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第2話 麗しの御曹司
しおりを挟む丹子は、唖然として棒立ちになった。
眼前の四脚門に圧倒される。部材は浅黒色の古木で、ヒビ割れた土塀に長い歴史を感じた。古くも立派な武家屋敷である。
先導の丑島は襟を正した。
門前にて二礼二拍手と一礼したのち、敷居を跨ぐ。神社に参拝する時の礼儀作法に似ている。
鬼月村ならではの慣わしや、作法の部類だろうか?
丹子は丑島の所作を真似、敷地へ踏み入れる。
そして、豁然と広がる光景に、詠嘆した。
(こんなに立派な屋敷が、こんな天界の村にあるなんて夢みたい……本当にここに住んで良いの?)
広大な日本庭園に、松の木と鮮やかなダンドウツツジが植っている。興奮した丹子は雀のような足取りで、踏み石の上を歩いた。
丹子の反応を見た丑島は、得得と言う。
「どうだい見事だろう? なんと言っても、あの鬼門財閥が所有するお屋敷だからね。本来なら、国の重要文化財となり得る建造物だが、鬼門家が存在を秘匿しているのだよ」
「そういえば、鬼月村は鬼門財閥の所有地でしたね」
民俗資料に記載されていた、鬼門直弼。
彼が構えた屋敷なら、江戸時代に竣工したものである。
それだけ長い歴史を持つものは、大抵、多額の維持費が伴うものだが……まあ、鬼門家にしてみれば端金かもしれない。
一転して現実的な思考となり、丹子の興奮が凪いだ。
2人は、古い蔵戸玄関に到着した。チャイムやインターホンの類はない。
丑島は荷物を置き、深く深く頭を下げた。そして、敷居を跨ぐ時と同じ作法をする。
すると、青い着物をたすき掛けした老婆が、ガラガラと引き戸を開けた。
「ようこそ。真白様がお待ちですよ」
そう言って、丑島の鞄と丹子のキャリーケースをひょいと取り上げた。
丹子のキャリーケースは大きさこそ小さいが、見た目以上に重い。資料や本を詰め込んだので、腕が千切れそうになり、丹子も苦労して運んできた。
そんな荷物を、老婆に持たせるわけにはいかない。
「いえっ、あのっ! 自分で持てますので」
けれど、あっさりと拒否されて。丹子は丑島を追いかけた。
屋敷の長廊下を歩くと、大きな軋轢音が鳴った。
外光は届かず薄暗い。電気らしき照明は見当たらず、天井に釣り行燈がある。けれど、ほとんど意味をなしていなかった。時代劇の撮影現場もこんな感じだろうか。
丑島は、ぴたりと足を止めた。長廊下に連なる襖の中で、もっとも大きな襖である。その眼前で端座し、彼は明朗快活に言った。
「真白様、ハナニエをお連れしました」
「──丑島か。入れ」
襖の向こうで凛然たる男声がした。声の主が入室を許可すると、時代劇のように「御意」と丑島が応える。その不自然なやり取りに、丹子は眉を寄せた。
(ん……? お芝居? 先生は家臣役?)
ならば、部屋の中の人物は、殿様役だろうか。
──じゃあ、わたしは?
先ほど丑島が口にした『ハナニエ』という単語が、丹子の脳裏をよぎる。
丑島は、緩慢な動きで襖を開けていく。
丹子は中を覗いた。見たこともない大広間。黄金の壁に弾かれた西日が、目に突き刺さる。最奥には高雅な御帳台が設えているが、帳が邪魔で中は見えなかった。
「こっちにおいで」
御帳台の中から先程と同じ男声がした。低くて甘いベルベットボイスである。
なるほど、あの中の人物が殿様役か。舞台セットも非常に手が込んでいる。
丹子が立ち尽くしていると、男は言った。
「君のことだよ、天引丹子さん。そこに座って」
「わっ、わたしですか?」
「ああ」
「……では、失礼します……」
殿様役に言われるがまま、丹子は入室した。
そして御帳台の前へ行き、金糸で刺繍された、江戸紫色の座布団におずおずと座る。
御帳台を見やれば、帳に薄らと人影が映っていた。
「丑島、帳を上げてくれ」
「おや、ですが手順では……」
「対面で挨拶するのが礼儀ってものだろう?」
「左様ですか。では」
御帳台のもとへ行き、丑島は帳をやおら上げる。 丹子は目を見開いた。
(……ええっと、これは……?)
時代錯誤な緋色の漢服を纏い、脇息に体をもたせかけている男が現れた。
何かの仮装だろうか? と訝しむのも束の間で。
あらゆる疑問や不信感を払拭するくらい、男は眉目秀麗だった。
高く通った鼻梁と無駄のない輪郭。そして、目の覚めるような美しい白雪色の髪と、大きな緋色の瞳が印象的だ。
どこか退廃的な色香を纏っており、丹子は思わず惚ける。
男は、花のかんばせで言った。
「はじめまして。鬼月村の所有者で鬼門財閥の跡取り、鬼門継也真白です。よろしくね、天引丹子さん」
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