10 / 12
自動人形編
第10話 銀翼の自動人形
しおりを挟む
ステンドグラスから差し込む月光は教会の中で舞う埃をスノードームのように照らし、白銀のハイヒールサバトンは古木の床を軋ませる。
レティは恵美を自宅に送った後、白銀の自動人形と共に廃れきった教会にたどり着き向かい合っていた。恵美のことに関しては問題ない。襲撃に備えてカシミアには恵美の護衛も含め八雲家に結界を張らせている。今頃、文句でも言いながら作業に取り掛かっているはずだ。
色鮮やかな光を取り込む白銀の鎧騎士は暫く首のないマリア様を眺めている。教団と謳うぐらいだ。信仰心も強いのかもしれないので、自分がその首を落とした事は黙っておくことにしよう。
この自動人形と戦闘になった場合、街中ではあまりに目立つ。そう予想したレティはこの場所なら近隣への被害を最小限に抑えられると踏んだ。バロメはこの組織を隠密機関と例えていたが、現に奴は恵美の学校で戦闘を始めている。このシルビィとか言う奴も、場合によってはあの場で殺し合いを仕掛けてきたかもしれない。そうなれば恵美を守って戦うのは物理的に不可能。何故ならバロメより実力を持っているであろう者ならレティに勝ち目すらないのだから。
シルビィの要件はバロメの仇討ちでは無かった。それは穏やかな口調で死んでもいない部下の仇は討てないと言うと、手心を加え生きて帰してくれた事への感謝もしてきた。案外話が通じる奴なのかもしれない。バロメ同様表情を隠すため兜は脱がないが、いやまさか世間話をするために此処へ来たわけでもあるまい。
レティが要件を催促すると、シルビィは本題に取り掛かった。内容はご存知の通り八雲の帳簿に関してだ。バロメは追い返したが今回は団長直々。首を縦に振るまで帰ってくれないだろう。
「バロメから聞いていないのか?お前達が憎いから断ったのではなく、お前達の態勢では穴があると言いたいんだ。恵美を守ってくれるって言うのなら共に協力すれば良いじゃないか?」
「···そうだな。ではまずレティ殿の方はどうかな?」
シルビィの腰の短剣がカチャリと鎧に当たり不穏な空気に変わる。一挙一動に金属音がつき纏うのが気に入らない。
「穴はないのかと訪ねている。薔薇の貴族意外にも君達の動向を見張る者が私の団員にいる。常にじり貧な戦い、とても優秀な警護ではないと見受けられる」
ぐうの音も出ない。
「責めているのではない。遊園地の一件も君が八雲恵美の元に先着いただけのこと。我々も奴らと一戦交えていたのだ。」
確かに幻影帝國からすれば千載一遇の機会であった筈だ。そこであの程度の人選で恵美を拐おうなど、コイツらを含めロッテも許さないはずだ。
シルビィは突然聞いてもいない昔話を語り出す。レティが怪訝そうに眺めてもお構い無しだ。
第二次世界大戦のこと。
レティはマチルダと共に幻影帝國から兵器全書を奪取している。もちろんその過程は熾烈を極めた戦いだったが、それすらシルビィに取っては運良く横取りできただけだと言う。
銀の教団は幻影帝國に総当たり戦を仕掛けたが大敗している。しかしそれによりレティの方には兵力が行き届いていない状況であった。火事場の大泥棒とでも言いたいのか、だんだんレティへの私怨が混ざりはじめている。
そんな大事な物をみすみす奪われたレティには教団のメンバーもお冠の様子。
あの時代だ。目的が同じレティには遺恨の一つや二つぐらいあるだろう。
しかしだ。恵美を守りたいのなら共に協力したほうが良いに決まっている。何故レティを恵美から遠ざけようとするのか。
シルビィは鼻で一笑すると、レティとの間にできた齟齬を正した。それでは我々は少女の護衛隊だなと。
レティは目を見開き、シルビィの言葉を聞き返した。
シルビィは言った。八雲の帳簿から手を引けと。少女のことは何も言っていないと。
だいたいの察しが付いたレティは帳簿を狙う敵を睨む。
バロメからは邪気は感じ取れなかった。だから人に仇成す存在だとはレティの設計理念が判断しなかった。
この際だ。帳簿を使い何を仕出かすのか、その目的を聞ければあの書物の謎も聞き出せるかもしれない。
質問をしたレティにシルビィは苦笑を禁じ得なかった。
やっぱりコイツらバロメと言い他者を斜めに見る節がある。
「···驚いた。まさか慈善活動で我々は戦っていると思っているのか?何の見返りもないのに命を賭けられる馬鹿に見えたか?」
「まずは質問に答えろ。どうせろくでもないだろうが、帳簿を使ってなにをするつもりだ。」
レティの言葉が癪に障ったのか、シルビィは彼女との手合わせを申し込んできた。レティの力量を計りその問いに答えを出すべきか決めるらしい。
首を縦に振るまで帰らないとは思っていたが、まだどちらにも振っていない。敵意を向ける時点で交渉もクソも無かろう。
交渉べたな事は耳が痛いらしいが、賛同など後で首に聞くと言い出す。これでは完全に過激派だ。
シルビィは剣を取ることもなく手を翳すと、その名を呼んだ。
「来い。ミストルティン。」
表扉を貫き破り飛翔してきた武器がレティの横顔を擦める。
槍だ。槍が勝手に飛んで来るなどスキルの類いかと思うが、わざわざ敵に見せるぐらいなら初めから持っていれば良いだろう。
それがレティを擦すめた瞬間。耳元では回転するような機械音がしていたので、武器のギミックの可能性がある。これで少なくてもあの槍はレティの姫鶴同様奴のメインウェポンで間違いない。
形状は三角柱。名称は馬上槍。文字通りの騎乗用の武器だ。馬に乗って加速するからこそ意味があり、それも同じ騎手を落馬させる為の物。白兵戦ではただのパイロンだが、バロメやシエスタと言い非合理な武器を使うのが自動人形。高を括って足をすくわれることの多いレティはそろそろ学習し始める。元々腰に付けていた剣ではなく、わざわざ槍を呼び出したのは気掛かり。特別な仕掛けが他にあるに違いない。
警戒しながらレティは居合いを構える。白銀の装備は腰の左側に西洋の短剣、左手に固定型のバックラー、そして呼び出した馬上槍。防具はガンドレット、白銀の胸当、腰回りは銀翼のスカート、そして顔を覆い隠す猛禽類を思わせるヘルム。腹部と肩だけは露出してあるが、狙われない自信でもあるのだろうか。バックラーを前に槍を構えるその姿は西洋騎士と言うより、スパルタンの勇士を彷彿させる。
白銀の間合いは居合いを構えるレティの間合いに徐々ににじり寄る。白銀の構えと武器の性質上、突きの一点のみ。対してレティの居合いは複数の型への変更が可能。バロメの連続突きでもなければ、後の先でレティの剣擊が決まる。だが、白銀の気迫はその優位性を感じさせなくする。漏れでる殺気、いつ放たれるかレティの焦りを増幅させる。遅い摺り足に気迫だけが先行して襲う。
まだかと脳裏を過った刹那、穿たれた神速の突きは絶影のスピードなど遥かに上回る。レティの制空権より外から放たれており、中距離レンジにして速すぎる。小型自動人形の戦闘はカシミア戦以降体験していなかったものだから、レティは自身より速い自動人形の攻撃に怯んだ。
しかし、予想通りの愚直な突きは読みやすい。三角柱の槍を手で払い、白銀の間合い入り込めれば、如何様にでも斬り返せる。超感覚による研ぎ澄まされた世界で、レティは馬上槍を左手で払い、白銀のシルビィの懐に飛び込む。
しかし、シルビィの槍には予想以上の仕掛けが施されていた。軌道をズラすどころか払いのけようとした左手は馬上槍に触れた部分から、解ける様に消滅していく。異変に気づけたのは薬指までを奪われてからだった。踏み込みを止め、急遽左へ回避を行ったが、やはり指は無くなっている。軽量級特有の超感覚がなければもっと深手であった筈だが、何故か死の直感は発動しない。
絶句するレティをシルビィは追撃して来なかった。それどころか称賛を贈りつけてきた。
「よく避けたな。大体のオートマトンは防御にも入れずそのまま塵に還るのだがな。」
違う始めから魔晶石など狙っていない。わざと避けさせたのだ。
消滅か溶解か。痛みすら感じさせないそのスキルは痛覚を頼りにする自動人形に取って脅威的だ。シルビィとしてはレティを殺す気はないのか手心を加えている。まさか本当に力量を試しているに過ぎないのか。さらにシルビィは暴かれて困るものでもないと言いスキル·分解をレティに明かした。
触れた物体を解き塵に返す能力を対象に付与させる。それがスキル·分解だ。
だがそれが知れたとしてレティに術はあるのか。武器にスキルを付与させるのはオレガノを始め強力な自動人形が多い。しかしそれを明かすことは攻略してくださいと言っているようなものだ。何故こうもあっさり、その反則級の能力を明かしても平然としていられるのか。
だが、まだ負けが決まったわけでもない。力の入らない左手だが、中指と親指が残っているのは不幸中の幸い。この指だけでもある程度の技は出せる。
強烈なスキルを前にしても尚一切の闘志を捨てないレティに白銀は嬉々として脅威的な脚力で一気に詰め寄り、先ほど同じ突きを繰り出した。
臑当の隙間から火を吹いたように見えたが、同じ手は二度受けたくない。
しかし分解はどう対処する?刀で受けるにしても諸共貫かれるが始末。白銀は神速の突きを放ってもなお、その様な思慮を過らせていた。
しかし心配には及ばなかった。レティは槍による閃撃を姫鶴で受け流し懐に飛び込むと、白銀が身に付ける胸当の上から大袈裟に斬り込む。鎧に鋭利な亀裂が入り一本取ったと思われたが、本体までは届かなかった。
神速の突きを見切られ反撃を許してしまったのだ。白銀はヘルムの上からでも解るぐらい驚いた様子で、体勢を整え距離を取る。防御不可の攻撃がまさか受け流されようとは思いもよらなかっただろう。
居合い刀姫鶴に分解の影響は見受けられず自身と同じく武器にスキルが付与された形跡がある。刀身に纏うは灯のように淡い青い炎。とろ火のように今にも消えてしまいそうだが、分解のスキルを防ぐ優秀な能力のようだ。
スキル·バトルオーラ。
「私の魔力を武器や装甲に付与するスキルだ。特にお前のようなスキル付与の攻撃をただの物理攻撃に戻せるのが強みだ。」
要は直接的なスキルを無効にするスキルだ。しかしシルビィは疑問に思う。スキル付与の攻撃を使う自動人形は少なくない。そのスキルを使っていればまず意表を突かれることもない筈。何故今までレティはこのスキルを使用しなかったのか。
とは言え察しは付く。元からシルビィの目には全て見えているのだから。
スキル·魔力感知。
オレガノの千里眼より下位の透視能力だが、魔力の流れを見れる点において差別化されている。
姫鶴に纏うバトルオーラはあまりにも懦弱な灯火。原因は魔力を使用するスキル故、使用者の状態をそのまま映してしまうことから答えが出る。
初めは何かの異常かと思ったが間違いない。シルビィの目から見て今現在のレティの魔力は測定が難しい程少ない。それは自動人形が活動できる限界の数値だ。
「そうかい。じゃあ私がそれを誤魔化すスキルを持っているとは思わないのか?」
もちろん警戒はした。だが、シルビィの透視を知らずにそこまで魔力を使わない戦法は不可解。それだけ優秀なスキルを今まで使わないでいたのも、魔力の底が尽きかけているのが原因ではないか。
レティの腹を探るようにシルビィは考察を述べる。
本来、月の光である程度は回復するはずの魔晶石。その補充もできず、それでも400年も戦い抜くなどなどまずあり得ない。更にバトルオーラを見て確信に近付いた。強力だが魔力に依存するスキルであるなら使用者は魔力に余力を持っていないといけない。先日の戦闘から日を跨いでいるのにも関わらず通常手段で補給できないのなら特別な方法があるのだろう。恐らく回復系だ。
シルビィは思う。となるとレティにはもう一つスキルがある。始めから異質だとは感じていたが、この自動人形は合計で能力を三つ保有している。
そう確信したシルビィは違う観点で驚いていた。レティがスキルを三つ持っていることにだ。
「だったらなんだ?」
「スキルを3つ持っているオートマトンはそうはいない。通常の魔晶石の構造上、一つ付けば上出来で二つが限界だ。いるとするなら五大宝石の250ctを超える魔晶石を持ったオートマトンだけ。それらはオートマトンの王と呼ばれるそうだが、君がそれだとは思い難かった。」
自動人形の王。
レティは長く生きてきたが自動人形の王など耳にしたことがない。スキルを3つ保有しているからと言って、自分自身ではそれほど強いとも思えない。
何故魔晶石の構造に関してここまで詳しいのかは知らないが、こんな話をする以上シルビィにも後一つ隠しているスキルがあるかも知れない。レティは試しに聞いてみると彼女は否定した。正確には二つだと。
それはおかしな話だ。実際に使った分解と魔力感知の二つを合わせれば四つになってしまう。
この際いても驚かないが、あまりにも恵まれている。それにわざわざ情報を明かしていくスタンスも理解できない。能力を多く持った自動人形が目障りで冥土の土産にでもさせるつもりなのか。
誤解を解くため、シルビィは手に持つ馬上槍を指差すと分解のスキルはこれ自身の特性だと答えた。自身のことに関して口が軽いのは、一対一の戦いはフェアで挑むのが彼女の流儀らしい。
突然手袋を投げてくる奴の流儀など知らないが、武器自体がスキルを持っているとなればその馬上槍には魔晶石が内臓されているはず。つまり槍その物が自動人形ってことになる。
「ほぼ正解だ。かつての仲間の武器にそいつの魔晶石の欠片が入っている。親和性が高く、どうしてか私の意思に従ってくれる。」
では魔晶石を集めればいくらでも能力を増やせるのではないか。インフレの予感がする。
だが、そう都合よくもない。散って行った同胞の中で唯一反応を示したのはこれが最初で最後。自我もなくスキルの回路だけが無事だったのが要因だと。
「まぁどちらにしても、お前のスキルは全て暴いた。こうなったら勝負は見えたもの。どうけりをつけようか。」
「スキルだけが勝負の決め手にはならないぞ。」
「確かにお前のように呪いを技に込める奴もいる。だが、オートマトンの戦闘に於て最も重要視されるのは第一にスキル、ギミック、設計理念、戦術や武術はそれらに劣る者の浅知恵に過ぎない。」
シルビィは隠すどころか次々に自分のスキルや戦法をレティに公開している。慢心や余裕と言うより対自動人形戦のレクチャーに近い。まるでレティを鍛え直しているようだ。
シルビィのスカートを取り巻く銀の翼が展開すると腰の付け根に当たるのか、そこから生えるロケットの噴射口の様な物から期待通りの火力が噴出される。燃料は魔力。その色は白銀。
レティが青なのに対して、シルビィは白銀の火炎を噴出しながら、レティの頭上に停滞する。
「空を飛ぶオートマトンだと!?」
「タイプはヴァルキリー。私の設計理念は空対空及び地上兵力の殲滅。」
シルビィのスタッツは桁外れだ。今のレティにどうあがいても勝てる術などない。強力なスキルを持つレティだが魔力が枯渇している今、能力も技もろくに使えない。仮に引き出せたとしても通用するかどうかすら解らない。
シルビィも言っていたが自動人形の魔晶石は月の光で回復する。梅雨がある日本でも戦闘を避ければ年間で十分なエネルギーを蓄えられる。それはレティも例外ではない。では何故彼女はこんなにも枯渇した状況を強いられているのか。その原因は二つある。一つはスキルによる消耗だ。通常魔力を使い発動する能力がそれなのだが、魔力その物を武器にするレティのスキルは燃費があまりにも悪い。さらに拍車を掛けるように彼女の自動人形としての規格に大きな欠陥があることが二つ目にして決定的な要因だ。中型大型を相手取る為に無理やり重量級に仕立てあげられ、なおかつスピードを落とさずにと言った小型化。よってできたのが小型重量級。欠陥品中の粗悪品。その弊害がこれだ。何もしない限り魔力の消耗と月の光で補給できる魔力量が釣り合わなくなってしまっている。確かにその対策として回復のスキルが魔晶石に刻まれているが、レティは意地でもこれを使おうとしない。現在オレガノと揉めているのはこれが原因だ。
言っても聞かない以上、寝ている時だけは消耗を抑えられるので彼はそれで妥協している。
だが、そんな理由で敵が手心を加えてくれるはずもなく、タイプ·ヴァルキリーのシルビィは、目の前の敵を裁く槍を構える。
「馬上槍は騎乗した騎手が敵の騎手を落馬させる為にある。」
「あぁ知っているが、それがどうした。」
「要は重量物に加速を加えないと意味がないと言えよう。コイツのスキルなら白兵戦でも通用するが、武器本来の用途ではない。」
シルビィはそのまま上昇して教会の屋根を突き崩す。
上空に飛びだつ白銀は戦闘機の如く甲高い騒音を奏でて、しばらく教会の上空を飛び回っている。これからどうなるかは屋内のレティにもなんとなく察しは付く。その加速と分解のスキルで、死角から貫こうって魂胆だ。解っていても逃げ隠れは無駄だ。白銀の目にはレティの魔力を感知する能力がある。千里眼には劣るが、暗闇だろうと敵を感知できるのは脅威的。だがその場合ド派手に飛び回っている白銀は恰好の的だが、奴は小細工を必要としないのだろう。本当にスキルとギミックだけでレティを圧倒しようとしている。
こちらの回避能力は知っているとは思うがどのような戦闘スタイルで来るのだろうか。まさか即死を狙って来るとは考え難い。正面からは来ないだろう。
しかし上空にいる白銀はそうは思っていなかった。
「まずそのスキルでこの攻撃が回避できるかどうかお手並み拝見だ。」
真っ直ぐそれも愚直に、ただそれが最強の手段であると信じるかのように。教会の中にいるレティを建物ごと貫くため垂直落下にブースターの推進力を重ね、時速400kmを超える。
「聖槍·ミストルティン」
地上1mのところで絶叫マシン顔負けの軌道変更で水平になり、教会の真正面から突撃する。夥しい量の土埃を舞い上げてはブースターの出力で吹き飛ばす。
一閃。近代兵器が対物射撃を行うが如く、白銀の槍は教会を貫いた。白銀が通過したところが分解により何もかも刳り貫かれると、支柱を失った教会は轟音を上げて倒壊した。
もともと解体予定地だった為、人がいることはないが白銀の一撃で作業の大半が終わってしまうのではないのかと思うぐらい、教会の風通しは良くなってしまった。もう雨風も凌げない。
これでレティは直撃を避けようと衝撃波により戦闘不能になっているはずだ。
しかし屋内に舞う埃が視界から晴れると、綺麗な月に照らされる瓦礫の中からモソモソとレティが這い出た。
凶悪な特攻を放った白銀は愕然とした。位置を測るスキル及び、必ず屠れると確信できる攻撃で確かに標的は貫いたはず。目を疑うにしてもどんな手品を使われたのか。
『そうかい。じゃあ私がそれを誤魔化すスキルを持っているとは思わないのか?』
白銀は自分の透視スキルに対して言い放ったレティの言葉を思い出した。全ては検討違いでレティの第三のスキルは敵の目を欺くことなのか。
答えはさほど複雑なものではなく、シルビィの透視能力を逆手に取ったレティの策略であった。
シルビィが聖槍ミストルティンを放つ依然にレティは行動に移していた。
死の直感の発動で見せられたビジョンは分解と衝撃波による大破であった。教会のどこに隠れようと、魔力感知で座標を変えられるだけ。直撃は免れる未来に変えても突進に伴う衝撃波は十二分にレティを即死させるほどの脅威だ。
これほど事前にこのスキルが発動することは今までに無かったが、ここでの対処を誤れば確定の死を迎えることになりそうだ。少ない時間でレティは考えた。
材料は正面の扉、一面に広がる数々の長椅子、後方に首のないマリア像。裏口や頭上の欄干窓があるが脱出は有効とは思えない。自分より大きい長椅子を使えば衝撃波による即死も免れそうだが、自分の位置が割れていることに手詰まる。
キーポイントは魔力探知による透視。
レティは白銀が急降下を始めるあたりで閃く。自分の魔力の少なさが解決の糸口だ。
レティが死に体であると思っているからこそ、このような真っ向勝負を仕掛けて来たのだ。ならこの方法でなら突撃を仕掛けるシルビィの目を欺き一芝居打てる。
スキル·バトルオーラは魔力を使い、自身あるいは武器に魔力の膜を張るものだ。この灯火は誰の目にも見えるもので、シルビィなら物越しでも魔力感知で確認できるだろう。ならばとレティは教会の石像にバトルオーラを付与し即席の身代わりを作ることにした。そこで長椅子に身を潜めれば自身の魔力よりも石像の方に注目を集められる。
その結果。無事ミストルティンの攻撃を回避することに成功し、死の直感は発動を停止させたのであった。
運を見方につけたがこれで次がない。もう一度突進を撃ち込めば良いだけの話で種が割れた以上、今度は教会共々木っ端微塵だ。万策尽きたと匙を投げるのは簡単だが、事実手段がもうない。
相討ちすら許されないだろうと、悩むレティの頭上に光が照らす。だがそれはアイデアが降りてくるような演出ではない。白銀から噴出する白炎は威力を落としていき舞い降りるようにその身をレティの目の前に晒した。あろうことか銀翼を折りたたみスカートを覆うとシルビィは槍先を下ろし停戦を申し出た。
納得がいかない。今の技をもう一度撃てばシルビィの勝利は確実。何故その好機を見送ったのか。
「私は端からお前を討とうなどと思っていない。ただ、簡単に死ぬようならそのまま消してしまおうと思ってな。」
「···だから帰りますってか?ずいぶん調子のいいこと言うじゃないか。」
「勘違いするな。このまま続ければお前の必敗。バロメの一件を考えれば、これでチャラにしてやろうってことだ。それにアイデアは良かったが、私が一戦交えてみたかったのは今のお前ではない。この奥義を防いだのだ。次は万全の状態で決着をつけさせてもらうぞ。」
「勝手なことを言うな。」
「レティ。その状態で薔薇の貴族から生還できたのは奇跡だ。早く魔力を補充しなければお前が死ぬより先に周りで死人が出るぞ。お前が何に拘っているかは知らんが、後にできるのは悔いることだけだ。」
その言葉は哀れみや警告のようなものでもなく、どこかしら助言であると信じさせるものだった。初対面であるのにも関わらず信憑性のある物言いにレティも戸惑う。
「では去らばだ。青の王、閃光のレティよ。次はその名に恥じぬ戦いを期待する。」
シルビィは背を向け教会を去ろうとするが、レティには引き止めることはできなかった。拾った命だ。わざわざ捨てることもなかろう。しかし何故シルビィはレティを王など呼ぶのだろう。ロッテや奴にはそれほどの軍勢がいるかもしれないが、自分達は一派とも呼びにくい戦力だ。スキルが3つがどうとか言っていたが、世の中自分より強い自動人形ならいくらでもいる。戦闘力だけでないとするなら、何を持ってあんな言い方をしたのだろうか。
シルビィが完全に姿を消すとレティは膝から崩れ床に手をついた。魔力はもうない。
今の戦闘でなけなしの力を使いきってしまったのだ。そうでもしなければシルビィの目を欺くことは出来なかった。
視界さえ霞む中、駆けつけたカシミヤに担がれたところで意識が途切れる。
それからレティは翌日の朝まで眠り、何事もなかったかのように目覚める。昨夜の月はとても強い輝きを魅せていて、それによる魔力の補給は起床可能なまでに彼女を回復させた。
恵美が安堵するとレティはそれに微笑みで答えた。それでもレティに戦えるだけの魔力は無いと言うのに。
山林に聳える幻影帝國の拠点。表向きは企業の生産工場だが、中身は悪党の巣窟だ。
そこでシエスタは明日の襲撃に備えた作戦を部下に伝えるため急ぎ足で薄暗い廊下をかけていた。
調子が悪くても誰も取り変えないのか照明灯の接触が良くない。点滅を繰り返すその真下で壁に寄り掛かる悪党が一人。幻影帝國幹部、幻影のラリクラ。
容姿は日本の陸軍の軍服を来た黒髪の少年で、軍帽や胸元には勲章が何個かぶら下がっている。相好は狐目で口角もつり上がており、印象は嘘臭い。
部所が異なる彼がここにいる理由は知らないが構っている暇はない。急ぐシエスタが目の前を横切ろうとすると、ラリクラは軟派に彼女の肩を掴んだ。
「つれないなぁシエスタちゃん。やっと日本に帰ってこれたんだよ。おかえりの一つも無いのかい?」
「あぁおかえりラリクラ殿。これから出撃準備の為私は急がせて貰う。」
シエスタはコイツが嫌いだ。表情や言葉に真意がなく正に人を化かそうとするような奴だからだ。
戦闘能力は無く謀略のみでその地位まで成り上がった自動人形を誰が信用できるだろうか。
ラリクラはシエスタを引き止めると、自分がここにいる理由に就いて質問は無いのかと彼女に問う。
どうでも良いのでいち早くコイツから離れたい。
「組織の意向には従う。貴殿が何処で何をしてようと私の預かり知らぬことだ。」
無理矢理に通り過ぎるシエスタの前に周り込んで、ラリクラは話を続ける。
「寂しいこと言わないでよ。閃光の殲滅戦は明日でしょ?ブリーフィングはもう少し後でもいいんじゃない。」
彼女に動揺が生まれる。明日の作戦はネビュラしか知らない筈。まさか情報が漏れているのか。
シエスタは先日のやり取りを思い出す。
ネビュラは彼女との会話以外にメモ用紙に常に目を向けていた。
そこに書かれていた内容は、『この会話は聴かれている。』だった。
これではっきりした。このラリクラは今まで全ての行動を覗き見ていたんだ。
ネビュラのことだ。会話とは別に真の目的を自分に伝えたのはこの為だったのだ。
『この会話は聴かれている。我々の目的は強硬派の排除であるが、その目論見が何者かに筒抜けの可能性がある。この場合、本国から強硬派のオートマトンが何体か日本に来てしまう。そうなれば他の穏健派の活動にも影響が出る。特に不味いのが武闘派のプラズマーだ。奴がいるだけで私達の目的はご破算だ。そこで今回貴殿に頼みたいことが一つ。
×××××××××××××××××××。
この作戦が失敗すれば日本は戦場に変わり、薔薇の貴族及び銀の教団との全面戦争になる。親愛なる同士シエスタ。いざと言う時は裏切り者として私の首を本国に持って行け。』
ラリクラは話に鎌を掛ける。シエスタは今、裏切り者と疑われており、ネビュラはそれを幇助していると考えている。
「え?報連相は義務でしょ?君を除けばネビュラちゃんが言ったに決まっているじゃん。だって日本には君とネビュラちゃんしか幹部がいない状況だったんだからね。」
「何が言いたい?」
「今君ネビュラちゃんを真っ先に疑わなかったね?何で?」
「···あいつは何を考えているか解らん奴だが、貴殿のような者に易々と隠密作戦を明かしたりはしない。」
一瞬言葉が詰まったシエスタをじっくりと舐め回すように観察する。
「幻影帝國の規則に幹部同士での共謀は固く禁じられていることは知ってるよね?」
全てではないにしても完全にバレている。
「君達二人。何が隠しているでしょ?」
シエスタは持ち合わせに無い鎌の変わりに、腰のナイフに手を伸ばす。
ラリクラはその手を掴むと両手で握り締めた。
「何てね!冗談だよ!僕も本部命令で動いているからちゃんと仕事しないといけないからね。こういう嫌なことを言うのも仕事の内だから気にしないでよ。それに日本の支部で一番強いのはシエスタちゃんなんだからその気になれば僕なんて秒殺だもんね。」
ラリクラはシエスタの後ろに周り込むと耳元に囁いた。
その手つきは厭らしく、指で腹から上になぞりながら彼女の嫌悪感を引き出した。
「でも次は許されないよ。閃光に対して手を抜く行為ももう見逃さない。必ず仕留め、帳簿の読手を回収しろ。その為には多少の犠牲もやむを得ない。」
シエスタは彼を突飛ばし怒りをあらわにする。
「鬼畜が。仮にも恒久的平和を望む組織の一員だろう。」
「失敗続きの君を奮い立たせようとする、同僚の粋な計らいじゃないか。ついでに言うと、次失敗したら本国からプラズマーがやって来るよ。」
プラズマー。
それを聞いたシエスタは目を見開き怯えた。
ネビュラが危惧していたことが現実になろうとしている。
「大丈夫。明日頑張れば本部には上手く言ってあげるからさ。」
ラリクラは彼女の背中を押し出し、次はネビュラの元に行くと言いその場を後にする。
シエスタは一度安堵すると決心したかの如く、鋭い眼光で闇に続く廊下の先を睨んだ。
「行くも地獄、引くも地獄か···」
レティは恵美を自宅に送った後、白銀の自動人形と共に廃れきった教会にたどり着き向かい合っていた。恵美のことに関しては問題ない。襲撃に備えてカシミアには恵美の護衛も含め八雲家に結界を張らせている。今頃、文句でも言いながら作業に取り掛かっているはずだ。
色鮮やかな光を取り込む白銀の鎧騎士は暫く首のないマリア様を眺めている。教団と謳うぐらいだ。信仰心も強いのかもしれないので、自分がその首を落とした事は黙っておくことにしよう。
この自動人形と戦闘になった場合、街中ではあまりに目立つ。そう予想したレティはこの場所なら近隣への被害を最小限に抑えられると踏んだ。バロメはこの組織を隠密機関と例えていたが、現に奴は恵美の学校で戦闘を始めている。このシルビィとか言う奴も、場合によってはあの場で殺し合いを仕掛けてきたかもしれない。そうなれば恵美を守って戦うのは物理的に不可能。何故ならバロメより実力を持っているであろう者ならレティに勝ち目すらないのだから。
シルビィの要件はバロメの仇討ちでは無かった。それは穏やかな口調で死んでもいない部下の仇は討てないと言うと、手心を加え生きて帰してくれた事への感謝もしてきた。案外話が通じる奴なのかもしれない。バロメ同様表情を隠すため兜は脱がないが、いやまさか世間話をするために此処へ来たわけでもあるまい。
レティが要件を催促すると、シルビィは本題に取り掛かった。内容はご存知の通り八雲の帳簿に関してだ。バロメは追い返したが今回は団長直々。首を縦に振るまで帰ってくれないだろう。
「バロメから聞いていないのか?お前達が憎いから断ったのではなく、お前達の態勢では穴があると言いたいんだ。恵美を守ってくれるって言うのなら共に協力すれば良いじゃないか?」
「···そうだな。ではまずレティ殿の方はどうかな?」
シルビィの腰の短剣がカチャリと鎧に当たり不穏な空気に変わる。一挙一動に金属音がつき纏うのが気に入らない。
「穴はないのかと訪ねている。薔薇の貴族意外にも君達の動向を見張る者が私の団員にいる。常にじり貧な戦い、とても優秀な警護ではないと見受けられる」
ぐうの音も出ない。
「責めているのではない。遊園地の一件も君が八雲恵美の元に先着いただけのこと。我々も奴らと一戦交えていたのだ。」
確かに幻影帝國からすれば千載一遇の機会であった筈だ。そこであの程度の人選で恵美を拐おうなど、コイツらを含めロッテも許さないはずだ。
シルビィは突然聞いてもいない昔話を語り出す。レティが怪訝そうに眺めてもお構い無しだ。
第二次世界大戦のこと。
レティはマチルダと共に幻影帝國から兵器全書を奪取している。もちろんその過程は熾烈を極めた戦いだったが、それすらシルビィに取っては運良く横取りできただけだと言う。
銀の教団は幻影帝國に総当たり戦を仕掛けたが大敗している。しかしそれによりレティの方には兵力が行き届いていない状況であった。火事場の大泥棒とでも言いたいのか、だんだんレティへの私怨が混ざりはじめている。
そんな大事な物をみすみす奪われたレティには教団のメンバーもお冠の様子。
あの時代だ。目的が同じレティには遺恨の一つや二つぐらいあるだろう。
しかしだ。恵美を守りたいのなら共に協力したほうが良いに決まっている。何故レティを恵美から遠ざけようとするのか。
シルビィは鼻で一笑すると、レティとの間にできた齟齬を正した。それでは我々は少女の護衛隊だなと。
レティは目を見開き、シルビィの言葉を聞き返した。
シルビィは言った。八雲の帳簿から手を引けと。少女のことは何も言っていないと。
だいたいの察しが付いたレティは帳簿を狙う敵を睨む。
バロメからは邪気は感じ取れなかった。だから人に仇成す存在だとはレティの設計理念が判断しなかった。
この際だ。帳簿を使い何を仕出かすのか、その目的を聞ければあの書物の謎も聞き出せるかもしれない。
質問をしたレティにシルビィは苦笑を禁じ得なかった。
やっぱりコイツらバロメと言い他者を斜めに見る節がある。
「···驚いた。まさか慈善活動で我々は戦っていると思っているのか?何の見返りもないのに命を賭けられる馬鹿に見えたか?」
「まずは質問に答えろ。どうせろくでもないだろうが、帳簿を使ってなにをするつもりだ。」
レティの言葉が癪に障ったのか、シルビィは彼女との手合わせを申し込んできた。レティの力量を計りその問いに答えを出すべきか決めるらしい。
首を縦に振るまで帰らないとは思っていたが、まだどちらにも振っていない。敵意を向ける時点で交渉もクソも無かろう。
交渉べたな事は耳が痛いらしいが、賛同など後で首に聞くと言い出す。これでは完全に過激派だ。
シルビィは剣を取ることもなく手を翳すと、その名を呼んだ。
「来い。ミストルティン。」
表扉を貫き破り飛翔してきた武器がレティの横顔を擦める。
槍だ。槍が勝手に飛んで来るなどスキルの類いかと思うが、わざわざ敵に見せるぐらいなら初めから持っていれば良いだろう。
それがレティを擦すめた瞬間。耳元では回転するような機械音がしていたので、武器のギミックの可能性がある。これで少なくてもあの槍はレティの姫鶴同様奴のメインウェポンで間違いない。
形状は三角柱。名称は馬上槍。文字通りの騎乗用の武器だ。馬に乗って加速するからこそ意味があり、それも同じ騎手を落馬させる為の物。白兵戦ではただのパイロンだが、バロメやシエスタと言い非合理な武器を使うのが自動人形。高を括って足をすくわれることの多いレティはそろそろ学習し始める。元々腰に付けていた剣ではなく、わざわざ槍を呼び出したのは気掛かり。特別な仕掛けが他にあるに違いない。
警戒しながらレティは居合いを構える。白銀の装備は腰の左側に西洋の短剣、左手に固定型のバックラー、そして呼び出した馬上槍。防具はガンドレット、白銀の胸当、腰回りは銀翼のスカート、そして顔を覆い隠す猛禽類を思わせるヘルム。腹部と肩だけは露出してあるが、狙われない自信でもあるのだろうか。バックラーを前に槍を構えるその姿は西洋騎士と言うより、スパルタンの勇士を彷彿させる。
白銀の間合いは居合いを構えるレティの間合いに徐々ににじり寄る。白銀の構えと武器の性質上、突きの一点のみ。対してレティの居合いは複数の型への変更が可能。バロメの連続突きでもなければ、後の先でレティの剣擊が決まる。だが、白銀の気迫はその優位性を感じさせなくする。漏れでる殺気、いつ放たれるかレティの焦りを増幅させる。遅い摺り足に気迫だけが先行して襲う。
まだかと脳裏を過った刹那、穿たれた神速の突きは絶影のスピードなど遥かに上回る。レティの制空権より外から放たれており、中距離レンジにして速すぎる。小型自動人形の戦闘はカシミア戦以降体験していなかったものだから、レティは自身より速い自動人形の攻撃に怯んだ。
しかし、予想通りの愚直な突きは読みやすい。三角柱の槍を手で払い、白銀の間合い入り込めれば、如何様にでも斬り返せる。超感覚による研ぎ澄まされた世界で、レティは馬上槍を左手で払い、白銀のシルビィの懐に飛び込む。
しかし、シルビィの槍には予想以上の仕掛けが施されていた。軌道をズラすどころか払いのけようとした左手は馬上槍に触れた部分から、解ける様に消滅していく。異変に気づけたのは薬指までを奪われてからだった。踏み込みを止め、急遽左へ回避を行ったが、やはり指は無くなっている。軽量級特有の超感覚がなければもっと深手であった筈だが、何故か死の直感は発動しない。
絶句するレティをシルビィは追撃して来なかった。それどころか称賛を贈りつけてきた。
「よく避けたな。大体のオートマトンは防御にも入れずそのまま塵に還るのだがな。」
違う始めから魔晶石など狙っていない。わざと避けさせたのだ。
消滅か溶解か。痛みすら感じさせないそのスキルは痛覚を頼りにする自動人形に取って脅威的だ。シルビィとしてはレティを殺す気はないのか手心を加えている。まさか本当に力量を試しているに過ぎないのか。さらにシルビィは暴かれて困るものでもないと言いスキル·分解をレティに明かした。
触れた物体を解き塵に返す能力を対象に付与させる。それがスキル·分解だ。
だがそれが知れたとしてレティに術はあるのか。武器にスキルを付与させるのはオレガノを始め強力な自動人形が多い。しかしそれを明かすことは攻略してくださいと言っているようなものだ。何故こうもあっさり、その反則級の能力を明かしても平然としていられるのか。
だが、まだ負けが決まったわけでもない。力の入らない左手だが、中指と親指が残っているのは不幸中の幸い。この指だけでもある程度の技は出せる。
強烈なスキルを前にしても尚一切の闘志を捨てないレティに白銀は嬉々として脅威的な脚力で一気に詰め寄り、先ほど同じ突きを繰り出した。
臑当の隙間から火を吹いたように見えたが、同じ手は二度受けたくない。
しかし分解はどう対処する?刀で受けるにしても諸共貫かれるが始末。白銀は神速の突きを放ってもなお、その様な思慮を過らせていた。
しかし心配には及ばなかった。レティは槍による閃撃を姫鶴で受け流し懐に飛び込むと、白銀が身に付ける胸当の上から大袈裟に斬り込む。鎧に鋭利な亀裂が入り一本取ったと思われたが、本体までは届かなかった。
神速の突きを見切られ反撃を許してしまったのだ。白銀はヘルムの上からでも解るぐらい驚いた様子で、体勢を整え距離を取る。防御不可の攻撃がまさか受け流されようとは思いもよらなかっただろう。
居合い刀姫鶴に分解の影響は見受けられず自身と同じく武器にスキルが付与された形跡がある。刀身に纏うは灯のように淡い青い炎。とろ火のように今にも消えてしまいそうだが、分解のスキルを防ぐ優秀な能力のようだ。
スキル·バトルオーラ。
「私の魔力を武器や装甲に付与するスキルだ。特にお前のようなスキル付与の攻撃をただの物理攻撃に戻せるのが強みだ。」
要は直接的なスキルを無効にするスキルだ。しかしシルビィは疑問に思う。スキル付与の攻撃を使う自動人形は少なくない。そのスキルを使っていればまず意表を突かれることもない筈。何故今までレティはこのスキルを使用しなかったのか。
とは言え察しは付く。元からシルビィの目には全て見えているのだから。
スキル·魔力感知。
オレガノの千里眼より下位の透視能力だが、魔力の流れを見れる点において差別化されている。
姫鶴に纏うバトルオーラはあまりにも懦弱な灯火。原因は魔力を使用するスキル故、使用者の状態をそのまま映してしまうことから答えが出る。
初めは何かの異常かと思ったが間違いない。シルビィの目から見て今現在のレティの魔力は測定が難しい程少ない。それは自動人形が活動できる限界の数値だ。
「そうかい。じゃあ私がそれを誤魔化すスキルを持っているとは思わないのか?」
もちろん警戒はした。だが、シルビィの透視を知らずにそこまで魔力を使わない戦法は不可解。それだけ優秀なスキルを今まで使わないでいたのも、魔力の底が尽きかけているのが原因ではないか。
レティの腹を探るようにシルビィは考察を述べる。
本来、月の光である程度は回復するはずの魔晶石。その補充もできず、それでも400年も戦い抜くなどなどまずあり得ない。更にバトルオーラを見て確信に近付いた。強力だが魔力に依存するスキルであるなら使用者は魔力に余力を持っていないといけない。先日の戦闘から日を跨いでいるのにも関わらず通常手段で補給できないのなら特別な方法があるのだろう。恐らく回復系だ。
シルビィは思う。となるとレティにはもう一つスキルがある。始めから異質だとは感じていたが、この自動人形は合計で能力を三つ保有している。
そう確信したシルビィは違う観点で驚いていた。レティがスキルを三つ持っていることにだ。
「だったらなんだ?」
「スキルを3つ持っているオートマトンはそうはいない。通常の魔晶石の構造上、一つ付けば上出来で二つが限界だ。いるとするなら五大宝石の250ctを超える魔晶石を持ったオートマトンだけ。それらはオートマトンの王と呼ばれるそうだが、君がそれだとは思い難かった。」
自動人形の王。
レティは長く生きてきたが自動人形の王など耳にしたことがない。スキルを3つ保有しているからと言って、自分自身ではそれほど強いとも思えない。
何故魔晶石の構造に関してここまで詳しいのかは知らないが、こんな話をする以上シルビィにも後一つ隠しているスキルがあるかも知れない。レティは試しに聞いてみると彼女は否定した。正確には二つだと。
それはおかしな話だ。実際に使った分解と魔力感知の二つを合わせれば四つになってしまう。
この際いても驚かないが、あまりにも恵まれている。それにわざわざ情報を明かしていくスタンスも理解できない。能力を多く持った自動人形が目障りで冥土の土産にでもさせるつもりなのか。
誤解を解くため、シルビィは手に持つ馬上槍を指差すと分解のスキルはこれ自身の特性だと答えた。自身のことに関して口が軽いのは、一対一の戦いはフェアで挑むのが彼女の流儀らしい。
突然手袋を投げてくる奴の流儀など知らないが、武器自体がスキルを持っているとなればその馬上槍には魔晶石が内臓されているはず。つまり槍その物が自動人形ってことになる。
「ほぼ正解だ。かつての仲間の武器にそいつの魔晶石の欠片が入っている。親和性が高く、どうしてか私の意思に従ってくれる。」
では魔晶石を集めればいくらでも能力を増やせるのではないか。インフレの予感がする。
だが、そう都合よくもない。散って行った同胞の中で唯一反応を示したのはこれが最初で最後。自我もなくスキルの回路だけが無事だったのが要因だと。
「まぁどちらにしても、お前のスキルは全て暴いた。こうなったら勝負は見えたもの。どうけりをつけようか。」
「スキルだけが勝負の決め手にはならないぞ。」
「確かにお前のように呪いを技に込める奴もいる。だが、オートマトンの戦闘に於て最も重要視されるのは第一にスキル、ギミック、設計理念、戦術や武術はそれらに劣る者の浅知恵に過ぎない。」
シルビィは隠すどころか次々に自分のスキルや戦法をレティに公開している。慢心や余裕と言うより対自動人形戦のレクチャーに近い。まるでレティを鍛え直しているようだ。
シルビィのスカートを取り巻く銀の翼が展開すると腰の付け根に当たるのか、そこから生えるロケットの噴射口の様な物から期待通りの火力が噴出される。燃料は魔力。その色は白銀。
レティが青なのに対して、シルビィは白銀の火炎を噴出しながら、レティの頭上に停滞する。
「空を飛ぶオートマトンだと!?」
「タイプはヴァルキリー。私の設計理念は空対空及び地上兵力の殲滅。」
シルビィのスタッツは桁外れだ。今のレティにどうあがいても勝てる術などない。強力なスキルを持つレティだが魔力が枯渇している今、能力も技もろくに使えない。仮に引き出せたとしても通用するかどうかすら解らない。
シルビィも言っていたが自動人形の魔晶石は月の光で回復する。梅雨がある日本でも戦闘を避ければ年間で十分なエネルギーを蓄えられる。それはレティも例外ではない。では何故彼女はこんなにも枯渇した状況を強いられているのか。その原因は二つある。一つはスキルによる消耗だ。通常魔力を使い発動する能力がそれなのだが、魔力その物を武器にするレティのスキルは燃費があまりにも悪い。さらに拍車を掛けるように彼女の自動人形としての規格に大きな欠陥があることが二つ目にして決定的な要因だ。中型大型を相手取る為に無理やり重量級に仕立てあげられ、なおかつスピードを落とさずにと言った小型化。よってできたのが小型重量級。欠陥品中の粗悪品。その弊害がこれだ。何もしない限り魔力の消耗と月の光で補給できる魔力量が釣り合わなくなってしまっている。確かにその対策として回復のスキルが魔晶石に刻まれているが、レティは意地でもこれを使おうとしない。現在オレガノと揉めているのはこれが原因だ。
言っても聞かない以上、寝ている時だけは消耗を抑えられるので彼はそれで妥協している。
だが、そんな理由で敵が手心を加えてくれるはずもなく、タイプ·ヴァルキリーのシルビィは、目の前の敵を裁く槍を構える。
「馬上槍は騎乗した騎手が敵の騎手を落馬させる為にある。」
「あぁ知っているが、それがどうした。」
「要は重量物に加速を加えないと意味がないと言えよう。コイツのスキルなら白兵戦でも通用するが、武器本来の用途ではない。」
シルビィはそのまま上昇して教会の屋根を突き崩す。
上空に飛びだつ白銀は戦闘機の如く甲高い騒音を奏でて、しばらく教会の上空を飛び回っている。これからどうなるかは屋内のレティにもなんとなく察しは付く。その加速と分解のスキルで、死角から貫こうって魂胆だ。解っていても逃げ隠れは無駄だ。白銀の目にはレティの魔力を感知する能力がある。千里眼には劣るが、暗闇だろうと敵を感知できるのは脅威的。だがその場合ド派手に飛び回っている白銀は恰好の的だが、奴は小細工を必要としないのだろう。本当にスキルとギミックだけでレティを圧倒しようとしている。
こちらの回避能力は知っているとは思うがどのような戦闘スタイルで来るのだろうか。まさか即死を狙って来るとは考え難い。正面からは来ないだろう。
しかし上空にいる白銀はそうは思っていなかった。
「まずそのスキルでこの攻撃が回避できるかどうかお手並み拝見だ。」
真っ直ぐそれも愚直に、ただそれが最強の手段であると信じるかのように。教会の中にいるレティを建物ごと貫くため垂直落下にブースターの推進力を重ね、時速400kmを超える。
「聖槍·ミストルティン」
地上1mのところで絶叫マシン顔負けの軌道変更で水平になり、教会の真正面から突撃する。夥しい量の土埃を舞い上げてはブースターの出力で吹き飛ばす。
一閃。近代兵器が対物射撃を行うが如く、白銀の槍は教会を貫いた。白銀が通過したところが分解により何もかも刳り貫かれると、支柱を失った教会は轟音を上げて倒壊した。
もともと解体予定地だった為、人がいることはないが白銀の一撃で作業の大半が終わってしまうのではないのかと思うぐらい、教会の風通しは良くなってしまった。もう雨風も凌げない。
これでレティは直撃を避けようと衝撃波により戦闘不能になっているはずだ。
しかし屋内に舞う埃が視界から晴れると、綺麗な月に照らされる瓦礫の中からモソモソとレティが這い出た。
凶悪な特攻を放った白銀は愕然とした。位置を測るスキル及び、必ず屠れると確信できる攻撃で確かに標的は貫いたはず。目を疑うにしてもどんな手品を使われたのか。
『そうかい。じゃあ私がそれを誤魔化すスキルを持っているとは思わないのか?』
白銀は自分の透視スキルに対して言い放ったレティの言葉を思い出した。全ては検討違いでレティの第三のスキルは敵の目を欺くことなのか。
答えはさほど複雑なものではなく、シルビィの透視能力を逆手に取ったレティの策略であった。
シルビィが聖槍ミストルティンを放つ依然にレティは行動に移していた。
死の直感の発動で見せられたビジョンは分解と衝撃波による大破であった。教会のどこに隠れようと、魔力感知で座標を変えられるだけ。直撃は免れる未来に変えても突進に伴う衝撃波は十二分にレティを即死させるほどの脅威だ。
これほど事前にこのスキルが発動することは今までに無かったが、ここでの対処を誤れば確定の死を迎えることになりそうだ。少ない時間でレティは考えた。
材料は正面の扉、一面に広がる数々の長椅子、後方に首のないマリア像。裏口や頭上の欄干窓があるが脱出は有効とは思えない。自分より大きい長椅子を使えば衝撃波による即死も免れそうだが、自分の位置が割れていることに手詰まる。
キーポイントは魔力探知による透視。
レティは白銀が急降下を始めるあたりで閃く。自分の魔力の少なさが解決の糸口だ。
レティが死に体であると思っているからこそ、このような真っ向勝負を仕掛けて来たのだ。ならこの方法でなら突撃を仕掛けるシルビィの目を欺き一芝居打てる。
スキル·バトルオーラは魔力を使い、自身あるいは武器に魔力の膜を張るものだ。この灯火は誰の目にも見えるもので、シルビィなら物越しでも魔力感知で確認できるだろう。ならばとレティは教会の石像にバトルオーラを付与し即席の身代わりを作ることにした。そこで長椅子に身を潜めれば自身の魔力よりも石像の方に注目を集められる。
その結果。無事ミストルティンの攻撃を回避することに成功し、死の直感は発動を停止させたのであった。
運を見方につけたがこれで次がない。もう一度突進を撃ち込めば良いだけの話で種が割れた以上、今度は教会共々木っ端微塵だ。万策尽きたと匙を投げるのは簡単だが、事実手段がもうない。
相討ちすら許されないだろうと、悩むレティの頭上に光が照らす。だがそれはアイデアが降りてくるような演出ではない。白銀から噴出する白炎は威力を落としていき舞い降りるようにその身をレティの目の前に晒した。あろうことか銀翼を折りたたみスカートを覆うとシルビィは槍先を下ろし停戦を申し出た。
納得がいかない。今の技をもう一度撃てばシルビィの勝利は確実。何故その好機を見送ったのか。
「私は端からお前を討とうなどと思っていない。ただ、簡単に死ぬようならそのまま消してしまおうと思ってな。」
「···だから帰りますってか?ずいぶん調子のいいこと言うじゃないか。」
「勘違いするな。このまま続ければお前の必敗。バロメの一件を考えれば、これでチャラにしてやろうってことだ。それにアイデアは良かったが、私が一戦交えてみたかったのは今のお前ではない。この奥義を防いだのだ。次は万全の状態で決着をつけさせてもらうぞ。」
「勝手なことを言うな。」
「レティ。その状態で薔薇の貴族から生還できたのは奇跡だ。早く魔力を補充しなければお前が死ぬより先に周りで死人が出るぞ。お前が何に拘っているかは知らんが、後にできるのは悔いることだけだ。」
その言葉は哀れみや警告のようなものでもなく、どこかしら助言であると信じさせるものだった。初対面であるのにも関わらず信憑性のある物言いにレティも戸惑う。
「では去らばだ。青の王、閃光のレティよ。次はその名に恥じぬ戦いを期待する。」
シルビィは背を向け教会を去ろうとするが、レティには引き止めることはできなかった。拾った命だ。わざわざ捨てることもなかろう。しかし何故シルビィはレティを王など呼ぶのだろう。ロッテや奴にはそれほどの軍勢がいるかもしれないが、自分達は一派とも呼びにくい戦力だ。スキルが3つがどうとか言っていたが、世の中自分より強い自動人形ならいくらでもいる。戦闘力だけでないとするなら、何を持ってあんな言い方をしたのだろうか。
シルビィが完全に姿を消すとレティは膝から崩れ床に手をついた。魔力はもうない。
今の戦闘でなけなしの力を使いきってしまったのだ。そうでもしなければシルビィの目を欺くことは出来なかった。
視界さえ霞む中、駆けつけたカシミヤに担がれたところで意識が途切れる。
それからレティは翌日の朝まで眠り、何事もなかったかのように目覚める。昨夜の月はとても強い輝きを魅せていて、それによる魔力の補給は起床可能なまでに彼女を回復させた。
恵美が安堵するとレティはそれに微笑みで答えた。それでもレティに戦えるだけの魔力は無いと言うのに。
山林に聳える幻影帝國の拠点。表向きは企業の生産工場だが、中身は悪党の巣窟だ。
そこでシエスタは明日の襲撃に備えた作戦を部下に伝えるため急ぎ足で薄暗い廊下をかけていた。
調子が悪くても誰も取り変えないのか照明灯の接触が良くない。点滅を繰り返すその真下で壁に寄り掛かる悪党が一人。幻影帝國幹部、幻影のラリクラ。
容姿は日本の陸軍の軍服を来た黒髪の少年で、軍帽や胸元には勲章が何個かぶら下がっている。相好は狐目で口角もつり上がており、印象は嘘臭い。
部所が異なる彼がここにいる理由は知らないが構っている暇はない。急ぐシエスタが目の前を横切ろうとすると、ラリクラは軟派に彼女の肩を掴んだ。
「つれないなぁシエスタちゃん。やっと日本に帰ってこれたんだよ。おかえりの一つも無いのかい?」
「あぁおかえりラリクラ殿。これから出撃準備の為私は急がせて貰う。」
シエスタはコイツが嫌いだ。表情や言葉に真意がなく正に人を化かそうとするような奴だからだ。
戦闘能力は無く謀略のみでその地位まで成り上がった自動人形を誰が信用できるだろうか。
ラリクラはシエスタを引き止めると、自分がここにいる理由に就いて質問は無いのかと彼女に問う。
どうでも良いのでいち早くコイツから離れたい。
「組織の意向には従う。貴殿が何処で何をしてようと私の預かり知らぬことだ。」
無理矢理に通り過ぎるシエスタの前に周り込んで、ラリクラは話を続ける。
「寂しいこと言わないでよ。閃光の殲滅戦は明日でしょ?ブリーフィングはもう少し後でもいいんじゃない。」
彼女に動揺が生まれる。明日の作戦はネビュラしか知らない筈。まさか情報が漏れているのか。
シエスタは先日のやり取りを思い出す。
ネビュラは彼女との会話以外にメモ用紙に常に目を向けていた。
そこに書かれていた内容は、『この会話は聴かれている。』だった。
これではっきりした。このラリクラは今まで全ての行動を覗き見ていたんだ。
ネビュラのことだ。会話とは別に真の目的を自分に伝えたのはこの為だったのだ。
『この会話は聴かれている。我々の目的は強硬派の排除であるが、その目論見が何者かに筒抜けの可能性がある。この場合、本国から強硬派のオートマトンが何体か日本に来てしまう。そうなれば他の穏健派の活動にも影響が出る。特に不味いのが武闘派のプラズマーだ。奴がいるだけで私達の目的はご破算だ。そこで今回貴殿に頼みたいことが一つ。
×××××××××××××××××××。
この作戦が失敗すれば日本は戦場に変わり、薔薇の貴族及び銀の教団との全面戦争になる。親愛なる同士シエスタ。いざと言う時は裏切り者として私の首を本国に持って行け。』
ラリクラは話に鎌を掛ける。シエスタは今、裏切り者と疑われており、ネビュラはそれを幇助していると考えている。
「え?報連相は義務でしょ?君を除けばネビュラちゃんが言ったに決まっているじゃん。だって日本には君とネビュラちゃんしか幹部がいない状況だったんだからね。」
「何が言いたい?」
「今君ネビュラちゃんを真っ先に疑わなかったね?何で?」
「···あいつは何を考えているか解らん奴だが、貴殿のような者に易々と隠密作戦を明かしたりはしない。」
一瞬言葉が詰まったシエスタをじっくりと舐め回すように観察する。
「幻影帝國の規則に幹部同士での共謀は固く禁じられていることは知ってるよね?」
全てではないにしても完全にバレている。
「君達二人。何が隠しているでしょ?」
シエスタは持ち合わせに無い鎌の変わりに、腰のナイフに手を伸ばす。
ラリクラはその手を掴むと両手で握り締めた。
「何てね!冗談だよ!僕も本部命令で動いているからちゃんと仕事しないといけないからね。こういう嫌なことを言うのも仕事の内だから気にしないでよ。それに日本の支部で一番強いのはシエスタちゃんなんだからその気になれば僕なんて秒殺だもんね。」
ラリクラはシエスタの後ろに周り込むと耳元に囁いた。
その手つきは厭らしく、指で腹から上になぞりながら彼女の嫌悪感を引き出した。
「でも次は許されないよ。閃光に対して手を抜く行為ももう見逃さない。必ず仕留め、帳簿の読手を回収しろ。その為には多少の犠牲もやむを得ない。」
シエスタは彼を突飛ばし怒りをあらわにする。
「鬼畜が。仮にも恒久的平和を望む組織の一員だろう。」
「失敗続きの君を奮い立たせようとする、同僚の粋な計らいじゃないか。ついでに言うと、次失敗したら本国からプラズマーがやって来るよ。」
プラズマー。
それを聞いたシエスタは目を見開き怯えた。
ネビュラが危惧していたことが現実になろうとしている。
「大丈夫。明日頑張れば本部には上手く言ってあげるからさ。」
ラリクラは彼女の背中を押し出し、次はネビュラの元に行くと言いその場を後にする。
シエスタは一度安堵すると決心したかの如く、鋭い眼光で闇に続く廊下の先を睨んだ。
「行くも地獄、引くも地獄か···」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる