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プロローグ

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 そこには30名ほどの老若男女。皆揃えて口をポカンとあけている。



 それもそのはずだろう。

 彼らが祈りを捧げる像の真下にある教壇の上で、頭のヘルメットには安全第一の文字を輝かせ、髭をふんだんに蓄えた筋骨粒々の男が仁王立ちしているのだ。



 全裸で。



「き、奇跡だ…。あの兜をみろ、太陽の神サン様の印だ…。奇跡が起こったんだ…!」



 大きなシャベルを持ったドワーフををみて、一人の男が涙ぐみながら呟く。

 それにつられてか、周りの人々も嗚咽を漏らしながら一斉に涙ぐみ始めた。



「ま、まて!まだそうと決まったわけではない!私は確かに祈りはしたが、このような者、ドワーフを呼んだ覚えはないぞ!?そもそもドワーフが信仰しているのは大地の神だ!」



 涙する者達の反対側、つまりドワーフの尻の真下で叫びながらうろたえる男は十字の首飾りをしている。



「でも神父様!村に近づくゴブリンどもからあっしらを守ってくださるよう、みいんなで祈りを捧げてきたじゃねぇですか!そしてこの御方が光の中から現れた!祈りがサン様に届いたんでさぁ!」



「…悪いがよ、人の下半身越しに議論するのはやめねーか?股がスースーしてんだ」



 突然のドワーフの言葉に二人が黙ってこくこくと頷いたのをみて、彼は壇上から前に飛び降りた。





「取り敢えず、パンツをくれ」



 静寂が協会を包む。誰一人として現状を正しく認識できているものがいないのは明白だった。



 ドワーフの名前はタケオ。座右の銘は安全第一だ。



 ★





 最後に記憶しているのは、皮肉なほど真っ青な空と照りつける太陽。新しい新幹線が通る陸橋が急ピッチで各地に建てられている中、俺は工事現場にいた。



 はずだった。



 足を滑らせた挙げ句、命綱が切れて転落してしまった俺は、何故かコンクリートに衝突することなく、このふんわりとした真っ白の空間に一人、全裸で漂っている。



 これが所謂天国というやつなのだろうか?少なくとも地獄といった趣ではない。



『剛田武夫、で間違いないな?』



 ふりかえると、俺の名前を呼ぶそいつは、これまた真っ白な衣服に真っ白なお髭の白髪爺さんだ。



 声を発しているのはその爺さんだけのはずだが、若い女の声や子供の声、男の声などあらゆる声が重複して聴こえてきて妙に心地がいい。



「もしかして、あんた神様ってやつか?ついに俺も神に目をつけられちまったか、モテる男は辛いよ」



 実際にモテたことはないのだが。



『いや、強ち間違いではないぞ?そう、我々は君に目を付けた』



 我々?俺には爺さん一人にしか見えねえんだが。



『それは、君の我々に対するイメージが具現化しているに過ぎないからだ。我々は人間の可知領域の外に在る。君たちが「神」と呼ぶ存在は単一ではなく無数に存在するのだよ』



 なるほど、わからん。当然のように思考を読まれるのも気持ちがいいものではないな。



「それで、神様っぽい皆さん?が俺に何の用だ。実感がわかねえが、俺は多分もう死んでるんだろ?神が直々に天国にエスコートしてくれるって話は聴いたことがないがね」



『やはり自らの死を早々に受け入れたか。我々の見立ては外れていないようだ。普通の人間は自らが死に至ったことを自覚するのに多くの時間がかかるものだが…それはいい。察してくれた通り、君に依頼があって此処に呼んだ。…世界を救ってほしい。』



 世界を救う。



 確かに俺も昔はスーパーヒーローに憧れたものだ。世界を救う正義の味方になりたい。

 だが、そんな夢は大人になればなるほど難しくなっていく。身をもって経験したことだ。



『それ故だ。元の世界で、「救う」ということの意味を知っている君だからこそ頼みたい。君が今から向かう世界は終わりを迎えようとしていた。しかし、破壊と創造を司る機能をもった我々の遣いが自らの私利私欲のため暴走を始めたのだ。このままでは破壊のみが行われ創造が行われないどころか、破壊の力が他の世界を侵食し、世界と世界の均衡を崩してしまう。君には彼を討伐し、その世界を正常化してもらいたい』



 わかっちゃいたけど、こっちの意見は聴くつもりナッシングってわけね、了解。



「事情はなんとなくわかったけどよ、あんたらがもし神様だってんなら、スゲーパワーでなんとかならんわけ?」



『我々が直接力を加えるということそのものが世界の均衡を崩しかねない。あくまでも間接的な干渉しか出来ないのだ』



 難儀なことね。



「そーかいそーかい。まあどうせ拒否権とかないんだろうし、やれっていわれたからにはやってみるけどよ。当然、多少はオマケしてくれるよな?」



『無論だ。まずはその世界の言語を操る能力。今のままでも十二分に頑強だが、魔法や飛び道具に抵抗するための祝福を肉体に授けよう。他になにかあるかね?』



 当然のように魔法っていいやがったなこの爺。



「け、結構危ない世界って感じね」



『身を守る手段は心得ているだろう?』



 そりゃ自衛隊員だったこともあるけどさ! 魔法の火の玉を避ける訓練してきたわけじゃないからね?

 

『他には?』



「え?あ、うーんと…ピンとこねえな。なんか適当にヒーローっぽいものツけといてよ。行ってみねえことには何が必要かわかんねえや」



『それも一理あろう。いずれにせよ超越した力を与えることは出来ないのだ。こちらに任せて欲しい』



「わかった、任せる。俺の性に合ったものを用意しといてくれ」



『承知した。最後に、これを渡しておこう。まずあちらの世界に到着したら、この羊皮紙に右手をかざしなさい。我々の祝福がお前の助けとなるだろう。それではまた会おう。幸運を祈る』



「っへ、神が幸運を祈るのか?おかしな話もあったもんだ…」





 その言葉を最後に武夫の意識は途切れた。

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