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鈍色の街
#13
「リンはなんでこの国に来たんだ?」
車を走らせながらクラウディオがきいた。心地よい運転に眠りそうになっていた凛太朗は彼のほうに視線を向けた。
「なんでって、兄さんに呼ばれて……」
「今までずっと離れて暮らしてたのに、なんで急に会う気になったんだ?」
「なんで急にそんなこときくの?」
今朝から一緒にいて、一度も踏み込んだ質問などしてこなかったのに。
「知りたいと思ったからだよ。お前のことが」
「口説かれてる?」
「リン、俺は真面目な話をしてる」
「急に真面目モード入られてもなぁ……べつに深い意味はないよ。しばらく兄貴の顔見てなかったし、会いたくなったから来た。それが理由じゃ不満?」
「なら目的は果たせたな。夏休みが終わったら日本に帰るんだろ?」
「意地が悪いなぁ」
凛太朗はあきらめて少し笑った。煙草に火をつけて、外に向かって煙を吐き出す。
「俺ね、家族がいないんだ。生きてるのは兄さんだけ」
「事故か?」
「両親はね。今となってはそれもどうかわかんないけど。姉さんは殺されたんだ。俺の目の前で。きれいな人でさ、義父の連れ子なんだけど、俺を実の弟みたいに可愛がってくれた。両親が死んだときも、自分だって苦しいはずなのに一度もそんな顔見せず、いつも明るく振舞って、いっぱい働いて俺を育ててくれた。楓って言うんだ。英語だとmapleかな? きれいな名前だよね。初めて会ったときから好きで、初恋だったな」
彼女への感情を思い出すと、今でも甘いような苦いような気持ちが胸を締め付けてたまらなくなる。
「兄さんは姉さんの弟で、俺は正直、兄さんのことはあんまり好きじゃなかった。何を考えてるかよくわかんないし、いつも居ないし、家族とも、ほとんど関わろうとしない人だった。でも姉さんが、兄さんは本当は優しい人だから嫌いにならないでねって言うから、俺なりに歩み寄ろうとしてた。家族の集まりにはどんなに忙しくても絶対顔出させたり、面倒くさがられるくらいしつこく話しかけたり、わがままなふりして遊びや買い物に連れて行ってもらったり。そしたらだんだん兄貴もちょっとだけ俺に心を開いてくれるようになって、俺はそれが嬉しかった。相変わらず知らないことのほうが多かったけど、俺にとっては大切な家族の一人だったよ。でも、両親が死んで、姉さんもあんなことになって、なんかよくわかんなくなっちゃったんだよね。兄さんは相変わらず居ないことのほうが多かったし、何をしてるかもよくわかんないし、何も教えてくれないし、でも俺への態度だけがすごい変わって、優しすぎて怖いくらいなのに、それすら考えるのが面倒になって、流されるみたいに生きてた」
今思うと、姉が死んでからしばらくの間の自分たちの関係は異常だった。日中はそれぞれ別々の日常を送りながら、夜、真が家にいるときは必ずといっていいほど体を重ねた。何も考えず、耐えられない孤独を埋めるためにはそれしか方法がなかった。
「この国に来たのは兄さんに会いたかったからってのもあるし、心のどっかでこのままじゃだめだと思ってたからかな。起きてても寝てても同じ光景が蘇ってきて、生きてるんだか死んでるんだかわかんない状態で同じ毎日を繰り返すのが正直しんどかった。兄さんに会えば、この国にくれば何かが変わるかもしれないって思ったんだ」
「結果はどうだった?」
冷静に問うてくるクラウディオは、まるで答えを知っているようだった。
「何もしなくても誰かが事態を好転させてくれるなんてことはないって学んだよ」
「だったら」
「だから俺は自分の力で変えることにした。今までみたいに誰かに守られるだけじゃだめだ。俺はもっと強くなって、自分の手で自分の大切なものを守れるようになりたい」
「力だけが強さじゃない」
「きれいごとだね。力がなければ奪われ、殺されるだけだ。さっきのかわいそうな兄妹や、俺の姉さんのように」
「お前ほんとにわかってるのか? 俺たちのやってることは……」
凛太朗は既に吸い殻でいっぱいの灰皿に、短くなった煙草をねじ込んだ。
「手段なんてどうでもいいんだよ。俺は俺の目的のために、利用できるものはなんでも利用する。もう二度と、あんな思いはしたくない」
「お前が力を手に入れることと、失うリスクは比例するんだぞ」
「そうなっても戦えるくらい強くなるさ。いつか兄さんやジーノにだって勝つよ」
「末恐ろしいガキだ……」
「あんただって協力してくれるんでしょ? だから俺を連れてきてくれたんじゃないの?」
「ボスの命令だから仕方なく同行させたまでだ。お前ほんとにわかってるのか? 今日だって、一歩間違えばお前は死んでたんだぞ」
「でも死ななかった」
「結果論だ。さっきも言ったが、今日はたまたま運がよかっただけだ。今のお前はちょっと喧嘩が強いだけのただのガキだ。これから先、おちおち殺される未来をなぜ選ぶ? そんなこと、お前の家族だって望んでないだろ!」
先日も、その話で真と揉めたのを思い出す。
「もう決めたんだよ。俺は俺のやりたいようにやる。心配しなくてもこれ以上あんたに迷惑はかけないよ。いや、慣れるまではちょっと世話になるかもしれないけど、出世払いにしといてくれる?」
「リン、俺は反対だ。お前はまだ引き返せる」
「ありがとう。クラウディオはほんとに優しいよね。今度はちゃんと仕事を教えてね」
クラウディオはそれ以上何も言わず、険しい顔で車を走らせるだけだった。
車を走らせながらクラウディオがきいた。心地よい運転に眠りそうになっていた凛太朗は彼のほうに視線を向けた。
「なんでって、兄さんに呼ばれて……」
「今までずっと離れて暮らしてたのに、なんで急に会う気になったんだ?」
「なんで急にそんなこときくの?」
今朝から一緒にいて、一度も踏み込んだ質問などしてこなかったのに。
「知りたいと思ったからだよ。お前のことが」
「口説かれてる?」
「リン、俺は真面目な話をしてる」
「急に真面目モード入られてもなぁ……べつに深い意味はないよ。しばらく兄貴の顔見てなかったし、会いたくなったから来た。それが理由じゃ不満?」
「なら目的は果たせたな。夏休みが終わったら日本に帰るんだろ?」
「意地が悪いなぁ」
凛太朗はあきらめて少し笑った。煙草に火をつけて、外に向かって煙を吐き出す。
「俺ね、家族がいないんだ。生きてるのは兄さんだけ」
「事故か?」
「両親はね。今となってはそれもどうかわかんないけど。姉さんは殺されたんだ。俺の目の前で。きれいな人でさ、義父の連れ子なんだけど、俺を実の弟みたいに可愛がってくれた。両親が死んだときも、自分だって苦しいはずなのに一度もそんな顔見せず、いつも明るく振舞って、いっぱい働いて俺を育ててくれた。楓って言うんだ。英語だとmapleかな? きれいな名前だよね。初めて会ったときから好きで、初恋だったな」
彼女への感情を思い出すと、今でも甘いような苦いような気持ちが胸を締め付けてたまらなくなる。
「兄さんは姉さんの弟で、俺は正直、兄さんのことはあんまり好きじゃなかった。何を考えてるかよくわかんないし、いつも居ないし、家族とも、ほとんど関わろうとしない人だった。でも姉さんが、兄さんは本当は優しい人だから嫌いにならないでねって言うから、俺なりに歩み寄ろうとしてた。家族の集まりにはどんなに忙しくても絶対顔出させたり、面倒くさがられるくらいしつこく話しかけたり、わがままなふりして遊びや買い物に連れて行ってもらったり。そしたらだんだん兄貴もちょっとだけ俺に心を開いてくれるようになって、俺はそれが嬉しかった。相変わらず知らないことのほうが多かったけど、俺にとっては大切な家族の一人だったよ。でも、両親が死んで、姉さんもあんなことになって、なんかよくわかんなくなっちゃったんだよね。兄さんは相変わらず居ないことのほうが多かったし、何をしてるかもよくわかんないし、何も教えてくれないし、でも俺への態度だけがすごい変わって、優しすぎて怖いくらいなのに、それすら考えるのが面倒になって、流されるみたいに生きてた」
今思うと、姉が死んでからしばらくの間の自分たちの関係は異常だった。日中はそれぞれ別々の日常を送りながら、夜、真が家にいるときは必ずといっていいほど体を重ねた。何も考えず、耐えられない孤独を埋めるためにはそれしか方法がなかった。
「この国に来たのは兄さんに会いたかったからってのもあるし、心のどっかでこのままじゃだめだと思ってたからかな。起きてても寝てても同じ光景が蘇ってきて、生きてるんだか死んでるんだかわかんない状態で同じ毎日を繰り返すのが正直しんどかった。兄さんに会えば、この国にくれば何かが変わるかもしれないって思ったんだ」
「結果はどうだった?」
冷静に問うてくるクラウディオは、まるで答えを知っているようだった。
「何もしなくても誰かが事態を好転させてくれるなんてことはないって学んだよ」
「だったら」
「だから俺は自分の力で変えることにした。今までみたいに誰かに守られるだけじゃだめだ。俺はもっと強くなって、自分の手で自分の大切なものを守れるようになりたい」
「力だけが強さじゃない」
「きれいごとだね。力がなければ奪われ、殺されるだけだ。さっきのかわいそうな兄妹や、俺の姉さんのように」
「お前ほんとにわかってるのか? 俺たちのやってることは……」
凛太朗は既に吸い殻でいっぱいの灰皿に、短くなった煙草をねじ込んだ。
「手段なんてどうでもいいんだよ。俺は俺の目的のために、利用できるものはなんでも利用する。もう二度と、あんな思いはしたくない」
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「そうなっても戦えるくらい強くなるさ。いつか兄さんやジーノにだって勝つよ」
「末恐ろしいガキだ……」
「あんただって協力してくれるんでしょ? だから俺を連れてきてくれたんじゃないの?」
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「でも死ななかった」
「結果論だ。さっきも言ったが、今日はたまたま運がよかっただけだ。今のお前はちょっと喧嘩が強いだけのただのガキだ。これから先、おちおち殺される未来をなぜ選ぶ? そんなこと、お前の家族だって望んでないだろ!」
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