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第一話 転生

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 協会にタケオが現れてから約1時間後。



 タケオは村でもっとも大きな家、村長宅で丁重にもてなされていた。



 衣類も渡されはしたが、どれも規格外の筋肉にフィットするはずもなく、腰に巻き付ける他なかったので、風呂上がりのようなスタイルに落ち着いている。



「私はこの村を取りまとめているハドバールと申します。タケオ様は先ほど仰られていた通り、世界をお救いになられるためこの世界にいらっしゃったと?」



「おう!それで間違いないはずだ。そのサンとかいう神はしらんが」



「左様でございますか…。そのような使命をお持ちの方にお願いする無礼を承知できいていただきたいのですが…」



 申し訳なさそうにタケオを見上げるハドバール。かなりの厄介事を抱えているのだろう。



「さっきおっさんがいってた、ゴブリン?とかいうやつのことか」



「はい。ゴブリンとは小さな鬼のようなモンスターでして、一匹では大した驚異ではないのですが、集団になると非常に恐ろしい連中なのです。動きが活発化しているという情報を受けて、リバーフォレストの領主様に使いを出したのですが、まだ返事を頂けず、困り果てておりました」



 あつらえたように単純明快なお話。



 ここはヒーローの出番ということだろう。



「よし、わかった!俺が暫くこの村を守ってやろう!」



「おお!助かりまする。是非、宜しくお願いします。今夜はここにお泊まりください。ジェイナ、いるか!」



 ハドバールがそう呼び掛けると、二階から女性が降りてきた。



 一見するとグラマラスな美女。

 眼はキリッとしていて、銀色の長髪だ。

 しかし肌の色は一般的な人間のそれではない。淡い血のような赤色だった。



「驚かせてしまったようなら申し訳ありません。うちの娘は…ハーフオークなのです」



 見た目とは裏腹にか細い声で、彼女はこちらに向かってお辞儀した。



「ジェ、ジェイナです。はじめまして」



 ジェイナと名乗った女は、服の上からも分かるほどグラマラスな身体、銀色の長髪、そして淡い赤色の肌の持ち主だった。



 よく見ると額のあたりに小さな角が見える。



 村長によると、オークとは元々エルフの一部族だったそうだ。太古の昔、「月光の神」を裏切り「大地の神」に寝返った際に、呪いをかけられ醜悪な容姿に種族ごと変えられてしまった。その後、「大地の神」に献身的尽くし、呪いの大部分を解いてもらったのだ。



 しかし呪いの後遺症が肌の色や身体から生える角、剥き出しの牙などに現れている。



  現在では各地の辺境に小さな砦を築いて生活しているそうだ。



「彼女を案内役としてタケオ様に付けましょう。正直この村で一番腕がたつのです。ご不明な点などありましたら、彼女にお尋ねください。まずは、休まれますか?」



「いや、日の暮れまでまだ時間があるし、身体の調子を確かめたいな。多少このシャベルを振り回しても迷惑にならない場所はないか?」



「そういうことでしたら、ここから3km先にあるドワーフの遺跡などいかがでしょうか?低級のモンスターが出現するかもしれませんが、腕ならしにはちょうど良いでしょう」



 モンスター、という単語を聴いてタケオの目が泳いだ。



 当然覚悟していたとはいえ、いまから顔を会わせるかもしれないと思うと一気に現実味が増してくる。



 タケオは不安を必死に振り払いい、モンスターの1つや2つ屠れないでどうする、と自分を鼓舞して提案を受け入れた。





 そもそも今の自分の身体を違和感なく扱えていることに違和感を覚えているほど、剛田武夫だったころとの差異は大きい。



 先ずは身長。元々180cmのゴリマッチョだった身体が、そのまま上から押し潰した結果横に拡がったとでも言わんばかりだ。現在の身長は推定130cmほどで、筋肉量は明らかにその身長に見合っていない。



 次に体毛。髭が尋常ではない。逞しすぎる胸筋を覆うようにどっさりと蓄えられている。



 そしてこのヘルメットにシャベル。

 確かに「俺らしい感じで」という願いは聞き入られているようだが、そうじゃないだろと叫びたくなるのも無理はない。



 ヘルメットには安全第一の文字、シャベルの先端には鋭利な刃ついていて、美しい彫刻が施されている。



 服を着ていなかった理由は今度問い詰めるとしよう。





 此方をどうぞ、と村長が差し出してきたバックパックには、干し肉とパンが入っている。



 筋肉に必要なたんぱく質を補給できるのは有難い。

 愛飲していたプロテイン飲料などこの世界にはないだろう。



「ありがたく頂戴するぜ」



 簡単に礼を述べるとタケオは勢いよく村長の家を出た、つもりだった。

 しかし右腕がいうことをきかない。



「あの、私、案内役ですので。お供させてください」



 原因はジェイナだ。しっかりと腕を掴まれている。



「いや、一応モンスターとか出るんだろ?なら女の子を連れていくってのはちょっと…」



「これでもですか?」



 ミシミシと丸太のようなタケオの腕が悲鳴をあげている。外見では量れないほど力を持っているようだ。



「わ、わかった。助かるぜ」



 本当は一人で色々と試したかったのだが、仕方あるまい。

 自分のポテンシャルがわからない今、力ずくで、というのは危険だろう。



 冷や汗を拭いながら、タケオはジェイナと共に村を出たのだった。





 ★



 村からは茂みの中に小道が続いている。

 普段あまり使われていないせいだろうか、かなり荒れているのが見て取れた。



 タケオの前を歩く彼女、ジェイナは革の鎧を着ていた。

 腰には丈夫そうな片手剣を装備している。

 村長の家では服を着ていたのでわからなかったが、よく見れば彼女の身体はかなり鍛えられているようだ。



 鎧の隙間から見える腹筋はまさにシックスパット。



「戦いには、慣れていそうだな」



「ええ、この容姿ですので。荒事と無縁でいることはできませんでした」



 村長の言い方からもなんとなく察してはいたが、ハーフオークというだけのことで被った不利益もあったのだろう。



「そういえば少し気になったんだがな、突然俺みたいに他の世界から来た、と言い出すような人間…いや、ドワーフか。これはそう珍しいことではないのか?村長は妙に理解が早かったように感じたんだが」



 この問いにジェイナは少し戸惑ったような表情で此方を振り返ったが、再び歩みを進める。



「かなり珍しい、といいますか、お伽噺の世界にしかないようなことだと思っていました」



「それなら何故俺はこんなに歓迎されている?いや、あの神父はそんな様子でもなかったな」



 タケオが光から現れたとき、尻の下で喚いていたのは、太陽の神サンを信仰する神父だったようで、ドワーフのタケオが現れたことが納得がいかないという様子だった。



「実は、私のような異種間の血を引くものは特殊な能力を持つことがあります。…一ヶ月ほど前、私は炊事中突然倒れてしまいました。私の父、つまり村長が私に駆け寄った際、私は寝言のように何度も呟いたそうです。≪神々が遣いし、屈強なる英雄現る。≫と。これを父は、ハーフオークである私の特殊な能力を通した神からのお告げだと確信しました」



「なるほど。まさかドワーフだったとは思っていなかったようだな」



「はい。ドワーフは大地の神アースを信仰する種族ですので、太陽の神サン様の加護を受ける人間からすると…」



「…受け入れづらいってわけね」



 タケオは肉体こそドワーフだが、魂は人間。その辺がなにか関係しているのかもしれない。



「到着しましたよ。ここがドワーフの遺跡です」



 巡らせていた思考を中断し、目の前の景色に意識を向けると、そこには石造りの廃墟があった。

 こうなる前は相当美しい建物だったのだろうということが容易に想像できる。



「遺跡は地下にも伸びていますが、危険なモンスターが住み着いていることもありますので、建物だけの探索としましょう」



 ドワーフというのは元々地中に文明を造る種族らしい。

 つまり今見えている遺跡はほんの入り口で、地中へと空間が伸びているのだそうだ。



「よし。まずは、単純に今の筋力を試してみるか」



 そう言ってタケオはシャベルをジェイナに預け、身体の大きさ程もある建物の瓦礫を掴む。

 どのくらい力を入れるのが最適なのだろうと悩みながらも、ふんっ、と力を入れてみる。

 筋肉が膨張するのと同時に、持ち上げるつもりだった瓦礫は発泡スチロールのように崩れ落ちた。



「す、すごい…」



 目を輝かせて感嘆の声を漏らすジェイナ。ただでさえ整った顔立ちの彼女の視線は眩しい。



「あ、あの、すみません…。私より力のある殿方には殆ど出会ったことがなくて…」



「ハッハッハ!この程度は朝飯前ってやつよ!」



 調子づいたタケオはその辺にあった瓦礫を次々と破壊していった。



 なんと素晴らしい身体なのだろう。文字通り、鋼の肉体。そう形容するのがもっとも分かりやすい。



 元々身体を鍛えることが趣味だったからこそ分かるが、人間ではこうはいかないだろう。



 筋肉を大きくするということは、ただ鍛えればいいわけではない。

 意図的に筋肉痛をつくり、しっかりと休ませて超回復させる必要があるし、たんぱく質を摂取して栄養を補給してあげる必要がある。

 それらをもってしてもこれ程までの見事な肉体を作ることはほぼ不可能だろう。種族的な身体のつくりの差だと言わざるをない。



 タケオが自らの筋肉に恍惚とした表情を浮かべていた、その時ー



「タケオ様、危ない!」



 ジェイナの声で我に返ったタケオの背中には、短剣が突き立てられていた。

 その持ち主はタケオよりも遥かに小さな生き物。緑色の肌に、不衛生なボロ布を纏っている。



「ゴブリンです!ハアッ!」



 ジェイナは腰の片手剣を引き抜くのと同時に大きく踏み込み、ゴブリンの胴体を切り付けた。

 それをひらりと後ろに飛んでかわしたゴブリンだったが、その手に短剣はない。



「タケオ様、ご無事ですか!?」



「おう、余裕のよっちゃんだ」



 ジェイナの心配をよそにタケオは痛みすら感じていない様子だ。



 なんとゴブリンの短剣はタケオの筋肉にその刃を通せなかったどころか、後背筋に挟まれて抜けなくなっていたようだ。



「あれがゴブリンだよな?ちっさくて気持ちわりーぜ」



「はい、やはり近くでゴブリン達が活発になっているというのは本当だったようです。この辺には元々ゴブリンは出現しませんでした」



「いずれにせよ、やるっきゃねーわな。ジェイナちゃん、シャベル頼む!」



 はい!と返事したジェイナからシャベルを受け取り、ゴブリンに向き直った。

 

 こちらの様子を伺っている。



「俺にやらせてくれ」



 実はシャベルはタケオにとって慣れ親しんだ武器ではあった。元自衛官の彼は当然シャベル使った格闘訓練や、掩体、つまり穴堀はよくさせられていたのだ。



 接近戦において決して侮れない武器である。



 しびれをきらしたゴブリンが大きく飛んでタケオの頭上から襲いかかった。



「飛んじまったら、お仕舞いだわな」



 勢いよく側面からシャベルが叩きつけられたゴブリンは数10m先の瓦礫に衝突し、泡となって消えた。



「流石タケオ様です!こうも簡単に屠ってしまわれるとは!」



「いやいや、まあ、それほどでもあるけどね」



 この男に謙虚さはまるでない。



「しかしもっとグロテスクなことになっちまうかとビビってたんだが、消えちまったな」



「大半のモンスターは妖精の一種なので、肉体は持っていません。濃密な魔力の塊にシャドウが混入した存在なのです」



「シャドウ?」



「一種の穢れのようなものです。なぜ産まれてしまうのかはわかりませんが」



「いずれにせよ精神衛生上ありがたいこったな」



 その観点で言えば、突然モンスターに襲われて身体が動いたことにも少し驚いた。

 もう少し強ばってしまうかとも思ったが、これも爺さん達の祝福とやらなのだろうか?



「首飾りですね。これは拾っておきましょう」



 ゴブリンの死体があった場所には簡易な首飾りが落ちていた。



「モンスターが身に付けているものが、このように残ることがあります。魔力がこもっているものが多いので、買い手が付きますよ」



 こんなもの欲しがる奴いるのか、と思いつつも、ジェイナからそれを受け取った。



「金はないよりあったほうがいいな。よし、取り敢えずこの辺で一旦帰るか。色々と自分のことも分かってきたぜ」



「ーーッ!タケオ様伏せて!」



 突如メットごしに頭を押さえつけられたタケオは、顔面を見事に強打した。



「ちょ、ジェイナちゃん、俺は地面と接吻する趣味はない…」



「静かに」



 かなり切迫した様子だ。



 よく耳を澄ませると、パタパタという足音や、ガランガランという金属音が聞こえる。



 ゆっくり瓦礫ごしに音の鳴る方を観察すると50匹前後のゴブリンが行進していた。



「おいおい大量じゃねぇか。こんなキモいパレードは夢の国では拝めないな」



「あいつら、村に向かってる…!と、止めなきゃ…。村長さん…」

 

 ジェイナの肩は小刻みに震えていた。



 いくら腕っぷしが強いとはいえ、年端もいかない少女だ。村を守らなければならないという重責に耐えかねているのだろう。



「安心しな、ジェイナちゃん。俺がここにいる。ここで待ってな」



 タケオのごわごわとした掌が彼女の震えを止める。肩から手が離れた瞬間、タケオは叫んだ。



「ヨォてめら!俺はタケオ!世界を救う者だ、宜しくなぁ!」



 ゴブリン達は一斉にタケオを注視した。だが一匹として此方に襲いかかってくる気配がない。



「どうした!この筋肉に怖じ気づいちまっ…」



 ビュン。



 その一本の矢を皮切りに何十という矢がタケオに降り注いだ。



 しかしタケオには当たらない。それどころかゴブリン達はタケオを見失ってしまった。

 自慢の嗅覚で索敵しようとしても見つからない。



 それもそのはず、タケオは地中にいた。



「どっせい!」



 中央にいたゴブリンの足元から勢いよく現れたタケオは、シャベルを振り回して一気にゴブリン達を叩き潰す。



 10匹ほどは屠っただろうか。



 周囲のゴブリン達はタケオから距離を取る。

 今の一撃を目の当たりにし、怖じ気づいたようだ。



 タケオとゴブリン達のにらみ合いが続く。

 

 その一瞬の静寂をやぶったのは耳障りな奇声だった。



「ギイイイ!」



 奇声と共にゴブリン達をはね除けるようにして現れたゴブリンは他の個体よりも遥かに大きく、タケオの2倍ほどの身長がある。



「親玉登場ってわけだ。一騎討ち、上等じゃねぇか」



  一般的なゴブリンがまさに小鬼といった様子なのに対して、こいつは皮膚こそ同じような色だが見た目は筋肉粒々の豚のようだ。



  豚ゴブリンは手にしている巨大な棍棒を振りかぶり、タケオに襲いかかってくる。



「これが棍棒白羽取りじゃあ!」



  左手でその棍棒を止めたタケオは右手のシャベルを豚ゴブリンの側面に叩き込む。

  それを間一髪かわした豚ゴブリンだが、力比べに負けたことに驚きを隠せないようだ。



  「次はこっちからいくぜ!」



  タケオは左手で突きを繰り出した。豚ゴブリンはそれを棍棒で防ぐが、身体ごと吹き飛ばされる。



「ッハッハ!そんなもんか!親玉も大したことねぇな!」



「ぐうっ、やめてぇ!」



 振り向いた先で、20匹あまりのゴブリンに絡み付かれ身動きがとれなくなっているジェイナが悲痛な叫びをあげていた。



「くそ、集団のゴブリンが危険だってのはこういうことか。今いくぞ、ジェイナちゃん!」



 豚ゴブリンに背を向け救出を試みるタケオだったが、当然それが簡単には許されるはずもない。



「ギィィイア!」



 背中からの重たい一撃。流石のタケオもこれを耐えきれない。うつ伏せで倒れこんでしまい、さらにスキができてしまう。



「こいつ、邪魔すんじゃねぇぞ!」



 懸命にシャベルを振るが、当然避けられてしまう。体制をなんとか立て直したいが、先ほどの一撃のせいか、身体に痺れが走っていて上手く動けない。



「ちくしょう、退きやがれ!」



 早く救出にいかねばならないのに。彼女を守らなければならないのに。動かない。



 この肉体をもってして、なぜ―



『焔を纏いし者サラマンダー』



  今のはジェイナの声だ。



  次の瞬間、強烈な炎が舞い上がり、30匹あまりのゴブリン達は灰塵と化したのであった。
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