつもりはないし、どのみち明かしたところで説得材料になりはしない。
結局は「嫌だ」という子どもの我が儘のような感情なのだから。
打つ手がないジュストは、「なるべく早く帰ってこい」と返すことしかできなかった。
――ほんの数十分前の会話を思い返し、ジュストは苛立たしげに後頭部を掻きむしった。
浮かれているだろうアダンを視界に入れたくなくて、食堂には行かず逃げるように宿舎を出た。
早く帰れと言ったジュストに対してルネは「努力はする」と言ってはいたが、どうせ閉館時間になるまで読書に没頭しているだろう。
本に興味のないアダンが図書館に誘ったのは、ルネが応じやすいという理由もあるが、流れで夕食に誘いやすいからだろう。
夜の飲食店には酒が付き物だ。
酒が好きなルネは興味津々で付き合うだろう。
酔ったルネを抱きかかえるアダンの姿が脳裏に浮かび、思わず手の中にある書簡を握り潰しそうになった。
(いや――)
ジュストはゆっくりと息を吐き出した。
ルネはできない約束はしない。
逆に言えば、一度した約束は必ず守ろうとする。
つまり、意識が朦朧とするほど飲まない限り、アダンに身体を許すことはない。
門限を考えれば、ルネを酔わせてから連れ込み宿を探し、行為に及ぶ時間はないはずだ。
最悪のことだけは起こるまい――ジュストは自身に言い聞かせたが、苛立ちが消え去ることはなかった。
二人でいるというだけで不快なのだから、腹の虫が治まるはずもない。
せっかく書いた書簡がごみ屑にならないよう、もう一度息を吐き出してからジュストは足を速めた。
向かう先は、王城内にある郵便物を取り扱う部署だ。
団員の個々人に届いた手紙は使用人がまとめて宿舎に届けてくれるが、差し出す時はこちらから出向く必要がある。
ジュストが手にしているのは、ルネの父であるヴィレール公宛ての書簡である。
内容は勿論、外務卿の素行についてだ。
先日、ルネがジャルディノ公弟である外務卿から卑猥な下着を贈られていたことが発覚した。
外務卿はこれまでも、ルネに対し腰を抱き寄せたり尻を触ったりと過剰な接触を繰り返していたが、いよいよこれは捨て置けないとジュストは危機感を募らせた。
ヴィレール公ならジャルディノ家の面子を潰すことなく、上手く取りなしてくれるだろう。
万一他人に見られてもすぐに内容が分からないよう隠語を織り交ぜ、込み上がる怒りを堪えどうにか書き上げたのが昨晩のことだ。
(これで少しは大人しくなってくれるといいが――)
目的の部屋に着いたジュストは、本日三度目の溜め息とともに扉をノックした。
「駄目だ」
早朝、部屋を訪ねてきたルネが放った言葉に、ジュストは脊髄反射で否定を返した。
「……報告に来ただけで、許可を貰いに来た訳じゃないんだけど」
ルネが外出する旨をジュストに伝えに来たのは、隊長職以上は緊急時に備え、非番の日に城外に出る際は団長もしくは副団長に報告する規定になっているからだ。
駄目だと言われることにすっかり慣れてしまっているのか、ルネは驚きも怒りもせず、じっとジュストを見上げている。
「王城の書庫で十分だろ。何で急に出掛けるんだ」
「アダンが誘ってくれた」
あの野郎――! ジュストは胸中でアダンを罵った。
ついこの間までルネの前では赤面して狼狽えているだけだったくせに、一度ルネを抱いたことで妙な度胸が付いてしまったらしい。
「駄目だ」
「……一人で出歩くなというお前の指示は守っているだろう。アダンとの約束を反故にしろというのなら、それだけの理由を示してほしい」
ルネの言い分は尤もだ。
そもそも、一人で出歩くのを禁止した理由もジュストの個人的な感情からだ。
ルネは世間知らずな上にとんでもなく鈍いが、見知らぬ者への警戒心は人並みに持ち合わせている。
安いナンパに引っ掛かったり、悪人に騙されたりする可能性は低い。
そもそも一目で高位貴族と分かるルネに手を出す者はそう現れないだろうし、何かあったとしてもルネは身を守るのに十分な力を持っている。
それでも、万が一ということがある。
幼少の頃とはいえ、家族が同じ空間にいる中で誘拐されかけたことがあるのだから。
何かあってからでは取り返しがつかない。
一生後悔するくらいなら、どれだけ疎ましがられようと、他人から行き過ぎだと思われようと構わない。
この重苦しい感情を、ルネは「幼馴染として心配している」程度にしか思っていないのだろう。
ジュストに伝える気がない以上、ルネがそう思うのも仕方がないと割り切って入るが、ルネに手を出した男と出掛けると聞いて黙っていられるはずがない。
「……とにかく、駄目なものは駄目だ」
ルネの眉が僅かにぴくりと動いたのをジュストは見逃さなかった。
ルネは反対されること自体ではなく、ジュストがその理由や根拠を示さないことが不満なのだろう。
だがあいにく、ルネの求めるような論理的な回答は持ち合わせていない。
「……わかった」
否定を繰り返すだけのジュストを見て、ルネは諦めたように小さく息を漏らした。
こういう時、ルネは決して無理に聞き出そうとはしない。
言いたくないというジュストの意思を尊重してくれているからだ。
「じゃあ、行ってくる」
だが、あくまでも「理由を言わない」ことを受け入れただけで、「行くな」というジュストの主張を受け入れた訳ではない。
ルネが普段、ジュストの横暴とも言える意見を聞き入れてくれるのは、それがルネにとってさほど重要でない事柄だからだ。
今回のように他人に影響が及ぶ場合でも、初めから跳ねのけたりはせず交渉には応じてくれるが、それ相応の根拠を求めてくる。
そして納得しない限り、ルネは自分の主張を曲げない。
ジュストは胸の内を明かすつもりはないし、どのみち明かしたところで説得材料になりはしない。
結局は「嫌だ」という子どもの我が儘のような感情なのだから。
打つ手がないジュストは、「なるべく早く帰ってこい」と返すことしかできなかった。
――ほんの数十分前の会話を思い返し、ジュストは苛立たしげに後頭部を掻きむしった。
浮かれているだろうアダンを視界に入れたくなくて、食堂には行かず逃げるように宿舎を出た。
早く帰れと言ったジュストに対してルネは「努力はする」と言ってはいたが、どうせ閉館時間になるまで読書に没頭しているだろう。
本に興味のないアダンが図書館に誘ったのは、ルネが応じやすいという理由もあるが、流れで夕食に誘いやすいからだろう。
夜の飲食店には酒が付き物だ。
酒が好きなルネは興味津々で付き合うだろう。
酔ったルネを抱きかかえるアダンの姿が脳裏に浮かび、思わず手の中にある書簡を握り潰しそうになった。
(いや――)
ジュストはゆっくりと息を吐き出した。
ルネはできない約束はしない。
逆に言えば、一度した約束は必ず守ろうとする。
つまり、意識が朦朧とするほど飲まない限り、アダンに身体を許すことはない。
門限を考えれば、ルネを酔わせてから連れ込み宿を探し、行為に及ぶ時間はないはずだ。
最悪のことだけは起こるまい――ジュストは自身に言い聞かせたが、苛立ちが消え去ることはなかった。
二人でいるというだけで不快なのだから、腹の虫が治まるはずもない。
せっかく書いた書簡がごみ屑にならないよう、もう一度息を吐き出してからジュストは足を速めた。
向かう先は、王城内にある郵便物を取り扱う部署だ。
団員の個々人に届いた手紙は使用人がまとめて宿舎に届けてくれるが、差し出す時はこちらから出向く必要がある。
ジュストが手にしているのは、ルネの父であるヴィレール公宛ての書簡である。
内容は勿論、外務卿の素行についてだ。
先日、ルネがジャルディノ公弟である外務卿から卑猥な下着を贈られていたことが発覚した。
外務卿はこれまでも、ルネに対し腰を抱き寄せたり尻を触ったりと過剰な接触を繰り返していたが、いよいよこれは捨て置けないとジュストは危機感を募らせた。
ヴィレール公ならジャルディノ家の面子を潰すことなく、上手く取りなしてくれるだろう。
万一他人に見られてもすぐに内容が分からないよう隠語を織り交ぜ、込み上がる怒りを堪えどうにか書き上げたのが昨晩のことだ。
(これで少しは大人しくなってくれるといいが――)
目的の部屋に着いたジュストは、本日三度目の溜め息とともに扉をノックした。
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