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二週間前2
彼らの反発の根底には、貴族と平民という埋めがたい価値観の差がある。
血の滲むような努力と訓練を重ね騎士となった彼らが、公爵家に生まれただけで宮廷騎士団長に任命されたルネを嫌悪するのは当然の帰結だ。
ルネとて決められた未来への重圧を背負い研鑽を重ねてきたつもりだが、彼らからすればルネの努力など貴族のお遊びとしか思えないのだろう。
事実、中央騎士団の者はルネを含めた宮廷騎士団らを、苦労を知らぬままごと騎士だと揶揄している。
どのような考えを持とうと個人の自由ではあるが、努力や苦労など実体のないものを比較することはできないし、個々人で背景が異なるため比較自体が無意味だ。
それに、立場ある者が公の場で目的もなく非難するのは控えるべきだとも思う。
だが、嫌悪を剥き出しにする彼らの姿は、ある意味では裏表のない正直な態度だとも言える。
ルネへと寄せられる好意の中には、騎士団長や公爵家の力を利用しようとする思惑や、味方のふりをした悪意が含まれている可能性があることを、常に念頭に置いておかねばらならない。
好意を示してくる相手の腹の中を探らなければいけないのは、権謀術数が苦手なルネにとって酷く気が滅入る行為だ。
その点、悪意や嫌悪を向けてくる者に対しては気兼ねなく警戒できる。
宮廷騎士団長の立場に恥じない振舞いが必要にはなるが、好意を疑うことに比べれば精神的負担は少ない。
今回の件でいえば、そもそも合同訓練は両騎士団の対立を危惧した先王の発案で始まったと聞いている。
仲を取り持つ以外のメリットとして、普段と異なる訓練が良い刺激になることや互いの顔を覚える機会になることが挙げられるが、何度かの訓練でその役割は果たせただろう。
今の冷え切った関係を見るに、強行したところで溝が深まるだけだ。
訓練の中止を受諾した判断は間違っていないと思うが、トリスタンをはじめとする団員たちの感情面を考えると、申し訳なさが込み上がってくる。
「もう少し強めに抗議した方がよかったかな」
余計な軋轢を生む方が団員達の負担になると考えてのことだったが、ろくに抗議もせず要求を受け入れたルネの態度は、団員たちの目には日和見に映るかもしれない。
合理的な面ばかりを考え、感情をおざなりにしてしまうのは自分の悪い癖だ。
「いえ、賢明な対応だったと思います。奴らは我々が何を言おうと態度を改めませんから。対抗したところで、不毛な会話が長引くだけです」
「それならよかった」
公平な目を持つトリスタンがそう言うなら、対応に大きな問題はなかったと思ってよさそうだ。
ルネは密かに胸を撫でおろした。
「私はついカッとなってしまいましたから、団長の冷静さを見習いたいものです」
トリスタンは自省の念に駆られているのか、後頭部を掻きながら困ったような笑みを浮かべた。
「ううん、皆のために怒ってくれて頼もしかったよ。それに、俺は冷静というより、人の腹を探るのが得意じゃないから、あからさまな態度の方が分かりやすくて助かるって気持ちが先にきちゃうだけだと思う」
「確かに……そういう視点で見れば、彼らは非常に正直な態度を取っているとも言えますね」
「うん。皆を侮辱するのはやめてもらいたいけど、正面切って喧嘩を売られる分には、相手にしなければいいだけだから、ある意味楽かな」
ルネの言葉にトリスタンは目を何度か瞬かせたあと、堪えきれないといったように大きく息を吐き出した。
「ははっ! 団長は私が思っていたよりも豪胆なんですね」
「団長としては、あまり褒められた考えじゃないけど」
宮廷騎士団長としては、関係の修復に努めるべきなのだろう。
だが、前任の団長も手を焼いていた根深い問題に対し、安易に踏み込むことはできない。
感情の機微に疎い自覚があるルネなら猶更だ。
時には静観も正解になりうると個人的に思っているが、トリスタンの反応を見るに、ルネの考えに否定的ではなさそうだ。
「いえ、私は好きですよ。あっ! いえ、好きと言っても尊敬とか親近感とかそういう類のもので、決してやましい意味ではありませんから!」
やましい意味の「好き」とは何だろうという疑問が浮かんだが、慌てて否定しているものをわざわざ追及する必要はないだろう。
先程まで敵意を浴びていたこともあってか、信頼できる者からの好意が胸に染み、ルネは自然と口元を綻ばせた。
「ありがとう。俺もトリスタンのこと好きだよ」
するとトリスタンは拳を口元に当てて、ゴホンと大きく咳払いをした。
その目元はなぜか微かに赤らんでいる。
「……団長。団長はあまり軽々しく好きという言葉は使わない方が良いかと思います」
「え? ……ああ、そうか。上長から言われると圧力というか、負担に感じるかもしれない」
流石はトリスタンだ。
細部まで気遣うことができる視野の広さを見習わなければ。
気を引き締めながら再び礼を言うと、トリスタンは何か言いたげな顔を隠すように柔和な笑みを浮かべた。
「……是非とも心に留めておいてください」
*
業務日誌を書き終えたルネは、羽ペンをスタンドに戻してから窓の外に目を向けた。
夜の帳が下りた暗い空には、宝石のような星が散りばめられている。
騎士団長になって以来、取り巻く環境は随分と変わってしまったが、夜空だけはヴィレールの地から見る光景と変わらない。
一日の仕事を終えてから夜の空を眺めるのが、ルネのささやかな楽しみの一つだ。
美しい星空をぼんやり眺めていると自然と兄や弟たちを思い起こすことが多いが、ここ数日浮かんでくるのはジュストの顔ばかりだ。
ジュストとアダンに嫌な思いをさせるくらいなら、元を断つべきだという自分の判断が間違っていたとは思わない。
ジュストにとって、ルネとマッサージすることにメリットはないはずだ。
一人ならハンカチ一枚洗えば済むところを、シーツを取り換え、ルネの身体を拭いて着替えさせるという作業が発生するのはどう考えても負担でしかない。
ジュストが不満を漏らさないのをいいことに、幼馴染という関係性に甘え、頼り切ってしまっていた。
切っ掛けはアダンの言葉だったが、ジュストの負担を減らす良案だと思ったため、真正面からジュストに意見をぶつけた。
だが、ジュストの追い詰められた表情を思い出すと、どうにも胸が痛む。
近頃のジュストは、肝心な話になると口を閉ざしてしまうことが増えたように思う。
その理由が分からないから、もどかしくて仕方がない。
一つだけ確かなのは、ジュストがアダンを良く思っていないことだ。
それ以外については、いくら推測してみても見当がつかない。
なぜアダンを厭うのかも。
グラック領から戻ってきた日、乱暴なマッサージをしたことも。
約束にこだわった理由を教えてくれないことも。
そして、本音のような何かを呟き、逃げるように部屋を出ていったことも。
胸の内の何もかもを晒し合うことが友情だとは思わないが、苦しそうに顔を歪める姿を見ると、なぜ話してくれないのかと問い詰めたくなってしまう。
ジュストが苦しい思いをしているなら、分け合ってほしい。
苦しめている原因が自分にあるのなら、言葉でぶつけてほしい。
結局、その原因を察せないような愚鈍だから、ジュストは口を噤んでしまうのだろうが。
――コンコン。
控えめなノック音が聞こえ、ルネは扉の方を振り返った。
叩き方からジュストではないと思ったが、ジュスト以外に部屋を訪ねてくる人物に心当たりもない。
ルネは「はい」と返事を返してから、椅子から立ち上がって入り口の方へ向かった。
「団長、俺です。アダンです」
扉越しに馴染みのある声が聞こえ、ルネは内鍵を外して扉を開いた。
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