上 下
3 / 4

第二話 青い炎

しおりを挟む
『焔を纏いし者サラマンダー』





 ジェイナを中心に燃え上がる青色の炎。凄まじい熱量にタケオの髭がチリチリと焼ける。その凄まじさはさることながら、青く燃えている様は神秘的ですらあった。

 

 タケオを追い詰めていた豚ゴブリンも突然の出来事に戸惑っているようだ。



「ジェイナちゃん!」



 纏わりついていたゴブリン達を燃やしつくした炎は徐々に収まっていく。



 中央には横たわるジェイナ。あれだけの炎にも関わらず、灰になったのは革の鎧だけで、美しい赤色の肌には傷一つ付いていないようだ。



 あれだけの力を見せつけられた豚ゴブリンにとっての最大の脅威はいまやジェイナとなった。

 弱っている今しかないと言わんばかりに倒れたジェイナに突進する。



 しかしそれは叶わなかった。

 タケオはシャベルで豚ゴブリンの脚を取り転倒させる。



「らぁ!」



 力を振り絞りタケオは馬乗りになって、シャベルを豚ゴブリンの顔面に突き刺した。

 シャベルは頭蓋を容易に潰し、豚ゴブリンは泡となって消えた。

 

 それを確認したタケオは、豚ゴブリンから落ちた腕輪を乱暴に拾いあげて、肩で息をしながらジェイナのほうに懸命に駆け寄る。



「ジェイナ、大丈夫か、オイ!」



 息はあるようだ。



 気を失っているというよりは、疲労から眠りについたといったような表情。すごく穏やかに見える。



 ようやく身体が思い通りに動くようになってきたが、担ごうにもジェイナの鎧は燃えてしまっていて、その美しい赤肌が露になっている。このまま連れて帰るわけにもいかないだろう。



 少し思考を巡らせたあと、タケオが出した結論は自分の腰に巻いた衣類を着せてやることだった。



 シャベルをバックパックに差し込み、ジェイナを両腕に抱えて、不自然に前傾姿勢になった全裸ヘルメットのタケオは村への小道を辿っていった。





 ★



 ドン、と大きな音を立てて村長ハドバールの家の戸を開けたのは、隣の家のジュリだった。

 

「村長、ジェイナが!とにかくすぐ来て!」



 村長のハドバールとジュリが村の中央広場にたどり着くと、村人達が誰かを取り囲んでいる。



「何事だ、皆!」



 そう言いながら村人達の間を割って入ると、布切れを着せられたジェイナを抱える全裸のドワーフ、タケオがいた。



「タケオ様、これは一体…」



 タケオは説明しようと口を開きかけるが、横槍が入る。



「このドワーフが村の外れからこそこそと現れたのだ!ジェイナさ…ジェイナを手込めにしようとしていたのは火を見るよりも明らかだろう!こいつはやはり英雄などではない!」



 村人の中心にいたのは神父のミサルガ。全裸のタケオをみて、村人達を集めたようだ。



「まてまて、タケオ様にも主張があるようだ。一度黙って聴こうではないか」



 村人達はこのハドバールの一声で戸惑いながらも構えていた農具をおろした。彼らも半信半疑でいたらしい。



「やっと話を訊いてくれるのか。助かるぜ、村長」



 発言権を得た全裸メットのタケオは、たまたまゴブリンの群れに遭遇したこと、豚のような巨大なゴブリンを倒したこと、その戦闘中にジェイナが倒れたことを説明した。



 その証拠として、豚ゴブリンが落とした見事な腕輪を見せる。



「なんと、そのようなことが…。恐らくその豚のようなゴブリンというのは、ゴブリン将軍ジェネラルという、ゴブリンのリーダー格の中でも最上位種です。流石タケオ様だ」



 これを聞いた村人達は感嘆の声をあげ、脅威がなくなったことに安堵の顔を見せる。



「これで疑いは晴れたか?なら、はやいとこパンツをくれ…」



「はい。神父ミサルガ、あなたもこれでよろしいですか?」



 まだ納得がいかないという表情で、そそくさと協会に戻っていくミサルガ。

 それを見届けた村長は小声でタケオに、少し話があります、と伝えてから、村人達に言った。



「みんな、タケオ様がゴブリンを倒してくださった!これで暫くは平和に過ごせるだろう!取り敢えず今は解散だ!」



 口々に全裸のタケオに礼を述べたあと村人達は家へと帰っていった。ジェイナを抱えたタケオ達も村長の家に戻る。二階のベッドにジェイナを寝かせた後、リビングで待っていたハドバールに声をかけた。



「よく寝ている。多分心配ないだろう。で、そこのお嬢さんは?」



 ハドバールの隣には一人の女性。無造作な短い黒髪の持ち主で、妙に隙がない。

 ジェイナに比べると、体つきや顔つきは幼い印象を受ける。



 この村では珍しく、アジアンビューティーといった面持ちだ。



「紹介します、彼女はジュリ。ジェイナにとっては姉のような存在です。」



「ジュリだ。お初に御目にかかる。その、まずは何か着ないか?」



 ペコリとお辞儀をするジュリの顔は赤く染まっているが、口調は偉そうだ。



「ああ、失礼しましたタケオ様。こちらをどうぞ。」



 そう言ってハドバールは毛皮をタケオに手渡した。



 タケオは軽く礼を言いながら腰にそれを巻く。原始人のような容姿を、さらにそれらしく飾る腰巻きはタケオによく似合っていた。



「改めて、タケオだ。よろしく。なあ村長、話の続きだが…」



 タケオはちらっとジュリをみる。



「彼女は家族同然。同席させてください。して、彼女の身になにが?」



 有無を言わさないという雰囲気に若干押されつつも、タケオは質問に答えた。



「そう聞いてくるってことは、多少なりとも心当たりがあるんだな?」



「全てを話していなかったことに関しては謝罪します。ただ、隠そうとしたかったわけではなく、言う必要のないことだと思っていましたので…」



「いや、別に責めてる訳じゃない。ジェイナが無事ならそれでいい」



「ありがとうございます」



 申し訳なさそうにハドバールが頭を下げる。同じように、ありがとう、と呟いてジュリも頭を下げた。



「よしてくれ、当然のことだ。さて、ジェイナに起こったことだが、さっきみんなの前では詳しく言わなかった。もしかしたら普通でないことが彼女に起きていたのではないかと思ってな」



「お気遣い、痛み入ります」



「礼はいいって。…ジェイナがゴブリンに追い詰められたとき、サラマンダー、と叫んだかと思ったら、青い炎が彼女から噴き出していたんだ。凄まじさ勢いだったが、すぐに彼女は倒れてしまったんだ。」



「―青い炎…それはドラゴンの力よ」



 ジュリは呟くようにそう言った。かなり深刻な面持ちである。村長は驚愕を隠せないといった様子だ。



「ドラゴンっていうと、でっかいトカゲのことだろ?」



 タケオの能天気な質問に我に返った村長が口を開く。



「ええ、そう形容することもできるでしょうが、実際には非常に凶悪な存在です。約500年前に滅びたとされています。伝説によれば、彼らが吐く息は、全てを焼き尽くす青い炎だったと」



「つまりハーフオークであることが原因で、ジェイナが得た特殊な力ってことか」



「本人に自覚はないでしょう。ですが、ドラゴンの力を宿したという話を聴いたことはありません」



 出る杭は打たれる、ではないが、強大な力は否応なく争いの火種になりかねない。

 二人が不安に思うのも当然だろう。



「ジェイナには助けてもらった恩があるからな、もう暫くここに滞在させてくれ。今日は不覚を取っちまったが、次は必ず守る」



「心強いお言葉、ありがとうございます。日も暮れて参りました。話はこのくらいにして、タケオ様も休まれては?」



 タケオの肉体は案外と疲労を感じてはいなかった。しかし、この世界に来てから起きたことを頭のなかで整理する時間が欲しいと思ったタケオは提案を快く受け入れ、寝室に案内してもらった。

 寝室には木造の机と椅子、そしてベッドというシンプルな家具だけが置いてある。



 ご自由にどうぞ、と村長は自室に戻っていった。



 今日はタケオにとって反省点多い1日だった。そもそもタケオの座右の銘は安全第一。

 女の子の前だからといって調子に乗ったのがいけなかった。



 このドワーフの肉体のポテンシャルを目の当たりにして、高揚していたのも事実だ。

 つい最近まで普通の人間だったタケオが、夢に見たヒーローのように強い。



 タケオは力なき正義は無力だと知っている。だが今は無力ではない。



 タケオは今、ヒーローになれるのだ。





 再び沸き上がってくる高揚感を抑えつつベッドに横たわってみる。



 木製のベッドは縦には足りているが、横には少しが足りないため寝返りを打てそうにない。

 普通の人間サイズなのだから無理もないか、と諦めて、タケオは安全ヘルメットを外した。



 するとヘルメットの中からヒラヒラと一枚の紙が出てきた。古めかしい羊皮紙だ。



「そういえば、爺さん達がこっちに着いたら使えとかいってたな!こんなところにあったのか」



 折られた羊皮紙を開いてみると、魔方陣のような模様の真ん中に手形が描かれていた。



 その手形に右手をかざすと、模様は溢れんばかりの光と共にくるくると回転した。





 タケオは驚く暇もなく、その光に飲み込まれたのだった。





 ■





 眼を開けると、そこは夜の草原だった。



 当たりを見回しても、地平線が見えるだけだ。夜空を見上げると星が目映く輝いている。



『新しい身体を気に入ったようだな』



 いくつもの声が重なって聞こえる。タケオには聞き覚えがあった。



「よう爺さん。いや、爺さん達か。確かに気に入ってるぜ」



『ドワーフには強靭な肉体と高い魔法耐性がある。別種族を転生させるには、元の肉体に適合性が無ければならない。お前はその点で、ドワーフに転生させやすかった』



 そう語るのは白髪の老人。相変わらずの容姿だ。



「しかし、あのシャベルとメットはなんだよ?俺らしいものを、とは言ったが、あれじゃなきゃだめなのか?」



『気に入らなかったか?すまないが物理的な祝福をすることはもう出来ない。ヘルメットには精神汚染や恐慌状態を抑える力を、シャベルには不滅の属性を与えておいたのだが』



 一応彼らからすればかなりの優れものらしい。



 タケオにはシャベルの他に剣や盾を渡されて使いこなす自信はないし、ゴブリンとの戦闘であまり焦らなかったのがヘルメットのお陰だと思うと、外すに外せない。



 シャベルだって絶対に壊れないという保証があるのは大きい。



「しかしまあ、俺はもうあんたらに会えないのかと思ってたぜ」



『これを最後にお前と会うことは無いだろう。こちらに来る前よりも、何が必要か理解できた今説明したほうが分かりやすいだろうと考えたまでだ』



「実際その通りだ。で、ここは何処なんだ?」



『ここはお前の心象風景を具現化した世界、お前の心の中だ。ここに意識を移動させることで、お前は自分の能力を正しく知ることができる。しかし、お前の心が乱れている時は使えないので注意するのだ』



「具体的には何ができるんだ?」



  それを聞いた老人は、右手を空にかざした。すると、無数にあった星達が、剣の形をした星座を残してぼんやりと消えていく。右手を振ると、今度は盾、お次は炎、といった具合に星座が形を変えていく。



『星座はお前の能力と使用できる技術を教えてくれる。お前の経験次第で輝きを増し、種類も増えるだろう。今お前が使える星座は、剣、盾、炎を象った破壊、岩を象った変性、金床を象った鍛冶、瓶を象った錬金術だ。それぞれの星座に意識を集中させれば、使える能力が知識としてお前の頭に蓄えられる。知識を蓄えれば、肉体はそれに見合った働きをしてくれる』



「いちいち此処に来なきゃ、使えるようになった知識を蓄えることはできないのか?」



『お前のシャベルに先ほどの羊皮紙と同じ力を与えておいた。シャベルを両手で持ち、意識を集中させれば簡易的に知識を蓄えられる。だが此方は特に精神力を使うので、出来うる限り落ち着いた環境が好ましいだろう。やってみろ』



 どこからともなく現れたシャベルがタケオの手の中に収まった。

 両手でシャベルを持ち、地面に突き立てるようにして意識を集中させてみる。



 だが特に変化は感じられない。



『なにか、言葉を使うといい。言葉は言霊となり、お前の精神を研ぎ澄ます』



 あれこれ考えた結果、タケオが選んだのは、彼の座右の銘だった。



「―安全+第一ィ!」



 その瞬間、知識が走馬灯のようにタケオの頭に飛び込んできた。そして知識はタケオの血肉となり、定着する。



 これは本来であれば時間をかけてモノにする、所謂「身体で覚える」という行為を一瞬で完了してしまっているのだろうと直感的した。



『上手く知識を蓄えられたようだな。それは今後お前の助けとなるだろう。次に能力だ。蓄えられた知識に応じて、特殊な能力を得ることができる。能力は個人で得られる数が決まっている。普通の人間は無意識の中でしか能力を得られないため、上手く扱えなかったり、能力同士の相性が悪くなってしまう場合があるのだが、今回は私がお前の要望に合わせた最善の割り振りをしてやろう』



「守りだ。防御を固めてくれ」



 うなずいた老人は、星座を呼び出し、剣、盾、変性の星座にてをかざした。すると星達の輝きが増す。

 タケオの頭に新しい知識と、肉体に能力が宿った。



「これが能力か。すげえな」



『…これで最後だ。我々からの最後の祝福となる』



 タケオの頭に新しい知識が蓄えられる。



≪英雄の星座ドワーフ:「アダマンタイトボディ」ダメージを受けた回数だけ、筋力、俊敏性、魔法抵抗力が上昇する。≫



『英雄の星座の能力の1つだ。有効に使ってくれ』



「なんてマゾな能力だよ!安全第一の真逆を行ってるぞこれ!」



『それでは去らばだ』



「待て!まだなんで俺が全裸でこっちに来たのかすら聞けてな…」



 タケオが最後まで言い終わることなく、再び意識が途切れた。
しおりを挟む

処理中です...