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04.新しい誕生

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 どれだけの時間が、日々が過ぎたのかは分からない。

 それでも、必死に生きようともがかずとも、飢えることはなかった。 いえ、飢えないのではなく、誰かが私の飢えを満たしてくれていた。

 そして、それがとても嬉しい。

 生きるための当たり前。
 十分な食事と睡眠。

 そして愛情。
 優しい声が、毎日のように囁かれる。

「君と出会える時を楽しみにしているよ」

 優しい声を聞けば、眠たくなってしまう。
 十分な眠りは幸福だと知っているけれど。

 眠りたくなかった……。
 眠るのが怖かった……。
 夢を見るのが怖かった。

 夢を見れば忘れた記憶を思い出す。

 それでも、私は甘く優しい声を聞き眠ってしまう。 もっと、その声を聞いていたいと望んでいるのに。



 夢の中の私は、立派な椅子に座っている。
 年の頃は……6歳ぐらい?

 人を喜ばせるように甘い微笑みを浮かべ、ただ椅子に座り日々を過ごしていた。

 それだけで、人は金を黄金を宝石を食糧を持ってきて、頭を下げ、手を合わせていく。 家族は私を大切にしてくれていたし、優しい言葉をくれもした。 だけど、ソレは呪いのように幼い私の身動きを封じる。

『私の可愛い子』
『なんて、素晴らしい自慢の子だろう』
『そなたの存在が人々を幸福にする』
『素晴らしい子だ』
『大切な子だ』

 大人しく人形のように椅子に座って日々を過ごすんだよ。 と、

 だから、私は私を連れ出し遊びに誘うダイアナが好きだったのだ。

『鬼ってさ、角があるんだって。 だから角を持つ姉様が鬼なの当たり前だと思うの』

 ダイアナは自由で、活発で人気者で、いつも年の近い子供達を集め遊んでいた。 本当に稀にだけど、大人のいない日には私も誘ってもらえた。

 鬼ごっこ、カクレンボ、目隠し鬼。
 角がある私は、何時も鬼の役。

 いつも最後は、鬼退治だとダイアナとその友達は私を殴ってきたし、蹴ってきた。 鬼なのだから、鬼は退治されるものだから仕方がないのだそうだ。

 嫌ではあったけれど、椅子に座ったまま日々を過ごすよりはマシだったし、蹴られても殴られても痛いと思う事がなかったから、気にしたことは無かった。 ただ、少し鬱陶しくはあったが……。

 愛されていたと思ったことは無い……。
 マシな選択を選ぶ権利すらない。



 そして夢は途切れた。
 途切れる瞬間、ダイアナの声を聞いた気がした。

『姉様は他の人達とは違うのね……、それは気の毒なことだわ……だから、……しが、ね、え……を、ふ……』





「いつ目を覚ますと思う?」

 私は優しい男の声を耳にする。
 私はもう目を覚ましているわ。 そう伝えたいのに声は出せない。 思いは伝わらず優しい男の溜息が聞こえて申し訳なくなる。

「怯えているのではないでしょうか? 孵化するには十分過ぎるほどに魔力はため込んでいるように思えますし」
「勝手に触るな」
「触りますね」
「許可を取るな」

 いつも少しだけ怒っている男の声が呆れていた。

「そんなに心配なら、幻獣医を呼べばよろしいでしょうが」
「あいつらは変態だから、可愛いこの子を見ればなんていうか、色々理由をつけて連れて行こうとするに違いない」
「はいはい、同族嫌悪と言うやつですね」

 しばらくの沈黙、どうしたのかと気になってしまう。

 ねぇ、どうしたの?
 もっと、声を聞かせて。
 優しくして。
 愛して……。

 愛されたい。

 いつのまにか失っていた記憶は、眠りのたびに戻ってきていた。 記憶が戻っても、戻らなくても、私だけを私と言う存在を愛している者はいなかった……。

 愛される訳がない。

「なぁ、いい加減、目を覚ましてくれ。 俺の可愛い子」

 愛される訳がないからこそ、愛の言葉が嬉しい。



 少しずつではあるが、自分の置かれている状況は理解していた。 私は卵の中にいるのだ。 もともと、人間……ではなかった……。

 幻獣。

 一般的には、高い知能を持つ魔力生物を言う。 魔物との違いは、人間にとって友好的かどうか狂暴であるかどうかで、かなりあいまいならしい。

 まぁ、その幻獣と言うのが私の父の正体で、私が幼少期に持っていた羊のような角は父譲りの角だと言う。 誰にも内緒だが、本当は翼や尻尾ももっていた。 ただ……翼があると分かれば、逃げないようにと拘束されたかもしれないと、人に見せることはなかったし。 尻尾は人の身体で生活するのに邪魔だったからしまっておいた。

 幻獣、魔力生物はそれこそ魔力の塊なのだから、魔力を集めるための角以外は、魔法を使うように、手足を動かすように割とどうにでもできた。



 私の肉の器は死んだ。 だけど魔力は残留し、集まり……アレ……角が失ってからは、魔力を集める事ができなくて……どうして、私は角を失くしたの?

 考え込んでいるうちに、外では物騒な話をしている。

「誕生の準備はできているのですから、いっそ殻を割ってみてはどうでしょう」
「馬鹿か、この殻も幻獣の魔力の一部だ、皮膚にあたる部分だぞ、むいてどうする。 可哀そうなことを言うな。 そこの書棚の上から二段目右から4冊目の82ページを見るといい、殻をむいた事で幻獣がどれほど弱弱しい生き物になったかが書かれている」
「……記憶しているんですか……」



 愛されたい。
 大切にされたい。

 ねぇ、愛してくれる?
 愛してくれると言うなら、私ももう一度可能性にかけてみたい。

 チュッと卵の殻に、私の肌に、優しい声の男が口づけた。



 淡い白銀の光が、柔らかくあたりを照らし、私は新しく私の身体を形作った。

 ベースは人の女性。
 柔らかなウエーブを描いた白銀色の髪と、大きな金色の瞳。
 肌は白く、アチコチに透明な鱗に見える魔力が浮き出ている。

 黄金色の羊のような角を持ち、白いふわふわの翼を背に持ち、尾ていから尻にかけて白銀色の尾が生えている。

 翼も、尾も、重さのようなものは感じることはなかったけれど、どちらも大きすぎて、やはり人として生きるには不便だし、人ではないその姿は不気味に思えた。

 だけど、目の前の男にとっては違ったらしい。



「これほど見事に育つとは、なんて美しい」

 甘い声の男が、愛おしそうに青銀色の瞳を細め眺めてくる。 優しい瞳だった。 伸ばされた手は、指先は、遠慮するかのようにそっと触れ、戸惑うようにその手が止まるのが寂しくて、私の方から頬を寄せた。

「あれは夢や幻ではなく、本当に……出会える日が来るとは……」

 男は私を優しく抱きしめる。
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